行列式の計算

本章では、行列式の定義から基本的な性質、行列式の展開に関する定理を示してきました。これらを踏まえて、具体的に与えられた行列式を計算する方法について整理します。

行列式の計算


計算方針(行列式の計算)

具体的に与えられた行列に対して、次の手順でその行列式を計算することができる。
($1$)ある行または列が共通因子を持つ場合、それをくくり出す。
($2$)ある行または列の定数倍を他の行または列に加えて、$0$ の多い行または列をつくる。
($3$)$0$ の多い行または列に沿って、行列式を展開する。
($4$)($1$)$\sim$($3$)を繰り返し、計算可能な次数まで下がった行列式を計算する。



($1$)と($2$)は、行列式の基本的性質である多重線型性(定理 3.7)と交代性(定理 3.8)により担保された操作です。また($3$)は、前々項で示した行列式の展開に関する定理(定理 3.19)によります。($3$)により行列式の次数を $1$ つ下げることができますので、($1$)$\sim$($3$)を繰り返すことで、行列式を現実的に計算可能な次数($2$ 次または $3$ 次程度)にまで下げて計算できるというわけです。($4$)では、直接的に行列式を計算する必要がありますが、$2$ 次または $3$ 次程度まで次数が下がっていれば、行列式の定義に示したようなたすき掛けの規則(またはサラスの公式)などを用いて効率的に計算することができます。

要するに、行列式の基本的性質を使って $0$ の多い行または列をつくり、その行または列に沿って行列式を展開し、次数の下がった行列式を計算するという流れになります。



例(行列式の計算)

上の計算方針に沿って、次の($1$)と($2$)の行列式を計算します。

$$ \begin{align*} \begin{array} {ccccc} (1) & \begin{vmatrix} \; 2 & 4 & 3 & -2 \; \\ \; 1 & -2 & 1 & 6 \; \\ \; 5 & 4 & 3 & 2 \; \\ \; 1 & 1 & 3 & 4 \; \\ \end{vmatrix} , & & (2) & \begin{vmatrix} \; a & a^{2} & b+c \; \\ \; b & b^{2} & c+a \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} \end{array} \end{align*} $$



$(1)$

$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; 2 & 4 & 3 & -2 \; \\ \; 1 & -2 & 1 & 6 \; \\ \; 5 & 4 & 3 & 2 \; \\ \; 1 & 1 & 3 & 4 \; \\ \end{vmatrix} &\overset{\text{(i)}}{=} 2 \, \begin{vmatrix} \; 2 & 4 & 3 & -1 \; \\ \; 1 & -2 & 1 & 3 \; \\ \; 5 & 4 & 3 & 1 \; \\ \; 1 & 1 & 3 & 2 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(ii)}}{=} 2 \, \begin{vmatrix} \; 0 & 2 & -3 & -5 \; \\ \; 0 & -3 & -2 & 1 \; \\ \; 0 & -1 & -12 & -9 \; \\ \; 1 & 1 & 3 & 2 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(iii)}}{=} 2 \cdot (-1) \, \begin{vmatrix} \; 2 & -3 & -5 \; \\ \; -3 & -2 & 1 \; \\ \; -1 & -12 & -9 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(iv)}}{=} -2 \, \begin{vmatrix} \; -13 & -13 & 0 \; \\ \; -3 & -2 & 1 \; \\ \; -28 & -30 & 0 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(v)}}{=} -2 \cdot (-1) \, \begin{vmatrix} \; -13 & -13 \; \\ \; -28 & -30 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(vi)}}{=} +2 \cdot (-13) \cdot (-2) \, \begin{vmatrix} \; 1 & 1 \; \\ \; 14 & 15 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(vii)}}{=} 52 \cdot (15 - 14) \\ &\overset{\text{(viii)}}{=} 52 \\ \end{split} $$


上に示した計算方針の手順にしたがって計算を進めます。

  • ($\text{i}$)第 $4$ 列は共通因子 $2$ を持つので、これをくくり出します。
  • ($\text{ii}$)第 $1 \sim 3$ 行に第 $4$ 行の定数倍を加えて、第 $1$ 列に $0$ をつくります。具体的には、(第 $1$ 行)$-2 \times$(第 $4$ 行)、(第 $2$ 行)$-$(第 $4$ 行)、(第 $3$ 行)$-5 \times$(第 $4$ 行)とします。
  • ($\text{iii}$)第 $1$ 列に沿って行列式を展開します。($\text{ii}$)において第 $1$ 列は $(4, 1)$ 成分以外 $0$ なので、展開した結果、次数が $1$ つ下がった行列式が $1$ つだけ残ります。また、このとき $(-1)^{4+1} \cdot 1 = -1$ が係数として出ますので、忘れずに掛けておきます。
  • ($\text{iv}$)第 $1$、$3$ 行に第 $2$ 行の定数倍を加えて、第 $3$ 列に $0$ をつくります。既に $3$ 次の行列式になっていますのでここで計算をしてもよいのですが、更に計算を楽にするために再び $0$ をつくることを考えます。具体的には、(第 $1$ 行)$+5 \times$(第 $2$ 行)、(第 $3$ 行)$+9 \times$(第 $2$ 行)とします。
  • ($\text{v}$)第 $3$ 列に沿って行列式を展開します。結果、$2$ 次の行列式が1つ残り、再び係数 $-1$ が掛かります。
  • ($\text{vi}$)第 $1$ 行の共通因子 $-13$、第 $2$ 行の共通因子 $-2$ をそれぞれくくり出します。
  • ($\text{vii}$)簡単になった行列式を計算します。
  • ($\text{viii}$)計算結果を整理します。


$(2)$

$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; a & a^{2} & b+c \; \\ \; b & b^{2} & c+a \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} &\overset{\text{(i)}}{=} \begin{vmatrix} \; a - b & a^{2} - b^{2} & - (a - b) \; \\ \; b - c & b^{2} - c^{2} & - (b - c) \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(ii)}}{=} (a - b) (b - c) \begin{vmatrix} \; 1 & a + b & -1 \; \\ \; 1 & b + c & -1 \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(iii)}}{=} (a - b) (b - c) \begin{vmatrix} \; 0 & a + b & -1 \; \\ \; 0 & b + c & -1 \; \\ \; a + b + c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(iv)}}{=} (a - b) (b - c) (a + b + c) \begin{vmatrix} \; a + b & -1 \; \\ \; b + c & -1 \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{\text{(v)}}{=} (a - b) (b - c) (c - a) (a + b + c) \end{split} $$


こちらも上の計算方針にしたがって計算しますが、若干、手順が前後します。

  • ($\text{i}$)第 $1$、$2$ 行について $1$ つ下の行との差をとって共通因子をつくります。具体的には、(第 $1$ 行)$-$(第 $2$ 行)、(第 $2$ 行)$-$(第 $3$ 行)とします。
  • ($\text{ii}$)第 $1$、$2$ 行は、それぞれ共通因子 $(a - b)$、$(b - c)$ を持つので、これをくくり出します。
  • ($\text{iii}$)第 $1$ 列に第 $3$ 列を加えて $0$ をつくります。
  • ($\text{iv}$)第 $1$ 列に沿って行列式を展開します。このとき $(a + b + c)$ が係数として出てきます。
  • ($\text{v}$)簡単になった行列式を計算します。

($2$)のように文字を含む行列式の場合は、対称性を見つけて共通因子をつくったり、加法により $0$ となる成分を見つけるなどの若干の工夫が必要です。しかしながら、基本的には、少しだけ手順が前後するだけである場合が多く、上の計算方針を大きく逸脱するわけではないと考えてよいかと思います。


計算上の注意点

当然のことではありますが、$1$ つ $1$ つの操作は順序的であるという点に注意が必要です。特に、操作 $2$(ある行または列の定数倍を他の行または列に加えて $0$ の多い行または列をつくる)の際に、両立しない操作を同時に実行してはいけません。例えば、以下のような操作は誤りです。

$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; a & a^{2} & b+c \; \\ \; b & b^{2} & c+a \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} &\overset{(\text{i}^{\prime})}{=} \begin{vmatrix} \; a - b & a^{2} - b^{2} & - (a - b) \; \\ \; b - c & b^{2} - c^{2} & - (b - c) \; \\ \; c - a & c^{2} - a^{2} & - (c - a) \; \\ \end{vmatrix} \\ \end{split} $$


($\text{i}^{\prime}$)では、共通因子をつくるために(第 $1$ 行)$-$(第 $2$ 行)、(第 $2$ 行)$-$(第 $3$ 行)、(第 $3$ 行)$-$(第 $1$ 行)をひと息に実行しようとしています。($\text{i}$)に比べてもこちらのほうが計算結果の対称性が高く、実行可能な操作のような気がしてしまいますが、これは誤りです。はじめに第 $1$ 行から第 $2$ 行を減じたとき、第 $1$ 行は既に $( \, a - b, \, a^{2} - b^{2}, \, - (a - b) \, )$ に変わっているため、その後、第 $3$ 行から第 $1$ 行を減じた結果は $( \, c - a, \, c^{2} - a^{2}, \, - (c - a) \, )$ にはなりません。(第1行)$-$(第2行)、(第2行)$-$(第3行)、(第3行)$-$(第1行)という一連の操作の正しい実行結果は次のようになります。これであれば、以降の操作は($\text{i}$)の場合と変わりません。したがって、あえて(第3行)$-$(第1行)を実行する必要が無いということがわかります。

$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; a & a^{2} & b+c \; \\ \; b & b^{2} & c+a \; \\ \; c & c^{2} & a+b \; \\ \end{vmatrix} &\overset{(\text{i}^{\prime \prime})}{=} \begin{vmatrix} \; a - b & a^{2} - b^{2} & - (a - b) \; \\ \; b - c & b^{2} - c^{2} & - (b - c) \; \\ \; c - a + b & c^{2} - a^{2} + b^{2} & 2a \; \\ \end{vmatrix} \\ \end{split} $$


特に、次数の大きな行列式を取り扱う際などは、計算量が多くなりますので、なるべく少ない記載で解答しようとして、うっかり両立しない操作を同時に行ってしまいがちです。慣れるまでは、各操作はあくまで別々であり、順々に実行されるものである点に気を付けると良いかと思います。


まとめ

  • 具体的に与えられた行列に対して、次の手順でその行列式を計算することができる。
    ($1$)ある行または列が共通因子を持つ場合、それをくくり出す。
    ($2$)ある行または列の定数倍を他の行または列に加えて、$0$ の多い行または列をつくる。
    ($3$)$0$ の多い行または列に沿って、行列式を展開する。
    ($4$)($1$)$\sim$($3$)を繰り返し、計算可能な次数まで下がった行列式を計算する。

  • 各操作は順序的であり、両立しない操作を同時に実行してはいけない。


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2022-12-24   |   改訂:2024-08-23