固有空間

線型変換 $f : V \to V$ が固有値を持つとき、ある固有値に属する固有ベクトルと零ベクトルの集合を固有空間といいます。固有空間は、もとのベクトル空間 $V$ の部分空間となります。

固有空間は、行列が対角化可能であるための条件を考える上で重要な役割を果たす概念です。

固有空間の基本的な性質


定理 6.2(固有空間)

$V$ をベクトル空間とする。$V$ の線型変換 $f : V \to V$ が固有値をもつとき、固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトル全体と零ベクトルからなる集合 $W (\lambda)$ は、$V$ の部分空間である。

$$ \begin{equation} W (\lambda) = \{\, \bm{v} \in V \mid f (\bm{v}) = \lambda \bm{v} \, \} \end{equation} \tag{6.1.3} $$


解説

固有空間の定義

線型変換 $f$ に対して、$f$ のある固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトル全体の集合に零ベクトル $\bm{0}$ を加えたものを、$\lambda$ に属する固有空間($\text{eigenspace}$)といい、$W (\lambda)$ などと表します。

固有空間の元

(6.1.3)式より、$W (\lambda)$ は $f (\bm{v}) = \lambda \bm{v}$ を満たす $\bm{v} \in V$ の集合であるといえます。

線型変換 $f$ が固有値を持つとき、固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトル $\bm{v}$ は $f (\bm{v}) = \lambda \bm{v}$ を満たします( 固有値と固有ベクトルの定義)。

また、零ベクトル $\bm{0}$ は固有ベクトルに含まれません( 固有値と固有ベクトルの定義)が、$f$ が線型変換(すなわち線形写像)であることから、次が成り立ちます( 定理 4.9(零ベクトルの像))。

$$ \begin{gather*} f (\bm{0}) = \lambda \bm{0} = \bm{0} \end{gather*} $$

したがって、零ベクトルも $f (\bm{v}) = \lambda \bm{v}$ を満たします。

固有空間は部分空間である

固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトルの集合に零ベクトルを加えることで $W (\lambda)$ はベクトル空間の要件を満たし、$V$ の部分空間となります。

つまり、固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトルの集合に零ベクトルを加えたものは、和とスカラー倍の演算に対して閉じているため、 ベクトル空間の公理し、かつ $V$ の部分集合であるということです。

このことについては、下記の 証明に改めて示します。

線型変換と正方行列の対応

前項で述べたように、線型変換とその表現行列(正方行列)の固有値全体は一致します。したがって、上記の 定理 6.2(固有空間)は、正方行列の固有値と固有ベクトルに関しても同様に成り立ちます。

固有空間について考える意味

固有空間は、行列が対角化可能であるため条件を考える上で重要な役割を果たします。

すなわち、具体的に与えられた行列の固有空間の次元について調べることで、その行列が対角化可能であるかを判定することができます。このことについては、対角化の条件の項に詳しく示します。



証明

$W (\lambda)$ は明らかに $V$ の空でない部分集合である。また、任意の $\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2} \in W (\lambda)$ と $\alpha \in K$ に対して次が成り立つ。

$$ \begin{split} f (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) &= f (\bm{v}_{1}) + f (\bm{v}_{2}) \\ &= \lambda \bm{v}_{1} + \lambda \bm{v}_{2} \\ &= \lambda \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) \\ \\ f (\alpha \bm{v}_{1}) &= \alpha \, f (\bm{v}_{1}) \\ &= \alpha \, (\lambda \bm{v}_{1}) \\ &= \lambda \, (\alpha \bm{v}_{1}) \\ \end{split} $$

よって、$\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2} \in W (\lambda)$ かつ $\alpha \bm{v}_{1} \in W (\lambda)$ であり、$W (\lambda)$ は和とスカラー倍の演算について閉じている。したがって、$W (\lambda)$ は $V$ の部分空間である。$\quad \square$



証明の考え方

部分空間の定義にしたがって、$W (\lambda)$ が($1$)$V$ の空でない部分集合であり($2$)線型演算(和とスカラー倍の演算)について閉じていることを確かめます。

(1)空でない部分集合であること

  • まず、$W (\lambda)$ が $V$ の空でない部分集合であることを確かめます。
  • これは、定理の仮定より明らかといえます。
  • すなわち、「線型変換 $f$ が固有値 $\lambda$ をもつ」ということは「$f (\bm{v}) = \lambda \bm{v}$ を満たす $\bm{v} \in V$ が存在する」ということと同値であり、$W (\lambda)$ は $V$ の空でない部分集合であるといえます。

(2)線型演算について閉じていること

  • 次に、$W (\lambda)$ が和とスカラー倍の演算について閉じていることを確かめます。

  • $f$ の線型性と、$W (\lambda)$ の元が固有ベクトルであることにより、任意の $\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2} \in W (\lambda)$ と $\alpha \in K$ に対して次が成り立ちます。

    $$ \begin{split} f (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) &\overset{(\text{i})}{=} f (\bm{v}_{1}) + f (\bm{v}_{2}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \lambda \bm{v}_{1} + \lambda \bm{v}_{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \lambda \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) \\ \\ f (\alpha \bm{v}_{1}) &\overset{(\text{i})}{=} \alpha \, f (\bm{v}_{1}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \alpha \, (\lambda \bm{v}_{1}) \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \lambda \, (\alpha \bm{v}_{1}) \\ \end{split} $$

    • ($\text{i}$)$f$ の線型性によります。 定義より、線型写像は和とスカラー倍の演算を保存します。
    • ($\text{ii}$)$\bm{v}_{1}$ と $\bm{v}_{2}$ が $W (\lambda)$ の元であることによります。すなわち、$\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2}$ に対してそれぞれ $f (\bm{v}_{1}) = \lambda \bm{v}_{1}, \,$ $f (\bm{v}_{2}) = \lambda \bm{v}_{2}$ が成り立ちます。
    • ($\text{iii}$) ベクトル空間の公理によります。$\bm{v}_{1}$ と $\bm{v}_{2}$ はベクトル空間 $V$ の元でもあるので、当然これが成り立ちます。
  • よって、$\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2} \in W (\lambda)$ $\Rightarrow$ $\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2} \in W (\lambda)$ 、かつ $\bm{v}_{1} \in W (\lambda), \, \alpha \in K$ $\Rightarrow$ $\alpha \bm{v}_{1} \in W (\lambda)$ が成り立ち、$W (\lambda)$ が和とスカラー倍の演算について閉じていることが確かめられました。

証明のまとめ

  • 以上から、$W (\lambda)$ は($1$)$V$ の空でない部分集合であり($2$)線型演算(和とスカラー倍の演算)について閉じていることが示されました。
  • したがって、 部分空間の定義より、$W (\lambda)$ は $V$ の部分空間であるといえます。

まとめ

  • $V$ をベクトル空間とする。$V$ の線型変換 $f : V \to V$ が固有値をもつとき、固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトル全体と零ベクトルからなる集合 $W (\lambda)$ を $\lambda$ に属する固有空間($\text{eigenspace}$)という。

    $$ \begin{equation*} W (\lambda) = \{\, \bm{v} \in V \mid f (\bm{v}) = \lambda \bm{v} \, \} \end{equation*} $$

  • $W (\lambda)$ は $V$ の部分空間である。


参考文献

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初版:2024-09-25   |   改訂:2025-01-08