行列式の性質(1)

行列式の多重線型性($n$ 重線型性)と呼ばれる性質について示します。

行列式が多重線型であるとは、行列式が線型演算(和とスカラー倍)を保存することを意味しています。多重線型性は、行列式を特徴づける基本的な性質の $1$ つであるとともに、具体的に与えられた行列式を計算しやすい形に変形するテクニックとしても有用です。

多重線型性


定理 3.7(行列式の多重線型性)

($\text{i}$)行列式は各行について加法的である。

$$ \begin{equation} \tag{3.5.1} \begin{split} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} + c_{i1} & \cdots & b_{in} + c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} &= \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} & \cdots & b_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} + \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c_{i1} & \cdots & c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{split} \end{equation} $$

($\text{ii}$)ある行を $c$ 倍にした行列の行列式は $c$ 倍になる。

$$ \begin{equation} \tag{3.5.2} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c \, a_{i1} & \cdots & c \, a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = c \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{i1} & \cdots & a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation} $$



解説

多重線型性($n$ 重線型性)の意味

定理 3.7(行列式の多重線型性)が成り立つとき、行列式は行について $n$ 重線型($n \text{-linear}$)である、より一般には多重線型($\text{multilinear}$)であるといいます。また、この性質を $n$ 重線型性または多重線型性と呼びます。

定理 3.7を行列式が満たす演算法則と捉えると、次のように理解することができます。

($\text{i}$)第 $i$ 行の各成分が $2$ つの数の和 $b_{i j} + c_{i j}$ である行列式は、第 $i$ 行の各成分をそれぞれ $b_{i j}, \, c_{i j}$ で置き換えた $2$ つの行列式の和に等しい
($\text{ii}$)第 $i$ 行だけを $c$ 倍にした行列の行列式は、元の行列式の $c$ 倍に等しい

写像としての行列式

多重線型性は行列式を特徴づける重要な性質です。このことは、行列式を写像として捉えることで理解できます。

行列式を $n$ 個の行ベクトル $K^n \times \cdots \times K^n$ から実数 $K$ への写像 $f : K^n \times \cdots \times K^n \to K$ であると考えます。これは、行列式の定義により、任意の $n$ 次正方行列に対してある値(スカラー)が一意に定まるということに他なりません。

このとき、定理 3.7(行列式の多重線型性)は、任意の行ベクトル $\bm{a_i}, \bm{b_i}, \bm{c_i} \in K^n$ と任意の $c \in K$ について、次が成り立つことを意味しています。

$$ \begin{alignat*} {2} & \, (\text{i}) & \quad f (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{b}_{i} + \bm{c}_{i}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= f (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{b}_{i}, \cdots, \bm{a}_{n}) \\ & & & \qquad + f (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{c}_{i}, \cdots, \bm{a}_{n}) \\ & (\text{ii}) & f (\bm{a}_{1}, \cdots, c \, \bm{a}_{i}, \cdots, \bm{a}_{n}) &= c \, f (\bm{a}_{1}, \cdots, \bm{a}_{i}, \cdots, \bm{a}_{n}) \\ \end{alignat*} $$

すなわち、写像としての行列式が和とスカラー倍の演算を保存します。言い換えれば、写像としての行列式は線型写像であるということです。

このような意味で、定理 3.7により表される性質(多重線型性または $n$ 重線型性)は、行列式を特徴づける基本的な性質であるといえます。



証明

($\text{i}$)

$$ \begin{align*} \begin{split} (\text{lhs}) &= \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} \cdots ( b_{i \sigma(i)} + c_{i \sigma(i)} ) \cdots a_{n \sigma(n)} \\ &= \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} \cdots b_{i \sigma(i)} \cdots a_{n \sigma(n)} \\ & \; \quad + \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} \cdots c_{i \sigma(i)} \cdots a_{n \sigma(n)} \\ &= (\text{rhs}) \end{split} \end{align*} $$

($\text{ii}$)

$$ \begin{align*} \begin{split} (\text{lhs}) &= \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} \cdots ( c \, a_{i \sigma(i)} ) \cdots a_{n \sigma(n)} \\ &= c \, \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \;a_{1 \sigma(1)} \cdots a_{i \sigma(i)} \cdots a_{n \sigma(n)} \\ &= (\text{rhs}) \quad \quad \quad \quad \square \\ \end{split} \end{align*} $$



証明の考え方

行列式の定義より明らかといえます。

  • 定義にしたがって左辺($\text{lhs}$)の行列式を書き下し、($\text{i}$)括弧をはずす($\text{ii}$)共通の係数を前に出すことで、右辺($\text{rhs}$)の行列式が得られます。
  • 行列式を多項式として捉えると素直に理解しやすいです。

零ベクトルを含む行列の行列式

定理 3.7(行列式の多重線型性)の系として、零ベクトルを含む行列の行列式が $0$ に等しくなることを示します。


系 3.8(零ベクトルを含む行列の行列式)

$1$ つの行の成分がすべて $0$ である行列の行列式は $0$ に等しい。

$$ \begin{equation} \tag{3.5.3} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = 0 \end{equation} $$


証明

$$ \begin{align*} \begin{split} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} &= \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 \cdot 0 & \cdots & 0 \cdot 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &= 0 \; \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &= 0 \end{split} \end{align*} $$


証明の考え方

定理 3.7(行列式の多重線型性)から直ちに導くことができます。

  • 定理 3.7の($\text{ii}$)において $c = 0$ とすることにより明らかといえます。

$0$ を含む行列の行列式

成分に $0$ を含む行列の行列式の性質は、上記の系 3.8を含め、次のような定理・系があります。

これらは、いずれも論理的にも実用的にも重要な定理です。


まとめ

  • 行列式は行について多重線型である。
    ($\text{i}$)行列式は各行について加法的である。

    $$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} + c_{i1} & \cdots & b_{in} + c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} & \cdots & b_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} + \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c_{i1} & \cdots & c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation*} $$

    ($\text{ii}$)ある行を $c$ 倍にした行列の行列式は $c$ 倍になる。

    $$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c \, a_{i1} & \cdots & c \, a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = c \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{i1} & \cdots & a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation*} $$

  • $1$ つの行の成分がすべて $0$ である行列の行列式は $0$ に等しい。

    $$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = 0 \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2022-11-28   |   改訂:2024-11-10