シュワルツの不等式
ベクトルに関するシュワルツの不等式を示します。すなわち、$2$ つのベクトルの内積の絶対値は、それぞれのベクトルの長さの積を超えません。
シュワルツの不等式は、ベクトルの内積と長さに関する基本的で重要な不等式の $1$ つです。
シュワルツの不等式
定理 1.5(シュワルツの不等式)
任意の $2$ つのベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ について、次が成り立つ。
解説
ベクトルの内積と長さの関係( 定理 1.5 の主張)
定理 1.5(シュワルツの不等式)は、$2$ つのベクトルの内積の絶対値が、それぞれのベクトルの長さの積を超えないことを表しています。
(1.2.5)式は、ベクトルの内積と長さに関する不等式であり、シュワルツの不等式($\text{Schwarz’s}$ $\text{inequality}$)や、コーシー・シュワルツの不等式($\text{Cauchy-Schwarz’s}$ $\text{inequality}$)などと呼ばれます。
シュワルツの不等式の形式
シュワルツの不等式は、線型代数だけでなく、数学の様々な分野において重要な不等式であり、様々な形式で表されます。
実数に関するシュワルツの不等式
例えば、任意の実数の組 $a_{1}, a_{2}, b_{1}, b_{2}$ について、次の不等式が成り立ちます。
(1.2.5$^{\prime}$)式は実数に関する不等式ですが、これは、成分表示された幾何ベクトル関する不等式と捉えることができます。
いま、平面上の $2$ つのベクトル $\bm{a} = (\, a_{1}, a_{2} \,),$ $\bm{b} = (\, b_{1}, b_{2} \,)$ に関するシュワルツの不等式( (1.2.5)式)の両辺を成分により表すと次のようになります( 定理 1.3(ベクトルの内積))。
(1.2.5$^{\prime}$)式は、上式の両辺を $2$ 乗したものに他なりません(両辺ともに非負なので、$2$ 乗しても不等式が成り立ちます)。このように考えると、 (1.2.5)式と (1.2.5$^{\prime}$)式が本質的には同じ不等式であるといえます。
実数に関するシュワルツの不等式(一般形)
より一般には、実数 $a_{i}, b_{i}$ $(\, i = 1, 2, \cdots, n \,)$ について、次が成り立ちます。
この (1.2.5$^{\prime \prime}$)式も、より一般化した $n$ 次のベクトルに対して内積を定義することで、ベクトルに関するシュワルツの不等式( (1.2.5)式)と対応付けることができます。
シュワルツの不等式の証明方法
シュワルツの不等式の証明方法は、主に、次の $2$ 通りがあります。それぞれの特徴は次の通りです。
- ($1$)幾何的な考察による証明
- 内積の 幾何的な定義による、簡潔な証明。
- 幾何ベクトルに関するシュワルツの不等式の証明に適している。
- ($2$)演算法則による証明
- 内積の演算法則に従った証明。やや複雑。
- 一般化したベクトルに関するシュワルツの不等式の証明にも有効。
(1)幾何的な考察による証明
ベクトルの内積の 幾何的な定義に従った証明です。
我々はいま、有向線分により ベクトルを定義しており、 ベクトルの内積も同様に幾何的に定義しています。したがって、 定理 1.5(シュワルツの不等式)の証明においても、これを幾何ベクトルの内積に関する不等式として捉えて、幾何的に考察する方法が素直です。結果として、簡潔な証明となります。
しかし、より一般化された(抽象的な)ベクトルを扱う場合、このような証明方法をとることができません。抽象的なベクトルにおいては、長さ(距離)や角度などの概念は所与のものではないためです( 内積の定義の項を参照)。
(2)演算法則による証明
前項の 定理 1.4(内積の演算法則)を用いた証明です。
一般化されたベクトル空間において、内積は公理的に定義されます( 計量ベクトル空間を参照)。すなわち、 定理 1.4の演算法則を満たすような演算として内積が定義されます。内積が定義されたことにより、幾何ベクトルにおける長さ(距離)や角度に相当する概念を、一般化されたベクトル空間に持ち込むことができます。
このような場合、幾何的な考察よりも、むしろ 内積の演算法則に従った証明が有効です。
シュワルツの不等式の証明
シュワルツの不等式を、次の $2$ 通りの方法により証明します。
証明 1(幾何的な考察による証明)
$2$ つのベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ のなす角を $\theta$ とすると、$0 \leqslant \theta \leqslant \pi$ より $\lvert \, \cos \theta \, \rvert \leqslant 1$ であることから、次が成り立つ。
証明の考え方 1
内積の定義にしたがって、幾何的な考察により証明します。
$\bm{a}$ と $\bm{b}$ のなす角を $\theta$ $(\, 0 \leqslant \theta \leqslant \pi \,)$ とすると、 内積の定義より次が成り立ちます。
$$ \begin{align*} \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert &= \Big\lvert \, \lVert \, \bm{a} \, \rVert \lVert \, \bm{b} \, \rVert \cos \theta \, \Big\rvert \\ &= \lVert \, \bm{a} \, \rVert \lVert \, \bm{b} \, \rVert \, \lvert \, \cos \theta \, \rvert \\ \end{align*} $$$0 \leqslant \theta \leqslant \pi$ であるから $\lvert \, \cos \theta \, \rvert \leqslant 1$ となります。
したがって、次が成り立ちます。
$$ \begin{align*} \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert &= \lVert \, \bm{a} \, \rVert \lVert \, \bm{b} \, \rVert \, \lvert \, \cos \theta \, \rvert \\ &\leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert \lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{align*} $$
証明 2(演算法則による証明)
$2$ つベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ のいずれか、または両方が $\bm{0}$ であれば、$\lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert = \lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert = 0$ となり (1.2.5)式が成り立つ。したがって、$\bm{a}, \bm{b}$ はともに $\bm{0}$ でないとする。このとき、$\bm{a}, \bm{b}$ と、任意のスカラー $m$ について次が成り立つ。
いま、$\lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \geqslant 0$ であることから、次が成り立つ。
したがって、この場合も (1.2.5)式が成り立つ。
証明の考え方 2
定理 1.4(内積の演算法則)に示した $4$ つの演算法則のみによって (1.2.5)式を導きます。
(1)$\bm{a}, \bm{b}$ のいずれか、または両方が $\bm{0}$ である場合
$\bm{a}, \bm{b}$ のいずれか、または両方が $\bm{0}$ であるならば、$\lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert = 0$ かつ $\lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert = 0$ となり、次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert = \lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert = 0 \end{gather*} $$これは、$\lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert \,\lVert \, \bm{b} \, \rVert$ を満たします。
したがって、この場合 (1.2.5)式が成り立つといえます。
(2)$\bm{a}, \bm{b}$ がいずれも $\bm{0}$ でない場合
$m$ を任意のスカラーとして、$m \bm{a} + \bm{b}$ の長さの $2$ 乗を求めます。
$$ \begin{align*} \lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (m \bm{a} + \bm{b}) \cdot (m \bm{a} + \bm{b}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2} \, m^{2} + 2 \bm{a} \cdot \bm{b} \, m + \lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} \\ & \begin{align*} & \overset{(\text{iii})}{=} \lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2} \, (\, m + \frac{\bm{a} \cdot \bm{b}}{\lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2}} \,)^{2} \\ & \qquad \qquad + \lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} - \frac{(\bm{a} \cdot \bm{b})^{2}}{\lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2}} \end{align*} \tag{$\ast$} \end{align*} $$$\lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \geqslant 0$ であることから、 (1.2.5)式を導きます。
- $m \bm{a} + \bm{b}$ を $1$ つのベクトルとみれば、ベクトルの長さの $2$ 乗は $0$ 以上であり、$\lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \geqslant 0$ が成り立ちます。
- ($\ast$)式の右辺は $m$ に関して平方完成されているので、第 $1$ 項は $0$ 以上となります。したがって、$\lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \geqslant 0$ ならば、第 $2$ 項以降も $0$ 以上となるといえます。
以上の考察から、次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} & \lVert \, m \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \geqslant 0 \\ \Rightarrow & \lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} - \frac{(\bm{a} \cdot \bm{b})^{2}}{\lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2}} \geqslant 0 \\ \Leftrightarrow & (\bm{a} \cdot \bm{b})^{2} \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2} \,\lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} \end{gather*} $$両辺ともに $0$ 以上であるので、それぞれ $\displaystyle\frac{\,1 \,}{\, 2 \,}$ 乗すると (1.2.5)式が得られます。
したがって、この場合も (1.2.5)式が成り立つことが示されました。
$$ \begin{gather*} \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert \,\lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{gather*} $$
まとめ
任意の $2$ つのベクトル $\bm{a}, \bm{b}$ について、次が成り立つ(シュワルツの不等式)。
$$ \begin{equation*} \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{equation*} $$シュワルツの不等式は、 ($1$)幾何的な考察による証明と ($2$)演算法則による証明の $2$ 通りの方法により証明できる。
参考文献
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