写像の像と逆像
集合 $S$ の像とは、写像 $f$ により $S$ の元の行く先の集合です。また、集合 $T$ の逆像とは、写像 $f$ により $T$ に移される元の集合です。写像の像と逆像は、いずれも写像により定まる部分集合です。
ここでは、像と逆像を定義するとともに、その具体例を示します。
像と逆像の定義
まず、写像の像と逆像の定義を示します。
定義 A.2(像と逆像)
$A, B$ を集合として、$f : A \to B$ を写像とする。部分集合 $S \subset A, T \subset B$ に対して、次のような集合 $f(S)$ を $S$ の像($\text{image}$)、$f^{-1} (T)$ を $T$ の逆像($\text{inverse}$ $\text{image}$)という。
解説
像とは:写像による行き先の集合
写像 $f : A \to B$ と $A$ の部分集合 $S$ が与えられたとき、部分集合 $S$ の任意の元に対応する $B$ の元の集合を、$S$ の像といいます。
端的にいえば、$S$ の像とは、「$S$ の元の 写像 $f$ による行き先 の集合」といえます。
像は $f$ の値域の部分集合
写像 $f$ による $S$ の像 $f(S)$ は、集合 $B$(写像 $f$ の値域)の部分集合です。すなわち、$f(S) \subset B$ が成り立ちます。
定義より、$S$ は $A$ の部分集合です($S \subset A$)。また、$f$ は写像であるので、任意の $a \in A$ について $f(a) \in B$ が成り立ちます( 写像の条件($\text{i}$)任意性)。
すなわち、任意の $s \in S$ について $f(s) \in B$ が成り立ちます。したがって、$f(s) \in f(S)$ ならば $f(s) \in B$ となり、$f(S) \subset B$ が成り立ちます。
以上から、$S$ の像 $f(S)$ は $B$ の部分集合であることが確かめられました。
逆像とは:写像により移された元の集合
写像 $f : A \to B$ と $B$ の部分集合 $T$ が与えられたとき、部分集合 $T$ の任意の元に対応する $A$ の元の集合を、$T$ の逆像といいます。
端的にいえば、$T$ の逆像とは、「$f$ により $T$ に移されたの元 の集合」といえます。
逆像は $f$ の定義域の部分集合
写像 $f$ による $T$ の逆像 $f^{-1} (T)$ は、集合 $A$(写像 $f$ の定義域)の部分集合です。すなわち、$f^{-1}(T) \subset A$ が成り立ちます。
定義より、$t \in f^{-1} (T)$ であれば、明らかに $t \in A$ となります。したがって、$f^{-1} (T) \subset A$ 、すなわち、$T$ の逆像 $f^{-1} (T)$ は $A$ の部分集合であることが確かめられます。
逆像と逆写像の違い
写像による逆像と(後に定義する)逆写像を混同しないよう注意が必要です。
上記の通り、逆像とは、写像により定まる部分集合です。写像 $f : A \to B$ により定まる、集合 $T \subset A$ の逆像を $f^{-1}(T)$ のように表します( 逆像の定義)。
これに対して、逆写像とは、ある写像により定まる写像です。すなわち、写像 $f : A \to B$ による集合 $A$ と $B$ の元の対応の逆対応が写像であるとき、これを $f$ の逆写像といい、$f^{-1} : B \to A$ のように表します( 逆写像の定義)。
ただし、ある写像の逆対応は、必ずしも写像になるわけではありません( 下記の考察を参照)。
像と逆像:部分集合としての定義と注意点
写像による像(および逆像)は、 上記の通り、あくまで部分集合として定義されています。
しかしながら、文脈によっては、像(および逆像)が集合の $1$ つの要素を表す場合がありますので、注意が必要です。
(例)要素が $1$ つしかない集合の像
例えば、$f$ を写像として、要素が $1$ つしかない部分集合の $f$ による像を考えてみます。
いま、集合 $A$ から $B$ への写像 $f : A \to B$ があり、$a \in A$ と $b \in B$ について、$f(a) = b$ が成り立つとします。
このとき、$S = \{ a \}$ とすると、$S$ の像は、次のように表せます。
- ($\text{i}$)$1$ つ目の等号は $S = \{ a \}$ という仮定によります。
- ($\text{ii}$)$2$ つ目の等号は、 像の定義によります。すなわち、$f(S) = \{\, f(a) \mid a \in S \, \}$ において、$S = \{ a \}$ であることから、$f( \{ a \} ) = \{ f(a) \}$ が成り立ちます。
- ($\text{iii}$)$3$ つ目の等号は $f : a \mapsto b$ という仮定によります。このとき $f(a) = b$ が成り立ちます。
上式において、$f( \{ a \} )$ と $f(a)$ は、異なる意味を持っています。
すなわち、$f( \{ a \} )$ は、$a$ のみを要素として持つ集合 $\{ a \}$ の像を表しており、$b$ のみを要素として持つ集合 $\{ b \}$ と等しく($f( \{ a \} ) = \{ b \}$)なります。一方で、$f(a)$ は集合 $B$ の $1$ つの要素を表しており、$b$ と等しく($f(a) = b$)なります。
用語について(部分集合としての像と、元としての像)
教科書により、$f( \{ a \} )$ と $f(a)$ のどちらにも、像という用語が用いられることがあります。
したがって、像という言葉が部分集合を指しているのか、集合の $1$ つの要素(元)を指しているか、意識して読み解く必要があります。
また、自分で定理を証明したり問題を解く際には、どちらを指しているか明確に区別すべきです。これは、曖昧な記述を避け、論理的に考察を進める上で重要です。
像と逆像の例
次に、写像による像と逆像の例を示します。
例(平仮名と母音の対応)
$A, B$ を、次のような集合とする。
また、集合 $A$ から $B$ への写像 $f : A \to B$ を、次のように定める。
このとき、$f$ による像と逆像に関して、次が成り立つ。
解説
写像による元の対応(平仮名と母音の対応)
上記の $f : A \to B$ は、いろは歌の最初の平仮名 $5$ 文字(集合 $A$)と、日本語の母音(集合 $B$)を対応させるものです。
$f$ による集合 $A$ と $B$ の元の対応は、次のように図示できます。

$f$ が写像であることの確認
写像による像と逆像について考える前に、まず、 上記の対応 $f$ が写像であることを確かめます。
写像であるための条件
いま、集合 $A$ から $B$ への対応 $f$ は、次のように定められています。
このとき、($\text{i}$)集合 $A$ の任意の元に対して、 対応する集合 $B$ の元が存在し、しかも($\text{ii}$)集合 $A$ の元に対応する集合 $B$ の元は、ただ $1$ つに定まります。
したがって、$f : A \to B$ は 写像であるための条件を満たします。
$f$ の像と逆像
上記の写像 $f : A \to B$ による像と逆像に関して、次が成り立ちます。
($\text{i}$)左辺の $f(\{\, \small{い}, \small{は}, \small{に} \,\})$ は、$A$ の部分集合 $\{\, \small{い}, \small{は}, \small{に} \,\}$ の像を表しています。ここで、$A$ の部分集合の各元($\small{い}, \small{は}, \small{に} \in A$)は $f$ により、$\small{あ}, \small{い} \in B$ に移されます。
($\text{ii}$)左辺の $f^{-1}(\{\, \small{い} \,\})$ は、$B$ の部分集合 $\{\, \small{い} \,\}$ の逆像を表しています。写像 $f$ により、$\small{い} \in B$ に移される $A$ の元は、$\small{い}, \small{に} \in A$ の $2$ つです。
($\text{iii}$)少しややこしいですが、左辺の $f(\{\, \small{い} \,\})$ は $A$ の部分集合である $\{\, \small{い} \,\}$ の像を、右辺の $\{\, \small{い} \,\}$ は $B$ の部分集合を表しています。つまり、写像 $f$ により、$\small{い} \in A$ が $\small{い} \in B$ に移されることを表しています。
($\text{iv}$)左辺の $f^{-1}(\{\, \small{う}, \small{え} \,\})$ は、$B$ の部分集合 $\{\, \small{う}, \small{え} \,\}$ の逆像を表しています。写像 $f$ により $\small{う}, \small{え} \in B$ に移される $A$ の元はありません。よって、これは、空集合 $\phi$ に等しくなります。
写像の逆対応は必ずしも写像ではない
$A$ から $B$ への対応 $f$ が写像であったとしても、その逆対応が $B$ から $A$ への写像になるとは限りません。このことを、 上記の例を用いて確かめます。
写像の逆対応
上記の例における、写像 $f$ による $A$ から $B$ への対応の逆を考えます。
このような逆対応 $f^{-1}$ は、次のように図示できます。これは、 上図において、$A$ の元から $B$ の元への対応を表す矢印を反転させたものに他なりません。

このとき、$f$ の逆対応 $f^{-1} : B \to A$ は写像でしょうか。
逆対応が写像であるかの確認($\text{i}$)任意性
いま、$f^{-1}$ の定義域である集合 $B$ の元 $\small{う}, \small{え}$ には、逆対応 $f^{-1}$ による行き先がありません。
したがって、$f^{-1}$ は、 写像の条件($\text{i}$)任意性を満たさず、写像ではないといえます。
定義域の制限
では、逆対応 $f^{-1}$ の定義域を $B$ から $B^{\prime} = \{\, \small{あ}, \small{い}, \small{お} \,\}$ に制限するとどうでしょうか。
定義域を $B$ から $B^{\prime}$ に制限することで、任意の $B^{\prime}$ の元($\small{あ}, \small{い}, \small{お}$)に対応する $A$ の元が存在するようになります。
したがって、逆対応 $f^{-1} : B^{\prime} \to A$ は 写像の条件($\text{i}$)任意性を満たすようになります。
逆対応が写像であるかの確認($\text{ii}$)一意性
しかしながら、定義域を制限しても、逆対応 $f^{-1} : B^{\prime} \to A$ は写像になりません。
$B^{\prime}$ の元 $\small{い}, \small{お}$ の行き先がただ $1$ つに定まらず、 写像の条件($\text{ii}$)一意性を満たさないためです。
例えば、$\small{い} \in B^{\prime}$ について、$f^{-1}(\small{い}) = \small{い} \in A$ $\land$ $f^{-1}(\small{い}) = \small{に} \in A$ が成り立ちます。すなわち、$\small{い} \in B^{\prime}$ には、行き先が $2$ つあります。
逆対応が写像であるための条件
以上から、ある写像 $f : A \to B$ の逆対応は、一般に写像ではないことがわかります。
後に示すように、ある写像 $f$ が 逆写像 $f^{-1}$ を持つ($f$ の逆対応が写像である)ためには、$f$ が 全単射である必要があります( 定理 A.1(逆写像を持つことと同値な条件))。
まとめ
$A, B$ を集合として、$f : A \to B$ を写像とする。部分集合 $S \subset A, T \subset B$ に対して、次のような集合 $f(S)$ を $S$ の像、$f^{-1} (T)$ を $T$ の逆像という。
$$ \begin{align*} f(S) &= \{\, f(a) \mid a \in S \, \} \, , \\ f^{-1} (T) &= \{ \, a \in A \mid f(a) \in T \, \} \\ \end{align*} $$- $S$ の像は、「写像 $f$ により $S$ の元が移る先 の集合」といえる。
- $T$ の逆像は、「写像 $f$ により $T$ に移される元 の集合」といえる。
ある写像 $f$ の逆対応 $f^{-1}$ は、必ずしも写像ではない。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.