行列式の性質(4)
行列式が、多重線型性と交代性を満たす写像(線型写像)であることを示します。
多重線型性と交代性は行列式を特徴づける基本的な性質です。行列式をこれらの性質を満たす写像として捉えることは、行列式に関する定理(積の行列式、三角行列の行列式など)の証明において大変役に立ちます。
写像としての行列式
定理 3.14(写像としての行列式)
$n$ 個の $n$ 次元数ベクトルの組 $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ に対して、数 $F (\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n})$ を対応させる写像 $F$ が次の $3$ つの条件を満たすとき、$F$ は定数倍を除いて行列式に一致する。
($\text{I}$)$n$ 重線型性
($\text{II}$)交代性
すなわち、$F$ に関して次が成り立つ。ただし、$\bm{e}_{1}, \bm{e}_{2}, \cdots, \bm{e}_{n}$ は $n$ 次元単位ベクトルを表す。
解説
写像としての行列式(定理 3.14の意味)
定理 3.14(写像としての行列式)は、ある写像 $F$ が多重線型性と交代性を満たすならば、$F$ による像は行列式の値の定数倍になる、ということを意味しています。
逆にいえば、行列式の定義において、次の(3.4.1)式により定義した行列式は、多重線型性と交代性を満たす(定理 3.7、定理 3.8)ので、定理 3.14の条件を満たす写像であるということができます。
行列式は線型写像
定理 3.7(多重線型性)でも見た通り、写像としての行列式は特に線型写像になります。
多重線型性に関する $2$ つの条件($\text{i}$)($\text{ii}$)を満たすことから、和とスカラー倍の演算を保存するためです。
「定数倍を除いて行列式に一致する」の意味
多重線型性と交代性を満たす写像 $F$ による像は、行列式の値の定数倍になります。$F$ に関して成り立つ(3.5.12)式を行列により表し直すと、このことがよくわかります。
いま、列ベクトルにより表された行列を、$A = (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}),$ $\, E_{n} = (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n})$(単位行列)とすると、(3.5.12)式は次のように簡潔になります。
これは、(左辺)$F$ による $A$ の像が(右辺)行列式の値の $F (E_{n})$ 倍に等しい、ということを意味しています。$F$ は列に対してある値(スカラー)を対応させる写像ですので、$F (E_{n})$ はある定数(スカラー)に等しくなります。
行列式の定義から、上記の(3.4.1)式により定義した行列式においては、$F(E) = 1$ が成り立ちます。(単位行列の行列式は $1$ に等しくなります。)しかしながら、定理 3.14(写像としての行列式)において、多重線型性と交代性のみを満たす写像 $F$ では必ずしも $F(E) = 1$ が成り立つわけではありません。
そのような意味で、定理 3.14の主張において、写像 $F$ の像(値)は「定数倍を除いて行列式に一致する」と表現されています。
定理 3.14は行列式の定義とほぼ同等
定理 3.14(写像としての行列式)は行列式の定義とほぼ同等の命題といえます。
上記の考察より、多重線型性と交代性を満たす写像 $F$ は「定数倍を除いて」行列式に一致する(すなわち $F$ による像は行列式の定数倍になる)ことがわかりました。$F$ による行列の像は行列式の値の $F (E_{n})$ 倍に等しくなり、$F (E_{n}) = 1$ が常に成り立つとは限らないためです。
したがって、写像 $F$ に求める条件として、($\text{I}$)多重線型性($\text{II}$)交代性に加えて、($\text{III}$)$F(E) = 1$ を加えれば、$F$ は行列式に完全に一致することがわかります。
実際に、多重線型性と交代性を満たし、かつ $F (E) = 1$ であるような写像 $F : K^n \times \cdots \times K^n \to K$ として行列式を定義することもできます。$F (E) = 1$ を条件に加えることで、行列式が一意に定まることを担保し「$\cdots$ 定数倍を除いて $\cdots$」という多義性を免れることができます。
行列式の定義と導出の流れ
天下り式の定義
[1], [2], [3]など、多くの線型代数学の教科書で(3.4.1)式により行列式を定義しています。そして、その定義にしたがって、行列式の基本的性質として多重線型性や交代性などを導くような流れを採っています。
このような行列式の定義の仕方は若干天下り的ではあるものの、はじめから行列式を具体的に計算する方法が与えられている分、理解しやすいものです。
写像による定義
一方で、[4]や、代数学の教科書([10], [11]など)では、多重線型性や交代性を満たす写像として行列式を定義し、そのような行列式が存在し(3.4.1)式に一致するという順に導出されているものもあります。
このように、はじめから写像として行列式を定義する仕方は本質的ではあるものの、難解すぎるきらいがあります。具体的な行列式の計算より前に多重線型性や交代性などの要件について考察する必要があるためです。また、これらの条件を満たす行列式が存在し、かつ一意に定まることを証明する必要があり(これがなかなか大変)、初学時にこの流れで論理展開を追うのはかなり困難だと思います。
どちらの方向からも導出できることが理想的ではありますが、ここでは、理解のしやすさから前者の流れに沿って(3.4.1)式による定義を採用しています。
行列式を写像として捉えることの意義
上記の考察の通り、定理 3.14(写像としての行列式)は論理的な意義の大きい定理ではありますが、他の定理の証明等においても大変便利で有用な定理です。
定理 3.14により、行列式を写像として捉えることで、行列式の積に関する定理や三角行列の行列式に関する定理など、定義からの導出が難しい(大変な)命題をきわめて簡潔に導出できます。
証明
$n$ 次元数ベクトル $\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}$ について、それぞれ $\bm{a}_{j} = \displaystyle \sum_{i} a_{i \, j} \, \bm{e}_{i}$ が成り立つとすると、$F$ が $n$ 重線型性を満たすことから、次が成り立つ。
ここで、$F$ が交代性を満たすことから、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ のうちに等しいものがあれば $F (\bm{e}_{i_1}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) = 0$ となる。したがって、上式における和は $i_{1}, \cdots, i_{n}$ がすべて異なる場合のみを加えればよい。したがって、次が成り立つ。
また、再び $F$ の交代性から、$F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)}) = \text{sgn} (\sigma) \, F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n})$ であるから、
証明の考え方
写像 $F$ が多重線型性と交代性の条件を満たすことを利用して(3.5.12)式を導きます。
具体的には、($1$)写像 $F$ の像を行列の成分の積の和として表し($2$)多重線型性と交代性を満たすことを用いて和を精査することで($3$)行列式の定義の形を抽出します。
(1)$F$ の像を行列の成分により表す
$n$ 次元数ベクトル $\bm{a}_{1} \cdots, \bm{a}_{n}$ を単位ベクトル $\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}$ を用いて表すと次のようになります。
$$ \begin{align*} \bm{a}_{1} &= \displaystyle \sum_{i_1} a_{i_1 1} \bm{e}_{i_1}, \\ \bm{a}_{2} &= \displaystyle \sum_{i_2} a_{i_2 2} \bm{e}_{i_2}, \\ & \; \; \vdots \\ \end{align*} $$$1$ つのベクトル $\bm{a}_{j}$ は、次のように単位ベクトルの線型結合として表せます。
$$ \begin{split} \bm{a}_{j} &= \begin{pmatrix} a_{1 j} \\ \vdots \\ a_{n j} \end{pmatrix} = a_{1 j} \begin{pmatrix} 1 \\ \vdots \\ 0 \end{pmatrix} + \cdots + a_{n j} \begin{pmatrix} 0 \\ \vdots \\ 1 \end{pmatrix} \\ &= \sum_{i} a_{i j} \bm{e}_{i} \\ \end{split} $$$j = 1, \cdots, n$ それぞれに対して $i = 1, \cdots, n$ がありますので、これを $i_j$ のように表すとすると、$\bm{a}_{1} \cdots, \bm{a}_{n}$ は上記のように表せます。
よって、$F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n})$ は次のようになります。
$$ \begin{align*} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) = F (\sum_{i_1} a_{i_1 1} \bm{e}_{i_1}, \cdots, \sum_{i_n} a_{i_n n} \bm{e}_{i_n} ) \\ \end{align*} $$
(2)多重線型性と交代性を用いた和の精査
まず、多重線型性(条件($\text{i}$)($\text{ii}$) )を繰り返し適用して、$F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n})$ を簡単にすると、次のようになります。
$$ \begin{align*} \begin{split} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= F (\sum_{i_1} a_{i_1 1} \bm{e}_{i_1}, \cdots, \sum_{i_n} a_{i_n n} \bm{e}_{i_n}) \\ &= \sum_{i_1} \cdots \sum_{i_n} a_{i_1 1} \cdots a_{i_n n} \; F (\bm{e}_{i_1}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) \\ \end{split} \end{align*} $$- 条件($\text{i}$)より、ベクトルの和の像はそれぞれの像の和になりますので、$\displaystyle \sum_{i_j}$ は $F$ の外に出ます。
- 同様に、条件($\text{ii}$)より、ベクトルの定数倍の像はそれぞれの像の定数倍になりますので、$a_{i \, j}$ は $F$ の外に出ます。
次に、交代性(条件($\text{iii}$))を用いて和の対象を精査します。
和の対象を整理することで、$F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n})$ は更に次のようになります。
$$ \begin{align*} \begin{split} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= \sum_{i_1} \cdots \sum_{i_n} a_{i_1 1} \cdots a_{i_n n} \; F (\bm{e}_{i_1}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) \\ &= \sum_{\sigma \in S_n} a_{\sigma(1) 1} \cdots a_{\sigma(n) n} \; F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)}) \\ \end{split} \end{align*} $$条件($\text{iii}$)から、直ちに、$i_{1}, i_{2}, \cdots, i_{n}$ のうちに等しいものがあれば $F (\bm{e}_{i_1}, \bm{e}_{i_2}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) = 0$ となります。まず、このことを用います。
- 交代性のこの性質は、定理 3.9(行列式の交代性)の系 3.11と同じです。
いま、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ のそれぞれについて $1 \sim n$ の和をとるわけですが、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ のうちに $1$ 組でも同じものが含まれれば、$F (\bm{e}_{i_1}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) = 0$ となるので、この場合は和に含めなくてもよいことがわかります。
つまり、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ がすべて異なる場合に限って和をとればよいわけですが、これは、$n$ 文字の置換全体についての和をとることに等しいです。
このことは、次のような $n$ 文字の置換 $\sigma$ を考えるとわかりやすいです。
$$ \begin{align*} \sigma = \begin{pmatrix} 1 & 2 & \cdots & n \\ i_1 & i_2 & \cdots & i_n \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$置換は全単射であることから、$i_1, i_2, \cdots, i_n$ は互いに相異なり(単射)、$\{ 1, 2, \cdots, n \}$ のすべての元をわたります(全射)。
したがって、$n$ 文字の置換全体についての和をとることは、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ がすべて異なる場合に限って和をとることに等しくなります。
$i_1, \cdots, i_n$ の置換が、$i_1, \cdots, i_n$ の順列と $1$ 対 $1$ に対応していることからも、このことが理解できます。
以上の考察から、$i_{1}, \cdots, i_{n}$ に関するの和は $\sigma \in S_n$ に関するの和に見直せます。これにより、もともとの $n \times \cdots \times n = n^n$ 個の和($1$ 行目)だったものは、$n!$ 個の和($2$ 行目)に精査されます。
$$ \begin{align*} \begin{split} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= \sum_{i_1} \cdots \sum_{i_n} a_{i_1 1} \cdots a_{i_n n} \; F (\bm{e}_{i_1}, \cdots, \bm{e}_{i_n}) \\ &= \sum_{\sigma \in S_n} a_{\sigma(1) 1} \cdots a_{\sigma(n) n} \; F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)}) \\ \end{split} \end{align*} $$
(3)行列式(定義の形)の抽出
交代性(条件($\text{iii}$))を再び用いて、行列式の定義 $\text{det} \, (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n})$ の形を抽出します。
上記の式において、$F$ による像 $F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \bm{e}_{\sigma(2)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)})$ に条件($\text{iii}$)を適用すると次のようになります。
$$ \begin{align*} F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \bm{e}_{\sigma(2)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)}) = \text{sgn} (\sigma) \; F (\bm{e}_{1}, \bm{e}_{2}, \cdots, \bm{e}_{n}) \end{align*} $$- これは、$\sigma(1), \cdots, \sigma(n)$ 順に並んでいた列ベクトルを $1, \cdots, n$ 順に並び替えたことに相当します。
- この並び替えにより $\text{sgn} (\sigma)$ が出てくるとともに、$\sigma$ に依存しない $F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n})$ が得られます。
- $F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n})$ が $\sigma$ に依存しないということは、この項を $\sigma$ による和の外に出しても良いということです。
これにより、行列式の定義の形が得られ、(3.5.12)式が導かれます。
$$ \begin{split} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= \sum_{\sigma \in S_n} a_{\sigma(1) 1} \cdots a_{\sigma(n) n} \; F (\bm{e}_{\sigma(1)}, \cdots, \bm{e}_{\sigma(n)}) \\ &= \sum_{\sigma \in S_n} a_{\sigma(1) 1} \cdots a_{\sigma(n) n} \; \text{sgn} (\sigma) \, F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}) \\ &= F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}) \sum_{\sigma \in S_n} \, \text{sgn} (\sigma) \, a_{\sigma(1) 1} \cdots a_{\sigma(n) n} \\ &= F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}) \; \text{det} (\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}) \\ \end{split} $$以上で、題意が示されました。
まとめ
- 多重線型性と交代性を満たす写像 $F : K^n \times \cdots \times K^n \to K$ は、定数倍を除いて行列式に一致する。$$ \begin{align*} F (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) = F (\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}) \; \text{det} \, (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{n}) \\ \end{align*} $$
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.