置換の定義

この章の主旨は行列式を定義しその基本的な性質について考察することにありますが、まずは、行列式の定義に先立って必要となる、置換について定義します。

置換とは端的にいえば集合の上で定義される全単射写像のことであり、線形代数だけでなく、代数学(特に群論やガロア理論)等にも現れる非常に重要な概念です。

置換の定義


定義 3.1(置換)

$M$ を集合とするとき、$M$ から $M$ への全単射写像 $\sigma : M \to M$ を $M$ 上の置換($\text{permutation}$)という。



端的にいえは、置換とは、ある集合の上で定義された全単射写像のことであるということです。いま、$M_n$ を $n$ 個の文字 $1, 2, \cdots, n$ からなる集合として、$M_n$ 上の置換 $\sigma : M_n \to M_n$ について考えます。置換 $\sigma$ は写像であるので、任意の $1, 2, \cdots, n \in M_n$ に対して $\sigma(1), \, \sigma(2), \, \cdots, \, \sigma(n) \in M_n$ が存在します(写像の条件)。また、$\sigma$ は全単射であるので、$\sigma(1), \, \sigma(2), \, \cdots, \, \sigma(n)$ は互いに相異なり(単射の条件)、かつ $1, 2, \cdots, n \in M$ のすべての元をわたります(全射の条件)。したがって、$\sigma(1), \, \sigma(2), \, \cdots, \, \sigma(n)$ は、$1, 2, \cdots, n$ の順序を入れ替えたもの、つまり $1, 2, \cdots, n$ の順列に他なりません。このことから、$M_n$の置換 $\sigma$ は、$M_n$ の順列 $\langle 1, 2, \cdots, n \rangle$ と $1$ 対 $1$ に対応することがわかります。

また、$n$ 個の要素からなる集合 $M_n$ に対して、$M_n$ 上の置換 $\sigma$ 全体の集合 $S_n = \{ \, \sigma \mid \sigma : M_n \to M_n \}$ を考えると、その要素の数は $n!$ になります。

$$ \begin{align*} \tag{3.1.1} \mid S_n \mid = n! \end{align*} $$


このことは、置換を、$n$ 個の要素からなる集合の要素の並び替え(すなわち $n$ 個の要素の順列)と考えれば、その総数が $n!$ になることからも理解できます。余談ですが、線型代数学や代数学の教科書で出てくる置換には $\text{permutation}$ の訳にあたりますが、確率論の教科書で出てくる順列にも同じく $\text{permutation}$ を訳したものです。また、順列を意味する記号 ${}_n \mathrm{P}_k$ の $\mathrm{P}$ は $\text{permutation}$ の頭文字を表しています。


表記法

置換 $\sigma$ により、$1, 2, \cdots, n \in M_n$ がそれぞれ $i_1, \, i_2, \, \cdots, \, i_n \in M_n$ に移されるとき、

$$ \begin{align*} 1 \to i_1, \quad 2 \to i_2, \quad \cdots, \quad n \to i_n \end{align*} $$


すなわち、$\sigma(1) = i_1, \; \sigma(2) = i_2, \; \cdots, \; \sigma(n) = i_n$ であるとき、置換 $\sigma$ を次のように表します。置換 $\sigma$ を文字 $1, 2, \cdots, n$ の並び替えと考えれば、この表記法は、上段に元の文字を並べて、下段に置換による行き先の文字を並べたものと捉えることができます。

$$ \begin{align*} \sigma = \begin{pmatrix} 1 & 2 & \cdots & n \\ i_1 & i_2 & \cdots & i_n \end{pmatrix} \end{align*} $$


また、より直接的に次のように表すこともあります。ここでは、元の文字 $1, 2, \cdots, n$ の行き先を示すために文字 $i_1, \, i_2, \, \cdots, \, i_n$ を用いずに、$1$ が $\sigma(1)$ に移り、$2$ が $\sigma(2)$ に移り $\cdots$、ということを示しています。両辺に $\sigma$ が現れるため、初見では若干紛らわしいかもしれませんが、左辺の $\sigma$ は置換そのものを、左辺の $\sigma(1), \, \sigma(2), \, \cdots, \, \sigma(n)$ は $M_n$ の要素を表していると考えれば納得することができます。

$$ \begin{align*} \sigma = \begin{pmatrix} 1 & 2 & \cdots & n \\ \sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n) \end{pmatrix} \\ \end{align*} $$


置換は、文字 $1, 2, \cdots, n$ がそれぞれどの文字に行くかによって決まるため、上段と下段の組み合わせが変わらない限り、並べ方を変えて表記してもかまいません。つまり、上段が $1, 2, \cdots, n$ の順に並んでいなくても問題ないということです。文字の行き先が変わらなければ、並べ方を変えても写像として同じだからです。このような並べ方の変更は、次項で導入する置換の積を計算する際などに大変便利です。

$M_4$ 上の置換の場合を下に例示します。上段と下段で対応する数の組み合わせは変わっていません($1 \to 2, \, 2 \to 4, \, 3 \to 1, \, 4 \to 3$)ので、これらは同じ置換を表しているといえます。

$$ \begin{aligned} \begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 & 4 \\ 2 & 4 & 1 & 3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 & 4 & 2 & 3 \\ 2 & 3 & 4 & 1 \end{pmatrix} = \cdots \end{aligned} $$


まとめ

  • $M$ を集合とするとき、$M$ から $M$ への全単射写像 $\sigma : M \to M$ を $M$ 上の置換という。
  • 置換と順列は $1$ 対 $1$ に対応する。
  • 置換による行き先が変わらなければ、文字の並び順を変えて表記してもよい。

参考文献

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[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
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[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
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初版:2022-10-23   |   改訂:2024-08-16