行列式の性質(1)
行列式の性質に関する諸定理を導きます。まずは、多重線型性($n$ 重線型性)と呼ばれる性質について示します。
行列式が多重線型であるとは、行列式が線型演算(和とスカラー倍)を保存することを指します。多重線型性は、行列式を特徴づける基本的な性質の $1$ つであるとともに、具体的に与えられた行列式をより計算しやすい形に変形する際のテクニックとしても有用な性質です。
多重線型性
定理 3.7(行列式の多重線型性)
($\text{i}$)行列式は各行について加法的である。
($\text{ii}$)ある行を $c$ 倍にした行列の行列式は $c$ 倍になる。
すなわち、($\text{i}$)第 $i$ 行の各成分が2つの数の和 $b_{i j} + c_{i j}$ である行列式は、第 $i$ 行の各成分をそれぞれ $b_{i j}, \, c_{i j}$ で置き換えた2つの行列式の和に等しく、($\text{ii}$)第 $i$ 行だけを $c$ 倍にした行列の行列式は、元の行列式の $c$ 倍に等しい、ということです。この定理の証明は行列式の定義より明らかといえ、行列式の定義を書き下して括弧をはずす、または共通する係数を前に出すことで素直に示すことができます。行列式を多項式として捉えると理解しやすいかと思います。
この定理が成り立つとき、行列式は行について $n$ 重線型($n \text{-linear}$)より一般には多重線型($\text{multilinear}$)であるといい、この性質を $n$ 重線型性または多重線型性と呼びます。これは、行列式を $n$ 個の行ベクトル $K^n \times \cdots \times K^n$ から実数 $K$ への写像 $f : K^n \times \cdots \times K^n \to K$ として捉えたときに、任意の行ベクトル $\bm{a_i}, \bm{b_i}, \bm{c_i} \in K^n$ と任意の $c \in K$ について、以下が成り立つことを意味しています。($K$ は実数または複素数を表します。記号の用法については初出の項を参照ください。)
このとき、行列式は和とスカラー倍という演算を保つ写像、つまり線型写像であるといえます(線型写像の定義)。だからこそ、この性質を指して $n$ 重線型性または多重線型性と呼ぶということです。これは、行列式を特徴づける基本的な性質の $1$ つです。
証明
($\text{i}$)
($\text{ii}$)
次に、この定理から直ちに導かれる系を示します。
系 3.8
$1$ つの行の成分がすべて $0$ である行列の行列式は $0$ に等しい。
証明
これは、定理 3.7($\text{ii}$)において $c = 0$ とすることにより明らかといえます。上の証明の特に $2$ つ目の等号におて定理 3.7($\text{ii}$)を用いています。
まとめ
- 行列式は行について多重線型である。
($\text{i}$)行列式は各行について加法的である。
$$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} + c_{i1} & \cdots & b_{in} + c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; b_{i1} & \cdots & b_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} + \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c_{i1} & \cdots & c_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation*} $$($\text{ii}$)ある行を $c$ 倍にした行列の行列式は $c$ 倍になる。
$$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; c \, a_{i1} & \cdots & c \, a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = c \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{i1} & \cdots & a_{in} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation*} $$
参考文献
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