行列式の性質(8)
行列式の性質に関する諸定理を導きます。ここでは、まず三角行列を定義した後に、前々項で示した定理 3.16(零行列をブロックにもつ行列の行列式)の系として、三角行列の行列式に関する命題を示します。
三角行列の定義
定義 3.9(三角行列)
正方行列のうち、対角線より左下の成分がすべて $0$ であるような行列を上三角行列($\text{upper /}$ $\text{right}$ $\text{triangular matrix}$)、対角線より右上の成分がすべて $0$ であるような行列を下三角行列($\text{lower /}$ $\text{left}$ $\text{triangular matrix}$)という。これらを合わせて、三角行列($\text{triangular}$ $\text{matrix}$)という。
上三角行列と下三角行列を具体的に表すと次のようになります。下段の表記において、大きな $O$ はその部分の成分がすべて $0$ であることを表しています。また、与えられた三角行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ とすると、上三角行列においては $i \gt j \Rightarrow a_{ij} = 0$、下三角行列においては $i \lt j \Rightarrow a_{ij} = 0$、という条件が成立しています。三角行列は、固有値と固有ベクトルの項目などにも現れる重要な行列の形です。
三角行列の行列式
系 3.18(三角行列の行列式)
三角行列の行列式は対角成分の積に等しい。
正方行列が三角行列であれば、その行列式の値は直ちに計算することができ対角成分の積に等しくなるということです。(3.5.16)式は上三角行列に関するものですが、下三角行列に関しても同じことが成り立ちます。
この定理は定理 3.16(零行列をブロックに持つ行列の行列式)の系であり、定理 3.16の系である系 3.17($0$ を含む行列の行列式)により直ちに導くことができます(証明 1)。一方で、定理 3.16とは独立に行列式の定義から直接導くこともできますので、その方法を証明 2)として示します。
証明 1(系 3.17を用いる方法)
系 3.17より、次が成り立つ。
上三角行列においては $i \gt j \Rightarrow a_{ij} = 0$ が成り立っている(三角行列の定義)ので、第 $1$ 列の成分は $(1, 1)$ 成分を除いて(第 $2$ 行以降)すべて $0$ となります。したがって、系 3.17を用いることができ、$1$ つ目の等号のように $a_{11}$ のみ行列式の記号の外に出て次数が $1$ つ下がります。新たに得られた(次数が $1$ つ下がった)行列も上三角行列になりますので、再び系 3.17を用いることができます。これを繰り返すことで、対角成分のみの積が得られるます。
証明 2(行列式の定義による方法)
(3.5.16)式の左辺の行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ とすると、行列式の定義より、次が成り立つ。
上三角行列においては $i \gt j \Rightarrow a_{ij} = 0$ が成り立つので、$j = 1$ ならば $a_{i1} = 0 \; (i \gt 1)$ である。つまり、$\sigma(2), \cdots, \sigma(n)$ の中に $1$ が現れる項は $0$ となるので、そのような項を除くと、$\sigma(1) = 1$ となる場合のみ和を考えればよい。同様に、$j \geqslant 2$ ならば $a_{ij} = 0 \; (i \gt j)$ であり、$\sigma(j) = j$ となるの場合のみ和を考えればよい。すなわち、$\sigma$ が恒等置換の場合についてのみ考えればよいことになる。したがって、
証明の骨子
行列式の定義と、上三角行列の性質から証明します。基本的な考え方は定理 3.16(零行列をブロックに持つ行列の行列式)や系 3.17($0$ を含む行列の行列式)の証明と同じです。
(3.5.16)式の左辺の行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ として、$A$ の行列式を定義に従って表します。
$$ \begin{align*} \vert \, A \, \vert = \sum_{\sigma \in S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ \end{align*} $$上三角行列の性質に着目して、$\sigma \in S_{n}$ に関する和を見直します。
まず、$j = 1$ の場合($A$ の第 $1$ 列)について考えます。
- $A$ は上三角行列なので、$i \gt j \Rightarrow a_{ij} = 0$ が成り立ちます。すなわち、行列の $(i, j)$ 成分について、行番号 $i$ が列番号 $j$ よりも大きい場合 $a_{ij} = 0$ となります。
- いま、第 $1$ 列 $( j = 1 )$ に着目すると、$i = 2, 3, \cdots, n$ であれば $a_{i \, 1} = 0$ となります。これを、行列式の定義に当てはめると、$i = 2, 3, \cdots, n$ かつ $\sigma(i) = 1$ であるとき $a_{i \, \sigma(i)} = 0$ となり、$\text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma(1)} \, \cdots \, a_{i \, \sigma(i)} \, \cdots \, a_{(n) \, \sigma(n)} = 0$ となります。つまり、このような場合は和に含めなくて良いということです。
- よって、$j = 1$ のときは、$i = 1$ となる場合のみ和を考えればよいということがわかります。
次に、$j \geqslant 2$ の場合について考えます。
- 第 $2$ 列以降 $( j \geqslant 2 )$ についても、同様に $i \gt j \Rightarrow a_{ij} = 0$ が成り立ちます。つまり、$i \gt j$ かつ $\sigma(i) = j$ であれば $a_{i \, \sigma(i)} = 0$ となり、和の対象に含めなくてよいことがわかります。
- よって、$j \geqslant 2$ のときも $i = j \; ( \geqslant 2 )$ となる場合のみ和を考えればよいということがわかります。
以上の考察から、すべての $j$ について $i = j$ となる場合、つまり、行番号と列番号が一致する場合のみ和の対象とすればよいということがわかります。
- これは、$i = j = \sigma(i)$ となる場合ということなので、$\sigma$ が恒等置換($\epsilon$)の場合に限ると考えても同じです。
したがって、$\vert \, A \, \vert$ は次のようになります。
$$ \begin{align*} \begin{split} \vert \, A \, \vert &\overset{(1)}{=} \sum_{\sigma \in S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ &\overset{(2)}{=} \sum_{\sigma \, = \, \epsilon} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ &\overset{(3)}{=} \text{sgn} (\epsilon) \; a_{1 \, \epsilon (1)} \, a_{2 \, \epsilon (2)} \, \cdots \, a_{n \, \epsilon (n)} \\ &\overset{(4)}{=} a_{11} a_{22} \cdots a_{nn} \quad \quad \quad \square \\ \end{split} \end{align*} $$- $4$ 行目において、恒等置換 $\epsilon$ が偶置換であること($\text{sgn} (\epsilon) = 1$)を用いています。
以上から $\vert \, A \, \vert = a_{11} a_{22} \cdots a_{nn}$ となり、題意が示されました。
定理 3.16や系 3.17の証明と同様の考え方で、和の対象を精査していくことで証明できます。この場合は、第 $1$ 列 $( j = 1 )$、第 $2$ 列 $( j = 2 ) \cdots$ と段階的に考えていけば、恒等置換の場合についてのみ和をとればよいことがわかり、結果として対角成分の積が得られます。(3.5.16)式は上三角行列に関するものですが、下三角行列に関しても同様に示すことができ、その場合は、第 $1$ 行 $( i = 1 )$、第 $2$ 行 $( i = 2 ) \cdots$ と考えを進めていくことになります。
前項の系 3.17は、定理 3.14(写像としての行列式)と併せて定理 3.16の証明が簡単になるなど、定理 3.16に先立って証明するメリットがありました。しかし、この系 3.18に関してはそのようなメリットがあまりないので、定義から直接示す証明 2よりも、系 3.17を用いる証明 1を採用するのが素直かと思います。
まとめ
- 次の $2$ つを合わせて三角行列という。
- 上三角行列:対角線より左下の成分がすべて $0$ であるような正方行列。
- 下三角行列:対角線より右上の成分がすべて $0$ であるような正方行列。
- 上三角行列:対角線より左下の成分がすべて $0$ であるような正方行列。
- 三角行列の行列式は対角成分の積に等しい。$$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; \begin{matrix} a_{11} & a_{12} \\ & a_{21} \\ \end{matrix} & \begin{matrix} \cdots & a_{1n} \\ \cdots & a_{2n} \\ \end{matrix} \; \\ \; \Large{O} & \begin{matrix} \ddots & \vdots \\ & a_{nn} \\ \end{matrix} \; \\ \end{vmatrix} = a_{11} a_{22} \cdots a_{nn} \end{equation*} $$
参考文献
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