正則行列の条件(行列式)

余因子行列を用いて、行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を示します。

すなわち、ある行列 AA が正則であることと、行列式の値が 00 でないこと(detA0\det A \neq 0)は同値です。

逆行列を持つための条件


定理 3.22(逆行列を持つための条件)

nn 次の正方行列 AA が正則であるためには、detA0\det A \neq 0 であることが必要にして十分である。また、このとき、AA の逆行列は、次の式により与えられる。

A1=1detAA~ \begin{equation} \tag{3.6.8} A^{-1} = \dfrac{1} {\det A} \tilde{A} \end{equation}


解説

正則であるための条件(行列式)

定理 3.22(逆行列を持つための条件)は、前項で定義した余因子行列を用いて、行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を示すものです。すなわち、ある行列 AA が正則である(逆行列を持つ)ことと行列式の値が 00 でない(detA0\det A \neq 0)ことは同値です。

当然ながら、ある行列が正則であるためには正方行列でなければならない(正則行列の定義)ので、定理 3.22は正方行列に限って成り立ちます。

正則であるための条件(様々な観点)

ある行列が正則であるための条件は、様々な観点から示すことができます。

主な条件として、次のようなものがあります。それぞれ、(11)行列式(22)ベクトルの線型独立性(33)連立一次方程式(44)行列の階数の観点から、正則行列の条件を表しています。

11)行列式に関して detA0\det A \neq 0 であること(定理 3.22
22AA の列ベクトル(または行ベクトル)が線型独立であること(定理 4.27
33)連立一次方程式 Ax=0A \bm{x} = \bm{0} が自明でない解を持たないこと(定理 4.26
44rankA=n\text{rank} \, A = n であること(定理 4.62

具体的に与えられた行列が正則であるか否かの判定を行う際は、状況に応じて使いやすい条件を用いることができます。

逆行列の定義について

正方行列 AA の逆行列は、AB=BA=EAB = BA = E を満たす BB として定義されています(正則行列の定義)。

定理 3.22(逆行列を持つための条件)(3.6.8)式は、あくまで逆行列を定義するものではありません。これを定義と混同しないよう注意が必要です。

A1=1detAA~ \begin{equation} \tag{3.6.8} A^{-1} = \dfrac{1} {\det A} \tilde{A} \end{equation}

逆行列の求め方

また、具体的に与えられた行列の逆行列を求める際に、定理 3.22(逆行列を持つための条件)を用いるのは効率的ではありません。

余因子行列を求めるために必要な計算が多く、が非常に面倒だからです。一般的には、行列の基本変形による方法の方が実用的です。

基本変形による逆行列の計算

定理 3.22の意義は、実用面よりもむしろ理論的な面にあります。



証明

AA が正則であるとすると AB=BA=EnAB= BA = E_n となる BB が存在する。このとき、det(AB)=detAdetB\det (AB) = \det A \cdot \det B 、かつ detEn=1\det E_n = 1 であることから detAdetB=1\det A \cdot \det B = 1 が成り立つ。したがって detA0\det A \neq 0 である。

また、detA0\det A \neq 0 であるとして B=1detAA~B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} とおくと、定理 3.21(余因子行列)より、AA~=A~A=(detA)  EnA \tilde{A} = \tilde{A} A = (\det A) \; E_n であるから、AB=BA=EnAB = BA = E_n が成り立つ。よって AA は正則である。

以上から、AA が正則であるためには detA0\det A \neq 0 であることが必要かつ充分である。また、このとき、AA の逆行列は A1=B=1detAA~A^{-1} = B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} となる。 \quad \square



証明の考え方

i\text{i}AA が正則である、(ii\text{ii}detA0\det A \neq 0 である、とし、22 つの条件の同値性を示します。また、定理 3.21(余因子行列)を用いて、逆行列が余因子行列で表せることを示します。

必要性の証明(i\text{i}\Rightarrowii\text{ii}

  • まず、「AA が正則 \Rightarrow detA0\det A \neq 0」を示します。
    • すなわち、「detA0\det A \neq 0」が、「AA が正則」であるための必要条件であることを示します。
  • 正則行列の定義より、AA が正則であれば AB=BA=EnAB= BA = E_n となる BB が存在します。
  • この等式(特に、AB=EnAB = E_n)の両辺の行列式を考えると、detAdetB=1\det A \cdot \det B = 1 が成り立つことがわかります。
    • (左辺)行列の積 ABAB の行列式は、より次のようになります(定理 3.15(積の行列式)) 。

      det(AB)=detAdetB \begin{align*} \det (AB) = \det A \cdot \det B \end{align*}

    • (右辺)単位行列 EnE_n の行列式は 11 に等しくなります(系 3.18(三角行列の行列式))。

      detEn=1 \begin{align*} \det E_n = 1 \end{align*}

    • 同様に、BA=EnBA = E_n の両辺の行列式を考えると、detBdetA=1\det B \cdot \det A = 1 が成り立つことがわかります。

  • したがって、特に、detA0\det A \neq 0 が成り立つことが確かめられました。
  • 以上から、(i\text{i}\Rightarrowii\text{ii})が示されました。

十分性の証明(i\text{i}\Leftarrowii\text{ii}

  • 次に、「detA0\det A \neq 0 \Rightarrow AA が正則」を示します。

    • すなわち、「detA0\det A \neq 0」が、「AA が正則」であるための十分条件であることを示します。
  • detA0\det A \neq 0 であることを仮定して、AA が正則である(AB=BA=EnAB= BA = E_n となる BB が存在する)ことを導けば良いので、AB=BA=EnAB= BA = E_n を満たすような BB を考えます。

  • 定理 3.21(余因子行列)より、AA~=A~A=(detA)  EnA \tilde{A} = \tilde{A} A = (\det A) \; E_n であることがわかっていますので、B=1detAA~B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} と置けば、AB=BA=EnAB= BA = E_n が成り立つといえます。

    • ABAB については、次の通り。

      AB=A1detAA~=1detAAA~=1detA(detA)  En=En \begin{split} AB &= A \cdot \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} \\ &= \dfrac{1}{\det A} A \tilde{A} \\ &= \dfrac{1}{\det A} (\det A) \; E_n \\ &= E_n \\ \end{split}

    • BABA についても、同様に、次の通り。

      BA=1detAA~A=1detAA~A=1detA(detA)  En=En \begin{split} BA &= \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} \cdot A \\ &= \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} A \\ &= \dfrac{1}{\det A} (\det A) \; E_n \\ &= E_n \\ \end{split}

  • 以上から、(ii\text{ii}\Rightarrowi\text{i})が示されました。

余因子行列と逆行列

  • ここまでで、定理の前半である必要十分性が示されました。最後に、AA の逆行列が余因子行列で表せることを示します。

  • 十分性の証明(ii\text{ii}\Rightarrowi\text{i}で示した通り、BB を次のようにおけば、AB=BA=EnAB = BA = E_n を満たすことがわかっています。

    B=1detAA~ \begin{align*} B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} \end{align*}

  • よって、AA の逆行列は BB に等しく、A1=B=1detAA~A^{-1} = B = \dfrac{1}{\det A} \tilde{A} により与えられることがわかります。


まとめ

  • nn 次の正方行列 AA が正則であるための必要十分条件は detA0\det A \neq 0 である。
  • このとき、AA の逆行列は次の式により与えられる。
    A1=1detAA~ \begin{equation*} A^{-1} = \dfrac{1} {\det A} \tilde{A} \end{equation*}

参考文献

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初版:2022-12-28   |   改訂:2025-02-10