線型変換の行列表示(3)

線型写像の場合と同様に、線型変換 $f : V \to V$ の表現行列がどのような行列であるかはベクトル空間 $V$ の基底のとり方に依存し、基底のとり方は変われば $f$ の表現行列も変わります。

ここでは、基底の変更により線型変換 $f$ の表現行列がどのように変更されるかを見ます。この定理は、正方行列の対角化の問題につながる重要な考察を与えます。

基底の変更


定理 4.56(相似な行列)

$V$ をベクトル空間、$f : V \to V$ を線型変換とする。$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する $f$ の表現行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ として、$V$ の基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する $f$ の表現行列を $B = (\, b_{ij} \,)$ とする。また、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底変換行列を $P$ とする。このとき、次が成り立つ。

$$ \begin{align*} \tag{4.6.13} B = P^{-1} A P \end{align*} $$



定理 4.56は、同じ線型変換を表現する行列の間の関係を示しています。すなわち、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する $f$ の表現行列 $A$ と、基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する $f$ の表現行列 $B$ との間には、基底変換行列 $P$ により結ばれる(4.6.13)式で表される関係が成り立ちます。つまり、$f$ の表現行列 $A$ と $B$ は互いに置き換え可能であるといえます。そのような意味で $B$ は $A$ に相似($\text{similar}$)であるといいます。このような意味で、基底の変更により線型変換の表現行列は相似な行列に変更されるといいます。また、これは明らかに $M_{n} (K)$ における同値関係であり、相似な行列に関して $A \sim B$ のように表されることもあります。

$2$ つの行列が相似であるということには重要な意味があります。すなわち、ある行列と相似な行列を見つけるということは、ある線型変換を表現する行列を、適当な基底を選んで、より扱いやすく簡単な形に変形できる可能性があるということを意味しています。これは、特に線型変換の場合、正方行列の対角化の基本的な考え方になります。


定理 4.52(対等な行列)との差異

ここまで示したことは、定理 4.52(対等な行列)において一般の線型写像について示したこととほぼ同じです。線型変換の場合、表現行列が正方行列になること(定義域と値域がともに同じベクトル空間であり、定義域と値域の次元が等しくなるため)、基底の変更により成り立つ同値関係を表す用語が異なること(一般の線型写像の場合「対等($\text{equivalent}$)」といい、線型変換の場合「相似($\text{similar}$)」という。)といった軽微な違いしかないように思われます。

線型変換の行列表現において最も重要で一般の線型写像と異なる点は、基底の変更による相似な行列の関係式(すなわち(4.6.13)式)が $1$ つの基底変換行列により表されるという点です。一般の線型写像 $f : V \to W$ の場合、定義域 $V$ と値域 $W$ でそれぞれ独立に基底を選べるのに対して、線型変換 $f : V \to V$ の行列表現においては、定義域としての $V$ と値域としての $V$ で同じ基底を選ぶ(定理 4.54(線型変換の行列表示))こととしています。したがって、(一般の線型写像において)対等な行列を示す関係式 $B = Q^{-1} A P$ が $2$ つの基底変換行列 $P, Q$ を用いて表されるのに対して、(線型変換において)相似な行列を示す関係式 $B = P^{-1} A P$ は $1$ つの基底変換行列 $P$ のみを用いて表されます。つまり、対等な行列を示す関係式 $B = Q^{-1} A P$ に対して、相似な行列を示す関係式 $B = P^{-1} A P$ は変数が $1$ つ少ないものとなります。線型変換の場合、$Q = P$ という条件式が追加されているとも捉えることができます。

一般の線型写像の場合、$V$ と $W$ でそれぞれ独立に基底を選ぶことでわりと簡単に表現行列の標準形を得ることができます。これに対して線型変換の場合、 $Q = P$ という条件のもとで標準化の問題を解かなければならず、そのため、すべての線型変換に対して標準化された正方行列が得られるわけではありません。すなわち、すべての(線型変換に対応する)正方行列が対角化可能であるとは限りません。また、このような理由から、どのような正方行列が対角化可能であるかという問題が引き起こされます。これは線型代数学において大変重要なテーマの $1$ つであり、固有値と固有ベクトルの項で詳しく考察します。



証明

$f$ の表現行列 $A, B$ と基底変換行列 $P$ について次のことが成り立つ。

$$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A, \tag{\text{i}} \\ (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, B, \tag{\text{ii}} \\ (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \tag{\text{iii}} \\ \end{align*} $$

$f$ は線型写像であるから、($\text{i}$)と($\text{iii}$)より、次が成り立つ。

$$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P \\ &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A P \\ \end{split} $$

また、($\text{ii}$)と($\text{iii}$)より、次が成り立つ。

$$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, B \\ &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P B \\ \end{split} $$

したがって、

$$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P B = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A P $$

であり、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が線型独立であることから $P B = A P$ が成り立つ。ここで $P$ は正則だから $B = P^{-1} A P$ となる。$\quad \square$



証明の骨子

一般の線型写像の行列表示の場合(定理 4.52(対等な行列))と考え方は同じです。線型変換の行列表示に関する関係式(定理 4.54(線型変換の行列表示))と基底変換行列に関する関係式(定理 4.49(基底の変換))を用います。

  • $f$ の表現行列 $A, B$ と基底変換行列 $P$ に関する関係式を整理します。

    • 定理 4.52(対等な行列)より、線型変換 $f$ の表現行列 $A, B$ について、次の関係式が成り立ちます。

      $$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A \tag{\text{i}} \\ (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, B \tag{\text{ii}} \\ \end{align*} $$

    • 定理 4.49(基底の変換)より、基底変換行列 $P$ について、次の関係式が成り立ちます。

      $$ \begin{align*} (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \tag{\text{iii}} \\ \end{align*} $$

      • ($\text{iii}$)において、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ はともに $V$ の基底であることから定理 4.48(基底の間の関係)により $P$ は正則であり、逆行列 $P^{-1}$ を持ちます。
  • これらの関係式を組み合わせて $P B = A P$ を導きます。

    • 証明すべきは $B = P^{-1} A P$ であり、上の考察より $P$ が正則であることがわかっていますので、($\text{i}$)$\sim$($\text{iii}$)の関係式を上手く組み合わせて $P B = A P$ を導くことを考えます。

    • まず、($\text{i}$)と($\text{iii}$)より次が成り立ちます。

      $$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &\overset{(1)}{=} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P \\ &\overset{(2)}{=} (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A P \\ \end{split} $$

      • ($1$)は、基底変換行列に関する($\text{iii}$)式に対して、定理 4.45(線型結合の行列表記)を適用することで得られます。すなわち、$f$ が線型写像であるとき、$(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,)$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P$ ならば $(\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,)$ $=$ $(\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P$ が成り立ちます。
      • ($2$)は、上で得られた関係式に $f$ の表現行列に関する($\text{i}$)式を適用することで得られます。
    • 次に、($\text{ii}$)と($\text{iii}$)より次が成り立ちます。これは、$f$ の表現行列に関する($\text{ii}$)式と基底変換行列に関する($\text{iii}$)式から直ちに導くことができます。

      $$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, B \\ &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P B \\ \end{split} $$

    • 以上から $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関して次が成り立つことがわかります。

      $$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A P = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P B $$

    • いま、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の基底であるから線型独立であり、定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)より、$A P = P B$ が成り立ちます。

    • $P$ が正則であることから $B = P^{-1} A P$ が導かれます。以上で題意が示されました。また、まったく同様の考え方により、$A = P B P^{-1}$ という関係式を導くことができます。


可換図式

基底の変更により、線型変換の表現行列が相似な行列に変わることを可換図式で表すと次のようになります。線型変換の可換図式については定理 4.54(線型変換の行列表示)、基底変換行列の可換図式については可換図式による表現の項をそれぞれ参照ください。特に、基底変換行列 $P$ に対応する矢印の向きに注意が必要です。

線型変換とその表現行列(行列表示)に関する可換図式。基底の変更により、表現行列が相似な行列に変更されることを表す。


ここで、$\bm{v} \in V$ を基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}$、$\bm{v} \in V$ を基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}^{\prime}$ として、$V$ から $K^{n}$ への同型写像を $\psi, \, \psi^{\prime}$ とすると、$\bm{v} \in V$ と $2$ つの座標ベクトルとの間に $\bm{x} = \psi(\bm{v}), \; \bm{x}^{\prime} = \psi^{\prime}(\bm{v})$ が成り立ちます。また、$f(\bm{v}) \in V$ を基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{y}$、$f(\bm{v}) \in V$ を基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{y}^{\prime}$ とすれば、$f(\bm{v}) \in V$ と $2$ つの座標ベクトルとの間に $\bm{y} = \psi(f(\bm{v})), \; \bm{y}^{\prime} = \psi^{\prime}(f(\bm{v}))$ が成り立ちます。

上で述べたように、線型変換 $f : V \to V$ の行列表現 $A, B$ を考えるにあたって、定義域としての $V$ と値域としての $V$ で同じ基底をとることとしています。このため、定義域としての $V$ から $K^{n}$ への同型写像は、値域としての $V$ から $K^{n}$ への同型写像とそれぞれ等しくなります。この点は、一般の線型写像の場合(定理 4.52(対等な行列))と異なります。

このとき、$f$ の表現行列 $A, B$ と 基底変換行列 $P$ はそれぞれ次のように表せます。

$$ \begin{align*} A &= \psi \circ f \circ \psi^{-1}, \\ B &= \psi^{\prime} \circ f \circ \psi^{\prime \, {-1}}, \\ P &= \psi \circ \psi^{\prime \, {-1}} \end{align*} $$

したがって、

$$ \begin{split} P^{-1} A P &= (\psi \circ \psi^{\prime \, -1})^{-1} \, (\psi \circ f \circ \psi^{-1}) \, (\psi \circ \psi^{\prime \, -1}) \\ &= (\psi^{\prime} \circ \psi^{-1}) \, (\psi \circ f \circ \psi^{-1}) \, (\psi \circ \psi^{\prime \, -1}) \\ &= \psi^{\prime} \circ (\psi^{-1} \psi) \circ f \circ (\psi^{-1} \psi) \circ \psi^{\prime \, -1} \\ &= \psi^{\prime} \circ f \circ \psi^{\prime \, -1} \\ &= B \\ \end{split} $$

となり、定理 4.56の主張と整合することが確かめられます。


まとめ

  • 線型変換 $f : V \to V$ の $2$ つの表現行列 $A, B$ の間には次の関係式が成り立つ。

    $$ \begin{align*} B = P^{-1} A P \end{align*} $$

    • $A$:$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する $f$ の表現行列。
    • $B$:$V$ の基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する $f$ の表現行列。
    • $P$:$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底変換行列。

参考文献

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初版:2023-04-19   |   改訂:2024-08-28