正則行列(1)
逆行列を持つ正方行列を、正則行列と呼びます。
ここでは、正則行列を定義するとともに、ある行列が正則である(逆行列をもつ)とき、逆行列が一意に定まることを示します。正則行列や逆行列は、線型代数においてきわめて重要な概念です。
正則行列の定義
定義 2.9(正則行列)
$n$ 次の正方行列 $A$ に対して、$AB = BA = E_n$ となる行列 $B$ が存在するとき、$A$ を正則行列($\text{regular /}$ $\text{invertible}$)という。また、このとき $B$ を $A$ の逆行列($\text{inverse /}$ $\text{inverse matrix}$)といい $A^{-1}$ と表す。
解説
正則行列は正方行列
正則行列とは、逆行列を持つ行列のことです。
また、正則行列は正方行列に対して定義されていることに注意する必要があります。すなわち、ある行列 $A$ が正方行列であることは $A$ が正則行列であることの必要条件であり、「$A$ が正則行列 $\Rightarrow$ $A$ が正則行列」であるといえます。
逆行列も正則行列
定義より明らかですが、$A$ が正則行列であれば、その逆行列 $A^{-1}$ も正則行列となります。
すなわち、$A$ が正則であれば、定義よりその逆行列 $A^{-1}$ が存在し、次が成り立ちます。
このとき、当然ながら次が成り立ちます。
したがって、再び定義より $A^{-1}$ は正則であり、その逆行列は $A$ であることがわかります。
逆行列は一意に定まる
また、もとの行列 $A$ に対して、逆行列 $A^{-1}$ は一意に定まります。このことは、定理 2.4(逆行列の一意性)として改めて以下に示します。
逆行列が一意に定まることは、定義より直ちに導かれます。逆にいえば、上の定義は一意性を前提としているものとも捉えられます。
正則行列の重要性
正則行列や逆行列といった概念は、線型代数学においてきわめて重要であり、ベクトル空間や線型写像といった重要な項目や、連立一次方程式の解法や固有値と固有ベクトルなどの応用面において度々現れます。
このような重要性から、ある行列が正則であるための条件は、様々な観点から言い換えて表現されます。
一般化線型群(正則行列の集合は積の演算により群となる)
代数学の目線では、正則行列は行列の積により群であると表すことができます(群の定義)。すなわち、正則行列の集合において行列の積の演算が定義され、結合法則が成り立つとともに単位元(単位行列)と逆元(逆行列)が存在する、ということです。
ここで、逆行列は、行列の積の演算に関する逆元となります。これは、正則行列に関して成り立つ $A A^{-1} = A^{-1} A = E$ という等式が、実数や複素数などにおいて成り立つ $ab = ba = 1$ に対応するものと捉えることに他なりません。
$n$ 次の正則行列全体の集合を一般線型群($\text{general linear group}$)といい、$GL_{n} (K)$ などと表します。ここで $K$ は実数全体 $\mathbb{R}$ または複素数全体 $\mathbb{C}$ を意味しています。(記号 $K$ の用法については行列の定義の項を参照)
逆行列の一意性
定理 2.4(逆行列の一意性)
行列 $A$ が正則であれば、逆行列 $A^{-1}$ は一意に定まる。
証明
行列 $A$ に対して異なる $2$ つの逆行列 $B, C$ が存在するとする。このとき、$AB = BA = E, \; AC = CA = E$ が成り立つことから、
となるが、これは $B \neq C$ に矛盾する。よって、逆行列は一意的である。$\quad \square$
証明の骨子
背理法により証明します。
背理法の仮定
逆行列が一意に定まらないと仮定します。
すなわち、行列 $A$ に対して、以下を満たす逆行列 $B, C$ が存在することを仮定します。
$$ \begin{alignat*} {2} & \; (\text{i}) & B &\neq C \\ & \, (\text{ii}) & AB &= BA = E \\ & (\text{iii}) & \quad AC &= CA = E \\ \end{alignat*} $$- ($\text{i}$)$2$ つの逆行列 $B, C$ がそれぞれ異なることを仮定しています。
- ($\text{ii}$)($\text{iii}$)$B, C$ がそれぞれ $A$ の逆行列であることから、定義により成り立ちます。
矛盾の導出
仮定から矛盾($B, C$ が等しいこと)を導きます。
$$ \begin{split} B &\overset{(1)}{=} BE \\ &\overset{(2)}{=} B \, (AC) \\ &\overset{(3)}{=} (BA) \, C \\ &\overset{(4)}{=} EC \\ &\overset{(5)}{=} C \end{split} $$- ($1$)行列の積に関する単位行列の性質によります(定理 2.2(行列の積))。
- ($2$)$C$ に関する仮定($\text{iii}$)によります。
- ($3$)行列の積に関する結合法則によります(定理 2.2(行列の積))。
- ($4$)は $B$ に関する仮定($\text{ii}$)によります。
- ($5$)($1$)と同様に、行列の積に関する単位行列の性質によります(定理 2.2(行列の積))。
上記より、$B = C$ が成り立ちますが、これは、$B \neq C$ というに矛盾します。
したがって、異なる $2$ つの逆行列が存在するという仮定が否定され、題意が示されました。
行列の積に関する演算法則や逆行列の定義に従って、背理法により証明することができます。導出は割と素直です。
まとめ
正方行列 $A$ に対して、次を満たす行列 $B$ が存在するとき、$A$ を正則行列という。
$$ AB = BA = E $$上記を満たす $B$ を $A$ の逆行列といい $A^{-1}$ と表す。
行列 $A$ が正則であれば、逆行列 $A^{-1}$ は一意に定まる。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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