行列の積の階数
$2$ つの行列 $A$ と $B$ の積の階数 $\text{rank} \, AB$ はもとの行列の階数 $\text{rank} \, A$、$\text{rank} \, B$ のいずれをも超えません。
このことは、$2$ つの行列とその積を線型写像の表現行列として捉え、線型写像の基本的な性質を利用することで導かれます。
階数の基本的性質(行列の積の階数)
定理 4.64(行列の積の階数)
$A$ を $(l, m)$ 型行列、$B$ を $(m, n)$ 型行列とする。行列の積 $AB$ の階数は $A, B$ のいずれの階数をも超えない。
解説
定理の主張
行列の積の階数はもとの行列の階数のいずれをも超えません。定理 4.64(行列の積の階数)は、(4.7.5)式の $2$ つの不等式がいずれも成り立つことを主張しています。
定理の言い換え
(4.7.5)式の $2$ つの不等式がいずれも成り立つということは、次の(4.7.5$^{\prime}$)式のように表すこともできます。
すなわち、「$A$ と $B$ の積の階数 $\text{rank} \, AB$ はもとの行列の階数 $\text{rank} \, A$、$\text{rank} \, B$ の小さい方を超えない」と言い換えることができます。
定理が成り立つ前提条件
定理 4.64(行列の積の階数)は、$2$ つの行列の積が定義される場合にのみ成り立ちます。
定理 4.64において、$A$ は $(l, m)$ 型行列であり、$B$ は $(m, n)$ 型行列であることが前提となっています。$A$ の列数と $B$ の行数($n$)が等しいので、行列の積 $AB$ が定義でき、$AB$ は $(l, n)$ 型行列になります。一方で、任意の $2$ つの行列に対して、行列の積は常に定義できるわけではありません(行列の積)。
したがって、当然ながら、定理 4.64が成り立つのは $2$ つの行列の積が定義される場合にのみに限られることに注意が必要です。
証明
$A, B$ が定める線型写像をそれぞれ $f_{A} : K^{m} \to K^{l}, \; f_{B} : K^{n} \to K^{m}$ とすると、$2$ つの行列の積 $AB$ に対応する線型写像は $f_{A}$ と $f_{B}$ の合成写像 $f_{A} \circ f_{B} : K^{n} \to K^{l}$ であり、$AB$ 階数は次のように表せる。
いま、$\text{Im} f_{B} \subset K^{m}$ であることから $f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \subset f_{A} (\, K^{m} \,)$ であり、それぞれの次元について、次が成り立つ。
したがって $\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A$ が成り立つ。
また、$f_{A}$ は $\text{Im} f_{B}$ を $f_{A} (\, \text{Im} f_{B}\,)$ に移すから、$f_{A} : \text{Im} f_{B} \to f_{A} (\, \text{Im} f_{B}\,)$ として、$f_{A}$ について定理 4.37(線型写像の基本定理)を用いれば次が成り立つ。
したがって $\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B$ が成り立つ。$\quad \square$
証明の考え方
それぞれの行列が表現する線型写像について考え、線型写像の基本的な性質(定理 4.37(線型写像の基本定理)など)を利用します。
前提事項の整理
$A, B$ が定める線型写像をそれぞれ $f_{A} : K^{m} \to K^{l}, \; f_{B} : K^{n} \to K^{m}$ とします。このとき、階数の定義より次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} \text{rank} \, A = \dim \text{Im} f_{A}, \\ \text{rank} \, B = \dim \text{Im} f_{B} \end{gather*} $$定理 4.53(合成写像の行列表示) より、積 $AB$ に対応する線型写像は $f_{A}$ と $f_{B}$ の合成写像 $f_{A} \circ f_{B} : K^{n} \to K^{l}$ により表すことができます。したがって、$AB$ の階数は次のように表すことができます。
$$ \text{rank} \, AB = \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \circ f_{B} \,) $$$f_{A} \circ f_{B}$ の像とは $f_{A}$ による $\text{Im} f_{B}$ の像に他なりませんので、$\text{Im} f_{A} \circ f_{B} = f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ が成り立ちます。よって、$AB$ の階数は次の($\ast$)ようにも表すことができます。
$$ \begin{split} \tag{$\ast$} \text{rank} \, AB &= \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \circ f_{B} \,) \\ &= \dim \, f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \end{split} $$
線型写像と像の関係
- それぞれの線型写像とその像との間の関係は、下の図のようになります。
- このように表すことで、$f_{A} \circ f_{B}$ の像が $f_{A}$ による $\text{Im} f_{B}$ の像に等しいことを視覚的に理解できます。
$\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A$ の証明
まず、線型写像の性質により $\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A$ を導きます。
$\text{Im} f_{B} \subset K^{m}$ であることから $f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \subset f_{A} (\, K^{m} \,)$ が成り立ちます。つまり、$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ は $f_{A} (\, K^{m} \,)$ の部分空間であるといえます。
- このことは自明として、証明では省略しています。詳しくは、次のように確かめることができます。
- $f_{B}$ が写像であることから $\text{Im} f_{B} \subset K^{m}$ が成り立ち、同様に $f_{A}$ が写像であることから $f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \subset f_{A} (\, K^{m} \,)$ が成り立ちます。よって、$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ は $f_{A} (\, K^{m} \,)$ の部分集合であるといえます。(これは線型写像に限らず成り立ちます。)
- また、$f_{A}, f_{B}$ は線型写像でもあるので、$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,), \, f_{A} (\, K^{m} \,)$ はベクトル空間の要件を満たします。
- したがって、$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ は $f_{A} (\, K^{m} \,)$ の部分集合であり、かつベクトル空間でもあるので、$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ は $f_{A} (\, K^{m} \,)$ の部分空間となります(部分空間の定義)。
$f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ は $f_{A} (\, K^{m} \,)$ の部分空間であるので、定理 4.35(部分空間の次元)より、それぞれの次元について次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} & f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \subset f_{A} (\, K^{m} \,) \\ \overset{(\text{i})}{\Longrightarrow} & \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \leqslant \dim f_{A} (\, K^{m} \,) \\ \overset{(\text{ii})}{\iff} & \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \leqslant \dim \text{Im} \, f_{A} \\ \overset{(\text{iii})}{\iff} & \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \leqslant \text{rank} \, A \\ \overset{(\text{iv})}{\iff} & \text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A \\ \end{gather*} $$- ($\text{i}$)定理 4.35(部分空間の次元)より、部分空間の次元はもとのベクトル空間の次元を超えません。
- ($\text{ii}$)$f_{A} (\, K^{m} \,)$ は $f_{A}$ の像であり $\text{Im} f_{A}$ に他なりません。したがって、$f_{A} (\, K^{m} \,) = \text{Im} f_{A}$ が成り立ちます。
- ($\text{iii}$)階数の定義より、$\dim \text{Im} f_{A} = \text{rank} \, A$ となります。
- ($\text{iv}$)($\ast$)より、$\dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) = \text{rank} \, AB$ となります。
以上から、$\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A$ が成り立つことが示されました。
$\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B$ の証明
- 次に、定理 4.37(線型写像の基本定理)を用いて $\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B$ を導きます。
$f_{A}$ の定義域を $\text{Im} f_{B} \subset K^{m}$ に限定して、$f_{A} : \text{Im} f_{B} \to f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ と考えます。
$f_{A} : \text{Im} f_{B} \to f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,)$ に対して、定理 4.37(線型写像の基本定理)を適用することで、次の式が得られます。
$$ \begin{gather*} & \dim \text{Im} f_{B} = \dim \text{Ker} f_{A} + \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B}\,) \\ \overset{(\text{i})}{\Longrightarrow} & \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \leqslant \dim \text{Im} \, f_{B} \\ \overset{(\text{ii})}{\iff} & \dim f_{A} (\, \text{Im} f_{B} \,) \leqslant \text{rank} \, B \\ \overset{(\text{iii})}{\iff} & \text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B \\ \end{gather*} $$以上から、$\text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B$ が成り立つことが示されました。
まとめ
- 行列の積の階数はもとの行列の階数のいずれをも超えない。
- $A$ を $(l, m)$ 型行列、$B$ を $(m, n)$ 型行列とすれば、$$ \begin{array} {l} \text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, A \, , \\ \text{rank} \, AB \leqslant \text{rank} \, B \end{array} $$
- $A$ を $(l, m)$ 型行列、$B$ を $(m, n)$ 型行列とすれば、
参考文献
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