和とスカラー倍の成分表示
ベクトルの成分の和とスカラー倍が、 幾何的に定義した和とスカラー倍に等しいことを示します。
ここで示す 定理により、多くの場合、ベクトルの和とスカラー倍の演算が簡単になります。また、これはベクトルの和とスカラー倍について代数的な定義を与える定理ともいえます。
和とスカラー倍の成分表示
定理 1.2(和とスカラー倍の成分表示)
平面上に座標系が与えられており、ベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ の成分表示が次の通りであるとする。
このとき、ベクトルの和 $\bm{a} + \bm{b}$ とスカラー倍 $c \bm{a}$ の成分表示は次のようになる。
解説
定理 1.2 の意味
ベクトルの和は、それぞれの成分の和を成分とするベクトルに等しくなります。また、ベクトルのスカラー倍は、もとのベクトルの成分のスカラー倍を成分とするベクトルに等しくなります。
すなわち、 定理 1.2(和とスカラー倍の成分表示)は、ベクトルの和とスカラー倍の演算が、成分どうしの和やスカラー倍に等しい(代替できる)ことを意味しています。
和とスカラー倍の代数的な定義
定理 1.2(和とスカラー倍の成分表示)は、平面(または空間)上のベクトルの和とスカラー倍の代数的な定義を与えるものといえます。
幾何的な定義との対応
下記の 証明に示すように、 定理 1.2により得られるベクトルの和とスカラー倍は、 幾何的な定義によるベクトルの和とスカラー倍と一致し、座標系によらず、与えられたベクトル(とスカラー)により定まります。
$2$ つのベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ の成分 $(a_{1}, a_{2}), \; (b_{1}, b_{2})$ の値は与えられた座標系により異なりますが、どのような座標系においても $(a_{1} + b_{1}, a_{2} + b_{2})$ を成分に持つベクトルが得られ、これが 幾何的な定義によるベクトルの和 $\bm{a} + \bm{b}$ と一致します。スカラー倍についても同様です。
幾何的に定義したベクトルの和とスカラー倍は座標系に依存しませんので、 定理 1.2により得られるベクトルの和とスカラー倍も、座標系によらず、与えられたベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ やスカラー $c$ の値のみにより定まるということです。
代数的な定義の意義と注意点
前項でみたように、ベクトルの成分表示を導入することで、幾何的に定義されたベクトルを代数的に扱うことができます。これは大変便利であり、多くの場合、 定理 1.2(和とスカラー倍の成分表示)を利用することで、和やスカラー倍を含むベクトルの演算が簡単になります。
しかしながら、考察の対象が幾何ベクトルである限り、ベクトルの和とスカラー倍も 幾何的に定義するのが自然です。仮に、 定理 1.2によりベクトルの和とスカラー倍を代数的に定義する場合、これが 幾何的な定義によるベクトルの和とスカラー倍と一致し、与えられた座標系によらずに定まることを証明する必要があります。
証明
平面上のベクトル $\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\, \bm{b} = (\, \overrightarrow{QR} \,)$ について、与えられた座標系に関する $P, Q, R$ の座標を $(p_{1}, p_{2}),$ $\, (q_{1}, q_{2}),$ $\, (r_{1}, r_{2})$ とすると、$\bm{a}, \bm{b}$ の成分表示はそれぞれ次のようになる。
このとき、$\bm{a}$ と $\bm{b}$ の成分どうしの和により得られるベクトルは次のようになる。

これは、始点が $P$ で終点が $R$ のベクトル $(\, \overrightarrow{PR} \,)$ に他ならず、定義より $\bm{a} + \bm{b}$ に等しい。したがって次が成り立つ。
また、任意のスカラー $c$ に対して、$\bm{a}$ の成分の $c$ 倍を成分とするベクトルは次のようになる。
($\text{i}$)$c \gt 0$ のとき($\ast$)は下図の $P^{\prime}, Q^{\prime}$ を始点と終点とするベクトル $(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ であり、$\bm{a}$ と同じ向きで長さが $c$ 倍のベクトルに等しい。

($\text{ii}$)$c = 0$ のとき($\ast$)は零ベクトル $\bm{0}$ に等しい。
($\text{iii}$)$c \lt 0$ のとき($\ast$)は下図の $P^{\prime}, Q^{\prime}$ を始点と終点とするベクトル $(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ であり、$\bm{a}$ と逆の向きで長さが $c$ 倍のベクトルに等しい。

したがって($\ast$)は $\bm{a}$ の $c$ 倍に等しく、次が成り立つ。
証明の考え方
ベクトルの 和とスカラー倍の定義にしたがって証明します。
- まず ($1$)ベクトルの和について、$2$ つのベクトルの成分の和を成分とするベクトルが( 幾何的に定義した)ベクトルの和に等しくなることを示します。
- 次に ($2$)ベクトルのスカラー倍について、あるベクトルの成分のスカラー倍を成分とするベクトルが( 幾何的に定義した)ベクトルのスカラー倍に等しくなることを示します。
(1)ベクトルの和に関する証明
平面上に $2$ つのベクトル $\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\, \bm{b} = (\, \overrightarrow{QR} \,)$ があるとします。
- これらは平面上の有向線分により定まります( ベクトルの定義)。
- 当然ながら、$\bm{a}, \bm{b}$ は与えられた座標系に依存しません。
平面上に $1$ つの直交座標系が与えられたとします。
- 座標系が与えられたことにより、その座標系に対して平面上の点 $P, Q, R$ の座標が定まります。
- $P, Q, R$ の座標を、それぞれ $(p_{1}, p_{2}),$ $\, (q_{1}, q_{2}),$ $\, (r_{1}, r_{2})$ とします。
- $P, Q, R$ の座標が定まったことにより $\bm{a}, \bm{b}$ の成分も定まり、それぞれの成分表示は次のようになります(
ベクトルの成分表示)。$$ \begin{split} \bm{a} &= \begin{pmatrix} \, a_{1} \, \\ \, a_{2} \, \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \, q_{1} - p_{1} \, \\ \, q_{2} - p_{2} \, \end{pmatrix}, \\ \bm{b} &= \begin{pmatrix} \, b_{1} \, \\ \, b_{2} \, \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \, r_{1} - q_{1} \, \\ \, r_{1} - q_{1} \, \end{pmatrix} \end{split} $$
$\bm{a}$ と $\bm{b}$ の成分の和を成分とするベクトルを求めます。
これは (1.1.3)式の右辺のベクトルを求めることに相当します。
$$ \begin{split} \begin{pmatrix} \, a_{1} + b_{1} \, \\ \, a_{2} + b_{2} \, \end{pmatrix} &= \begin{pmatrix} \, (q_{1} - p_{1}) + (r_{1} - q_{1}) \, \\ \, (q_{2} - p_{2}) + (r_{2} - q_{2}) \, \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} \, r_{1} - p_{1} \, \\ \, r_{2} - p_{2} \, \end{pmatrix} \\ % &= (\, \overrightarrow{PR} \,) \\ % &= \bm{a} + \bm{b} \end{split} $$下図のとおり、これは始点が $P$ で終点が $R$ のベクトル $(\, \overrightarrow{PR} \,)$ に等しく、 幾何的に定義したベクトルの和 $\bm{a} + \bm{b}$ に等しくなります。

以上から、$2$ つのベクトルの成分の和を成分とするベクトルは、 幾何的に定義したベクトルの和に等しくなることが示されました。
$$ \begin{gather*} \bm{a} + \bm{b} = \begin{pmatrix} \, a_{1} + b_{1} \, \\ \, a_{2} + b_{2} \, \end{pmatrix} \end{gather*} $$当然ながら、幾何的に定義したベクトルの和は座標系によりません。したがって、$2$ つのベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ の成分の和を成分とするベクトルも、座標系によらず、ベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ のみにより定まるといえます。
(2)ベクトルのスカラー倍に関する証明
ベクトルの和の場合と同様に、平面上にベクトル $\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,)$ があり、与えられた座標系に関して $P, Q$ の座標と $\bm{a}$ の成分が定まるとします( ベクトルの成分表示)。
$$ \begin{split} \bm{a} &= \begin{pmatrix} \, a_{1} \, \\ \, a_{2} \, \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \, q_{1} - p_{1} \, \\ \, q_{2} - p_{2} \, \end{pmatrix} \end{split} $$任意のスカラー $c$ に対して、$\bm{a}$ の成分の $c$ 倍を成分とするベクトルを求めます。
- これは
(1.1.4)式の右辺のベクトルを求めることに相当します。後で参照するために、これを($\ast$)と置きます。$$ \begin{align*} \begin{pmatrix} \, c a_{1} \, \\ \, c a_{2} \, \end{pmatrix} &= \begin{pmatrix} \, c (q_{1} - p_{1}) \, \\ \, c (q_{2} - p_{2}) \, \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} \, c q_{1} - c p_{1} \, \\ \, c q_{2} - c p_{2} \, \end{pmatrix} \tag{$\ast$} \end{align*} $$
- これは
(1.1.4)式の右辺のベクトルを求めることに相当します。後で参照するために、これを($\ast$)と置きます。
$c$ の値により、($\text{i}$)$c \gt 0$、($\text{ii}$)$c = 0$、($\text{iii}$)$c \lt 0$ に場合分けします。
($\text{i}$)$c \gt 0$ の場合
- $P, Q$ の座標をそれぞれ $c$ 倍したものを座標とする点を $P^{\prime}, Q^{\prime}$ とすると、 ($\ast$)は $P^{\prime}$ を始点、$Q^{\prime}$ を終点とするベクトル $(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ となります。
- 下図において、$\triangle OPQ \sim \triangle OP^{\prime}Q^{\prime}$ であり、$OP : OP^{\prime} = 1 : c$ であることから、$PQ /\!/ P^{\prime}Q^{\prime}$ かつ $PQ : P^{\prime}Q^{\prime} = 1 : c$ が成り立ちます。
- すなわち、$(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ は $\bm{a}$ と同じ向きで長さが $c$ 倍のベクトルに等しくなります。

($\text{ii}$)$c = 0$ の場合
- $2$ つの成分はともに $0$ に等しく($\ast$)は零ベクトル $\bm{0}$ となります。
($\text{iii}$)$c \lt 0$ の場合
- $P, Q$ の座標をそれぞれ $c$ 倍したものを座標とする点を $P^{\prime}, Q^{\prime}$ とすると、 ($\ast$)は $P^{\prime}$ を始点、$Q^{\prime}$ を終点とするベクトル $(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ となります。
- $c \lt 0$ であることから、$P^{\prime}$ は直線 $OP$ において $O$ に対して $P$ と反対側にあり、同様に、$Q^{\prime}$ は直線 $OQ$ において $O$ に対して $Q$ と反対側にあることになります。
- 下図において、$\triangle OPQ \sim \triangle OP^{\prime}Q^{\prime}$ であり、$OP : OP^{\prime} = 1 : -c$ であることから、$PQ /\!/ P^{\prime}Q^{\prime}$ かつ $PQ : P^{\prime}Q^{\prime} = 1 : -c$ が成り立ちます。
- すなわち、$(\, \overrightarrow{P^{\prime}R^{\prime}} \,)$ は $\bm{a}$ と逆の向きで長さが $-c$ 倍のベクトルに等しくなります。

以上から、$\bm{a}$ の成分の $c$ 倍を成分とするベクトルは、 幾何的に定義したベクトルのスカラー倍に等しくなることが示されました。
$$ \begin{gather*} c \bm{a} = \begin{pmatrix} \, c a_{1} \, \\ \, c a_{2} \, \end{pmatrix} \end{gather*} $$当然ながら、幾何的に定義したベクトルのスカラー倍は座標系によりません。したがって、あるベクトル $\bm{a}$ の成分の $c$ 倍を成分とするベクトルも、座標系によらず、ベクトル $\bm{a}$ とスカラー $c$ のみにより定まるといえます。
まとめ
$2$ つのベクトルの成分の和を成分とするベクトルは、 幾何的に定義したベクトルの和に等しい。
また、あるベクトルの成分のスカラー倍を成分とするベクトルは、 幾何的に定義したベクトルのスカラー倍に等しい。
平面上に座標系が与えられており、ベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ の成分表示を
$$ \begin{array} {cc} \bm{a} = \begin{pmatrix} \, a_{1} \, \\ \, a_{2} \, \end{pmatrix}, & \bm{b} = \begin{pmatrix} \, b_{1} \, \\ \, b_{2} \, \end{pmatrix} \end{array} $$とすると、ベクトルの和 $\bm{a} + \bm{b}$ とスカラー倍 $c \bm{a}$ の成分表示は次のようになる。
$$ \begin{align*} \bm{a} + \bm{b} &= \begin{pmatrix} \, a_{1} + b_{1} \, \\ \, a_{2} + b_{2} \, \end{pmatrix}, \\ c \bm{a} &= \begin{pmatrix} \, c a_{1} \, \\ \, c a_{2} \, \end{pmatrix} \end{align*} $$
参考文献
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