文字の置換と差積(1)
前節に続き、行列式を定義する準備として、 置換に対して一意に定まる置換の符号という概念を導入します。
ここでは、置換の符号を定義するために必要となる、多項式の文字の置換と差積という $2$ つの概念を導入します。
多項式の文字の置換
まず、多項式における文字の置換を定義します。
定義 3.7(文字の置換)
$n$ 変数多項式 $f( x_1, x_2, \cdots, x_n )$ と 置換 $\sigma \in S_n$ が与えられたとき、多項式 $\sigma f$ を次のように定義する。
解説
文字の置換により得られる多項式
この 定義は、$n$ 個の文字(変数)$x_1, x_2, \cdots, x_n$ からなる多項式 $f$ と $n$ 個の要素からなる集合 $M_n = \{\, 1, 2, \cdots, n \,\}$ 上の置換 $\sigma$ により、新たな多項式 $\sigma f$ が得られる、ということを示しています。
文字の置換により得られる多項式 $\sigma f$ においては、もととなる $f (x_1, x_2, \cdots, x_n)$ に対して $x_1 \rightarrow x_{\sigma(1)}, \; x_2 \rightarrow x_{\sigma(2)}, \; \cdots, \; x_n \rightarrow x_{\sigma(n)}$ のように文字が置き換えられています。
例(多項式の文字の置換)
例えば、次のような $3$ つの変数からなる多項式 $f$ と、$M_3$ 上の置換 $\sigma$ があったとします。このとき、文字の置換により得られる多項式 $\sigma f$ がどのようなものになるか考えます。
置換 $\sigma$ は文字 $1$ を $2$ に、文字 $2$ を $1$ に置き換え、文字 $3$ はどこにも移しません。したがって、与えられた多項式 $f$ において、変数 $x_1$ を $x_2$ に、変数 $x_2$ を $x_1$ に置き換え、変数 $x_3$ をそのままとした、次のような多項式が、置換により得られる多項式 $\sigma f$ です。
対称式
任意の置換 $\sigma$ に対して $\sigma f = f$ となる多項式 $f$ を対称式($\text{symmetric polynomial}$)といいます。すなわち、対称式とは、文字の置換により不変である多項式です。対称式では、どのように文字を入れ替えても式の形は変わりません。
例えば、$f_1 = x_1 + x_2 + \cdots + x_n, \;f_2 = x_1 x_2 + x_1 x_3 + \cdots + x_{n-1} x_n, \; f_n = x_1 x_2 \cdots x_n$ などは基本対称式と呼ばれ、文字の入れ替えにより不変であることがわかっています。
このように、多項式の文字の置換は方程式論などでも用いられる概念です。
交代式
任意の互換 $\sigma$ に対して $\sigma f = - f$ となる多項式 $f$ を、交代式($\text{alternating polynomial}$)といいます。すなわち、交代式とは、$2$ つの文字の入れ替えにより正負が入れ替わる多項式です。
対称式が任意の置換に対して不変であったことに対して、交代式は任意の互換について正負が逆になります。交代式では、どの $2$ つの文字を入れ替えても式の形は変わらず、正負のみ逆になります。
例えば、下に定義する 差積は、最も基本的で重要な交代式の $1$ つです。
文字の置換により得られる多項式
教科書により、$\sigma f$ を $f$ の変換と呼んでいるものもありますが、ここでは特別な必要がないことから固有の名称は使わないことにします。
上記の 文字の置換の定義は、単に $n$ 変数多項式 $f$ と $n$ 次の置換 $\sigma$ から、 (3.3.1)式によって新たな多項式 $\sigma f$ が得られるということのみを示しています。
差積
次に、差積を定義します。差積とは特定の形の多項式であり、交代式の $1$ つです。
定義 3.8(差積)
$n$ 個の変数 $x_1, x_2, \cdots, x_n$ からなる次の多項式を、差積($\text{difference product}$)といい、$\varDelta$ と表す。
解説
定義式の展開(差積)
差積の定義式を展開すると次のようなります。
(3.3.2)式 右辺の $1 \, \leqslant \, i \, \lt \, j \, \leqslant \, n$ という条件から、$i = 1$ のとき $2 \leq j \leq n$($1$ 行目)$, \; i = 2$ のとき $3 \leq j \leq n$($2$ 行目)$, \; \cdots$ となり、これが $i = n-1$ のとき $j = n$($(n-1)$ 行目) まで続きます。
したがって、$n$ 変数の差積は $\dfrac{n(n-1)}{2}$ 個の差 $(x_{i} - x_{j})$ の積となります。
差積の例($n = 4$)
$n = 4$ の差積 $\varDelta (x_1, x_2, x_3, x_4)$ は次のようになります。
差積が交代式であることの確認($n = 4$)
差積が交代式であり、任意の互換 $\sigma$ に対して $\sigma \varDelta = - \varDelta$ となることは、置換の符号を導入するにあたって重要な命題です。一般の差積についてこれが成り立つことは 次項で証明します。
ここでは、イメージをつかむため、$n = 4$ の差積が、ある互換 $\sigma = (\, 2 \; 3 \,)$ に対して交代式となっていることを、計算により確かめてみます。
$\sigma = (\, 2 \; 3 \,)$ に対して、$\sigma \varDelta$ を考えると次のようになります。
- ($\text{i}$)単純に $\sigma = (\, 2 \; 3 \,)$ を適用して $x_2 \rightarrow x_3, \; x_3 \rightarrow x_2$ のように文字の入れ替えをしています。
- ($\text{ii}$)元の $\varDelta$ の順番に沿って差 $(x_{i} - x_{j})$ を並び替えています。このとき $(x_3 - x_2) = - (x_2 - x_3)$ となることから、マイナスが $1$ つ出てきます。他の差、例えば $(x_1 - x_3)$ などについては、対応する差(互換を適用する前と同じ形の差)があるため、場所を入れ替えるだけで元の $\varDelta$ の順に並び替えることができます。
以上から、$n = 4$ の差積 $\varDelta (x_1, x_2, x_3, x_4)$ が、ある $1$ つの互換 $\sigma = (\, 2 \; 3 \,)$ に対して交代式となっていることが確かめられました。
次項では、このことが、一般の(任意の $n$)の差積、任意の $M_{n}$ 上の互換 $\sigma$ について成り立つことを証明します。
まとめ
$n$ 変数多項式 $f( x_1, x_2, \cdots, x_n )$ と 置換 $\sigma \in S_n$ が与えられたとき、次のような新たな多項式 $\sigma f$ が得られる。
$$ \begin{equation*} \sigma f( x_1, x_2, \cdots, x_n ) = f( x_{\sigma(1)}, x_{\sigma(2)}, \cdots, x_{\sigma(n)} ) \end{equation*} $$- 任意の置換 $\sigma$ に対して $\sigma f = f$ となる多項式 $f$ を対称式という。
- 任意の互換 $\sigma$ に対して $\sigma f = - f$ となる多項式 $f$ を交代式という。
$n$ 個の変数 $x_1, x_2, \cdots, x_n$ からなる次の多項式を、差積といい、$\varDelta$ と表す。
$$ \begin{equation*} \varDelta (x_1, x_2, \cdots, x_n) = \prod_{1 \, \leqslant \, i \, \lt \, j \, \leqslant \, n} (x_{i} - x_{j}) \end{equation*} $$- 差積は交代式である。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.