行列の階数の定義

行列の階数を定義するとともに、階数の定義と同値な条件を与える定理を示します。

階数には様々な定義の仕方がありますが、ここでは、行列が定める線型写像の像の次元としてこれを定義します。階数は行列式などと同様に行列を特徴づける数(値)であり、線型写像や行列の標準形、連立一次方程式など様々な視点から重要な意味を持っています。

階数の定義


定義 4.12(行列の階数)

$A$ を $(m, n)$ 型行列とする。行列 $A$ により定まる線型写像 $f_{A} : K^{n} \to K^{m}$ の像の次元を行列 $A$ の階数($\text{rank}$)といい、$\text{rank} \, A$ などと表す。

$$ \begin{equation} \tag{4.7.1} \text{rank} \, A = \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \,) \end{equation} $$



行列が定める線型写像の像の次元として階数を定義します。次項以降にみるように、階数の定義と同値な条件は様々あり、階数の定義の仕方もいくつかありますが、上の定義がもっともコンパクトかつ簡単です。


階数の一意性

定理 4.50(線型写像の行列表示)より、行列と線型写像は $1$ 対 $1$ に対応しますから、(4.7.1)式において、行列 $A$ に対して線型写像 $f_{A}$ は一意に定まります。また、$\text{Im} f_{A}$ が $K^{m}$ の部分空間であること(定理 4.11(線型写像の像と核))と、ベクトル空間の次元が一意に定まること(定理 4.29(次元の一意性))から、行列 $A$ に対して、階数 $\text{rank} \, A$ は一意に定まるといえます。行列の階数を定義するにあたっては、当然ながら、ある行列に対して階数が一意に定まることを担保しなければなりません。そのため、先立って線型写像やベクトル空間の次元の概念を導入する必要があるというわけです。

任意の行列 $A \in M_{m,n} (K)$ に対して階数 $\text{rank} \, A$ は一意に定まりますので、行列 $A$ と階数 $\text{rank} \, A$ の対応は写像であるといえます。そのような意味合いから、行列 $A$ の階数は(写像らしく)$r (A)$ などと表現されることもあります([1]など)。しかしながら、行列と階数の対応を写像として捉えることにあまり意味はありません。また、ある行列とその階数との対応は写像ではあるものの線型写像ではないことは直ぐに確かめることができます。


階数の定義と同値な条件

先に触れたように、定義 4.12(行列の階数)と同値な条件は様々あり、線型写像やベクトル空間の次元などの概念を使わずに階数を定義することもできます。その場合、階数の一意性は行列の基本変形により示されます。しかしながら、線型写像やベクトル空間に先立って階数の概念だけを導入する意味はあまりありません。これまで見てきたように、行列と線型写像、連立一次方程式などは互いに深く関係付けられており、階数という概念もそれぞれの視点から重要な意味を持っているからです。行列 $A$ の階数 $\text{rank} \, A$ が、$A$ により定まる線型写像や $A$ を係数行列として持つ連立一次方程式においてどのような意味を持ち、どのような考察が得られるかは、次項以降に詳しくみていきます。


階数の定義と同値な条件(列階数)


定理 4.57(列階数)

$A$ を $(m, n)$ 型行列とする。$A$ の列ベクトルを $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ とすると、$A$ の階数は $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立なベクトルの最大数に等しい。



行列 $A$ は、列ベクトルを用いて $A = (\, \bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \,)$ のように表すことができます(行列の定義)。このとき、$n$ 個の列ベクトル $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立であるものの最大個数は行列 $A$ の階数に等しくなります。これは、階数の定義と同値な条件の $1$ つです。

定理 4.57(列階数)は、列階数という概念を用いることでより簡潔に表すことができます。下の証明に詳しくみるように、行列 $A$ の列ベクトル $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ は $K^{m}$ の部分空間 $\langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ を生成します。この部分空間の次元を列階数($\text{column rank}$)と定義します。すなわち、$A$ の列階数は $\dim \, \langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ となります。このとき、定理 4.57(列階数)は「行列 $A$ の階数は $A$ の列階数に等しい」と表すことができます。また、行列 $A$ に対して行ベクトルが生成する部分空間の次元を行階数($\text{row rank}$)とすれば、行列 $A$ の階数は $A$ の行階数に等しいことも後に確かめられます(定理 YY)。結局、行列 $A$ の列階数と行階数はともに $A$ の階数に等しくなるという結論が得られます。



証明

行列 $A$ の定める線型写像を $f_{A} : K^{n} \to K^{m}$ として、任意の $\bm{x} \in K^{n}$ を次のよう表すと、

$$ \bm{x} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \, x_{2} \, \\ \, \vdots \, \\ \, x_{n} \, \end{pmatrix} $$

任意の $f_{A} (\bm{x}) \in \text{Im} f_{A}$ は、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ の線型結合として次のように表せる。
$$ f_{A} (\bm{x}) = A \bm{x} = x_{1} \bm{a}_{1} + x_{2} \bm{a}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{a}_{n} $$

したがって、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ は $\text{Im} f_{A}$ を生成し、$\text{rank} \, A = \dim \, (\text{Im} f_{A}) = \dim \, \langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ が成り立つ。また、定理 4.34(生成元と基底)より、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ から線型独立なベクトルを選んで $\text{Im} f_{A}$ の基底とすることができから、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立なベクトルの最大数を $r$ とすれば、$\text{rank} \, A = \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \,) = r$ であり、$A$ の階数は $r$ に等しい。$\quad \square$



証明の骨子

階数の定義にしたがって示します。まず行列 $A$ の階数が $A$ の列階数と等しいことを示した上で、$A$ の列階数が列ベクトルのうち線型独立なベクトルの最大数に等しいことを示します。

  • 行列 $A$ の階数が $A$ の列階数と等しいことを示します。

    • 行列 $A$ の定める線型写像を $f_{A} : K^{n} \to K^{m}$ とします(定理 4.50(線型写像の行列表示))。

      • 任意の $\bm{x} \in K^{n}$ を次のよう表すと、$f_{A}$ による像は $f_{A} (\bm{x}) = A \bm{x}$ と表すことができます。

        $$ \begin{array} {ccc} \bm{x} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \, x_{2} \, \\ \, \vdots \, \\ \, x_{n} \, \end{pmatrix} \; \in K^{n}, & f_{A} (\bm{x}) = A \bm{x} \; \in K^{m} \end{array} $$

      • ここで $A$ を列ベクトルにより $A = (\, \bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \,)$ と表せば、$f_{A} (\bm{x})$ は次のようになります。

        $$ f_{A} (\bm{x}) = x_{1} \bm{a}_{1} + x_{2} \bm{a}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{a}_{n} $$

      • したがって、任意の $f_{A} (\bm{x}) \in \text{Im} f_{A}$ は $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ の線型結合として表せることがわかります。すなわち、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ は $\text{Im} f_{A}$ を生成するということです。

        $$ \text{Im} f_{A} = \langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle $$

    • 以上から次が成り立ちます。

      $$ \begin{split} \text{rank} \, A &= \dim \, (\text{Im} f_{A}) \\ &= \dim \, \langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle \end{split} $$

      • これは $A$ の階数 $\text{rank} \, A$ が $A$ の列階数 $\dim \, \langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ に等しいことを示しています。( $A$ の列階数とは $A$ の列ベクトルが生成する部分空間の次元のことです。)
  • $A$ の列階数が列ベクトル $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立なベクトルの最大数に等しいことを示します。

    • 定理 4.34(生成元と基底)より、$\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ から線型独立なベクトルを選んで $\text{Im} f_{A}$ の基底とすることができます。
    • 仮に $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立なベクトルの最大数を $r$ として、これらを $\bm{a}^{\prime}_{1}, \bm{a}^{\prime}_{2}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{r}$ とすれば、$\bm{a}^{\prime}_{1}, \bm{a}^{\prime}_{2}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{r}$ は線型独立であり $\langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ を生成します。よって $\bm{a}^{\prime}_{1}, \bm{a}^{\prime}_{2}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{r}$ は $\langle \,\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n} \, \rangle$ の基底となります。
    • したがって、$\text{rank} \, A = \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \,) = r$ であり、$A$ の階数は $r$ に等しくなることが示されました。

まとめ

  • $A$ を $(m, n)$ 型行列とする。$A$ により定まる線型写像 $f_{A} : K^{n} \to K^{m}$ の像の次元を行列 $A$ の階数といい、$\text{rank} \, A$ などと表す。

    $$ \begin{equation*} \text{rank} \, A = \dim \, (\, \text{Im} f_{A} \,) \end{equation*} $$

  • $A$ の列ベクトルを $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ とすると、$A$ の階数は $\bm{a}_{1}, \bm{a}_{2}, \cdots, \bm{a}_{n}$ のうち線型独立なベクトルの最大数に等しい。


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-05-20   |   改訂:2024-08-31