行列の階数の定義
行列が定める線型写像の像の次元を、行列の階数といいます。
行列の階数は、行列式などと同様に行列を特徴づける数(値)であり、線型写像や連立一次方程式など、様々な観点から重要な意味を持っています。ここでは、行列の階数を定義するとともに、定義と同値な条件を示します。
階数の定義#
まず、行列の階数の定義を示します。
定義 4.14(行列の階数)#
A を (m,n) 型行列とする。行列 A により定まる線型写像 fA:Kn→Km の像の次元を行列 A の階数(rank)といい、rankA などと表す。
rankA=dim(ImfA)(4.7.1)
階数とは#
行列の階数とは、行列により定まる線型写像の像の次元のことです。
行列を特徴付ける数(値)#
行列の階数は、行列式などと同様、行列を特徴づける数(値)です。下記に考察するように、階数は行列に対して一意に定まります。
階数の定義には線形写像が現れますが、基本的には、階数は行列に対して定義されるものと考えるのが適当です。
したがって、行列 A の階数は rankA と表します。
階数の一意性#
定理 4.50(線型写像の行列表示)より、行列と線型写像は 1 対 1 に対応しますから、任意の行列 A に対して、対応する線型写像 fA は一意に定まります。
また、ImfA が Km の部分空間であり(定理 4.11(線型写像の像と核))、ベクトル空間の次元は一意に定まります(定理 4.29(次元の一意性))。
したがって、行列 A により定まる線形写像の像の次元 dim(ImfA) は一意に定まります。つまり、行列 A に対して、その階数 rankA は一意に定まります。
階数の定義に先立って、当然ながら、ある行列に対して階数が一意に定まることを担保しなければなりません。そのために、線型写像やベクトル空間の次元の概念が必要になるというわけです。
写像としての階数#
任意の行列 A∈Mm,n(K) に対して階数 rankA は一意に定まりますので、行列 A と階数 rankA の対応は写像であるといえます。
そのような意味から、行列 A の階数を(写像らしく)r(A) のように表記することもあります([1] など)。
しかしながら、階数を写像として捉えることにあまり大きな意義はありません。また、行列と階数との対応が線型写像ではないことは直ぐに確かめることができます。
階数の定義の仕方(2 通りの定義)#
行列の階数は、主に 2 通りの方法で定義できます。行列が定める線形写像による方法と、行列の基本変形による方法です。
行列が定める線形写像による定義#
上記の定義は、行列が定める線型写像による階数の定義です。
この定義は、線型写像やベクトル空間の次元などの概念を先んじて導入しておく必要があるものの、階数の定義は簡潔かつ本質的です。
行列の基本変形による定義#
階数は行列の基本変形によっても定義できます。
具体的に与えられた行列を基本変形により階段行列に変形したとき、階段行列の段の数(0 でない成分を持つ行の数)は、もとの行列の階数に一致します(定理 5.11(階段行列))。また、行列の基本変形により行列の階数は不変です(定理 5.10(基本変形と階数))。
したがって、行列の階数は、基本変形により階段行列に変形したときの段の数(0 でない成分を持つ行の数)と定義することもできます。例えば、[1] は、このような定義を採用しています。
定義の仕方による違い#
基本変形による定義を採用することで、線型写像やベクトル空間の次元などの概念を用いることなく、行列の階数を定義できます。
しかしながら、線型写像やベクトル空間に先立って階数の概念を導入する意味はあまりありません。これまで見てきたように、行列と線型写像、連立一次方程式などは互いに深く関係付けられており、階数という概念もそれぞれの視点から重要な意味を持っているからです。
行列 A の階数 rankA が、A により定まる線型写像や A を係数行列として持つ連立一次方程式においてどのような意味を持ち、どのような考察が得られるかは、次項以降に詳しくみます。
階数の定義と同値な条件(列階数)#
次に、行列の階数の定義と同値な条件を示します。
定理 4.57(列階数)#
A を (m,n) 型行列とする。A の列ベクトルを a1,a2,⋯,an とすると、A の階数は a1,a2,⋯,an のうち線型独立なベクトルの最大数に等しい。
線型独立な列ベクトルの最大数#
行列 A は、列ベクトルを用いて、次のように表すことができます(行列の表記法)。
A=(a1,a2,⋯,an) このとき、n 個の列ベクトル a1,a2,⋯,an のうち線型独立であるものの最大数は行列 A の階数に等しくなる、というのが定理 4.57(列階数)の主張です。
これは、階数の定義と同値な条件の 1 つです。
列階数とは#
定理 4.57(列階数)は、列階数という概念を用いることでより簡潔に表すことができます。
下記の証明に詳しくみるように、行列 A の列ベクトル a1,a2,⋯,an は Km の部分空間 ⟨a1,a2,⋯,an⟩ を生成します。この部分空間の次元を列階数(column rank)と定義します。すなわち、A の列階数は dim⟨a1,a2,⋯,an⟩ となります。
このとき、定理 4.57の主張は「行列 A の階数は A の列階数に等しい」と表すことができます。
行階数とは#
列階数と同様に、行列 A に対して行ベクトルが生成する部分空間の次元を行階数(row rank)とすれば、行列 A の階数は A の行階数に等しいことも後に確かめられます(定理 4.59(列階数と行階数))。
結局、行列 A の列階数と行階数はともに A の階数に等しくなるという結論が得られます。
行列 A の定める線型写像を fA:Kn→Km として、任意の x∈Kn を次のよう表す。
x=x1x2⋮xn このとき、任意の fA(x)∈ImfA は、a1,a2,⋯,an の線型結合として、次のように表せる。
fA(x)=Ax=x1a1+x2a2+⋯+xnan
よって、a1,a2,⋯,an は ImfA を生成し、rankA=dim(ImfA)=dim⟨a1,a2,⋯,an⟩ が成り立つ。
また、定理 4.34(生成元と基底)より、a1,a2,⋯,an から線型独立なベクトルを選んで ImfA の基底とすることができる。したがって、a1,a2,⋯,an のうち線型独立なベクトルの最大数を r とすれば、rankA=dim(ImfA)=r であり、A の階数は r に等しい。□
証明の考え方#
階数の定義にしたがって証明します。(1)行列 A の階数が列階数と等しいことを示した上で、(2)A の線型独立な列ベクトルの最大数が A の列階数に等しいことを示します。
(1)階数と列階数が等しいことの証明#
まず、行列 A の階数と列階数と等しいことを示します。
行列 A の定める線型写像を fA:Kn→Km として、任意の x∈Kn を、次のよう表すとします。
x=x1x2⋮xn このとき、fA による x の像は、次のように表すことができます。
fA(x)=Ax∈Km ここで A を列ベクトルにより A=(a1,a2,⋯,an) と表すと、fA(x) は、次のようになります。
fA(x)=x1a1+x2a2+⋯+xnan したがって、任意の fA(x)∈ImfA は a1,a2,⋯,an の線型結合として表せることがわかります。すなわち、a1,a2,⋯,an は ImfA を生成するということです。
ImfA=⟨a1,a2,⋯,an⟩
以上から、次が成り立ちます。
rankA=dim(ImfA)=dim⟨a1,a2,⋯,an⟩ これは、A の階数 rankA が A の列階数 dim⟨a1,a2,⋯,an⟩ に等しいことを示す式に他なりません。
- A の列階数は、A の列ベクトルが生成する部分空間の次元のことです(列階数とは)。
(2)線型独立な列ベクトルの最大数と列階数が等しいことの証明#
次に、A 線型独立な列ベクトルの最大数が、A の列階数に等しいことを示します。
いま、定理 4.34(生成元と基底)より、a1,a2,⋯,an から線型独立なベクトルを選んで ImfA の基底とすることができます。
仮に、a1,a2,⋯,an のうち線型独立なベクトルの最大数を r として、これらを a1′,a2′,⋯,ar′ とすれば、a1′,a2′,⋯,ar′ は線型独立であり ⟨a1,a2,⋯,an⟩ を生成します。
したがって、a1′,a2′,⋯,ar′ は ⟨a1,a2,⋯,an⟩ の基底であり、次が成り立ちます。
dim⟨a1,a2,⋯,an⟩=r これは、A の列階数 dim⟨a1,a2,⋯,an⟩ が、A 線型独立な列ベクトルの最大数 r に等しいことを示す式に他なりません。
証明のまとめ#
- 以上から、(1)A の階数と列階数は等しく(2)列階数と A の線型独立な列ベクトルの最大数 r は等しいので、A の階数が r に等しいことが示されました。
まとめ#
A を (m,n) 型行列とする。A により定まる線型写像 fA:Kn→Km の像の次元を行列 A の階数といい、rankA などと表す。
rankA=dim(ImfA) A の列ベクトルを a1,a2,⋯,an とすると、A の階数は a1,a2,⋯,an のうち線型独立なベクトルの最大数に等しい。
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-05-20 | 改訂:2025-05-29