ベクトルの和とスカラー倍(2)
ベクトルの和とスカラー倍について成り立つ演算法則を示します。ここでは、特に、幾何的なベクトルの定義にしたがって証明します。
これらの演算法則は後に ベクトル空間の公理として一般化されます。
ベクトルの演算法則
定理 1.1(ベクトルの演算法則)
($\text{I}$)任意のベクトル $\bm{a}, \bm{b}, \bm{c}$ について次が成り立つ。
($\text{II}$)任意のベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ とスカラー $c, d$ について次が成り立つ。
解説
ベクトルの和とスカラー倍の演算規則
定理 1.1(ベクトルの演算法則)は、平面(または空間)上のベクトルについて成り立つ基本的な演算法則をまとめたものです。ベクトルの和やスカラー倍に関する種々の定理は、基本的には($\text{i}$)$\sim$($\text{viii}$)の組合せにより示すことができます。
以下に、演算法則の各項目についてみていきます。
和の演算規則
まず、ベクトルの和について($\text{i}$)結合法則と($\text{ii}$)交換法則が成り立ちます。
($\text{iii}$)は零ベクトルとの和に関する法則です。すなわち、任意のベクトル $\bm{a}$ と零ベクトル $\bm{0}$ の和は、もとのベクトル $\bm{a}$ に等しくなります。
($\text{iv}$)は逆ベクトルとの和に関する法則です。すなわち、任意のベクトル $\bm{a}$ とその逆ベクトル $- \bm{a}$ の和は零ベクトル $\bm{0}$ に等しくなります。
スカラー倍の演算規則
次に、ベクトルのスカラー倍に関する演算法則です。
($\text{v}$)と($\text{vi}$)は、ベクトルのスカラー倍の和に関する法則です。一般的な分配法則に形は似ていますが、若干異なるものである点に注意が必要です。一般に、同じ集合 $A$ の元 $a, b, c \in A$ について $(a + b) \, c = ac + bc$ が成り立つことを分配法則といいます。しかしながら($\text{v}$)と($\text{vi}$)において $c, d$ はスカラー、$\bm{a}, \bm{b}$ はベクトルであり、それぞれ別の集合の元であるためです。
($\text{vii}$)と($\text{viii}$)は ベクトルの定義から明らかであり、演算法則として自明です。
ベクトル空間の公理との対応
これらの演算法則は、後に ベクトル空間の公理として一般化されます。
定理 1.1(ベクトルの演算法則)に示す演算法則の順序は ベクトル空間の公理と対応しています。
ベクトルの演算法則の証明方法
幾何的な証明
定理 1.1(ベクトルの演算法則)の 証明は、 以下に示す通りです。
我々はいま、平面(または空間)上のベクトルを有向線分により幾何的に定義しています( ベクトルの定義)。また、ベクトルの和とスカラー倍の演算も幾何的に定義しています( 和とスカラー倍の定義)。
したがって、ベクトルの演算法則( 定理 1.1)についても、あくまでも 幾何的な定義にしたがって証明します。
代数的な証明
次項に示すように、ベクトルの成分表示を導入することで、平面(または空間)上のベクトルを代数的に扱うことができます。ベクトルの成分表示を用いて、ベクトルの和やスカラー倍の演算も代数的に定義することもできます。
ベクトルの和とスカラー倍を代数的に定義した場合、演算法則( 定理 1.1)の証明はかなり簡単になります。
しかしながら、ベクトルの成分表示は与えられた座標軸に依存します。したがって、代数的な定義にしたがって演算法則を証明する場合、ベクトルの和やスカラー倍が座標軸によらずに定まることを合わせて証明する必要があります。
証明
($\text{i}$)$\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\, \bm{b} = (\, \overrightarrow{QR} \,),$ $\, \bm{c} = (\, \overrightarrow{RS} \,)$ とすると、 ベクトルの和の定義より $\bm{a} + \bm{b} = (\, \overrightarrow{PR} \,),$ $\, \bm{b} + \bm{c} = (\, \overrightarrow{QS} \,)$ である。したがって、再び 定義より $(\bm{a} + \bm{b}) + \bm{c} = (\, \overrightarrow{PS} \,),$ $\, \bm{a} + (\bm{b} + \bm{c}) = (\, \overrightarrow{PS} \,)$ となり、$(\bm{a} + \bm{b}) + \bm{c} = \bm{a} + (\bm{b} + \bm{c})$ が成り立つ。

($\text{ii}$)$\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\, \bm{b} = (\, \overrightarrow{QR} \,)$ とする。平行移動により $\bm{b}$ の始点と $\bm{a}$ の始点を重ねたとき、$\bm{b}$ の終点を $R^{\prime}$ とすると、$\bm{b} = (\, PR^{\prime} \,)$ となる。線分 $QR$ と $PR^{\prime}$ は平行であり、かつ長さが等しいので、$PQRR^{\prime}$ は平行四辺形となる。したがって、$\bm{a} = (\, R^{\prime}R \,)$ となるから、$\bm{a} + \bm{b} = (\, \overrightarrow{PR} \,)$ かつ $\bm{b} + \bm{a} = (\, \overrightarrow{PR} \,)$ である。よって、$\bm{a} + \bm{b} = \bm{b} + \bm{a}$ が成り立つ。

($\text{iii}$)$\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\, \bm{0} = (\, \overrightarrow{QQ} \,)$ とすれば、$\bm{a} + \bm{0} = (\, \overrightarrow{PQ} \,)$ である。したがって、$\bm{a} + \bm{0} = \bm{a}$ が成り立つ。
($\text{iv}$)$\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,)$ とすると、 逆ベクトルの定義より $- \bm{a} = (\, \overrightarrow{QP} \,)$ である。このとき、 ベクトルの和の定義より $\bm{a} + (-\bm{a}) = (\, \overrightarrow{PP} \,)$ となるが、 定義より $(\, \overrightarrow{PP} \,)$ は零ベクトルに他ならない。したがって、$\bm{a} + (-\bm{a}) = \bm{0}$ が成り立つ。
($\text{v}$)$c, d$ のいずれかまたは両方が $0$ に等しいとすると($\text{v}$)が成り立つのは明らかであるから、$c, d$ はともに $0$ でないとする。
($1$)$c$ と $d$ の正負が一致する場合、 ベクトルのスカラー倍の定義より $c \bm{a}, d \bm{a}, (c + d) \bm{a}$ はすべて同じ向きである。このとき、$\lVert\, (c + d) \bm{a} \,\rVert = \lvert \, c + d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert = \lvert \, c \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert + \lvert \, d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert$ が成り立つから $(c + d) \bm{a}$ の長さと $c \bm{a} + d \bm{a}$ の長さは等しい。よって、$(c + d) \bm{a} = c \bm{a} + d \bm{a}$ が成り立つ。

($2$)$c$ と $d$ の正負が異なる場合、仮に $c \gt 0$ かつ $d \lt 0$ とすれば $c \bm{a}$ と $d \bm{a}$ は逆向きになる。まず、$c + d \geqslant 0$ であれば $c \bm{a} + d \bm{a}$ と $(c + d) \bm{a}$ はともに $\bm{a}$ と同じ向きであり、$\lVert\, (c + d) \bm{a} \,\rVert = \lvert \, c + d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert = (c + d) \lVert\, \bm{a} \,\rVert = c \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert - (- d) \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert = \lvert \, c \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert - \lvert \, d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert$ であることから、$(c + d) \bm{a}$ の長さと $c \bm{a} + d \bm{a}$ の長さは等しい。

次に、$c + d \lt 0$ であれば $c \bm{a} + d \bm{a}$ と $(c + d) \bm{a}$ はともに $\bm{a}$ と逆の向きであり、$\lVert\, (c + d) \bm{a} \,\rVert = \lvert \, c + d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert = - (c + d) \lVert\, \bm{a} \,\rVert = (- d) \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert - c \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert = \lvert \, d \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert - \lvert \, c \, \rvert \, \lVert\, \bm{a} \,\rVert$ であることから、$(c + d) \bm{a}$ の長さと $c \bm{a} + d \bm{a}$ の長さは等しい。よって、この場合も $(c + d) \bm{a} = c \bm{a} + d \bm{a}$ が成り立つ。$c \lt 0$ かつ $d \gt 0$ としても同様である。以上から、$(c + d) \bm{a} = c \bm{a} + d \bm{a}$ が成り立つ。

($\text{vi}$)$\bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,),$ $\bm{b} = (\, \overrightarrow{QR} \,)$ とすれば $\bm{a} + \bm{b} = (\, \overrightarrow{PR} \,)$ である。下図のように点 $O$ をとり $c \bm{a} = (\, \overrightarrow{P^{\prime}Q^{\prime}} \,),$ $\, c\bm{b} = (\, \overrightarrow{Q^{\prime}R^{\prime}} \,)$ とすれば、$PQ \, / \! / \, P^{\prime}Q^{\prime},$ $\, QR \, / \! / \, Q^{\prime}R^{\prime}$ となるので、対応する $2$ つの内角が等しいことから $\triangle OPQ \sim \triangle OP^{\prime}Q^{\prime},$ $\, \triangle OQR \sim \triangle OQ^{\prime}R^{\prime}$ が成り立つ。したがって、$OP : OP^{\prime} = OR : RQ^{\prime}$ であり、$2$ 組の辺の比とその間の角が等しいから $\triangle OPR \sim \triangle OP^{\prime}R^{\prime}$ である。したがって、$PR \, / \! / \, P^{\prime}R^{\prime}$ かつ $PR : P^{\prime}R^{\prime} = 1 : c$ であり、$c (\bm{a} + \bm{b}) = c \bm{a} + c \bm{b}$ が成り立つ。

($\text{vii}$)$c, d$ のいずれかまたは両方が $0$ に等しいとすると($\text{vii}$)が成り立つのは明らか。$c, d$ はともに $0$ でないとして($1$)$c$ と $d$ の正負が一致するとき、$c (d \bm{a}), (c d) \bm{a}$ はともに $\bm{a}$ と同じ向きであり、長さはともに $\lVert\, \bm{a} \,\rVert$ の $cd$ 倍であるから、$(cd) \bm{a} = c (d \bm{a})$ が成り立つ。($2$)$c$ と $d$ の正負が異なるとき、$c (d \bm{a}), (c d) \bm{a}$ はともに $\bm{a}$ と逆の向きであり、長さはともに $\lVert\, \bm{a} \,\rVert$ の $cd$ 倍である。よって、この場合も $(cd) \bm{a} = c (d \bm{a})$ が成り立つ。
($\text{viii}$)$1 \gt 0$ であるから、$1 \bm{a}$ は $\bm{a}$ と同じ向きであり、長さが $\lVert\, \bm{a} \,\rVert$ の $1$ 倍であるベクトルに他ならない。よって $1 \bm{a} = \bm{a}$ が成り立つ。$\quad \square$
まとめ
任意のベクトルについて次の演算法則が成り立つ。
$$ \begin{equation*} \begin{alignat*} {2} & \, \, \, \, (\text{i}) & \quad (\bm{a} + \bm{b}) + \bm{c} &= \bm{a} + (\bm{b} + \bm{c}) \\ & \, \, \, (\text{ii}) & \bm{a} + \bm{b} &= \bm{b} + \bm{a} \\ & \, \, (\text{iii}) & \bm{a} + \bm{0} &= \bm{a} \\ & \, \, (\text{iv}) & \bm{a} + (-\bm{a}) &= \bm{0} \\ & \, \, \, (\text{v}) & \quad (c + d) \, \bm{a} &= c \bm{a} + d \bm{a} \\ & \, \, (\text{vi}) & c \, (\bm{a} + \bm{b}) &= c \bm{a} + c \bm{b} \\ & \, (\text{vii}) & (cd) \, \bm{a} &= c \, (d \bm{a}) \\ & (\text{viii}) & 1 \bm{a} &= \bm{a} \\ \end{alignat*} \end{equation*} $$平面(または空間)上のベクトルに関する上記の演算法則は、 ベクトル空間の公理として一般化される。
参考文献
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