線型写像の像と核(1)

線型写像の核と像を定義します。

線型写像 $f$ の像と核はそれぞれ $f$ により定まる部分集合として定義されますが、これらはともに部分空間でもあります。

線型写像の像と核


定義 4.4(線型写像の像と核)

$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とする。$f(V) = \{\, f(\bm{v}) \mid \bm{v} \in V \,\}$ を $f$ の像($\text{image}$)といい $\text{Im} f$ と表す。また、$f^{-1} (\bm{0}) = \{\, \bm{v} \in V \mid f ( \bm{v} ) = \bm{0} \,\}$ を $f$ の核($\text{kernel}$)といい $\text{Ker} f$ と表す。



$f$ の像と核は集合として定義されています。くだけた表現をとれば、$f$ の像($\text{Im} f$)とは $f$ により $V$ から来ている元の集合であり、$f$ の核($\text{Ker} f$)とは $f$ により $\bm{0} \in W$ に行く元の集合になります。写像の定義から、$f$ の像($\text{Im} f$)は $W$ の部分集合であり、$f$ の核($\text{Ker} f$)は $V$ の部分集合であることがわかります。(下の定理 4.11により、これらはどちらも部分空間でもあることが示されます。)

$f$ の像は(線型写像に限らない)一般の写像に対して定義される概念であり、線型写像の場合もその定義の仕方は変わりません。ただし、用語について細かい点で異なる場合がありますので注意が必要です。一般の写像 $f : A \to B$ においては、$A$ の部分集合 $S \subset A$ に対して $f(S) = \{ f(a) \mid a \in S \}$ を $f$ による $S$ の像、または単に $S$ の像と呼ぶことが多いです。ここでは部分集合に対して「$S$ の像」といった用語がなされています。ベクトル空間 $V$ は $V$ 自身の部分集合でもあるともいえますので、線型写像の像も同様にこれを「(部分集合)$V$ の像」と呼んでもおかしくありません。しかしながら、$V$ 自身の像の場合に限り、慣習的にこれを「(写像)$f$ の像」と呼んでいるわけです。このような表現は線型代数の教科書ではよく見られますが、細かい点で混乱しないよう注意が必要です。

$f$ の核に関しては、(線型写像に限らない)一般の写像においては逆像として定義される集合に対応していると考えられます。すなわち、$W$ の部分集合 $\{ \bm{0} \}$ の逆像($\{ \bm{0} \}$ に移る $V$ の元の集合)が $f$ の核であるといえます。ここでも、$\{ \bm{0} \}$ が $\bm{0}$ のみからなる集合であることから、$f$ による $\{ \bm{0} \}$ の逆像を $f^{-1} (\{ \bm{0} \})$ と表記すべきところ、$f^{-1} (\bm{0})$ と表しています。このような表記は、代数学の教科書でも割とよく見られる略記かと思います。

しかしながら、核($\text{kernel}$)という用語は一般の写像において用いられません。写像により移る先の集合が零ベクトル $\bm{0}$ のような元を持つとは限らないためです。では、専ら線型写像にのみ用いられるかといえばそうではありません。代数学では、例えば群から群への準同型写像に対して核が定義されています。すなわち、$G, G^{\prime}$ を群、$f : G \to G^{\prime}$ を準同型写像、$e^{\prime} \in G^{\prime}$ を単位元としたとき、$f$ による $e^{\prime}$ の逆像 $f^{-1} (e^{\prime})$ を $f$ の核といいます。ベクトル空間の定義の項で、ベクトル空間が環上の加群に一般化されることに触れました。準同型写像とは、簡単にいえば群から群への写像であり $f(x + y) = f(x) + f(y)$ のような演算規則を満たす写像のことといえます。線型写像がこれを満たすことは定義の条件($\text{i}$)より明らかです。また、単位元は零ベクトルに対応しています。このようにしてみると、ベクトル空間の線型写像は群の準同型写像の特別な場合として捉えることができます。


線型写像の像と核が部分空間であることの確認

線型写像 $f : V \to W$ により定義される $f$ の像($\text{Im} f$)と $f$ の核($\text{Ker} f$)がそれぞれ、部分空間であることを示します。



定理 4.11(線型写像の像と核)

$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とすると、$\text{Im} f$ は $W$ の部分空間であり、$\text{Ker} f$ は $V$ の部分空間である。



証明

定義より $\text{Im} f$ は $W$ の部分集合である。$\bm{w_1}, \bm{w_2} \in \text{Im} f$ とすると、$f(\bm{v_1}) = \bm{w_1}, f(\bm{v_2}) = \bm{w_2}$ となる $\bm{v_1}, \bm{v_2} \in V$ が存在する。$f$ は線型写像であるから、$c, d \in K$ に対して $c \, \bm{w_1} + d \, \bm{w_2} = c \, f(\bm{v_1}) + d \, f(\bm{v_2}) = f(c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2})$ となる。$V$ はベクトル空間なので $c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2} \in V$ であり、$f(c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}) \in \text{Im} f$ 。よって、$c \, \bm{w_1}+ d \, \bm{w_2} \in \text{Im} f$ 。したがって、$\text{Im} f$ は $W$ の部分空間である。

定義より $\text{Ker} f$ は $V$ の部分集合である。$\bm{v_1}, \bm{v_2} \in \text{Ker} f$ とすると $f(\bm{v_1}) = f(\bm{v_2}) = \bm{0}$ である。$V$ はベクトル空間なので、$c, d \in K$ に対して $c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2} \in V$ であり、$f$ は線型写像であるから、$f( c \, \bm{v_1} + d \, \bm{v_2} ) = c \, f(\bm{v_1}) + d \, f(\bm{v_2}) = c \, \bm{0}+ d \, \bm{0} = \bm{0}$ となる。よって、$c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2} \in \text{Ker} f$ 。したがって、$\text{Ker} f$ は $V$ の部分空間である。$\quad \square$



証明の骨子

線型写像の像と核の定義と、部分空間の定義(具体的には系 4.6(部分空間の条件))により示します。部分空間が線型演算を保存することを示すために系 4.6(部分空間の条件)を用います。

  • $\text{Im} f$ が $W$ の部分空間であることを示します。

    • 定義より直ちに $\text{Im} f$ は $W$ の部分集合であるといえます。

    • $\text{Im} f$ が線型演算について閉じていることを示します。これは、系 4.6(部分空間の条件)により、$\bm{w_1}, \bm{w_2} \in \text{Im} f$ とおいて、$c, d \in K$ に対して $c \, \bm{w_1}+ d \, \bm{w_2} \in \text{Im} f$ を導くことで示します。

      $$ c \, \bm{w_1} + d \, \bm{w_2} \overset{(1)}{=} c \, f(\bm{v_1}) + d \, f(\bm{v_2}) \overset{(2)}{=} f(c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}) \overset{(3)}{\in} \text{Im} f $$

      • ($\text{1}$)は仮定によります。すなわち $\bm{w_1}, \bm{w_2} \in \text{Im} f$ であるから $f(\bm{v_1}) = \bm{w_1}, f(\bm{v_2}) = \bm{w_2}$ となる $\bm{v_1}, \bm{v_2} \in V$ が存在します。
      • ($\text{2}$)は $f$ が線型写像であることから明らかといえます。
      • ($\text{3}$)は $V$ はベクトル空間であることと $\text{Im} f$ の定義より成り立ちます。すなわち、$\bm{v} = c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}$ とすれば、$\bm{v} \in V$ であり $\text{Im} f = f(V) = \{\, f(\bm{v}) \mid \bm{v} \in V \,\}$ であることから $\bm{v} \in \text{Im} f$ となります。
    • 以上から $\text{Im} f$ は $W$ の部分空間であることが示されました。

  • $\text{Ker} f$ が $V$ の部分空間であることを示します。

    • 定義より直ちに $\text{Ker} f$ は $V$ の部分集合であるといえます。

    • $\text{Ker} f$ が線型演算について閉じていることを示します。これは、系 4.6(部分空間の条件)により、$\bm{v_1}, \bm{v_2} \in \text{Ker} f$ とおいて、$c, d \in K$ に対して $c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2} \in \text{Ker} f$ を導くことで示します。すなわち $f( c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}) = \bm{0}$ が示せればよいというわけです。

      $$ f( c \, \bm{v_1} + d \, \bm{v_2} ) \overset{(1)}{=} c \, f(\bm{v_1}) + d \, f(\bm{v_2}) \overset{(2)}{=} c \, \bm{0}+ d \, \bm{0} \overset{(3)}{=} \bm{0} $$

      • $V$ はベクトル空間であることから $c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2} \in V$ が存在します。したがって、$f (c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}) \in W$ が存在するといえます。
      • ($\text{1}$)は $f$ が線型写像であることから明らかです。
      • ($\text{2}$)は仮定によります。すなわち、$\bm{v_1}, \bm{v_2} \in \text{Ker} f$ であるから $f(\bm{v_1}) = f(\bm{v_2}) = \bm{0}$ となります。
      • ($\text{3}$)はベクトルの演算規則(ベクトル空間の公理)により明らかといえます。
    • 以上から $\bm{v} = c \, \bm{v_1}+ d \, \bm{v_2}$ ならば $f(\bm{v}) = \bm{0}$ であり、$\bm{v} \in \text{Ker} f$ となります。

    • したがって、$\text{Ker} f$ は $V$ の部分空間であることが示されました。


まとめ

  • $V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像として、$f$ の像($\text{Im} f$)と$f$ の核($\text{Ker} f$)を次のような部分集合と定義する。

    $$ \begin{array} {ccl} \text{Im} f & : & f(V) = \{ f(\bm{v}) \mid \bm{v} \in V \} \\ \text{Ker} f & : & f^{-1} (\bm{0}) = \{ \bm{v} \in V \mid f ( \bm{v} ) = \bm{0} \} \\ \end{array} $$

  • $\text{Im} f$ は $W$ の部分空間であり、$\text{Ker} f$ は $V$ の部分空間である。


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
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[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-02-06   |   改訂:2024-08-24