線型写像の行列表示(2)
線型写像をその表現行列により表したとき、座標ベクトルと表現行列が満たす関係を示します。
すなわち、線型写像 $f : V \to W$ に対して、$\bm{v} \in V, \, \bm{w} \in W$ の座標ベクトルをそれぞれ $\bm{x}, \, \bm{y}$ とすると、線型写像による $\bm{w} = f(\bm{v})$ という関係式は、その表現行列による $\bm{y} = A \bm{x}$ という関係式に対応します。
座標ベクトルの間の関係
定理 4.51(線型写像の行列表示と座標)
$V, W$ をそれぞれ $n$ 次元、$m$ 次元のベクトル空間とし、それぞれの基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ とする。また、$f : V \to W$ を線型写像として、$\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v}$ の像を $\bm{w} = f(\bm{v})$ とする。
このとき、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ として、$\bm{v}$ の $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトルと、$\bm{w}$ の $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する座標ベクトルをそれぞれ
とすると、
が成り立つ。
解説
基底を固定することで表現行列が定まる
前項の定理 4.50(線型写像の行列表示)より、ベクトル空間 $V$ と $W$ の基底をそれぞれ $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に固定したとき、線型写像 $f : V \to W$ の表現行列 $A$ は一意に定まります。
基底を固定することで座標が定まる
また、ベクトル空間の元(ベクトル)$\bm{v} \in V, \, \bm{w} \in W$ に対応する座標ベクトル $\bm{x} \in K^{n}, \, \bm{y} \in K^{m}$ も、$V$ と $W$ の基底を固定することで定まります(定理 4.49(基底の変換)などを参照)。
定理 4.51の主張
このとき、線型写像とベクトルの関係式は、表現行列と座標ベクトルの関係式に置き換えられる、ということが定理 4.51の主張です。
すなわち、線型写像 $f$ とベクトル $\bm{v}, \bm{w}$ との間に成り立つ関係式 $\bm{w} = f(\bm{v})$ は、$f$ の表現行列 $A$ と $\bm{v} , \bm{w}$ の座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y}$ との間に成り立つ $\bm{y} = A \, \bm{x}$ という関係式に置き換えられます。
定理 4.51の意義
定理 4.51は、抽象的なベクトル空間の元の間の関係式が行列と列ベクトルの演算に対応付けられるということを意味しています。
補足($\bm{y} = A \, \bm{x}$ の各要素に成り立つ式)
基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の行列表示が $A = (\, a_{ij} \,)$ であるので、前項の定理 4.50(線型写像の行列表示)より、次のことが成り立ちます。
これは、$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \in W$ をまとめて線型結合の行列表記により表したものです。$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ をまとめずにあら合わせば、各要素について次のことが成り立っています。
同様に、座標ベクトルと $f$ の表現行列 $A$ についての関係式 $\bm{y} = A \, \bm{x}$ において、各要素に次のことが成り立っています。
証明
$\bm{v}$ と $\bm{w}$ をそれぞれ $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として次のように置く。
$f$ は線型写像であるから、
であり、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列は $A = (\, a_{ij} \,)$ であるから、
が成り立つ。したがって $f(\bm{v})$ は次のように表すことができる。
いま、$w = f(\bm{v})$ であることから、
が成り立つ。ここで、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であり線型独立であるから、次が成り立つ。
したがって、$\bm{y} = A \, \bm{x}$ が成り立つ。$\quad \square$
証明の考え方
$\bm{v}, \bm{w}$ を、それぞれ $V, W$ の基底の線型結合として表し、定理 4.50(線型写像の行列表示)により、線型写像の行列表示に関する関係式を適用することで $\bm{y} = A \, \bm{x}$ を導きます。
$\bm{v}$ と $\bm{w}$ を、それぞれ $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表すと次のようになります。
$$ \begin{align*} \bm{v} &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix}, \\ \bm{w} &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \begin{pmatrix} y_1 \\ \vdots \\ y_m \end{pmatrix} \end{align*} $$$\bm{v}$ に関する上の式は、$\bm{v}$ を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表した $\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}$ という式をベクトルの積として表したものに他なりません。この表記法は、線型結合の行列表記によるものです。
$f$ が線型写像であることから次が成り立ちます。
$$ \begin{split} f(\bm{v}) &= f(\, x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} \,) \\ &= x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x_{n} \, f(\bm{v}_{n}) \\ \end{split} $$これを改めてベクトルの積として表すことで、$f(\bm{v})$ に関する次の式が得られます。
$$ f(\bm{v}) = (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} $$
定理 4.50(線型写像の行列表示)により、線型写像の行列表示に関する関係式を適用します。
基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ とすれば、定理 4.50(線型写像の行列表示)より、次が成り立ちます。
$$ (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A $$上の考察で得た $f(\bm{v})$ に関する式を合わせて考えると、次の式が得られます。
$$ \begin{split} f(\bm{v}) &= (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \\ &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \end{split} $$いま $w = f(\bm{v})$ であることから、次が成り立ちます。
$$ (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \begin{pmatrix} y_1 \\ \vdots \\ y_m \end{pmatrix} = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} $$$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であることから線型独立であるので、次が成り立ちます。これは $\bm{y} = A \, \bm{x}$ に他なりません。
$$ \begin{pmatrix} y_1 \\ \vdots \\ y_m \end{pmatrix} = A \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} $$- このことは、定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)を用いて、線型独立なベクトル $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に対して、$(\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, \bm{y} = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \bm{x}$ ならば $\bm{y} = A \, \bm{x}$ が成り立つことからも確かめられます。
上式は $\bm{y} = A \, \bm{x}$ に他なりません。以上で題意が示されました。
まとめ
- 基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ とすると、$\bm{v} \in V$ の $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトル $\bm{x}$ と、$\bm{w} \in W$ の $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する座標ベクトル $\bm{y}$ に関して次が成り立つ。$$ \begin{align*} \bm{y} = A \, \bm{x} \end{align*} $$
参考文献
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