基本的な考え方
この節では、行列の基本変形を用いた連立一次方程式の解法について整理します。
まずは、基本的な考え方(アイディア)として、掃き出し法と呼ばれる解法と、それに対応する行列の基本変形による解法について示します。
連立一次方程式の解法
掃き出し法
消去法 / 掃き出し法
連立一次方程式を解く方法はいくつかありますが、ここでは掃き出し法($\text{sweep-out}$ $\text{method}$)と呼ばれる方法について考えます。
一般に、連立方程式をなす方程式を組み合わせて、変数を消去していく解法を消去法($\text{elimination}$ $\text{method}$)といいます。特に連立一次方程式の場合、消去法は、掃き出し法($\text{sweep-out}$ $\text{method}$)や、ガウスの消去法($\text{Gaussian}$ $\text{elimination}$)などと呼ばれます。
連立一次方程式の基本変形
掃き出し法では、具体的に与えられた連立一次方程式に対して、次の $3$ つの操作により同値変形を行うことで変数を消去し、最終的に解を得ます。
($2$)ある式を $c$ 倍して他の式に加える。
($3$)$2$ つの式を入れ替える。
上記の($1$)$\sim$($3$)の操作を連立一次方程式の基本変形といいます。
連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ を掃き出し法を用いて解くことは、連立一次方程式の基本変形によって、$A \bm{x} = \bm{b}$ と同値でより簡単な連立一次方程式 $A^{\prime} \bm{x} = \bm{b}^{\prime}$ を得ることに他なりません。
行列の基本変形との対応
連立一次方程式の基本変形は、明らかに行列の基本変形(特に行基本変形)に対応しています。
つまり、連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ に対して(連立一次方程式の)基本変形を行って解を得ることは、拡大係数行列 $(\, A \mid \bm{b} \,)$ に対して(行列の)基本変形を行うことと同等といえます。
連立一次方程式の解法(基本的な考え方)
このように考えると、連立一次方程式の解法(掃き出し法)は、行列の基本変形の問題に帰着できることがわかります。
すなわち、連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ に対して連立一次方程式の基本変形を行うことで、より簡単な連立一次方程式 $A^{\prime} \bm{x} = \bm{b}^{\prime}$ を得るということは、拡大係数行列 $(\, A \mid \bm{b} \,)$ に対して行列の基本変形を行うことで、より簡単な行列 $(\, A^{\prime} \mid \bm{b}^{\prime} \,)$ に変形するということと同じになります。
例えば、次のような連立一次方程式は、同値変形により解($x = 1, \; y = -1$)を得ます。
これは、もとの連立一次方程式の拡大係数行列を、次のような形(行標準形)に変形することと同等であるといえます。
詳細な手順は、解法の例を参照ください。
基本変形の可逆性
具体的な解法を導入する前に、連立一次方程式の基本変形が可逆な操作であることを示します。
この定理は、連立一次方程式の基本変形が同値変形であることを担保するものであり、掃き出し法による解法の妥当性を示す根拠といえます。
定理 5.16(基本変形の可逆性)
連立一次方程式の基本変形は可逆である。
解説
連立一次方程式の基本変形は同値変形
連立一次方程式の基本変形が可逆な操作であるということは、変形する前と後で、連立方程式の解が変わらないということを意味しています。
ある連立一次方程式($\text{a}$)に対して基本変形($1$)$\sim$($3$)を行うことで別の連立一次方程式($\text{b}$)が得られたとします。このとき、定理 5.16(基本変形の可逆性)により($\text{a}$)と($\text{b}$)は同じ解を持つといえます。つまり、($\text{a}$)の解は($\text{b}$)の解であり、また逆に($\text{b}$)の解は($\text{a}$)の解であるということです。
基本変形による解法の妥当性
このように、定理 5.16(基本変形の可逆性)により、変形した後の連立一次方程式の解が、もとの連立一次方程式の解であるといえます。
このような意味で、定理 5.16は掃き出し法が、連立一次方程式の解法として、妥当なものであることを担保する定理といえます。
証明
($1$)ある連立一次方程式($\text{a}$)の第 $i$ 式を $c$ 倍($ c\neq 0$)して得られた連立一次方程式を($\text{a}_{1}$)とすると、($\text{a}_{1}$)の 第 $i$ 式を $\displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, c \,}$ 倍することで($\text{a}$)が得られる。
($2$)ある連立一次方程式($\text{a}$)の第 $i$ 式を $c$ 倍して第 $j$ 式に加えることで得られた連立一次方程式を($\text{a}_{2}$)とすると、($\text{a}_{2}$)の第 $i$ 式を $-c$ 倍して第 $j$ 式に加えることで($\text{a}$)が得られる。
($3$)ある連立一次方程式($\text{a}$)の第 $i$ 式と第 $j$ 式を入れ替えることで得られた連立一次方程式を($\text{a}_{3}$)とすると、($\text{a}_{3}$)の第 $i$ 式と第 $j$ 式を入れ替えることで($\text{a}$)が得られる。
したがって、連立一次方程式に関する基本変形($1$)$\sim$($3$)は可逆である。$\quad \square$
証明の考え方
基本変形の定め方から明らかといえます。基本変形の範囲内で元の操作と逆の操作を考えることで示すことができます。
考え方は、行列の基本変形の可逆性に関する定理 5.7(基本変形の可逆性)と同じです。
解法の例
簡単な連立一次方程式について、掃き出し法による解法と、対応する行列の基本変形による解法を例示します。
例題(連立一次方程式)
次の連立一次方程式を解け。
掃き出し法による解法
連立一次方程式の変形
($\ast$)は、連立一次方程式の基本変形により、次のように同値変形できます。
- ($\text{i}$)($\ast$)の第 $2$ 式を $3$ 倍したものを第 $1$ 式に加えます(基本変形($2$)「ある式を $c$ 倍して他の式に加える」 )。これにより、第 $1$ 式の変数 $y$ を消去できます。
- ($\text{ii}$)第 $1$ 式を $\displaystyle \frac{1}{5}$ 倍します(基本変形($1$)「ある式を $c$ 倍($c \neq 0$)する」 )。
- ($\text{iii}$)第 $1$ 式を $-1$ 倍したものを第 $2$ 式に加えることで得られます(基本変形($2$)「ある式を $c$ 倍して他の式に加える」 )。これにより、第 $2$ 式の変数 $x$ を消去できます。
- ($\text{iv}$)第 $2$ 式を $-1$ 倍します(基本変形($1$)「ある式を $c$ 倍($c \neq 0$)する」 )。
解の整理
変形後の連立方程式は、変数 $x, y$ の具体的な値を与えるものです。定理 5.16(基本変形の可逆性)から、これはもとの連立一次方程式($\ast$)の解でもあります。
このように、掃き出し法では、与えられた連立一次方程式を同値変形することで変数を消去し、より簡単な連立一次方連立にすることで解を求めます。
行列の基本変形による解法
係数拡大行列の変形
行列 $A$ と列ベクトル $\bm{x}, \bm{b}$ を次のようにおくと、連立一次方程式($\ast$)は $A \bm{x} = \bm{b}$ と表すことができます。
このとき、連立一次方程式($\ast$)の拡大係数行列は $(\, A \mid \bm{b} \,)$ と表すことができ、行基本変形により次のように変形できます。
行基本変形により得られた最後の拡大係数行列を $(\, A^{\prime} \mid \bm{b}^{\prime} \,)$ とすると、行列の基本変形が可逆である(定理 5.7(基本変形の可逆性))ことから、もとの連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ と $A^{\prime} \bm{x} = \bm{b}^{\prime}$ は同じ解を持つといえます。
解の整理
いま、$A^{\prime} \bm{x} = \bm{b}^{\prime}$ は次のような連立一次方程式になります。
この連立一次方程式の解は明らかに $x = 1,$ $y = -1$ であり、再び基本変形の可逆性(定理 5.7(基本変形の可逆性))から、これはもとの連立一次方程式($\ast$)の解と一致します。
掃き出し法と行列の基本変形による解法の比較
上記の例からもわかる通り、行列の基本変形を用いた解法では、掃き出し法に対応する手順を行列の基本変形で表すことで解を求めます。
連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ と係数拡大行列 $(\, A \mid \bm{b} \,)$ が対応しており、連立一次方程式の基本変形と行列の基本変形が対応しています。したがって、行列の基本変形による解法は、掃き出し法と本質的には同じです。
このような簡単な例では、どちらを用いて解いてもさほど手間は変わりませんが、もっと変数が多い連立一次方程式を解く際など、行列の基本変形による解法の方が効率的である場合が多いです。
より一般の連立一次方程式の解法については次項以降にまとめます。
解法の手順
基本変形による解法の詳細な手順については、次の通り、次項以降に改めて整理します。
上記の例題では省略していますが、(斉次でない)一般の連立一次方連立は必ずしも解を持つとは限らないため、解法の手順としては、先ず解の有無の確認を行うべきです。
次項以降では、より変数や式の数が多い連立一次方程式にも対応した、形式的な解法の手順とその注意点等について整理します。
まとめ
連立一次方程式の解法の $1$ つである掃き出し法では、次の $3$ つの操作(連立一次方程式の基本変形)により変数を減らして解を得る。
($1$)ある式を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
($2$)ある式を $c$ 倍して他の式に加える。
($3$)$2$ つの式を入れ替える。連立一次方程式の基本変形は可逆な操作であり、行列の基本変形に対応している。
連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ を掃き出し法による解くことは、係数拡大行列 $(\, A \mid \bm{b} \,)$ に対して基本変形を行って解を得ることに等しい。
参考文献
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