エルミート行列の対角化
エルミート行列は、適当なユニタリ行列により、対角成分がすべて実数の対角行列に対角化できます。
これは、行列が対角化可能であるための条件(必要十分条件)の特別な場合を表しています。
エルミート行列の対角化#
定理 7.32(エルミート行列の対角化)#
n 次の正方行列 A について、次の 2 つの条件は同値である。
(1)A がエルミート行列である。
(2)A は、適当なユニタリ行列 P により、対角成分が実数の対角行列に対角化できる。すなわち、λ1,⋯,λn をすべて実数として、次を満たすユニタリ行列 P が存在する。
P−1AP=λ1O⋱Oλn(7.6.3)
エルミート行列であることと同値な条件#
定理 7.32(エルミート行列の対角化)は、正方行列がエルミート行列であることと同値な条件を示しています。すなわち、次の 2 つの条件は同値です。
(
1)
A がエルミート行列である。
(
2)
A は、適当なユニタリ行列
P により、対角成分が実数の対角行列に対角化できる。
いま、正方行列 A がエルミート行列である(A=A∗ が成り立つ)ならば、A は適当なユニタリ行列により対角化可能であり、しかも、対角成分がすべて実数であるような対角行列に対角化できます((1)⇒(2))。
また、逆に、対角成分がすべて実数であるような対角行列に相似な行列 A は、エルミート行列となります((2)⇒(1))。
したがって、正方行列 A がエルミート行列であることと、上記の(7.6.3)式が成り立つことは同値であるといえます。
行列が対角化可能であるための条件の特殊な場合#
定理 7.32(エルミート行列の対角化)は、一般の行列が対角化可能であるための条件(必要十分条件)の特別な場合を表しています。
次項以降にみるように、一般の正方行列 A が対角化可能であるためには、A が正規行列であることが必要にして十分です。正規行列は、適当なユニタリ行列により対角化可能ですが、その対角成分は実数に限りません。
また、エルミート行列は正規行列の 1 種です。
つまり、定理 7.32(エルミート行列の対角化)は、行列が対角化可能であるための条件のうち、特に、対角成分が実数であるような対角行列に対角化可能であるための条件を示していると捉えられます。
A を n 次正方行列とすると、定理 7.28(ユニタリ行列による三角化)より、A は適当なユニタリ行列 P により三角化可能であり、次が成り立つ。
P−1AP=λ1O⋱∗λn ここで、λ1,⋯,λn は、重複を含めた A の固有値である。
いま、A がエルミート行列であるとすると、定理 7.29(エルミート行列の固有値)より、λ1,⋯,λn はすべて実数であり、次が成り立つ。
(P−1AP)∗=P∗A∗(P−1)∗=P−1AP したがって、P−1AP もエルミート行列であり、次が成り立つ。
λ1∗⋱Oλn=λ1O⋱∗λn よって、P−1AP の非対角成分はすべて 0 に等しくなる。以上から、A は対角成分がすべて実数であるような対角行列に対角化される。
逆に、正方行列 A に対して、次の式を満たすようなユニタリ行列 P が存在するとすと、
P−1AP=λ1O⋱Oλn P−1AP はエルミート行列であり、次が成り立つ。
P−1AP=(P−1AP)∗=P−1A∗P 上式に、左から P を、右から P−1 を掛けると、A=A∗ が成り立つ。したがって、このとき、A はエルミート行列となる。□
証明の考え方#
定理 7.28(ユニタリ行列による三角化)と定理 7.29(エルミート行列の固有値)を利用して、次の 2 つの条件が同値であることを導きます。
(
1)
A がエルミート行列である。
(
2)
A は、適当なユニタリ行列
P により、対角成分が実数の対角行列に対角化できる。
前提事項の整理#
A を n 次正方行列とすると、定理 7.28(ユニタリ行列による三角化)より、A は適当なユニタリ行列 P により三角化可能であり、次が成り立ちます。
P−1AP=λ1O⋱∗λn ここで、λ1,⋯,λn は、重複を含めた A の固有値を表します。
(1)⇒(2)の証明#
まず、(1)A がエルミート行列であるならば(2)対角成分がすべて実数の対角行列に対角化できることを示します。
A がエルミート行列であるとすると、定理 7.29(エルミート行列の固有値)より、λ1,⋯,λn はすべて実数となります。
λ1,⋯,λn∈R また、エルミート行列の定義より、A=A∗ であることから、次が成り立ちます。
(P−1AP)∗=(i)(P∗AP)∗=(ii)P∗A∗(P∗)∗=(iii)P−1AP - (i)P がユニタリ行列であることから、P−1=P∗ が成り立ちます。
- (ii)随伴行列の基本的な性質より、行列の積の随伴行列について、(AB)∗=B∗A∗ が成り立ちます。
- (iii)再び、P がユニタリ行列である(P−1=P∗ が成り立つ)ことと、随伴行列の基本的な性質より、(A∗)∗=A が成り立ちます。
したがって、P−1AP もエルミート行列であり、次が成り立ちます。
⇔(P−1AP)∗λ1∗⋱Oλn=P−1AP=λ1O⋱∗λn よって、P−1AP の非対角成分はすべて 0 に等しくなります。すなわち、P−1AP は対角成分がすべて実数である対角行列であるということです。
以上から、(1)A がエルミート行列であるならば(2)対角成分がすべて実数の対角行列に対角化できることが示されました。
(1)⇐(2)の証明#
次に、(2)A が、対角成分がすべて実数の対角行列に対角化できるならば(2)エルミート行列であることを示します。
いま、正方行列 A に対して、次の式を満たすようなユニタリ行列 P が存在するとすとします。
P−1AP=λ1O⋱Oλn このとき、P−1AP=(P−1AP)∗ が成り立つので、P−1AP はエルミート行列となります(エルミート行列の定義)。
また、随伴行列の基本的な性質より、次が成り立ちます。
P−1AP=(P−1AP)∗=P−1A∗P 上記の式に、左から P を、右から P−1 を掛けると、A=A∗ が成り立ちます。これは、A はエルミート行列であることを表す式に他なりません。
以上から、(2)A が、対角成分がすべて実数の対角行列に対角化できるならば(2)エルミート行列であることが示されました。
まとめ#
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2025-05-02 | 改訂:2025-05-28