基底の変換(2)

前項で示した定理により、ベクトル空間の $2$ つの異なる基底の間の関係が正則行列として表されることがわかりました。これを基底の変換を表す行列と捉えれば、ある基底により表されたベクトルを別の基底により表す(変換する)式が得られます。

基底と座標の変換


定理 4.49(基底の変換)

$V$ をベクトル空間とし、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ を $V$ の $2$ つの基底とする。また、$P = (\, p_{ij} \,)$ を $n$ 次の正方行列として、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ の間に次の関係式が成り立つとする。

$$ \begin{align} \tag{4.6.4} (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \end{align} $$

任意の $\bm{v} \in V$ の $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトル、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する座標ベクトルをそれぞれ

$$ \begin{array} {ccc} \bm{x} = \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix}, & \bm{x}^{\prime} = \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} \end{array} $$

とすると、
$$ \begin{align*} \tag{4.6.5} \bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime} \end{align*} $$

が成り立つ。



端的にいえば、定理 4.49は、基底の変換に伴って座標がどのように変換されるかを表しています。(4.6.4)式は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底の変換を表す式であり、$P$ を基底変換行列といいます。また、(4.6.5)式は座標の変換を表す式であり、基底の変換に伴って、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ による座標と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ による座標が満たすべき関係を示しています。


基底の変換

各式の意味について詳しくみていきます。まず、基底の変換について考えます。定理の前提として $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ はともに $V$ の基底であるので、前項の定理 4.48(基底の間の関係)より、$2$ つの基底の間の関係を表す正則行列 $P = (\, p_{ij} \,)$ が存在します。よって、$2$ つの基底の間の関係を表す(4.6.4)式が得られます。(4.6.4)式は $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表す式に他ならず、$V$ の $1$ つの基底($\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$)の線型結合により別のもう $1$ つの基底($\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$)を得る式であるといえます。このような意味で $P$ は基底変換行列と呼ばれます。

基底の変換について考えるとき、変換の方向(何から何への変換であるか)は重要です。(4.6.4)式において、基底変換行列 $P$ は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への変換を表しています。いま、定理 4.48(基底の間の関係)により $P$ が正則であることがわかっていますので、$P$ は逆行列 $P^{-1}$ を持ちます。このようにして得られた $P^{-1}$ もまた基底変換行列であり、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ から $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ への変換を表します。$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ から $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ への変換を表す式は、(4.6.4)式に右から $P^{-1}$ を掛けることで得られる式と同じになります。

$$ \begin{align} \tag{4.6.4$^{\prime}$} (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, P^{-1} \end{align} $$


座標の変換

次に、座標の変換について考えます。定理の前提から、任意の $\bm{v} \in V$ は、$2$ つの基底($\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$)それぞれの線型結合として、$2$ 通りに表すことができます。

$$ \begin{split} \tag{$\ast$} \bm{v} &= x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} \\ &= x^{\prime}_{1} \bm{v}^{\prime}_{1} + x^{\prime}_{2} \bm{v}^{\prime}_{2} + \cdots + x^{\prime}_{n} \bm{v}^{\prime}_{n} \end{split} $$

基底をなすベクトルをまとめて線型結合の行列表記の方法で表すと、次のようになります。

$$ \begin{align*} x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \\ \\ x^{\prime}_{1} \bm{v}^{\prime}_{1} + x^{\prime}_{2} \bm{v}^{\prime}_{2} + \cdots + x^{\prime}_{n} \bm{v}^{\prime}_{n} = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} \end{align*} $$

すなわち、任意の $\bm{v} \in V$ は、基底をなすベクトルを成分とする行ベクトルと、線型結合の係数を成分とする列ベクトルの積として表すことができます。この、線型結合の係数を成分とする列ベクトルを座標ベクトル($\text{coordinate vector}$)といいます。基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトルを $\bm{x}$、基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する座標ベクトルを $\bm{x}^{\prime}$ と置きます。

$$ \begin{array} {ccc} \bm{x} = \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix}, & \bm{x}^{\prime} = \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} \end{array} $$

このような表し方をすると、($\ast$)式は次のようになります。(表し方が変わっただけです。)

$$ \begin{split} \tag{$\ast^{\prime}$} \bm{v} &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, \bm{x} \\ &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, \bm{x}^{\prime} \end{split} $$

ここに基底の変換を表す(4.6.4)式を適用することで、座標の変換を表す式((4.6.5)式)が得られます。次の同値変形において、($1$)は基底の変換を表す(4.6.4)式により、($2$)は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が線型独立であることによります。

$$ \begin{gather*} & (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, \bm{x} = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, \bm{x}^{\prime} \\ \overset{(1)}{\iff} & (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, \bm{x} = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \bm{x}^{\prime} \\ \overset{(2)}{\iff} & \bm{x} = P \bm{x}^{\prime} \tag{4.6.5} \end{gather*} $$

すなわち、$2$ つの異なる基底が(4.6.4)式を満たすとき、対応する座標は(4.6.5)式満たすということがわかります。


ベクトルと座標ベクトル

$V$ の元であるベクトル $\bm{v}$ と座標ベクトル $\bm{x}, \, \bm{x}^{\prime}$ を混同しないように注意が必要です。当然ながら、$\bm{v}$ はベクトル空間 $V$ の元であり、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として $\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}$ のように表すことができます。一方で、座標ベクトル $\bm{x}, \, \bm{x}^{\prime}$ は $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の元です。すなわち、線型結合の係数($K$ の元)を $n$ 個並べた $n$ 項数ベクトルこそが座標ベクトルであるといえます。$\bm{x} \in K^{n}$ は、$K^{n}$ の標準基底 $\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}$ により $\bm{x} = x_{1} \bm{e}_{1} + x_{2} \bm{e}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{e}_{n}$ と表せます。

いま、$V \simeq K^{n}$(すなわち $n$ 次元ベクトル空間 $V$ と $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ が同型)であることがわかっていますので、$V$ と $K^{n}$ は構造的に同じであり $\bm{v} \in V$ と $\bm{x} \in K^{n}$ は $1$ 対 $1$ に対応しているといえます。つまり、ベクトル $\bm{v}$ と 座標ベクトル $\bm{x}$ は、同型写像により $1$ 対 $1$ に対応しますが、一応、それぞれ異なるベクトル空間の元であるということです。


用語

基底と座標の変換に関する定理 4.49が重要であることは揺るぎないものですが、「基底変換行列」という用語についてはそこまで拘らなくて良いかもしれません。「基底変換行列」は [4] に倣った用語ですが、様々な教科書で様々な用語がされています。また、固有の名称が与えられていない場合もあります。同様に、「座標ベクトル」は [4], [5] において用いられていますが、[3] では、対応する語として「成分ベクトル」が用いられています。それぞれ [13] の見出し語には現れませんので、用語はそれぞれの教科書に合わせて適当なものを使うのが良いかもしれません。



証明

任意の $\bm{v} \in V$ は座標ベクトル $\bm{x}, \, \bm{x}^{\prime}$ により次のように表せる。

$$ \begin{split} \bm{v} &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \\ \\ &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} \end{split} $$

(4.6.4)式より $(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P$ であるから、次が成り立つ。

$$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} $$

$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の基底であるから、定理 4.28(基底であることと同値な条件)より、任意の $V$ の元は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として一意に表せる。したがって、

$$ \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} = P \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} $$

すなわち、$\bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime}$ が成り立つ。$\quad \square$



証明の骨子

$\bm{v} \in V$ を $2$ つ基底により $2$ 通りの座標で表し、基底の変換を表す(4.6.4)式を適用します。定理 4.28(基底であることと同値な条件)より、$V$ の基底は $V$ の任意の元を一意に表すことを用います。

  • $\bm{v} \in V$ を $2$ つ基底により $2$ 通りの座標で表します。

    • 任意の $\bm{v} \in V$ は、$2$ つの基底($\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$)それぞれの線型結合として、$2$ 通りに表すことができます。

      $$ \begin{split} \bm{v} &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \\ \\ &= (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} \end{split} $$

    • (4.6.4)式より $(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P$ が成り立つので、これを適用すると次のようになります。

      $$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} $$

  • 定理 4.28(基底であることと同値な条件)を用います。

    • 上で得られた式において、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の基底であるから、定理 4.28(基底であることと同値な条件)より、任意の $V$ の元は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として一意に表せることになります。

      • したがって、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表された両辺の係数はすべて等しく、次が成り立ちます。
        $$ \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} = P \begin{pmatrix} x^{\prime}_1 \\ \vdots \\ x^{\prime}_n \end{pmatrix} $$
    • 以上から、$\bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime}$ が成り立つことがわかりました。


まとめ

  • $V$ をベクトル空間として、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ がともに $V$ の基底であるとすると、次の関係式を満たす正方行列 $P$ が存在する。これを、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底変換行列という。

    $$ \begin{align*} (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \end{align*} $$

  • このとき、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトルを $\bm{x}$、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する座標ベクトルを $\bm{x}^{\prime}$ とすれば、次が成り立つ。

    $$ \bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-04-07   |   改訂:2024-08-28