三角不等式
計量ベクトル空間における三角不等式を示します。すなわち、$2$ つのベクトルの和のノルムは、それぞれのノルムの和を超えません。
この定理は、幾何ベクトルに関する 定理 1.6(三角不等式)を一般化したものといえます。
計量ベクトル空間における三角不等式
定理 7.6(三角不等式)
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とすると、任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について次が成り立つ。
解説
ベクトルの和とノルムの関係
$2$ つのベクトルの和のノルムは、それぞれのノルムの和を超えません。
(7.1.8)式は、ベクトルの和とノルムの関係を示す重要な不等式であり、三角不等式($\text{triangle}$ $\text{inequality}$)と呼ばれます。
幾何ベクトルに関する三角不等式の一般化
定理 7.6(三角不等式)は、一般の計量ベクトル空間におけるベクトルの和とノルムの関係を表しています。
これは、 平面と空間のベクトルで示した、幾何ベクトルにおける 定理 1.6(三角不等式)を一般化したものといえます。
また、逆にいえば、幾何ベクトルにおける 定理 1.6は、 定理 7.6を、$\mathbb{R}$ 上の $2$ 次元(または $3$ 次元)計量ベクトル空間、すなわち、平面(または空間)という具体的な計量ベクトル空間に適用したものといえます。
幾何ベクトルに関する三角不等式
例えば、$V = \mathbb{R}^{2}$ として、$V$ の元を幾何ベクトルとして捉えれば、 (7.1.8)式は三角形の $3$ つの辺の間の関係を表していると理解することができます。
すなわち、下図のような $\triangle OXY$ において、 (7.1.8)式は、$OY \leqslant OX + XY$ という不等式に対応します。

このように考えると、 (7.1.8)式は、任意の三角形において、ある辺の長さは他の $2$ 辺の長さの和を超えないことを表していると捉えられます。これは、三角形の成立条件の一部に他なりません。また、このことこそ (7.1.8)式が三角不等式と呼ばれる所以です。( $OY \leqslant OX + XY$ において、等号が成り立つとき、点 $X$ は直線 $OY$ 上にあることになります。したがって、厳密にいえば、三角形の成立条件は、等号を除いた $OY \lt OX + XY$ です。)
計量ベクトル空間における距離:ノルム
距離の公理と三角不等式
三角不等式は、一般に、ある集合において $2$ つの元の間に距離($\text{metric}$)が定義されるための条件でもあります。
すなわち、ある集合 $X$ の任意の $2$ つの元 $x, y$ に対して実数 $d \, (x, y)$ が定まり、次の($1$)正値性($2$)対称性($3$)三角不等式を満たすとき、$d : X \times X \to \mathbb{R}$ を $X$ 上の距離($\text{metric}$)といいます。
このような理由から($1$)$\sim$($3$)は距離の公理とも呼ばれます。三角不等式は距離の公理の一部です。
ノルムは計量ベクトル空間における距離を表す
いま、我々は計量ベクトル空間における ベクトルのノルムつにいて考えていますが、$d \, (\bm{x}, \bm{y}) = \lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert$ とすれば、これは($1$)$\sim$($3$)を満たします。
そのような意味で、 ベクトルのノルムは、計量ベクトル空間 $V$ における距離に対応する概念であることがわかります。
証明
定義より、$\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert$ について次が成り立つ。
一般に、$z \in K$ に対して $\text{Re} \, z \leqslant \lvert \, z \, \rvert$ であることから、$\text{Re} \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) \leqslant \lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert$ が成り立つ。また、 定理 7.5(シュワルツの不等式)より、$\lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{x} \, \rVert \lVert \, \bm{y} \, \rVert$ であるから、次が成り立つ。
したがって、
証明の考え方
($1$) ノルムの定義にしたがって ${\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2}$ を計算し、($2$) 定理 7.5(シュワルツの不等式)を適用します。
内積の値が複素数である場合も含めて考えていますので、複素数において $\text{Re} \, z \leqslant \lvert \, z \, \rvert$ が成り立つことを利用します。これは内積の値が実数である場合も当然成り立つことです。
(1)ノルムの定義にしたがった計算
ノルムの定義にしたがって ${\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2}$ を計算し、${\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2}$ と ${\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2}$ を含む形を作ります。
すなわち、${\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2}$ は、次のように計算されます。
$$ \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (\bm{x} + \bm{y}) \cdot (\bm{x} + \bm{y}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \vphantom{()} \,} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + 2 \, \text{Re} \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \tag{$\ast$} \end{align*} $$- ($\text{i}$) ノルムの定義によります。
- ($\text{ii}$)内積について 分配法則が成り立つことによります( 内積の公理($\text{ii}$)、 定理 7.1(内積の基本的性質)($\text{ii}^{\prime}$))。
- ($\text{iii}$)内積の エルミート対称性より、$\bm{y} \cdot \bm{x} = \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \vphantom{()} \,}$ が成り立ちます( 内積の公理($\text{i}$))。
- ($\text{iv}$)内積の値が複素数である場合も考慮すると、$\bm{x} \cdot \bm{y} + \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \vphantom{()} \,} = 2 \, \text{Re} \, (\bm{x} \cdot \bm{y})$ となります。
一般に、$z \in \mathbb{C}$ に対して、次が成り立つことによります。
$$ \begin{split} z + \overline{z \vphantom{i}} &= (\, \text{Re} \, z + i \, \text{Im} \, z \,) + (\, \text{Re} \, z - i \, \text{Im} \, z \,) \\ &= 2 \, \text{Re} \, z \end{split} $$これは、当然ながら、$z \in \mathbb{R}$ の場合も成り立ちます。
(2)シュワルツの不等式の適用
定理 7.5(シュワルツの不等式)を用いて、三角不等式 (7.1.8)式の形を作ります。
上記の考察から得られた ($\ast$)式の第 $2$ 項について、次が成り立ちます。
$$ \begin{split} \text{Re} \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) & \, \overset{(\text{i})}{\leqslant} \; \lvert \, \bm{x} \cdot \bm{y} \, \rvert \\ & \, \overset{(\text{ii})}{\leqslant} \; \lVert \, \bm{x} \, \rVert \lVert \, \bm{y} \, \rVert \end{split} $$- ($\text{i}$)一般に $z \in \mathbb{C}$ に対して $\text{Re} \, z \leqslant \lvert \, z \, \rvert$ が成り立つことによります。
これは、次のように、簡単に確かめられます。
$$ \begin{gather*} &(\,\text{Re} \, z \,)^{2} \leqslant (\,\text{Re} \, z \,)^{2} + (\,\text{Im} \, z \,)^{2} \\ \Rightarrow & \text{Re} \, z \leqslant \sqrt{\, (\,\text{Re} \, z \,)^{2} + (\,\text{Im} \, z \,)^{2} \vphantom{\big()} \,} = \lvert \, z \, \rvert \\ \end{gather*} $$また、これは、$z \in \mathbb{R}$ の場合も成り立ちます。
- ($\text{ii}$) 定理 7.5(シュワルツの不等式)によります。
- ($\text{i}$)一般に $z \in \mathbb{C}$ に対して $\text{Re} \, z \leqslant \lvert \, z \, \rvert$ が成り立つことによります。
したがって、 ($\ast$)式は、更に次のようになります。
$$ \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} &= {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + 2 \, \text{Re} \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\leqslant {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + 2 \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \lVert \, \bm{y} \, \rVert + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &= (\, \lVert \, \bm{x} \, \rVert + \lVert \, \bm{y} \, \rVert \,)^{2} \tag{$\ast \ast$} \end{align*} $$($\ast \ast$)式において、両辺の $\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert$ と $\lVert \, \bm{x} \, \rVert + \lVert \, \bm{y} \, \rVert$ はともに $0$ 以上の実数である( ノルムの定義)ので、次の $2$ つの不等式は同値になります。
$$ \begin{gather*} & {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} \leqslant (\, \lVert \, \bm{x} \, \rVert + \lVert \, \bm{y} \, \rVert \,)^{2} \\ \Leftrightarrow & \lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert \, \, \leqslant \, \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert + \lVert \, \bm{y} \, \rVert \end{gather*} $$以上から、計量ベクトル空間における三角不等式 (7.1.8)式が成り立つことが示されました。
まとめ
- $V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とすると、任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について次が成り立つ。$$ \begin{align*} \lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert \leqslant \lVert \, \bm{x} \, \rVert + \lVert \, \bm{y} \, \rVert \\ \end{align*} $$
参考文献
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