行列式の展開(2)

前項に示した行列式の展開に関する定理のもう $1$ つの側面を示します。すなわち、行列式の展開は同じ行(または列)に沿った場合にしか成り立たず、異なる行(または列)に沿った行列成分と余因子の積の和は $0$ に等しくなります。

行列式の展開


定理 3.20(行列式の展開 2)

$n$ 次の正方行列 $A = (\, a_{ij} \, )$ とその第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ について、次の($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ。

$$ \begin{equation} \tag{3.6.4} \left\lbrace \begin{array} {ccc} (\text{i}) & \displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} = 0 & (i \neq k) \\ (\text{ii}) & \displaystyle \sum_{i}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ik} = 0 & (j \neq k) \\ \end{array} \right. \end{equation} $$



($\text{i}$)の左辺は、行列 $A$ の $(i,j)$ 成分 $a_{ij}$ と第 $(k, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{kj}$ との積の和です。列 $j \; (= 1, 2, \cdots, n)$ に関する和である点は前項の定理 3.19(行列式の展開)と同様ですが、行について固定されていない点が異なります。つまり、行列 $A$ の $i$ 行に沿った $(i,j)$ 成分と行列 $A$ の $k$ 行に沿った第 $(k, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{kj}$ との積の和をとると、それは $0$ に等しくなるということです。仮に $i = k$ の場合を考えてみますと、($\text{i}$)の左辺 $\displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj}$ は、前項の定理 3.19($\text{i}$)の左辺 $\displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ij}$ と同じになり、これは $A$ の行列式と等しくなります。つまり、$\displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj}$ は、$i \neq k$ の場合 $0$ に等しく、$i = k$ の場合 $\vert \, A \, \vert$ に等しくなるということです。このことは、行列式の展開は同じ行に沿った場合にしか成り立たないということとも捉えられます。($\text{ii}$)列に関する展開に関しても同様に考えられます。

定理 3.19定理 3.20を合わせて、次のようにも表せます。ここで、$\delta_{ik}$ はクロネッカーのデルタ($\text{Kronecker’s delta}$)であり、$i = k$ ならば $1$、$i \neq k$ ならば $0$ となります。

$$ \begin{equation} \tag{3.6.5} \left\lbrace \begin{array} {cc} (\text{i}) & \displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} = \delta_{ik} \, \det A \\ (\text{ii}) & \displaystyle \sum_{i}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ik} = \delta_{jk} \, \det A \\ \end{array} \right. \end{equation} $$



証明

$n$ 次の正方行列 $A = (\, a_{ij} \, )$ に対して、$A$ の第 $k$ 行を第 $i$ 行に置き換えた行列を $B$ とする。

$$ \begin{array} {cc} A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{k1} & a_{k2} & \cdots & a_{kn} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} &a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\ \end{pmatrix} , & B = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} &a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\ \end{pmatrix} \end{array} $$


$B$ の行列式を、定理 3.19により、第 $k$ 行に関して展開すると次のようになる。

$$ \begin{split} \vert \, B \, \vert &= a_{i1} \, \tilde{a}_{k1} + a_{i2} \, \tilde{a}_{k2} + \cdots + a_{in} \, \tilde{a}_{kn} \\ &= \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} \\ \end{split} $$


一方で、系 3.11より $2$ つの行が等しい行列式の値は $0$ に等しいから、$\vert \, B \, \vert = 0$ となる。したがって、

$$ \begin{align*} \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} = 0 \end{align*} $$


となり($\text{i}$)が示された。またこのとき、定理 3.13により($\text{ii}$)も同様に成り立つ。$\quad \square$



証明の骨子

定理 3.19(行列式の展開)を用いて行列式を展開します。行列式の交代性に関する系 3.11より $2$ つの行が等しい行列式の値が $0$ に等しくなることを利用します。

  • $A = (\, a_{ij} \, )$ をもとにして $2$ つの同じ行を持つ行列 $B$ を置きます。

    • $A$ の第 $k$ 行を第 $i$ 行に置き換えた行列を作り、これを $B$ とします。

      $$ \begin{array} {cc} A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{k1} & a_{k2} & \cdots & a_{kn} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} &a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\ \end{pmatrix} , & B = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{in} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} &a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\ \end{pmatrix} \end{array} $$

      • 示したいことは、異なる $i$ と $k$ についての行列式の展開 $\displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj}$ が $0$ に等しくなることです。
      • いま、定理 3.19を用いて $\displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj}$ という形を作るには、$A$ の第 $i$ 行を第 $k$ 行の位置にコピーし、第 $k$ 行に沿って行列式を展開すれば良いことがわかります。これにより、$B$ の第 $(k, j)$ 余因子は変わらず $\tilde{a}_{kj}$ としたまま、$B$ の $(k,j)$ 成分 $a_{ij}$ に置き換えることができます。
  • 定理 3.19により、$B$ の行列式を第 $k$ 行に関して展開します。

    • $B$ の行列式を第 $k$ 行に関して展開すると、次のようになります。上の考察で示した通り、そのようになるよう $B$ を置いています。

      $$ \begin{split} \vert \, B \, \vert &= a_{i1} \, \tilde{a}_{k1} + a_{i2} \, \tilde{a}_{k2} + \cdots + a_{in} \, \tilde{a}_{kn} \\ &= \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} \\ \end{split} $$

    • 一方、$B$は同じ行(第 $i$ 行と第 $k$ 行)を持つ行列なので、系 3.11より、行列式の値は $0$ に等しくなります。

      $$ \begin{align*} \vert \, B \, \vert = 0 \end{align*} $$

    • 以上から、次が成り立ち($\text{i}$)が示されました。

      $$ \begin{align*} \vert \, B \, \vert = \displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} = 0 \end{align*} $$

  • 定理 3.13(転置行列の行列式)により、行列式に関して行について成り立つことは、列に関しても成り立つことがわかっているので、($\text{ii}$)についても同様に成り立つといえます。


まとめ

  • $n$ 次の正方行列 $A = (\, a_{ij} \, )$ とその第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ について、次の($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ。
    $$ \begin{equation*} \left\lbrace \begin{array} {ccc} (\text{i}) & \displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{kj} = 0 & (i \neq k) \\ (\text{ii}) & \displaystyle \sum_{i}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ik} = 0 & (j \neq k) \\ \end{array} \right. \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2022-12-23   |   改訂:2024-08-23