対称群の定義

これまでの準備(置換置換の積の定義)を踏まえて、置換全体の集合を対称群として定義します。

また、群の定義にしたがって、置換全体の集合が積の演算により群であることを確かめます。

対称群の定義


定義 3.4(対称群)

MnM_nnn 個の要素からなる集合とする。MnM_n 上の置換全体からなる群を nn 次の対称群(symmetric group\text{symmetric group})という。



解説

対称群とは:置換全体の集合

置換全体の集合は、置換の積により群となり、これを対称群と呼びます。

nn 次の対称群は、普通 SnS_nSn\mathfrak{S}_n などと表記します(S\mathfrak{S} はドイツ文字で英字の SS に相当します)。

対称群の次数

対称群の次数 nn は置換により並べ替える MnM_n の元の数を指しています。

対称群の位数(元の個数)

また、置換の定義で示した通り、対称群 SnS_n の位数(元の個数)は n!n! です。


用語について(対称群と置換群)

対称群は、置換群(permutation group\text{permutation group})と呼ばれることもあります([8], [15] など)。

しかしながら、対称群の部分群を置換群とよぶ教科書もあります([11] など)。これらの用語については、使用している教科書に合わせて適切なものを選ぶ必要があります。


置換全体の集合が群であることの確認

前項に示した、群の定義にしたがって、置換全体の集合が積の演算により群となることを確かめます。

群の定義

GG を空集合でない集合とする。GG についての 22 項演算(law of composition\text{law of composition})が定義されていて、次の条件を満たすとき、GG を群(group\text{group})という。
11)任意の a,b,cGa, b, c \in G に対して (ab)c=a(bc)(ab)c = a(bc) が成り立つ。(結合法則)
22)任意の aGa \in G に対して ae=ea=aae = ea = a となる eGe \in G が存在する。(単位元)
33)任意の aGa \in G に対して ab=ba=eab = ba = e となる bGb \in G が存在する。(逆元)


前提条件:空でない集合であること

まず、nn を自然数として、MnM_nnn 個の要素からなる集合、SnS_nMnM_n 上の置換全体の集合とします。

nn は自然数なので、MnM_n は少なくとも 11 つの要素を持ちます。よって、MnM_n は空集合ではありません。また、このとき MnM_n の要素からそれ自身への置換(恒等置換)が必ず存在します。よって、SnS_n は空集合ではありません。

対称群の 22 項演算:置換の積

次に、SnS_{n}22 項演算として、置換の積を考えます。

置換の積とは、22 つの置換(全単射)の合成写像のことでした(置換の積の定義を参照)。すなわち、22 つの置換 σ,τSn\sigma, \tau \in S_n に対して、置換の積 τσ\tau \, \sigma とは、合成写像 τσ\tau \circ \sigma のことを指します。

このような積の演算が、群の定義における条件1\text{1}\sim3\text{3}を満たすことを確認します。

(1)結合法則について
  • 写像の合成について、結合法則が成り立つことは明らかといえます。

  • したがって、置換の積を写像の合成と考えると、置換の積についても結合法則が成り立ちます。

  • このことは、次のように、具体的に置換の積を計算することにより確かめられます。

  • いま、ρ,σ,τSn\rho, \sigma, \tau \in S_n とすると、33つの置換にわたる積 (τσ)ρ,  τ(σρ)(\tau \sigma) \rho, \; \tau (\sigma \rho) は、それぞれ次のようになります。

    (τσ)ρ={(1nτ(1)τ(n))(1nσ(1)σ(n))}(1nρ(1)ρ(n))=(1nτ(σ(1))τ(σ(n)))(1nρ(1)ρ(n))=(1nτ(σ(ρ(1)))τ(σ(ρ(n))))τ(σρ)=(1nτ(1)τ(n)){(1nσ(1)σ(n))(1nρ(1)ρ(n))}=(1nτ(1)τ(n))(1nσ(ρ(1))σ(ρ(n)))=(1nτ(σ(ρ(1)))τ(σ(ρ(n)))) \begin{align*} (\tau \sigma) \rho &= \left\{ \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(1) & \cdots & \tau(n) \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \sigma(1) & \cdots & \sigma(n) \\ \end{pmatrix} \right\} \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \rho(1) & \cdots & \rho(n) \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(\sigma(1)) & \cdots & \tau(\sigma(n)) \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \rho(1) & \cdots & \rho(n) \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(\sigma(\rho(1))) & \cdots & \tau(\sigma(\rho(n))) \\ \end{pmatrix} \\ \\ \tau (\sigma \rho) &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(1) & \cdots & \tau(n) \\ \end{pmatrix} \left\{ \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \sigma(1) & \cdots & \sigma(n) \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \rho(1) & \cdots & \rho(n) \\ \end{pmatrix} \right\} \\ &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(1) & \cdots & \tau(n) \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \sigma(\rho(1)) & \cdots & \sigma(\rho(n)) \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots & n \\ \tau(\sigma(\rho(1))) & \cdots & \tau(\sigma(\rho(n))) \\ \end{pmatrix} \\ \end{align*}

  • したがって、(τσ)ρ=τ(σρ)(\tau \sigma) \rho = \tau (\sigma \rho) が成り立ちます。

(2)単位元の存在について
  • 次のような恒等置換 ϵSn\epsilon \in S_n を考えます。恒等置換とは、11,  22,  ,  nn1 \mapsto 1, \; 2 \mapsto 2, \; \cdots, \; n \mapsto n のように、すべての文字を動かさない置換のことです。

    ϵ=(12n12n) \begin{align*} \epsilon = \begin{pmatrix} \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \end{pmatrix} \end{align*}

  • このとき、任意の σSn\sigma \in S_n に対して、σϵ=ϵσ=σ\sigma \epsilon = \epsilon \sigma = \sigma が成り立ちます。

  • つまり、恒等置換 ϵ\epsilon は、SnS_n の単位元であるということです。

(3)逆元の存在について
  • 置換 σSn\sigma \in S_n に対して、次のような逆置換 σ1\sigma^{-1} を考えます。逆置換 σ1\sigma^{-1} とは、σ(1)1,  σ(2)2,  ,  σ(n)n\sigma(1) \mapsto 1, \; \sigma(2) \mapsto 2, \; \cdots, \; \sigma(n) \mapsto n のような σ\sigma の逆対応です。

    σ1=(σ(1)σ(2)σ(n)12n)=(12nσ1(1)σ1(2)σ1(n)) \begin{align*} \sigma^{-1} &= \begin{pmatrix} \, \sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n) \, \\ \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \, \sigma^{-1} (1) & \sigma^{-1} (2) & \cdots & \sigma^{-1} (n) \, \\ \end{pmatrix} \\ \end{align*}

    • 逆置換 σ1\sigma^{-1}σ\sigma の逆写像に他なりません。上記の 22 行目の並び替えは、そのことを端的に示しています。
    • 置換 σ\sigma が全単射であることから、逆置換 σ1\sigma^{-1} も写像であり、かつ全単射となります。したがって、σ1Sn\sigma^{-1} \in S_n であり、逆置換も置換であるといえます。(置換の定義)。
  • このとき、任意の σSn\sigma \in S_n に対して、σσ1=σ1σ=ϵ\sigma \sigma^{-1} = \sigma^{-1} \sigma = \epsilon が成り立ちます。

  • つまり、任意の SnS_{n} の元(置換)に対して、その逆元(逆置換)が存在するということです。

まとめ(置換全体の集合が群であることの確認)

以上から、置換全体の集合 SnS_n は空でない集合であり、置換の積は群の 22 項演算の条件1\text{1}\sim3\text{3}を満たすことが確かめられました。

したがって、SnS_n は積の演算により群であるといえます。

線型代数において対称群について考える意味

これまでの準備(置換置換の積の定義)を踏まえて、置換全体の集合が群(対称群)であることがわかりましたが、このことは何を意味するのでしょうか。

置換全体が群であるということは、群に関して一般に成り立つことが置換全体に関しても成り立つということです。例えば、一般の群 GG に成り立つ簡約律( a,b,cGa, b, c \in G について、ab=acb=cab = ac \Rightarrow b = c が成り立つ)などは、置換についても成り立ちます。

しかしながら、このような命題は置換の定義のみからも素直に導けます。つまり、あえて群論を援用する意義は少ないです。

どちらかというと、より一般化された目線から線型代数について考えることや、線型代数からに代数学に進む際のギャップを埋めるといった意義の方が大きいと思います。


まとめ

  • MnM_nnn 個の要素からなる集合として、MnM_n 上の置換全体からなる群を nn 次の対称群という。
  • MnM_n 上の置換全体の集合 SnS_{n} は、置換の積によりとなる。
    • SnS_n の単位元は、次のような恒等置換 ϵSn\epsilon \in S_{n} である。

      ϵ=(12n12n) \begin{align*} \epsilon = \begin{pmatrix} \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \end{pmatrix} \end{align*}

    • 任意の置換 σSn\sigma \in S_{n} に対して、その逆元である、逆置換 σ1Sn\sigma^{-1} \in S_{n} が存在する。

      σ1=(σ(1)σ(2)σ(n)12n) \begin{align*} \sigma^{-1} = \begin{pmatrix} \, \sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n) \, \\ \, 1 & 2 & \cdots & n \, \\ \end{pmatrix} \\ \end{align*}


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 11 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 22 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
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[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.


初版:2022-11-09   |   改訂:2025-05-08