標準的内積
$2$ つの数ベクトルの対応する成分の積の総和を、標準的内積といいます。
標準的内積は、 前項で公理的に定義した 内積のもっとも簡単な例といえます。
標準的内積の定義
定理 7.2(標準的内積)
$n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の $2$ つの元 $\bm{x}, \bm{y}$ に対して、
次の式で与えられる $\bm{x} \cdot \bm{y} \in K$ は内積であり、これを $K^{n}$ の標準的内積($\text{canonical}$ $\text{inner}$ $\text{product}$)という。
解説
標準的内積の定義
定理 7.2(標準的内積)は、$n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ において、内積を定義するものです。
すなわち、任意の $2$ つの数ベクトル $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ に対して、$\bm{x}$ の成分と対応する $\bm{y}$ 成分の複素共役の積の総和は、 前項に定義した内積の要件を満たします。
標準的内積の表し方
(7.1.3)式の右辺は、次のように表すこともできます。
すなわち、$\bm{x}, \bm{y}$ を列ベクトルとしてみると、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ の内積は、$\bm{x}$ の転置行列(すなわち行ベクトル)と $\bm{y}$ の共役行列( $\bm{y}$ の各成分を複素共役で置き換えた行列)の積として表すことができます。
内積の例としての標準的内積
一般に、任意のベクトル空間に対して内積が定義できます。標準内積は、その中でもっとも簡単なものといえます。
ベクトル空間に対して必ず内積が定義できる
定理 7.2(標準的内積)に現れる $2$ つの数ベクトル $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ は、$n$ 次元ベクトル空間 $V$ の座標ベクトルと捉えることができます。
また、 定理 4.42(ベクトル空間と数ベクトル空間の同型)より、任意の $n$ 次元ベクトル空間 $V$ と $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ は同型です。
このことから、任意のベクトル空間に対して必ず内積が定義できることがわかります。すなわち、任意の $n$ 次元ベクトル空間 $V$ において、適当な基底を選ぶことで各ベクトルの座標ベクトル( $\in K^{n}$ )が定まり、これにより (7.1.3)式で計算される内積が定義できるということです。このことについては、 次項に改めて整理します。
ベクトル空間に対して複数の内積が存在しうる
一般に、ベクトル空間の基底は一意に定まりません( 基底と次元の定義など参照)。したがって、ベクトル空間に対して(基底の数だけ)複数の内積が定義しうるということです。
標準内積はもっとも簡単な内積である
このように考えると、標準的内積は、$n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の標準基底 $\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}$ に対して定まる内積であり、$n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の構造から内在的に定まるものであるといえます。
そのような意味で、標準内積は「自然な内積」とも表されます。“自然な($\text{canonical}$)” という用語の意味合いについては、 自然な写像を参照ください。
証明
$K^{n}$ の任意の $2$ つの元 $\bm{x}, \bm{y}$ に対して、次の式により定まる値を $\phi(\bm{x}, \bm{y})$ とおくと、明らかに $\phi(\bm{x}, \bm{y}) \in K$ である。
このとき、任意の $\bm{x}, \bm{y}, \bm{z} \in K^{n}$ と $c \in K$ について次が成り立つ。
($\text{i}$)
($\text{ii}$)
($\text{iii}$)
($\text{iv}$)
したがって、 定義より、$\phi(\bm{x}, \bm{y})$ は $\bm{x}$ と $\bm{y}$ の内積である。$\quad \square$
証明の考え方
いずれも $K$(特に、複素数)に成り立つ演算規則により、直ちに導くことができます。
まとめ
$n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の $2$ つの元 $\bm{x}, \bm{y}$ に対して、次の式で与えられる $\bm{x} \cdot \bm{y} \in K$ は内積であり、これを $K^{n}$ の標準的内積という。
$$ \begin{equation*} \bm{x} \cdot \bm{y} = \sum_{i} \, x_{i} \, \overline{y_{i} \vphantom{i}} \end{equation*} $$- ここで、$\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ は、次のような数ベクトル。$$ \begin{array} {cc} \bm{x} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \end{pmatrix}, & \bm{y} = \begin{pmatrix} \, y_{1} \, \\ \vdots \\ \, y_{n} \, \end{pmatrix} \end{array} $$
- ここで、$\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ は、次のような数ベクトル。
参考文献
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