行列の積(2)
行列の積について成り立つ演算法則を示します。
行列の積に関して、結合法則や分配法則は成り立ちますが、交換法則は成り立ちません。
行列の積の演算法則#
定理 2.2(行列の積)#
行列の積について、次の演算法則が成り立つ。
(i)(ii)(iii)(iv)(v)(AB)C=A(BC)A(B+C)=AB+AC(A+B)C=AC+BCAO=O,OA=OAE=A,EA=A(2.2.5)
行列の積の演算規則#
定理 2.2(行列の積)の(i)∼(v)は、前項で定義した行列の積について成り立つ演算規則です。ここで、A,B,C∈Mm,n(K) は適当な(行列の積が定義できる)行列を表しています。
これらの演算法則は、基本的には行列の積の定義より明らかで、行列の各成分に着目することで、簡単に証明できます。
ただし、(i)の証明には比較的多くの手間がかかります。したがって、下記の証明では、特に(i)について詳述します。
結合法則と分配法則#
上記の(i)∼(iii)は、行列の積に関して、結合法則(associative law)と分配法則(distributive law)が、それぞれ成り立つことを示しています。
零行列との積#
(iv)は、任意の行列と零行列との積が零行列に等しいことを表しています。
ここで、(iv)の 2 つの式において、それぞれの零行列 O の型が異なることに注意が必要です。A を (l,m) 型行列とすると、1 つ目の等式の零行列は O=Om,n であり、2 つ目の等式の零行列は O=On,l です。
すなわち、行列の積が定義されるために、零行列 O は適当な型の零行列である必要があるということです。
単位行列との積#
同様に、(v)は、任意の行列と単位行列 E との積がもとの行列に等しいことを表しています。
ここでも、(v)の 2 つの式において、それぞれの単位行列 E の型は異なります。A を (l,m) 型行列とすると、1 つ目の等式の単位行列は E=Em,n であり、2 つ目の等式の単位行列は E=En,l です。
行列の積について交換法則は成り立たない#
行列の積に関して、交換法則は成り立ちません。
まず、行列の積の定義において見たとおり、2 つの行列 A,B について積 AB が定義されたとしても、積 BA が定義されるとは限りません。
また、仮に BA が定義されたとしても、必ずしもこれが AB に等しいとは限りません。例えば、A,B を次のような行列とすると、
A=(1011),B=(0110) 2 つの行列の積 AB と BA は次の通りで、AB=BA です。
AB=(1110),BA=(0111) 注意しなければならないのは、必ず AB=BA となるわけではないという点です。
つまり、2 つの行列 A,B に対して行列の積 AB と BA が定義でき、AB=BA となる場合もあります。このような場合、A と B は積に関して可換(commutative)であるといいます。
(i)A を (k,l) 型の行列、B を (l,m) 型の行列、C を (m,n) 型の行列とする。
A=(apq),B=(bqr),C=(crs)[pr=1,⋯,k,=1,⋯,m,qs=1,⋯,l,=1,⋯,n] このとき、AB の (p,r) 成分は q∑apqbqr であるから、(AB)C の (p,s) 成分は、次のように表せる。
r∑{(q∑apqbqr)crs}=r∑q∑apqbqrcrs 同様に、BC の (q,s) 成分は r∑bqrcrs であるから、A(BC) の (p,s) 成分は、次のように表せる。
q∑{apq(r∑bqrcrs)}=q∑r∑apqbqrcrs ここで、それぞれの右辺の値は和の順序によらず一致するから、(AB)C の (p,s) 成分と A(BC) の (p,s) 成分は等しい。したがって、(AB)C=A(BC) が成り立つ。
(ii)∼(v)行列の積の定義より明らか。□
証明の考え方#
それぞれ、行列の成分に着目し、行列の積の定義にしたがって証明できます。
特に(i)の証明は、3 つの行列にわたる積を考えなければならず、添え字が多く煩雑です。しかしながら、行列の積の成分を丁寧に計算すれば、定義のみにしたがって証明できます。
(i)の証明#
前提事項の整理#
- まず、3 つの行列 A,B,C を、適当に(行列の積が定義できる形に)置く必要があります。
- 定理の前提として、(AB)C と A(BC) が定義できなければなりません。
- したがって、A の列の数と B の行の数、B の列の数と C の行の数がそれぞれ等しくなる必要があります。
- よって、4 つの自然数 k,l,m,n を用いて、A を (k,l) 型の行列、B を (l,m) 型の行列、C を (m,n) 型の行列とします。
- また、行列の成分を表すために、k,l,m,n に対応して、p,q,r,s を用いることにします。
- 以上から、A,B,C は、次のように表せます。
A=(apq),B=(bqr),C=(crs)[pr=1,⋯,k,=1,⋯,m,qs=1,⋯,l,=1,⋯,n]
行列の積の計算#
- 行列の積の定義を段階的に適用して、3 つの行列にわたる積 (AB)C と A(BC) を計算します。
(AB)C の計算#
まず、(AB)C を計算します。
行列の積の定義より、AB の (p,r) 成分は q∑apqbqr です。
AB を 1 つの行列とみて、AB と C の積を定義にしたがって計算すると、(AB)C の (p,s) 成分は次のようになります。
r∑{(q∑apqbqr)crs}=r∑q∑apqbqrcrs - 右辺は、r を 1∼m まで、q を 1∼l まで動かしたときの apqbqrcrs の和であり、lm 個の項を足し合わせた多項式にります。
- この足し算については、実数または複素数の和に関する結合法則が成り立ちますので、和の順序によらないことがわかります。
- これは、行列の成分 a,b,c を実数または複素数と定義していることによります。
A(BC) の計算#
次に、A(BC) を計算します。
(AB)C の場合と同じ考え方で、A(BC) の (p,s) 成分は、次のように計算できます。
q∑{apq(r∑bqrcrs)}=q∑r∑apqbqrcrs この場合も、右辺の q と r に関する和は順序によらないことがわかります。
証明のまとめ#
以上から、(AB)C の (p,s) 成分と、A(BC) の (p,s) 成分が等しいことがわかりました。
r∑q∑apqbqrcrs=q∑r∑apqbqrcrs すなわち、2 つの行列 (AB)C と A(BC) の対応する成分が等しいので、(AB)C=A(BC) が成り立ちます。
まとめ#
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-01-05 | 改訂:2025-04-27