行列の積(2)
行列の積について成り立つ演算法則を示します。
行列の積に関して、結合法則や分配法則は成り立ちますが、交換法則は成り立ちません。
行列の積の演算法則
定理 2.2(行列の積)
行列の積について、次の演算法則が成り立つ。
解説
行列の積の演算規則
定理 2.2(行列の積)の($\text{i}$)$\sim$($\text{v}$)は、 前項で定義した 行列の積について成り立つ演算規則です。ここで、$A, B, C \in M_{m, n} (K)$ は適当な(行列の積が定義できる)行列を表しています。
これらの演算法則は、基本的には 行列の積の定義より明らかで、行列の各成分に着目することで、簡単に証明できます。
ただし、 ($\text{i}$)の証明には比較的多くの手間がかかります。したがって、下記の 証明では、特に($\text{i}$)について詳述します。
結合法則と分配法則
上記の ($\text{i}$)$\sim$($\text{iii}$)は、行列の積に関して、結合法則($\text{associative law}$)と分配法則($\text{distributive law}$)が、それぞれ成り立つことを示しています。
零行列との積
($\text{iv}$)は、任意の行列と零行列との積が零行列に等しいことを表しています。
ここで、 ($\text{iv}$)の $2$ つの式において、それぞれの零行列 $O$ の型が異なることに注意が必要です。$A$ を $(l, m)$ 型行列とすると、$1$ つ目の等式の零行列は $O = O_{m, n}$ であり、$2$ つ目の等式の零行列は $O = O_{n, l}$ です。
すなわち、行列の積が定義されるために、零行列 $O$ は適当な型の零行列である必要があるということです。
単位行列との積
同様に、 ($\text{v}$)は、任意の行列と単位行列 $E$ との積がもとの行列に等しいことを表しています。
ここでも、 ($\text{v}$)の $2$ つの式において、それぞれの単位行列 $E$ の型は異なります。$A$ を $(l, m)$ 型行列とすると、$1$ つ目の等式の単位行列は $E = E_{m, n}$ であり、$2$ つ目の等式の単位行列は $E = E_{n, l}$ です。
行列の積について交換法則は成り立たない
行列の積に関して、交換法則は成り立ちません。
まず、 行列の積の定義において見たとおり、$2$ つの行列 $A, B$ について積 $AB$ が定義されたとしても、積 $BA$ が定義されるとは限りません。
また、仮に $BA$ が定義されたとしても、必ずしもこれが $AB$ に等しいとは限りません。例えば、$A, B$ を次のような行列とすると、
$2$ つの行列の積 $AB$ と $BA$ は次の通りで、$AB \neq BA$ です。
注意しなければならないのは、必ず $AB \neq BA$ となるわけではないという点です。
つまり、$2$ つの行列 $A, B$ に対して行列の積 $AB$ と $BA$ が定義でき、$AB = BA$ となる場合もあります。このような場合、$A$ と $B$ は積に関して可換($\text{commutative}$)であるといいます。
証明
($\text{i}$)$A$ を $(k, l)$ 型の行列、$B$ を $(l, m)$ 型の行列、$C$ を $(m, n)$ 型の行列とする。
このとき、$AB$ の $(p, r)$ 成分は $\displaystyle \sum_{q} a_{pq} \, b_{qr}$ であるから、$(AB) \, C$ の $(p, s)$ 成分は、次のように表せる。
同様に、$BC$ の $(q, s)$ 成分は $\displaystyle \sum_{r} b_{qr} \, c_{rs}$ であるから、$A \, (BC)$ の $(p, s)$ 成分は、次のように表せる。
ここで、それぞれの右辺の値は和の順序によらず一致するから、$(AB) \, C$ の $(p, s)$ 成分と $A \, (BC)$ の $(p, s)$ 成分は等しい。したがって、$(AB) \, C = A \, (BC)$ が成り立つ。
($\text{ii}$)$\sim$($\text{v}$) 行列の積の定義より明らか。$\quad \square$
証明の考え方
それぞれ、行列の成分に着目し、 行列の積の定義にしたがって証明できます。
特に($\text{i}$)の証明は、$3$ つの行列にわたる積を考えなければならず、添え字が多く煩雑です。しかしながら、行列の積の成分を丁寧に計算すれば、定義のみにしたがって証明できます。
($\text{i}$)の証明
前提事項の整理
- まず、$3$ つの行列 $A, B, C$ を、適当に(行列の積が定義できる形に)置く必要があります。
- 定理の前提として、$(AB) \, C$ と $A \, (BC)$ が定義できなければなりません。
- したがって、$A$ の列の数と $B$ の行の数、$B$ の列の数と $C$ の行の数がそれぞれ等しくなる必要があります。
- よって、$4$ つの自然数 $k, l, m, n$ を用いて、$A$ を $(k, l)$ 型の行列、$B$ を $(l, m)$ 型の行列、$C$ を $(m, n)$ 型の行列とします。
- また、行列の成分を表すために、$k, l, m, n$ に対応して、$p, q, r, s$ を用いることにします。
- 以上から、$A, B, C$ は、次のように表せます。$$ \begin{gather*} \begin{array} {ccc} A = (\, a_{pq} \,), & B = (\, b_{qr} \,), & C = (\, c_{rs} \,) \end{array} \\ \\ \Bigg[ \quad \begin{alignat*} {3} p &= 1, \cdots, k, \quad & q &= 1, \cdots, l, \\ r &= 1, \cdots, m, \quad & s &= 1, \cdots, n \end{alignat*} \quad \Bigg] \end{gather*} $$
行列の積の計算
- 行列の積の定義を段階的に適用して、$3$ つの行列にわたる積 $(AB) \, C$ と $A \, (BC)$ を計算します。
$(AB) \, C$ の計算
まず、$(AB) \, C$ を計算します。
行列の積の定義より、$AB$ の $(p, r)$ 成分は $\displaystyle \sum_{q} a_{pq} \, b_{qr}$ です。
$AB$ を $1$ つの行列とみて、$AB$ と $C$ の積を定義にしたがって計算すると、$(AB) \, C$ の $(p, s)$ 成分は次のようになります。
$$ \begin{align*} \sum_{r} \left\{ \left( \sum_{q} a_{pq} \, b_{qr} \right) c_{rs} \right\} = \sum_{r} \sum_{q} \; a_{pq} \, b_{qr} \, c_{rs} \end{align*} $$- 右辺は、$r$ を $1 \sim m$ まで、$q$ を $1 \sim l$ まで動かしたときの $a_{pq} \, b_{qr} \, c_{rs}$ の和であり、$lm$ 個の項を足し合わせた多項式にります。
- この足し算については、実数または複素数の和に関する結合法則が成り立ちますので、和の順序によらないことがわかります。
- これは、行列の成分 $a, b, c$ を実数または複素数と定義していることによります。
$A \, (BC)$ の計算
次に、$A \, (BC)$ を計算します。
$(AB) \, C$ の場合と同じ考え方で、$A \, (BC)$ の $(p, s)$ 成分は、次のように計算できます。
$$ \begin{align*} \sum_{q} \left\{ a_{pq} \left( \sum_{r} b_{qr} \, c_{rs} \right) \right\} = \sum_{q} \sum_{r} \; a_{pq} \, b_{qr} \, c_{rs} \end{align*} $$この場合も、右辺の $q$ と $r$ に関する和は順序によらないことがわかります。
証明のまとめ
以上から、$(AB) \, C$ の $(p, s)$ 成分と、$A \, (BC)$ の $(p, s)$ 成分が等しいことがわかりました。
$$ \begin{align*} \sum_{r} \sum_{q} \; a_{pq} \, b_{qr} \, c_{rs} = \sum_{q} \sum_{r} \; a_{pq} \, b_{qr} \, c_{rs} \end{align*} $$すなわち、$2$ つの行列 $(AB) \, C$ と $A \, (BC)$ の対応する成分が等しいので、$(AB) \, C = A \, (BC)$ が成り立ちます。
まとめ
行列の積について、次の演算法則が成り立つ。
$$ \begin{gather*} (\text{i}) & (A B) \, C = A \, (B C) \\ (\text{ii}) & A \, (B + C) = AB + AC \\ (\text{iii}) & (A + B) \, C = AC + BC \\ (\text{iv}) & A O = O, \; O A = O \\ (\text{v}) & A E = A, \; E A = A \\ \end{gather*} $$行列の積について、結合法則や分配法則は成り立つが、交換法則は成り立たない。
参考文献
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