余因子

この節では、余因子を定義するとともに行列式の展開に関する定理を示します。

余因子は $n$ 次の正方行列に対して定義されます。余因子は、行列式の展開や、ある行列が逆行列を持つための条件に関する定理を与える重要な概念です。

余因子



定義 3.10(余因子)

$n$ 次の正方行列 $A$ において、第 $i$ 行と第 $j$ 列を除いて得られる $(n-1)$ 次の行列式を $A$ の第 $(i, j)$ 小行列式という。また、$A$ の第 $(i, j)$ 小行列式に $(-1)^{i + j}$ を掛けたものを $A$ の第 $(i, j)$ 余因子($\text{cofactor}$)といい、$\tilde{a}_{ij}$ と表す。

$$ \begin{equation} \tag{3.6.1} \tilde{a}_{ij} = (-1)^{i + j} \; \vert \, A_{ij} \, \vert \end{equation} $$



定義の前提として、余因子は正方行列に対して定義されるものであることが確かめられます。このことは、行列式が正方行列に対して定義されることと余因子の定義に行列式が現れることから明らかといえます。

もとの行列 $A$ に対して、第 $(i, j)$ 小行列式 $A_{ij}$ は次のようになります。$A$ の第 $i$ 行と第 $j$ 列を除いて間をつめることで $A_{ij}$ が得られます。$n$ 次の正方行列 $A$ から $1$ 行と $1$ 列を除くので、$A_{ij}$ は $(n-1)$ 次の正方行列となります。この $A_{ij}$ の行列式を指して、第 $(i, j)$ 小行列式というわけです。

$$ \begin{align*} A = \begin{pmatrix} a_{11} & \cdots & a_{1j} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & \cdots & a_{ij} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} & \cdots & a_{nj} & \cdots & a_{nn} \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$


$$ \begin{align*} A_{ij} = \left( \; \begin{array} {ccc:ccc} a_{11} & \cdots & a_{1 \, j-1} & a_{1 \, j+1} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & & \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i-1 \, 1} & \cdots & a_{i-1 \, j-1} & a_{i-1 \, j+1} & \cdots & a_{i-1 \, n} \\ \\ \hdashline \\ a_{i+1 \, 1} & \cdots & a_{i+1 \, j-1} & a_{i+1 \, j+1} & \cdots & a_{i+1 \, n} \\ \vdots & & \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} & \cdots & a_{n \, j-1} & a_{n \, j+1} & \cdots & a_{nn} \end{array} \; \right) \end{align*} $$


上で得られた第 $(i, j)$ 小行列式 $A_{ij}$ に対して、符号 $(-1)^{i + j}$ を掛けることで、第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ が得られます。小行列式に符号 $(-1)^{i + j}$ を掛けることは若干天下り的ではありますが、次項に示す行列式の展開の定理においてその意義が理解されます。すなわち、ある行列式を余因子の和の形に展開するにあたって、整合性を保つ係数としての意味合いがあります。


具体的なに与えられた行列に対する余因子を計算例を示します。例えば、次の $4$ 次の正方行列 $A$ に対して、余因子 $\tilde{a}_{22}$ を計算することを考えます。

$$ \begin{align*} A = \begin{pmatrix} 3 & -2 & 5 & 1 \\ 1 & 5 & 8 & -6 \\ -4 & 3 & 0 & -2 \\ 2 & -5 & -4 & 2 \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$


まず、$A$ の第 $2$ 行と第 $2$ 列を除いて得られる行列 $A_{22}$ を求めます。

$$ \begin{align*} A_{22} = \begin{pmatrix} 3 & 5 & 1 \\ -4 & 0 & -2 \\ 2 & -4 & 2 \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$


次に、符号 $(-1)^{2 +2j}$ を掛けて $\tilde{a}_{22}$ を得ます。

$$ \begin{split} \tilde{a}_{22} &= (-1)^{2 + 2} \; \vert \, A_{22} \, \vert \\ &= \begin{vmatrix} \; 3 & 5 & 1 \; \\ \; -4 & 0 & -2 \; \\ \; 2 & -4 & 2 \; \\ \end{vmatrix} \\ &= ( -20 + 8 ) - ( -40 + 24 ) \\ &= 4 \\ \end{split} $$


まとめ

  • $n$ 次の正方行列 $A$ において、第 $i$ 行と第 $j$ 列を除いて得られる $(n-1)$ 次の行列式を $A$ の第 $(i, j)$ 小行列式という。
  • $A$ の第 $(i, j)$ 小行列式に $(-1)^{i + j}$ を掛けたものを $A$ の第 $(i, j)$ 余因子といい、$\tilde{a}_{ij}$ と表す。
    $$ \begin{equation*} \tilde{a}_{ij} = (-1)^{i + j} \; \vert \, A_{ij} \, \vert \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2022-12-18   |   改訂:2024-08-23