線型写像の定義

端的にいえば、線型写像とは和とスカラー倍の演算を保存する写像です。

ここでは、線型写像を定義するとともに、その基本的な性質として、線型写像は零ベクトルを零ベクトルに移すこと、線型写像と線型写像の合成写像もまた線型写像であることを示します。

線型写像の定義


定義 4.3(線型写像)

$V, W$ をベクトル空間とする。$V$ から $W$ への写像 $f : V \to W$ が次の $2$ つの条件を満たすとき、$f$ を線型写像($\text{linear mapping}$)という。

$$ \begin{array} {cl} \tag{4.2.1} (\text{i}) & {}^{\forall} \bm{v_1}, \bm{v_2} \in V, \quad f( \bm{v_1} + \bm{v_2}) = f( \bm{v_1}) + f( \bm{v_2}) \\ (\text{ii}) & {}^{\forall} \bm{v} \in V, {}^{\forall} c \in K, \quad f( c \, \bm{v}) = c \, f( \bm{v}) \\ \end{array} $$



端的にいえば、線型写像とは和とスカラー倍の演算を保存する写像であるということになります。条件($\text{i}$)は、任意の $\bm{v_1}, \bm{v_2} \in V$ に対して $f( \bm{v_1} + \bm{v_2}) = f( \bm{v_1}) + f( \bm{v_2})$ であることを、条件($\text{ii}$)は、任意の $\bm{v} \in V$ と任意の $c \in K$ に対して $f( c \, \bm{v}) = c \, f( \bm{v})$ であることを要求しています。すなわち、線型写像 $f$ がベクトルの和とスカラー倍の演算を保存するものであることをそれぞれ示しているといえます。

$f$ が線型写像であるというとき、条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)は、通常の写像の条件に加えて $f$ に求められる条件です。もちろん、ベクトル空間 $V$ と $W$ の間で(線型写像ではない)通常の写像を定義することはできますので、単にベクトル空間の間の写像が線型写像であると捉えるのは誤りです。つまり、線型写像は、ベクトル空間の間の写像のうち特別なの条件を満たすものであるといえます。

線型写像は、線型代数学における考察の対象として基本的で重要な概念です。ベクトル空間とは、和とスカラー倍という $2$ つの演算、いわゆる線型演算が定義された集合のことでした(ベクトル空間の定義)。だからこそ、ベクトル空間の間の写像について考えるとき、この線型演算を保存するような写像、すなわち線型写像を対象とすることが基本的であり重要であるといえます。

線型写像の性質


定理 4.9(零ベクトルの像)

$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とすると、$f( \bm{0} ) = \bm{0}$ が成り立つ。



この定理は、線型写像は零ベクトルを零ベクトルに移すということを示しています。零ベクトルの(線型写像による)像は零ベクトルであるともいえます。$f( \bm{0} ) = \bm{0}$ という式において、左辺の零ベクトルは $\bm{0} \in V$ であり、右辺の零ベクトルは $\bm{0} \in W$ ですので、より詳しくは、線型写像 $f : V \to W$ は $V$ の零ベクトルを $W$ の零ベクトルに移すということです。

この定理が示す内容は一見あたり前で証明もやさしいですが、一般の写像において必ずしも成り立つものではなく、線型写像を特徴づける重要な性質の $1$ つといえます。



証明 4.9

$f$ は線型写像であるから、$f( \bm{0} ) = f( \bm{0} + \bm{0} ) = f( \bm{0} ) + f( \bm{0} )$ が成り立つ。よって、$f( \bm{0} ) = \bm{0}$ である。$\quad \square$



線型写像の定義から明らかといえます。上の証明では、線型写像の定義の条件($\text{i}$)を用いていますが、条件($\text{ii}$)を用いて、$f( \bm{0} ) = f( 0 \cdot \bm{0} ) = 0 \cdot f( \bm{0} ) = \bm{0}$ としても示すことができます。それぞれ、条件($\text{i}$)において $\bm{v_1} = \bm{v_2} = \bm{0}$、条件($\text{i}$)において $c = 0$、とすることで導くことができます。



定理 4.10(線型写像の合成)

$U, V, W$ をベクトル空間、$f : U \to V, \; g : V \to W$ を線型写像とすると、合成写像 $g \circ f : U \to W$ も線型写像である。



線型写像と線型写像の合成写像もまた線型写像になります。このことも、線型写像の定義より明らかといえます。



証明 4.10

($\text{i}$)任意の $\bm{u_1}, \bm{u_2} \in U$ に対して次が成り立つ。

$$ \begin{split} g \circ f (\bm{u_1} + \bm{u_2}) &= g \left( f (\bm{u_1} + \bm{u_2}) \right) \\ &= g \left( f (\bm{u_1}) + f(\bm{u_2}) \right) \\ &= g \left( f (\bm{u_1}) \right) + g \left( f(\bm{u_2}) \right) \\ &= g \circ f (\bm{u_1}) + g \circ f(\bm{u_2}) \\ \end{split} $$


($\text{ii}$)任意の $\bm{u} \in U, \; c \in K$ に対して次が成り立つ。

$$ \begin{split} g \circ f (c \, \bm{u}) &= g \left( f (c \, \bm{u}) \right) \\ &= g \left( c \, f (\bm{u}) \right) \\ &= c \, g \left( f (\bm{u}) \right) \\ &= c \, g \circ f (\bm{u}) \\ \end{split} $$


したがって、合成写像 $g \circ f$ は線型写像である。$\quad \square$




まとめ

  • $V, W$ をベクトル空間とする。$V$ から $W$ への写像 $f : V \to W$ が次の $2$ つの条件を満たすとき、$f$ を線型写像という。

    $$ \begin{array} {cl} (\text{i}) & {}^{\forall} \bm{v_1}, \bm{v_2} \in V, \quad f( \bm{v_1} + \bm{v_2}) = f( \bm{v_1}) + f( \bm{v_2}) \\ (\text{ii}) & {}^{\forall} \bm{v} \in V, {}^{\forall} c \in K, \quad f( c \, \bm{v}) = c \, f( \bm{v}) \\ \end{array} $$

  • $f : V \to W$ が線型写像であれば、$f( \bm{0} ) = \bm{0}$ が成り立つ。

  • $f : U \to V, \; g : V \to W$ が線型写像であれば、合成写像 $g \circ f : U \to W$ も線型写像である。


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-02-05   |   改訂:2024-08-24