シュワルツの不等式
計量ベクトル空間におけるシュワルツの不等式を示します。すなわち、$2$ つのベクトルの内積の絶対値は、それぞれのノルムの積を超えません。
この定理は、幾何ベクトルに関する 定理 1.5(シュワルツの不等式)を一般化したものといえます。
計量ベクトル空間におけるシュワルツの不等式
定理 7.5(シュワルツの不等式)
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とすると、任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について次が成り立つ。
解説
ベクトルの内積とノルムの関係
$2$ つのベクトルの内積の絶対値は、それぞれのノルムの積を超えません。
(7.1.7)式は、ベクトルの内積とノルムの関係を示す不等式であり、シュワルツの不等式($\text{Schwarz’s}$ $\text{inequality}$)や、コーシー・シュワルツの不等式($\text{Cauchy-Schwarz’s}$ $\text{inequality}$)などと呼ばれます。
幾何ベクトルに関するシュワルツの不等式の一般化
定理 7.5(シュワルツの不等式)は、一般の計量ベクトル空間における内積とノルムの関係を表しています。
これは、 平面と空間のベクトルで示した、幾何ベクトルにおける 定理 1.5(シュワルツの不等式)を一般化したものといえます。
また、逆にいえば、幾何ベクトルにおける 定理 1.5は、 定理 7.5を、$\mathbb{R}$ 上の $2$ 次元(または $3$ 次元)計量ベクトル空間、すなわち、平面(または空間)という具体的な計量ベクトル空間に適用したものといえます。
シュワルツの不等式の両辺は $0$ 以上の実数
(7.1.7)式の両辺は、ともに $0$ 以上の実数となります。したがって、シュワルツの不等式は実数値の大きさに関する不等式とみることができます。
(左辺)ベクトルの内積の絶対値
内積の定義より、$2$ つのベクトルの内積 $\bm{x} \cdot \bm{y}$ は複素数である可能性があります。したがって、 (7.1.7)式の左辺の絶対値を外すと、次のようになります。
また、任意の複素数 $z \in \mathbb{C}$ の絶対値ついて、次が成り立ち、$\lvert \, z \, \rvert \in \mathbb{R}$ かつ $\lvert \, z \, \rvert \geqslant 0$ であるといえます。
したがって、 (7.1.7)式の左辺 $\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert$ は $0$ 以上の実数となります。
(右辺)ベクトルのノルムの積
また、 ノルムの定義より、ベクトルのノルムは $0$ 以上の実数となります。
したがって、$2$ つのベクトルのノルムの積も $0$ 以上の実数であり、 (7.1.7)式の右辺 $\lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert$ は $0$ 以上の実数となります。
シュワルツの不等式の証明
定理 7.5(シュワルツの不等式)は、内積の 公理的な定義にしたがって証明する必要があります。
幾何ベクトルにおけるシュワルツの不等式の証明
幾何ベクトルにおける 定理 1.5(シュワルツの不等式)には、$2$ 通りの証明方法がありました。
すなわち、($1$)幾何的な考察による証明と($2$)内積の演算法則による証明があり、それぞれの特徴は次の通りです。
- ($1$)幾何的な考察による証明
- 内積の 幾何的な定義による、簡潔な証明。
- 幾何ベクトルに関するシュワルツの不等式の証明に適している。
- ($2$)演算法則による証明
- 内積の演算法則に従った証明。やや複雑。
- 一般化したベクトルに関するシュワルツの不等式の証明にも有効。
計量ベクトル空間におけるシュワルツの不等式の証明
しかしながら、一般化された 定理 7.5(シュワルツの不等式)においては、幾何的な考察は通用しません。あくまで、内積の 公理的な定義にしたがって証明する必要があります。
したがって、 定理 7.5の証明は、 定理 1.5の($2$)内積の演算法則による証明と同様の考え方となります。
証明
$\bm{y} = \bm{0}$ とすると、 (7.1.7)式の両辺はともに $0$ に等しく等号が成り立つ。また、$\bm{y} \neq \bm{0}$ とすると、任意の $t \in K$ について $\bm{x} - t \, \bm{y} \in V$ であり、$t = \displaystyle \frac{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,}$ とすると、次が成り立つ。
いま、$\lVert \, \bm{x} - t \, \bm{y} \, \rVert \geqslant 0$ であるから、
証明の考え方
($1$)$\bm{y} = \bm{0}$ の場合と ($2$)$\bm{y} \neq \bm{0}$ の場合とに分けて考えます。($2$)では、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ の線型結合である $\bm{x} - t \, \bm{y} \in V$ のノルムが $0$ 以上となることから、求める不等式が得られます。
場合分けの考え方
- $2$ つのベクトル $\bm{x}$ と $\bm{y}$ について、次の $2$ つの場合に分けて考えます。
- $\bm{x}, \bm{y}$ のいずれか、または両方が $\bm{0}$ に等しい場合。
- $\bm{x}, \bm{y}$ のいずれも $\bm{0}$ に等しくない場合。
- 実際に証明を進めていくと、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ のいずれを $\bm{0}$ に等しい(または等しくない)としても結果が変わらないことがわかります。
- したがって、結局、次の $2$ つの場合に分けて証明を整理すればよいといえます。
- これは、幾何ベクトルに関する 定理 1.5(シュワルツの不等式)の、 演算規則による証明と同じ考え方です( シュワルツの不等式の証明を参照)。
(1)$\bm{y} = \bm{0}$ の場合の証明
- 内積の定義と ノルムの定義より、 (7.1.7)式の両辺はともに $0$ に等しく、等号が成り立ちます。
- まず、$\bm{y} = \bm{0}$ ならば、$\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert = 0$ が成り立ちます。
内積の定義より、$\bm{x} \cdot \bm{0} = 0$ です。仮に、$\bm{x} \cdot \bm{0} = s$ となる $s \neq 0$ が存在するとすると、例えば、内積の 共役線型性により次が成り立ち、矛盾が導かれます。
$$ \begin{align*} s &= \bm{x} \cdot \bm{0} \\ &= \bm{x} \cdot (\, 0 \, \bm{0} \,) \\ &= 0 \, (\, \bm{x} \cdot \bm{0} \,) \\ &= 0 \\ \end{align*} $$$\bm{x} \cdot \bm{0} = 0$ であることから、その絶対値についても $\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert = 0$ が成り立ちます。
- 次に、$\bm{y} = \bm{0}$ ならば、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert = 0$ が成り立ちます。
- ノルムの定義より、$\lVert \, \bm{y} \, \rVert = 0$ であるため、$2$ つのベクトルのノルムの積について、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert = 0$ が成り立ちます。
- 以上から、$\bm{y} = \bm{0}$ の場合、
(7.1.7)式が成り立つことが確かめられました。$$ \begin{align*} \lvert \, \bm{x} \cdot \bm{0} \, \rvert = \lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{0} \, \rVert = 0 \end{align*} $$
(2)$\bm{y} \neq \bm{0}$ の場合の証明
はじめに、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ の任意の線型結合のノルムが $0$ 以上となることを示します。
$V$ はベクトル空間であるから和とスカラー倍の演算について閉じており、任意の $t \in K$ について、$\bm{x} - t \, \bm{y} \in V$ となります。
ノルムの定義より、$\bm{x} - t \, \bm{y} \in V$ であることから、次の ($\ast$)式が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} \lVert \, \bm{x} - t \, \bm{y} \, \rVert \geqslant 0 \end{gather*} \tag{$\ast$} $$すなわち、$\bm{x} - t \, \bm{y} \in V$ のノルムは $0$ 以上の実数となります。
($\ast$)式の両辺を $2$ 乗し、特に $t = \displaystyle \frac{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,}$ とすることで、求める不等式を得ます。
$$ \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} - t \, \bm{y} \, \rVert}^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (\bm{x} - t \, \bm{y}) \cdot (\bm{x} - t \, \bm{y}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \overline{\, t \vphantom{()} \,} \, \bm{x} \cdot \bm{y} - t \, \bm{y} \cdot \bm{x} + t \overline{\, t \vphantom{()} \,} \, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \displaystyle \frac{\, {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,} - \displaystyle \frac{\, {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,} + \displaystyle \frac{\, {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \displaystyle \frac{\, {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,} \\ &\geqslant 0 \end{align*} $$- ($\text{i}$) ノルムの定義によります。
- ($\text{ii}$) 内積の定義により計算されます。特に内積が第 $1$ 変数について線型であり、第 $2$ 変数について共役線型である点に注意が必要です( 定理 7.1(内積の基本的性質))。
- ($\text{iii}$)$t = \displaystyle \frac{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,}$ とすることで、第 $2$ 項から第 $4$ が同じ形となります。
- ($\text{iv}$)第 $3$ 項と第 $4$ 項が打ち消し合い、
(7.1.7)式の両辺を $2$ 乗した形が得られます。$$ \begin{gather*} &\quad \; {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \displaystyle \frac{\, {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \,}{\, {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,} \geqslant 0 \\ \Leftrightarrow & \quad {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} \leqslant {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \end{gather*} $$
定理の考察に示した通り、 (7.1.7)式の両辺の $\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert$ と $\lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert$ はともに $0$ 以上の実数といえます。
したがって、次の $2$ つの不等式は同値であるといえます。
$$ \begin{alignat*} {3} && {\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert}^{2} &\leqslant {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\Leftrightarrow & \qquad \lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert \, \, &\leqslant \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert \end{alignat*} $$以上から、$\bm{y} \neq \bm{0}$ の場合も、 (7.1.7)式が成り立つことが示されました。
まとめ
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とすると、任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について次が成り立つ(シュワルツの不等式)。
$$ \begin{align*} \lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{x} \, \rVert \, \lVert \, \bm{y} \, \rVert \\ \end{align*} $$計量ベクトル空間におけるシュワルツの不等式は、内積の 公理的な定義にしたがって証明する必要がある。
参考文献
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