行列の定義(2)

いくつかの、基本的で重要な行列を定義します。

基本的で重要な行列


定義 2.2(零行列)

成分がすべて 00 であるような (m,n)(m, n) 型の行列を (m,n)(m, n) 型の零行列(zero matrix\text{zero matrix})といい、Om,nO_{m, n} と表す。混同のおそれがない場合は、単に OO とも表す。

Om,n=(  00        00  ) \begin{equation} \tag{2.1.2} O_{m, n} = \begin{pmatrix} \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \end{pmatrix} \end{equation}


解説

零行列とは

零行列とは、成分がすべて 00 である行列のことです。

零行列の役割(重要性)

行列の演算において、零行列は、通常の数(実数や複素数)における 00 の役割を果たします。そのような意味で、零行列は極めて重要な行列です。

行列の和やスカラー倍行列の積といった演算や、そこでの零行列の役割については、次項以降で詳しくみていきます。



定義 2.3(正方行列)

行の数と列の数が等しい行列を正方行列(square matrix\text{square matrix})という。特に、(n,n)(n, n) 型の行列を nn 次の正方行列という。

A=(  a11a12a1n    a21a22a2n        an1an2ann  ) \begin{align*} \tag{2.1.3} A = \begin{pmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{pmatrix} \end{align*}


解説

正方行列とは

正方行列とは、行の数と列の数が等しく、成分が正方形状に並ぶ行列です。

正方行列において、対角線上に並ぶ成分を対角成分(diagonal element\text{diagonal element})と呼びます。すなわち、上記の(2.1.3)式において、a11,a22,,anna_{11}, a_{22}, \cdots, a_{nn} が対角成分にあたります。

正方行列の役割(重要性)

次に定義する対角行列単位行列、後に定義する正則行列など、重要な行列は基本的に正方行列であることが多いです。

線型代数学においては、正方行列を土台にして議論を進めることが多く、例えば、行列式や、固有値と固有ベクトル、ジョルダン標準形といったテーマでは、正方行列を基礎として論理が展開します。

このように、正方行列は線型代数学において非常に重要な概念であり、幾何における三角形と同じくらい重要であるといえます。(幾何では、正方形よりも三角形の方が重要ですが、線形代数では三角行列よりも正方行列の方が重要ですね \cdots 。)



定義 2.4(対角行列)

対角成分以外の成分がすべて 00 である行列を対角行列(diagonal matrix\text{diagonal matrix})という。

A=(  a1100    0a220        00ann  ) \begin{align*} \tag{2.1.4} A = \begin{pmatrix} \; a_{11} & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; 0 & a_{22} & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; 0 & 0 & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{pmatrix} \end{align*}


解説

対角行列とは

対角行列とは、正方行列のうち、対角成分以外のがすべて 00 である行列です。

対角行列は、次のように表されることもあります。ここで、大きな OO は、その部分の成分がすべて 00 であることを表しています。

A=(  a11a22O    Oann  ) \begin{align*} A = \begin{pmatrix} \; \begin{matrix} a_{11} & \\ & a_{22} \end{matrix} & \large{O} \; \\ \\ \; \large{O} & \begin{matrix} \ddots & \\ & a_{nn} \\ \end{matrix} \; \end{pmatrix} \end{align*}


対角行列の役割(重要性)

対角行列は和や積の演算について可換であり、対角行列どうしの和や積は、それぞれの対角成分の和や積を成分に持つ対角行列になります。

ある種の行列に関する問題は、対角行列の場合に簡単になることがあります。そのため、どのような正方行列が対角化可能か、といった考察が非常に重要となります。また、行列の対角化は、古典力学や量子力学などの物理における応用上も重要な問題です。

行列の対角化については、固有値と固有ベクトルにおいて詳しく考察します。



定義 2.5(単位行列)

対角成分が 11 で、それ以外の成分がすべて 00 である行列を単位行列(unit matrix\text{unit matrix})という。nn 次の単位行列を EnE_n と表す。また、混同のおそれがない場合は、単に EE とも表す。

En=(  100    010        001  ) \begin{align*} \tag{2.1.5} E_n = \begin{pmatrix} \; 1 & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; 0 & 1 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; 0 & 0 & \cdots & 1 \; \\ \end{pmatrix} \end{align*}


解説

単位行列とは

単位行列とは、正方行列のうち、対角成分が 11 で、それ以外の成分がすべて 00 である行列です。

単位行列は E=(δij)E = (\, \delta_{ij} \,) とも表されます。ここで、δij\delta_{ij} は、クロネッカーのデルタ(Kronecker’s delta\text{Kronecker’s delta})と呼ばれる記号であり、次のように定義されます。

δij={1(i=j)0(ij) \begin{align*} \delta_{ij} = \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (i = j) \\ 0 & (i \neq j) \end{array} \right. \end{align*}

いま EE(i,j)(i, j) 成分を eije_{ij} とすれば、i=ji = j ならば eij=1e_{ij} = 1 かつ iji \neq j ならば eij=0e_{ij} = 0 であることから eij=δije_{ij} = \delta_{ij} となり、したがって E=(eij)=(δij)E = (\, e_{ij} \,) = (\, \delta_{ij} \,) であることがわかります。

単位行列の役割(重要性)

行列の積の演算において、単位行列は、通常の数(実数や複素数)における 11 の役割を果たします。そのような意味で、単位行列は極めて重要な行列です。

行列の積の演算正則行列の定義における単位行列の役割については、次項以降で詳しくみていきます。


まとめ

  • 成分がすべて 00 であるような行列を零行列といい、Om,nO_{m, n} と表す。
  • 行の数と列の数が等しい行列を正方行列という。対角行列、単位行列などは正方行列である。
  • 対角成分以外の成分がすべて 00 である行列を対角行列という。
  • 対角成分が 11 で、それ以外の成分がすべて 00 である行列を単位行列といい、EnE_n と表す。

参考文献

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[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
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初版:2023-01-03   |   改訂:2025-02-17