内積の演算法則
ベクトルの内積について成り立つ演算法則を示します。また、幾何的なベクトルの定義にしたがって、これらを証明します。
これらの演算法則は、後に計量ベクトル空間の公理として一般化されます。
ベクトルの演算法則(内積)#
定理 1.4(内積の演算法則)#
任意のベクトル a,b,c とスカラー c について次が成り立つ。
(i)(ii)(iii)(iv)a⋅b(a+b)⋅c(ca)⋅ba⋅a=b⋅a=a⋅c+b⋅c=c(a⋅b)⩾0(1.2.4)
ベクトルの内積の演算規則#
定理 1.4(内積の演算法則)は、平面(または空間)上のベクトルの内積について成り立つ基本的な演算法則をまとめたものです。次項以降に示すベクトルの内積に関する種々の定理は、上記の(i)∼(iv)と定理 1.1(ベクトルの演算法則)の組合せにより示すことができます。
以下に、演算法則の各項目についてみていきます。
交換法則と分配法則が成り立つ#
(i)と(ii)は、ベクトルの内積について(i)交換法則と(ii)分配法則がそれぞれ成り立つことを示しています。
また、(i)と(ii)を組み合わせることで、次の(ii′)を導くことができます。
(ii′)a⋅(b+c)=a⋅b+a⋅c ベクトルのスカラー倍と内積は可換である#
(iii)は、内積とスカラー倍の演算が可換であることを示しています。すなわち、a の c 倍と b の内積は a と b の内積の c 倍に等しく、内積とスカラー倍は演算の順序によりません。
また、(i)と(iii)を組み合わせることで、次の(iii′)を導くことができます。
(iii′)a⋅(cb)=c(a⋅b) 同じベクトルの内積は負でない実数#
(iv)は、あるベクトル a と a 自身の内積の値が負でない実数となることを示しています。
これは自明のことといえますが、任意のベクトル a の長さを内積を用いて定める際に、内積 a⋅a の平方根をとれることの根拠となります。((1.2.2)式は前項からの再掲です。)
∥a∥=a⋅avp1(1.2.2) 計量ベクトル空間の公理との対応#
これらの演算法則は、後に計量ベクトル空間の公理として一般化されます。
いま、我々は、有向線分より定義される幾何ベクトルに対して、内積という概念を定義しています。これに対して、抽象的なベクトル空間(和とスカラー倍が定義されたベクトルの集合)においては、内積を定義することにより、長さ(距離)やなす角といった幾何的な概念を一般化したものが定義できます。
つまり、内積は、長さ(距離)やなす角といった概念を抽象的なベクトル空間に持ち込む上で重要な役割を果たします。
なお、定理 1.4(内積の演算法則)に示す演算法則の順序は、計量ベクトル空間の公理と対応するようにしています。
内積の演算法則の証明方法#
定理 1.4(内積の演算法則)の証明には、幾何的な証明と代数的な証明の 2 通りの証明が考えられます。
下記に示す証明は、より本質的であると考えられる、幾何的な考察によるものです。
幾何的な証明#
いま、我々は、平面(または空間)上のベクトルを有向線分により幾何的に定義しています(ベクトルの定義)。また、ベクトルの内積についても幾何的に定義しています(内積の定義)。
したがって、ベクトルの内積の演算法則(定理 1.4)についても、あくまでも幾何的な定義にしたがって証明する方が素直であるといえます。
代数的な証明#
もちろん、定理 1.4(内積の演算法則)は、成分表示されたベクトルに対する代数的な内積の定義により証明することもでき、この場合、証明はかなり簡単になります。
しかしながら、ベクトルの成分表示は与えられた座標軸に依存します。したがって、代数的な定義にしたがって演算法則を証明する場合、ベクトルの内積が座標軸によらずに定まることを合わせて証明する必要があります。
(i)a と b のなす角を θ とすれば、内積の定義より、次が成り立つ。
a⋅b=∥a∥∥b∥cosθ=∥b∥∥a∥cosθ=b⋅a (ii)下図のように a=(PQ), b=(QR) とすれば、a+b=(PR) である。
ここで、a, b, a+b と c のなす角をそれぞれ θa, θb, θa+b として、P,Q,R から c に平行な直線 l に下ろした垂線の足を P′,Q′,R′ とすると、次が成り立つ。
⇔P′R′∥a+b∥cosθa+b=P′Q′+Q′R′=∥a∥cosθa+∥b∥cosθb 両辺に ∥c∥ を掛けると、内積の定義と(i)より、次が成り立つ。
∥a+b∥∥c∥cosθa+b⇔(a+b)⋅c=∥a∥∥c∥cosθa+∥b∥∥c∥cosθb=a⋅c+b⋅c (iii)a と b のなす角を θ とする。
(1)c>0 のとき、ca と a は同じ向きだから、ca と b のなす角は θ であり、次が成り立つ。
(ca)⋅b=∥ca∥∥b∥cosθ=c∥a∥∥b∥cosθ=c(a⋅b)
(2)c=0 のとき、ca=0 であるから、(ca)⋅b=c(a⋅b)=0 が成り立つ。
(3)c<0 のとき、ca と a は逆の向きだから、ca と b のなす角は π−θ であり、次が成り立つ。
(ca)⋅b=∥ca∥∥b∥cos(π−θ)=∣c∣∥a∥∥b∥(−cosθ)=−c∥a∥∥b∥(−cosθ)=c∥a∥∥b∥cosθ=c(a⋅b)
以上から、任意の a, b とスカラー c について、(ca)⋅b=c(a⋅b) が成り立つ。
(iv)任意のベクトル a について、a と a 自身のなす角 θ は 0 であるから a⋅a=∥a∥2⩾0 が成り立つ。等号が成り立つのは a が長さ 0 のベクトルであるとき、すなわち a=0 のときであり、そのときに限る。□
証明の考え方#
内積の定義にしたがって、あくまで幾何的な考察により証明します。
(i)a⋅b=b⋅a の証明#
- 内積の定義より明らかといえます。
- a と b のなす角を θ とすれば、θ は b と a のなす角でもあり、次が成り立ちます。
a⋅b=∥a∥∥b∥cosθ=∥b∥∥a∥cosθ=b⋅a
(ii)(a+b)⋅c=a⋅c+b⋅c の証明#
- 3 つのベクトル a, b, a+b の c への正射影を考えます。
- a=(PQ), b=(QR) とすれば、a+b=(PR) となります(ベクトルの和の定義)。
- 3 つのベクトル a, b, a+b と c のなす角をそれぞれ θa, θb, θa+b として、P,Q,R から c に平行な直線 l に下ろした垂線の足を P′,Q′,R′ とします。

直線 l 上の線分 P′Q′, Q′R′, P′R′ について、次が成り立ちます。
P′R′=P′Q′+Q′R′ 線分 P′Q′, Q′R′, P′R′ は、それぞれ a, b, a+b の c への正射影の長さを表しており、次が成り立ちます。
⇔P′R′∥a+b∥cosθa+b=P′Q′+Q′R′=∥a∥cosθa+∥b∥cosθb 両辺に ∥c∥ をかけ、(i)により積の順を適当に入れ替えれば、次が成り立ちます。
⇔⇔∥a+b∥cosθa+b∥a+b∥∥c∥cosθa+b(a+b)⋅c=∥a∥cosθa+∥b∥cosθb=∥a∥∥c∥cosθa+∥b∥∥c∥cosθb=a⋅c+b⋅c
(iii)(ca)⋅b=c(a⋅b) の証明#
- スカラー倍の定義に従います。
- a と b のなす角を θ として、(1)c>0、(2)c=0、(3)c<0 の場合に分けて考えます。
(1)c>0 の場合#
- ca は、a と同じ向きで長さが c 倍のベクトルとなります(スカラー倍の定義)。
- ca と b のなす角は θ であり、ca の長さは ∥ca∥=c∥a∥ となるので、次が成り立ちます。
(ca)⋅b=∥ca∥∥b∥cosθ=c∥a∥∥b∥cosθ=c(a⋅b)
(2)c=0 の場合#
- (左辺)ca=0 であるので、(ca)⋅b=0⋅b=0 となります。
- (右辺)c=0 であるので、c(a⋅b)=0(a⋅b)=0 となります。
- 両辺ともに 0 に等しいので、(ca)⋅b=c(a⋅b)=0 が成り立ちます。
(3)c<0 の場合#
- ca は、a と逆の向きで長さが −c 倍のベクトルとなります。

ca と b のなす角は π−θ であり、ca の長さは ∥ca∥=∣c∣∥a∥=−c∥a∥ となるので、次が成り立ちます。
(ca)⋅b=∥ca∥∥b∥cos(π−θ)=∣c∣∥a∥∥b∥(−cosθ)=−c∥a∥∥b∥(−cosθ)=c∥a∥∥b∥cosθ=c(a⋅b) 以上から、任意の a, b とスカラー c について、(ca)⋅b=c(a⋅b) が成り立つことが確かめられました。
(iv)a⋅a⩾0 の証明#
まとめ#
参考文献#
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-08-16 | 改訂:2025-03-31