商ベクトル空間の準備

部分空間により定まる集合を定義し、その基本的な性質を示します。

これらは、 商ベクトル空間を $\text{well-defined}$ に(矛盾なく)定義するために必要となります。

部分空間により定まる集合


定義 4.11(部分空間により定まる集合)

$V$ をベクトル空間、$W$ を $V$ の部分空間とする。$\bm{v} \in V$ に対して、$\bm{v} + W$ を次のように定義する。

$$ \begin{align*} \tag{$4.5.1$} \bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w} \mid \bm{w} \in W \, \} \end{align*} $$


解説

部分空間により定まる集合

$\bm{v} + W$ は、$V$ の元 $\bm{v}$ と $V$ の部分空間 $W$ により定められる、$V$ の部分集合です。

すなわち、$\bm{v} + W$ は、$\bm{v} \in V$ と任意の $\bm{w} \in W$ の和により表される $\bm{v} + \bm{w} \in V$ の集合です。

具体的に、特定の $\bm{v} \in V$ に対して、$\bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w}_1, \, \bm{v} + \bm{w}_2, \, \bm{v} + \bm{w}_3, \, \cdots \, \}$ と考えると、$\bm{v} + W$ があくまで部分集合であることがイメージできます。もちろん、ここで $\bm{w}_1, \bm{w}_2, \bm{w}_3, \cdots \in W$ であり、$\bm{v} + \bm{w}_1, \, \bm{v} + \bm{w}_2, \, \bm{v} + \bm{w}_3, \, \cdots \in V$ です。

表記について(和の記号の用法の拡張)

また、 上記の定義において、和を表す記号 “$+$” の使い方が拡張されている点に注意が必要です。

つまり、 (4.5.1)式の左辺と右辺で “$+$” の使い方(または解釈)が異なります。

右辺にある $\bm{v} + \bm{w}$ の “$+$” は、これまで通り、ベクトルの和( ベクトル空間の定義で導入した和)を表しています。

一方で、左辺にある $\bm{v} + W$ の “$+$” はこれと異なります。$\bm{v}$ はベクトル($V$ の元)であり、$W$ は $V$ の部分空間ですので、$\bm{v} + W$ の “$+$” は、通常のベクトルの和( ベクトル空間の定義で導入した和)を表していません。ここで、$\bm{v} + W$ の “$+$” は、あくまで $W$ により定まる集合 $\bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w} \mid \bm{w} \in W \, \}$ を表す 記号 として用いられています。

代数学における一般化(剰余類)

あるベクトル空間の元とその部分空間により定義されるこのような部分集合は、代数学において、剰余類($\text{residue class}$)(この場合は、特に加群の剰余類)などとして一般化されます。



定理 4.43(部分空間により定まる集合)

$V$ をベクトル空間として、$W$ を $V$ の部分空間とする。$\bm{x}, \bm{y} \in V$ に対して次の $2$ つの条件は同値である。

($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$
($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$


解説

部分空間により定まる集合の基本的性質

定理 4.43(部分空間により定まる集合)は、 上記に定義した、部分空間により定まる集合 $\bm{v} + W$ が満たす基本的な性質を示すものです。

これは、 次項において、 商ベクトル空間を $\text{well-defined}$ に(矛盾なく)定義するために必要となります。



証明

$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ であるとすると、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ ならば $\bm{v} \in \bm{y} + W$ となるような $\bm{v} \in V$ が存在する。いま、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ であることから、$\bm{v} = \bm{x} + \bm{w}$ となるような $\bm{w} \in W$ が存在する。同様に、$\bm{v} \in \bm{y} + W$ であることから、$\bm{v} = \bm{y} + \bm{w}^{\prime}$ となるような $\bm{w}^{\prime} \in W$ が存在する。このとき、

$$ \begin{gather*} & \bm{v} = \bm{x} + \bm{w} = \bm{y} + \bm{w}^{\prime} \\ \Leftrightarrow & \bm{x} - \bm{y} = \bm{w}^{\prime} - \bm{w} \end{gather*} $$

であるから、$\bm{x} - \bm{y} \in W$ が成り立つ。

逆に、$\bm{x} - \bm{y} \in W$ であるとすると、$\bm{x} - \bm{y} = \bm{w} \in W$ となるような $\bm{w} \in W$ が存在する。このとき、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ とすると、$\bm{v} = \bm{x} + \bm{w}^{\prime}$ となるような $\bm{w}^{\prime} \in W$ が存在し、次が成り立つ。

$$ \begin{split} \bm{v} &= \bm{x} + \bm{w}^{\prime} \\ &= (\bm{y} + \bm{w}) + \bm{w}^{\prime} \\ &= \bm{y} + (\bm{w} + \bm{w}^{\prime}) \\ \end{split} $$

よって、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ ならば $\bm{v} \in \bm{y} + W$ が成り立つから、$\bm{x} + W \sub \bm{y} + W$ である。同様に、$\bm{v}^{\prime} \in \bm{y} + W$ ならば $\bm{v}^{\prime} \in \bm{x} + W$ となるから、$\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ が成り立つ。したがって、$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ である。$\quad \square$



証明の考え方

部分空間により定まる集合の定義にしたがって、次の条件の同値性を示します。

($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$
($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$

  • ($2$)$\Rightarrow$($1$)の証明では、$\bm{x} + W$ と $\bm{y} + W$ が集合として等しいことを示すために、$\bm{x} + W = \bm{y} + W \; \Leftrightarrow \; (\, \bm{x} + W \sub \bm{y} + W \,) \land (\, \bm{y} + W \sub \bm{x} + W \,)$ であることを用います。

($1$)$\Rightarrow$($2$)の証明

  • ($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ が成り立つと仮定して、($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$ が成り立つことを示します。

  • いま、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ であるとすると、$\bm{v} = \bm{x} + \bm{w}$ となるような $\bm{w} \in W$ が存在します。

  • ($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ が成り立つと仮定すると、$\bm{v} \in \bm{x} + W \Rightarrow \bm{v} \in \bm{y} + W$ が成り立ちます。

    • すなわち、$\bm{x} + W$ の元は必ず $\bm{y} + W$ の元でもあるということです。
    • もちろん、その逆 $\bm{v} \in \bm{y} + W \Rightarrow \bm{v} \in \bm{x} + W$ も成り立ちます。
  • したがって、このとき、$\bm{v} = \bm{y} + \bm{w}^{\prime}$ となるような $\bm{w}^{\prime} \in W$ が存在するといえます。

  • $\bm{v} \in V$ を $\bm{x} + W$ と $\bm{y} + W$ それぞれの元として表せましたので、次のように同値変形して $\bm{x} - \bm{y}$ の形を作ります。

    $$ \begin{gather*} & \bm{v} = \bm{x} + \bm{w} = \bm{y} + \bm{w}^{\prime} \\ \Leftrightarrow & \bm{x} - \bm{y} = \bm{w}^{\prime} - \bm{w} \end{gather*} $$

  • ここで、上式の右辺 $\bm{w}^{\prime} - \bm{w}$ は $W$ の元であるので、左辺 $\bm{x} - \bm{y}$ も $W$ の元でなければなりません。したがって、$\bm{x} - \bm{y} \in W$ が成り立つといえます。

  • 以上から、($1$)$\Rightarrow$($2$)が示されました。

($1$)$\Leftarrow$($2$)の証明

  • ($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$ が成り立つことを仮定して、($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ が成り立つことを示します。
  • ($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$ が成り立つということは、$\bm{x} - \bm{y} = \bm{w} \in W$ となるような $\bm{w} \in W$ が存在するということに他なりません。
  • また、$2$ つの集合 $\bm{x} + W$ と $\bm{y} + W$ が等しくなるためには、($\text{i}$)$\bm{x} + W \sub \bm{y} + W$ かつ($\text{ii}$)$\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ が成り立つことが必要にして十分です。これを、それぞれ示します。
($\text{i}$)$\bm{x} + W \sub \bm{y} + W$ の証明
  • $\bm{v} \in \bm{x} + W$ とすると、$\bm{v} = \bm{x} + \bm{w}^{\prime}$ となるような $\bm{w}^{\prime} \in W$ が存在します。

  • このことと($2$)$\bm{x} - \bm{y} = \bm{w}$ が成り立つことを合わせて考えると、$\bm{v}$ は、次のように表せます。

    $$ \begin{split} \bm{v} &= \bm{x} + \bm{w}^{\prime} \\ &= (\bm{y} + \bm{w}) + \bm{w}^{\prime} \\ &= \bm{y} + (\bm{w} + \bm{w}^{\prime}) \\ \end{split} $$

  • ここで、$\bm{w} + \bm{w}^{\prime}$ は明らかに $W$ の元であるので、$\bm{v}$ は $\bm{y}$ と $W$ の元の和として表せることになります。

  • したがって、 定義より、$\bm{v} \in \bm{y} + W$ となります。

  • 以上から、$\bm{v} \in \bm{x} + W$ ならば $\bm{v} \in \bm{y} + W$ が成り立つので、$\bm{x} + W \sub \bm{y} + W$ であることが示されました。

($\text{ii}$)$\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ の証明
  • 上記の考察において $\bm{x}$ と $\bm{y}$ を入れ替えれば、まったく同様に $\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ を示すことができます。
    • すなわち、$\bm{v}^{\prime} \in \bm{y} + W$ とすれば、 上記と同様にして $\bm{v}^{\prime} \in \bm{x} + W$ が導出されます。
    • よって、$\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ であることが示されます。
  • ($\text{i}$)$\bm{x} + W \sub \bm{y} + W$ かつ($\text{ii}$)$\bm{y} + W \sub \bm{x} + W$ が成り立つことから、$\bm{x} + W = \bm{y} + W$ となります。
  • 以上から、($1$)$\Leftarrow$($2$)が示されました。

まとめ

  • $V$ をベクトル空間、$W$ を $V$ の部分空間とする。$\bm{v} \in V$ に対して、$\bm{v} + W$ を次のように定義する。

    $$ \begin{align*} \bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w} \mid \bm{w} \in W \, \} \end{align*} $$

    • $\bm{v} + W$ は、$\bm{v} \in V$ と任意の $\bm{w} \in W$ の和 $\bm{v} + \bm{w}$ の集合であり、$V$ の部分集合である。
  • $V$ をベクトル空間として、$W$ を $V$ の部分空間とする。$\bm{x}, \bm{y} \in V$ に対して次の $2$ つの条件は同値である。

($1$)$\bm{x} + W = \bm{y} + W$
($2$)$\bm{x} - \bm{y} \in W$

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
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[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.


初版:2023-03-25   |   改訂:2025-06-02