余因子行列と逆行列(2)
前項に定義した余因子行列を用いて、ある行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件に関する定理を示します。
この定理により、ある行列 $A$ が正則である(逆行列を持つ)ことと、行列式 $\det A$ が $0$ でない($\det A \neq 0$)ことは同値であるといえます。
逆行列を持つための条件
定理 3.22(逆行列を持つための条件)
$n$ 次の正方行列 $A$ が正則であるための必要十分条件は $\det A \neq 0$ である。このとき、$A$ の逆行列は次の式により与えられる。
すなわち、ある行列 $A$ が正則である(逆行列を持つ)ことと行列式 $\det A$ が $0$ でない($\det A \neq 0$)ことは同値であるといえます。この定理は、ある行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を示す大変重要な定理です。しかしながら、ある行列が正則であることと同値な条件は「$\det A \neq 0$ である」ことの他にもあり、例えば、「行列 $A$ の列ベクトルが線型独立である」、「一次方程式 $A \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持たない」、「$\text{rank} A = n$ である」などもこれにあたります。与えられた行列が正則であるか否かの判定を行う際は、状況に応じて使いやすい条件を用いることができます。
この定理により得られる(3.6.8)式($A^{-1} = \dfrac{1} {\det A} \tilde{A}$)を逆行列の定義と混同してはいけません。少なくとも我々の導出の仕方では、あくまで、$AB = BA = E$ となる $B$ を $A$ の逆行列と定義しています(正則行列の定義)。また、実際に逆行列の計算にあたって(3.6.8)式を用いるのは、実はあまり効率的ではありません。余因子行列の計算が非常に面倒だからです。一般的には、行列の基本変形を用いる方法の方が実用的です。この定理の意義は、実用面よりもむしろ理論的な面にあります。もちろん、余因子行列が計算しやすい形など(3.6.8)式が有効な場合もありますので、こちらも、状況に応じて使い分ければ良いかと思います。
証明
$A$ が正則であるとすると $AB= BA = E_n$ となる $B$ が存在する。このとき、$\det (AB) = \det A \cdot \det B$ かつ $\det E_n = 1$ であることから $\det A \cdot \det B = 1$ となる。したがって $\det A \neq 0$ である。また、$\det A \neq 0$ であるとして $B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A}$ とおくと、定理 3.21より $A \tilde{A} = \tilde{A} A = (\det A) \; E_n$ であるから、$AB = BA = E_n$ となる。よって $A$ は正則である。以上から、$A$ が正則であるためには $\det A \neq 0$ であることが必要かつ充分である。また、上の計算より $A$ の逆行列は $A^{-1} = B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A}$ となる。 $\quad \square$
証明の骨子
($\text{i}$)$A$ が正則である、($\text{ii}$)$\det A \neq 0$ として、($\text{i}$)と($\text{ii}$)が同値であることを示します。証明にあたっては、定理 3.21(余因子行列)を用います。
- ($\text{i}$)$\Rightarrow$($\text{ii}$)
示すべきことは「$A$ が正則 $\Rightarrow$ $\det A \neq 0$」になります。このとき「$\det A \neq 0$」であることは「$A$ が正則」であるための必要条件となります。
正則行列の定義より、$A$ が正則であれば $AB= BA = E_n$ となる $B$ が存在します。この等式について、両辺の行列式を考えます。
$A$ と $B$ の積の行列式 $\det (AB)$ は、定理 3.15(積の行列式)より次のようになります。
$$ \begin{align*} \det (AB) = \det A \cdot \det B \end{align*} $$また、系 3.18(三角行列の行列式)より、単位行列 $E_n$ の行列式は $1$ に等しくなります。
$$ \begin{align*} \det E_n = 1 \end{align*} $$
したがって、$\det A \cdot \det B = 1$ であり、特に $\det A \neq 0$ であることが確かめられました。
以上から($\text{i}$)$\Rightarrow$($\text{ii}$)が示されました。
- ($\text{i}$)$\Leftarrow$($\text{ii}$)
示すべきことは「$\det A \neq 0$ $\Rightarrow$ $A$ が正則」になります。このとき、「$\det A \neq 0$」であることは「$A$ が正則」であるための十分条件となります。
$\det A \neq 0$ であることを仮定して、$A$ が正則である($AB= BA = E_n$ となる $B$ が存在する)ことが導ければ良いわけですので、$AB= BA = E_n$ を満たすような $B$ を考えます。
定理 3.21(余因子行列)より、$A \tilde{A} = \tilde{A} A = (\det A) \; E_n$ であることがわかっていますので、$B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A}$ と置けば、$AB= BA = E_n$となります。
$$ \begin{split} AB &= A \cdot \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} = \dfrac{1}{\det A} A \tilde{A} = \dfrac{1}{\det A} (\det A) \; E_n = E_n \\ BA &= \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} \cdot A= \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} A = \dfrac{1}{\det A} (\det A) \; E_n = E_n \\ \end{split} $$以上から($\text{ii}$)$\Rightarrow$($\text{i}$)が示されました。
ここまでで、定理の前半である必要十分性が示されました。
- $A$ の逆行列について示します。
- 十分性の証明(($\text{ii}$)$\Rightarrow$($\text{i}$)の証明)で考えた通り、$B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A}$ とすれば $AB = BA = E_n$ となることがわかっています。よって、$A$ の逆行列は $B$ に等しく $A^{-1} = B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A}$ により与えられることがわかります。
まとめ
- $n$ 次の正方行列 $A$ が正則であるための必要十分条件は $\det A \neq 0$ である。
- このとき、$A$ の逆行列は次の式により与えられる。$$ \begin{equation*} A^{-1} = \dfrac{1} {\det A} \tilde{A} \end{equation*} $$
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
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