行列式の定義
これまでに準備した概念(置換や置換の符号など)を用いて、行列式を定義します。
また、行列式の計算例として $3$ 次の正方行列の行列式を定義に則って計算し、たすき掛けの規則(サラスの公式)としてまとめます。
行列式の定義
定義 3.8(行列式)
$n$ 次の正方行列 $A = ( \, a_{ij} \, )$ に対して、以下のように定義される式を $A$ の行列式($\text{determinant}$)といい、$\det A$ などと表す。
解説
$n!$ 項の多項式
行列式の定義式((3.4.1)式)において、和の記号 $\displaystyle\sum_{\sigma \; \in \; S_n}$ は、$n$ 文字の置換 $\sigma \in S_n$ すべてにわたる和を示しています。
置換の定義からわかるように、$n$ 文字の置換 は $n$ 個の文字の順列に対応しており、$\sigma \in S_n$ は $n!$ 個あります。
したがって、$n$ 次の正方行列の行列式は、$n!$ 個の項(の和)からなる多項式と捉えることができます。
行列式の項
和の対象となる $\text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} \cdots a_{n \sigma(n)}$ は、行列 $A$ から、置換 $\sigma$ によって定まる成分 $a_{i \sigma(i)}$ を $1$ 個ずつとってできる積(合計 $n$ 個の成分の積)に、置換の符号 $\text{sgn} (\sigma)$ を掛けたものです。
ある置換 $\sigma \in S_n$ に対して $A$ の成分のとり方は一意に定まります。したがって、ある置換 $\sigma$ に対して、対応する行列式の項も一意に定まります。
成分のとり方はもれなく被りなく
置換は全単射である(置換の定義)ので、$A$ の成分 $a_{i \sigma(i)}$ のとり方は、どの行、列についても漏れなく被りないとり方となっていることがわかります。すなわち、$\text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} \cdots a_{n \sigma(n)}$ において、同じ行や列から $2$ つの成分がとられることはなく、また成分がとられない行や列もないということです。
このことについては、下記の計算例において、実際に $3$ 次正方行列の行列式を計算することで詳しく確認できます。
行列式の表記法
行列式の表記法には、主に、次のようなものがあります。
基本的には、簡潔に $\text{det} A$ や $\vert \, A \, \vert$ などと表します。行列 $A$ の中身(成分や列ベクトル)について明示的に言及したい場合など、$3$ つ目や $4$ つ目のように表すこともあります。( $\bm{a_i}$ は $A$ の列ベクトルを表しています。)
行列式の計算
行列式の具体的なイメージをつかむために、行列式を定義に従って計算してみます。また、次数の低い($\leqslant 3$)の行列式の計算に便利なたすき掛けの規則(サラスの公式)についてまとめます。
より一般的な行列式の計算手順については、以下に改めて整理します。
行列式の計算
上記の定義に則って、$3$ 次の正方行列($n=3$ の場合)の行列式について計算してみます。
前提事項の整理
$A_3$ を次のような行列とします。
いま $n=3$ ですので、$3$ 文字の置換は $3! = 6$ 個あり、これを列挙すると $S_3$ は以下のようになります。
置換の符号の計算
$6$ つの置換をそれぞれ $\sigma_{1}, \cdots, \sigma_{6}$ として、以下のように互換の積として表します(置換の分解)。ここで、$\sigma_{1}$ は恒等置換 $\epsilon$ に等しくなります。
互換の数の偶奇は一意的であるため、それぞれ偶置換であるか奇置換であるかが定まり、置換の符号が求められます(置換の符号)。
各項の計算
次に、それぞれの置換に対して $\text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} a_{3 \sigma(3)}$ を求めていきます。これは、置換の符号 $\text{sgn} (\sigma)$ と成分の積 $a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} a_{3 \sigma(3)}$ を掛けたものです。
- 置換の符号 $\text{sgn} (\sigma)$ は上で求めた通りです。
- 成分の積 $a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} a_{3 \sigma(3)}$ は、置換ごとに、$A_3$ から $(1, \sigma(1))$ 成分、$(2, \sigma(2))$ 成分、$(3, \sigma(3))$ 成分をとっていき、それらの積により求まります。
例えば $\sigma_{2}$ の場合は、$\text{sgn} (\sigma_2) = -1$ です。また、 $\sigma_{2}$ により $1 \to 1$ なので $a_{11}$、$\sigma_{2}$ により $2 \to 3$ なので $a_{23}$、$\sigma_{2}$ により $3 \to 2$ なので $a_{32}$ をとり、成分の積 $a_{11} a_{23} a_{32}$ が得られます。したがって、$\sigma_{2}$ に対応する行列式の項は次のように求まります。
$6$ つの置換 $\sigma_{1}, \cdots, \sigma_{6}$ について、対応する行列式の項を計算すると次のようになります。ここで、置換の表記において上段が行、下段が列に対応していると考えるとわかりやすいです。
各項の和の計算
最後に、上記で求めた $\text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} a_{3 \sigma(3)}$ の置換全体にわたる和を求めます。
以上から、$n = 3$ の場合の行列式が具体的に求めることができました。いま、対象の行列 $A_3$ は $3$ 次の正方行列であり、置換全体は $S_3 = \lbrace \, \sigma_{1}, \cdots, \sigma_{6} \, \rbrace$ である($3! = 6$ 個の置換からなる)ので、行列式は、$6$ つの項から成る多項式となることがわかります。
$2$ 次の正方行列の場合
$n = 2$ の場合も、同様の手順に従って、行列式を求めることができます。
たすき掛けの規則(サラスの公式)
これらの $2$ 次または $3$ 次の行列式の計算結果は、「サラスの公式($\text{Sarrus’ rule}$)」や「たすき掛けの規則」などと呼ばれる公式として、以下のように視覚的なイメージとともに覚えることができます。
上図は、$3$ 次の正方行列の行列式の計算結果(次の式)に対応しています。
$$ \begin{align*} \det A_3 = & \; a_{11} a_{22} a_{33} + a_{12} a_{23} a_{31} + a_{13} a_{21} a_{32} \\ & - a_{11} a_{23} a_{32} - a_{12} a_{21} a_{33} - a_{13} a_{22} a_{31} \end{align*} $$左上から右下への線(実線)が符号が $+$ となる項に、右上から左下への線(破線)が符号が $-$ となる項に、それぞれ対応しています。
$2$ 次の正方行列の行列式の計算結果についても、同様に図示されます。
たすき掛けの規則(サラスの公式)を使う際の注意点
$3$ 次の行列式までしか使えない
たすき掛けの規則は、$2$ 次や $3$ 次の行列式を計算する際に非常に便利な方法ですが、$n \geqslant 4$ 以上の場合にはほとんど使えません。
$n = 4$ ならば $4! = 24$ 個、$n = 5$ ならば $5! = 120$ 個、のように、次数が高くなるにしたがって、和を求める項の数は非常に多くなります。これに伴って、置換の符号や積の組合せについて図示することは困難になります。
また、それほど多くの項を持つ多項式を書き出すこと(計算すること)は現実的ではありません。
したがって、高次($\geqslant 4$)の行列式は、次項以降に示す行列式の性質や行列式の展開定理などを用いて、次数を落としてから計算することになります。一般の行列式を計算する手順については行列式の計算の項に改めてまとめます。
符号の正負と定義との対応
久しぶりに $3$ 次の行列式を計算する際など、たすき掛けで斜めに掛けていくことは覚えていられるのですが、左上から右下への線と右上から左下への線、どちらが $+$ でどちらが $-$ か、おぼつかない場合があります(私だけでしょうか $\cdots$)。
そんなときは、行列式の定義に立ち戻りさえすれば、(左上から右下に並ぶ)対角成分が恒等置換(偶置換)に対応していること、恒等置換が偶置換であるから、左上から右下への線が $+$ に対応することを簡単に思い出せます。
たすき掛けの規則(サラスの公式)はあくまで便利な公式として使うとしても、行列式の定義はしっかりと理解する必要があります。
まとめ
$n$ 次の正方行列 $A = ( \, a_{ij} \, )$ に対して、以下のように定義される式を $A$ の行列式といい、$\det A$ などと表す。
$$ \begin{equation} \tag{3.4.1} \det A = \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} a_{2 \sigma(2)} \cdots a_{n \sigma(n)} \end{equation} $$- $\displaystyle\sum_{\sigma \; \in \; S_n}$ は、$n$ 文字の置換 $\sigma \in S_n$ すべてにわたる和。
- $n$ 次の正方行列の行列式は $n!$ 個の項からなる多項式。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
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[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
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[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.