固有方程式

固有方程式とは、線型変換の表現行列を用いて表される $n$ 次方程式です。

ある値 $\lambda$ が固有方程式を満たすことは、$\lambda$ が線型変換の固有値であることと同値です。すなわち、固有方程式を解くことで線型変換の固有値が得られます。

固有値であることと同値な条件


定理 6.3(固有方程式)

$V$ をベクトル空間として、$f$ を $V$ の線型変換、$A$ をその表現行列とする。ある $\lambda \in K$ が $f$ の固有値であるためには、$\lambda$ が次の方程式を満たすことが必要にして十分である。

$$ \begin{equation} \big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0 \end{equation} \tag{6.1.4} $$


解説

固有方程式と固有多項式

線型変換 $f$(またはその表現行列 $A$)に対して、(6.1.4)式を固有方程式($\text{characteristic}$ $\text{equation}$)といいます。

また、特に(6.1.4)式の左辺を固有多項式($\text{characteristic}$ $\text{polynomial}$)といい、$\phi_{A} (t)$ などと表します。ここで、$t$ は未知の固有値を表す変数です。

$$ \begin{equation} \phi_{A} (t) = \big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert \end{equation} \tag{6.1.5} $$

固有方程式の解

定理 6.3(固有方程式)により、$t = \lambda$ が固有方程式の解であることと、$\lambda$ が $f$ の固有値であることは同値となります。これは、固有方程式 $\phi_{A} (t) = 0$ を解くことで、$f$ の固有値が得られるということにほかなりません。

このように考えると、定理 6.3(固有方程式)の主張は、「$\lambda$ が $A$ の固有値 $\, \Leftrightarrow \,$ $\phi_{A} (\lambda) = 0$」と表すことができます。

固有多項式の次数と解の個数

行列 $A$ が $n$ 次の正方行列であるならば、固有方程式は $n$ 次方程式となります。また、行列式の定義より、固有多項式の最高次係数は $(-1)^n$ であり、定数項は $\lvert \, A \, \rvert$ に等しくなります。

また、代数学の基本定理より「 $n$ 次方程式は複素数の範囲で重複を含めて $n$ 個の解を持つ」ことを利用すると、固有多項式((6.1.5)式)は次のように書き下すことができます。

$$ \begin{equation} \phi_{A} (t) = (\lambda_{1} - t) (\lambda_{2} - t) \cdots (\lambda_{n} - t) \end{equation} \tag{6.1.6} $$

ここで $\lambda_{1}, \lambda_{2}, \cdots, \lambda_{n}$ は固有方程式 $\phi_{A} = 0$ の解であり、定理 6.3(固有方程式)より、$A$ の固有値に等しくなります。したがって、「 $n$ 次の正方行列 $A$ は(複素数の範囲において重複を含めて)$n$ 個の固有値を持つ」ということができます。

$K$ の範囲による固有値の違い

実数の範囲と複素数の範囲

これまで、行列や行列式、ベクトル空間、連立一次方程式に関する考察において、体を表す記号 $K$ を用いて実数 $\mathbb{R}$ または複素数 $\mathbb{C}$ を表してきました(行列の定義)。

ほとんどの議論において、$K$ が実数であるか複素数であるかによらず同じ結論が得られていました。しかしながら、固有方程式を解いて線型写像の固有値を得る際は、$K = \mathbb{R}$ の場合と $K = \mathbb{C}$ の場合で大きく異なります。

すなわち、ある線型写像について、実数の範囲では固有値を持たないが、複素数の範囲では固有値を持つ、ということが起こり得ます。

具体例(範囲の違いによる解の有無)

例えば、次のような行列 $A$(または $A$ により定まる線型写像 $f_{A}$)の固有方程式について考えます。

$$ \begin{gather*} A = \begin{pmatrix} \, 0 \, & \, -1 \, \\ \, 1 \, & \, 0 \, \\ \end{pmatrix} \end{gather*} $$

このとき、$A$ の固有多項式 $\phi_{A} (t)$ は、次のようになります。

$$ \begin{split} \phi_{A} (t) &= \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \\ &= \left\vert \, \begin{pmatrix} \, 0 \, & \, -1 \, \\ \, 1 \, & \, 0 \, \\ \end{pmatrix} - \begin{pmatrix} \, -t \, & \, 0 \, \\ \, 0 \, & \, -t \, \\ \end{pmatrix} \, \right\vert \\ &= \begin{vmatrix} \; -t \; & \; -1 \; \\ \; 1 \; & \; -t \; \\ \end{vmatrix} \\ &= \, t^2 + 1 \end{split} $$

よって、$A$ の固有方程式は $t^{2} + 1 = 0$ となり、定理 6.3(固有方程式)より、これを解くことで $A$ の固有値が求まります。

いうまでもなく $t^{2} + 1 = 0$ は実数解を持たず、したがって $A$ は実数の範囲で固有値を持ちません。一方で、複素数の範囲で考えれば $t^{2} + 1 = 0$ は $2$ つの解( $t = \plusmn i$ )を持ちますので、この場合、$A$ は $2$ つの固有値 $- i$ と $i$ を持ちます。

このように、実数の範囲と複素数の範囲で固有方程式の解の有無や数が異なる場合があります。固有値を求める際は、どちらの条件で考えるか、明確に区別する必要があります。

固有方程式の解の重複度

(6.1.6)式において、$\lambda_{1}, \lambda_{2}, \cdots, \lambda_{n}$ は重複を含めた固有方程式の解です。$n$ 次方程式である固有方程式は(当然ながら)重解をもつ可能性があります。

したがって、互いに相異なる固有値のみを選んで $\lambda_{1}, \cdots, \lambda_{s}$ とすると、$s \leqslant n$ であり、(6.1.6)式は、次のようになります。

$$ \begin{equation} \phi_{A} (t) = (\lambda_{1} - t)^{m_{1}} (\lambda_{2} - t)^{m_{2}} \cdots (\lambda_{s} - t)^{m_{s}} \end{equation} \tag{6.1.7} $$

ここで、$m_{i}$ を固有値 $\lambda_{i}$ の重複度($\text{multiplicity}$)といいます。$\lambda_{i}$ の重複度が $m_{i}$ であるということは、$\lambda_{i}$ が固有方程式の $m_{i}$ 重解であるということに他なりません。重複を含めた解の数は変わらず $n$ 個であるので、当然ながら(6.1.7)式において、次が成り立ちます。

$$ \begin{gather*} m_{1} + m_{2} + \cdots + m_{s} = n \end{gather*} $$


用語と定義

固有方程式 / 特性方程式

固有方程式は特性方程式と呼ばれる場合があります。いずれも対応する英語は $\text{characteristic}$ $\text{equation}$ です。

「固有方程式または特性方程式」のように併記されている教科書が多いですが、[3], [4] では固有方程式が、[1] では特性方程式が主として用いられています。

また、[2] では $\phi_{A} (t)$ を固有多項式と呼ぶのみで、固有方程式に相当する $\phi_{A} (t) = 0$ には特定の用語を当てていません。同様に、[6] では $\text{characteristic}$ $\text{polynomial}$ は見出し語でもありますが、$\text{characteristic}$ $\text{equation}$ という表現は用いられていません。

固有多項式の定義

固有多項式の定義の仕方もまた教科書により若干の違いがあります。[1], [2], [4], [6]では、固有多項式を次のように定義しています。

$$ \begin{align*} \phi_{A} (t) = \big\lvert \, t E - A \, \big\rvert \end{align*} $$

一方で、[3]では(本項と同じく)固有多項式を次のように定義しています。

$$ \begin{align*} \phi_{A} (t) = \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \end{align*} $$

この定義の違いにより、固有方程式の各項の係数に若干の違いが生まれます(下記を参照)。しかしながら、固有方程式の解は変わりませんので、以降の考察に大きな影響を及ぼ差異ではありません。

固有多項式の最高次係数

例えば、$\phi_{A} (t) = \big\lvert \, t E - A \, \big\rvert$ とした場合、固有多項式の最高次係数は $1$、定数項は $(-1)^n \lvert \, A \, \rvert$ に等しくなります。一方で、$\phi_{A} (t) = \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert$ とした場合、固有多項式の最高次係数は $(-1)^n$、定数項は $\lvert \, A \, \rvert$ に等しくなります。

このことは、次のようにして確かめられます。すなわち、$A$ を $n$ 次の正方行列とすると、行列式の多重線型性により次が成り立ちます。

$$ \begin{split} \big\lvert \, t E - A \, \big\rvert &= \big\lvert -( A - t E ) \, \big\rvert \\ &= (-1)^n \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \\ \end{split} $$



証明

固有値の定義より、$\lambda \in K$ が $f$ の固有値であることは、$A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を満たす $\bm{x} \neq \bm{0}$ が存在することと同値である。これは、斉次連立一次方程式 $(A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持つことと同値であり、定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)より、$(A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持つためには $\big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0$ であることが必要にして十分である。したがって、$\lambda$ が $f$ の固有値であることは、$\lambda$ が $\big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0$ を満たすことと同値である。$\quad \square$



証明の考え方

固有値の定義にしたがって、($1$)ある値 $\lambda$ が固有値であることと同値な条件を斉次連立一次方程式により表し、更に($2$)定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)を用いて同値変形します。

($1$)固有値の定義からの導出

  • まず、固有値の定義にしたがって、ある値 $\lambda$ が固有値であることと同値な条件を導きます。
  • 固有値の定義より、$\lambda \in K$ が $f$ の固有値であることは、$A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を満たす $\bm{x} \neq \bm{0}$ が存在することと同値です。
  • また、$A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を満たす $\bm{x} \neq \bm{0}$ が存在することは、「斉次連立一次方程式 $(A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持つこと」に他なりません。
    • これは、$A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を次のように変形することで得られます。

      $$ \begin{align*} A \bm{x} = \lambda \bm{x} \; & \overset{(\text{i})}{\iff} \; A \bm{x} = \lambda E \bm{x} \\ & \overset{(\text{ii})}{\iff} \; A \bm{x} - \lambda E \bm{x} = \bm{0} \\ & \overset{(\text{iii})}{\iff} \; (A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0} \end{align*} $$

    • ($\text{iii}$)の変形は、行列の積に関して分配法則が成り立つことによります(定理 2.2(行列の積))。

  • 斉次連立一次方程式の解を「自明でない」解に限定する必要は、零ベクトルが固有ベクトルになり得ないことから生じます(固有ベクトルの定義)。
    • すなわち、$\bm{x} = \bm{0}$ としても、これは固有ベクトルではないため、対応するスカラー $\lambda$ は固有値たり得ません。
    • 仮に、零ベクトルを固有値に含むとすると、任意のスカラー $\lambda$ が $A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を満たすことになりますが、このような場合について考えることに意味はありません(固有値と固有ベクトルの制約を参照)。

(2)斉次連立一次方程式による条件

  • 次に、定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)を用いて、固有値であることと同値な条件を行列式の値に帰着させます。
  • 定理 4.26より、斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための必要十分条件は、係数行列の行列式の値が $0$ に等しくなることです。
  • したがって、「斉次連立一次方程式 $(A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持つ」ことは、その係数行列 $A - \lambda E$ の行列式の値が $0$ に等しいこと、すなわち、$\big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0$ が成り立つことと同値であるといえます。
  • 以上から、$\lambda \in K$ が $f$ の固有値であることと、$\big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0$ が成り立つことの同値性が示されました。
「 $\lambda \in K$ が $f$ の固有値である」 $\Leftrightarrow$ 「 $\lvert \, A - \lambda E \, \rvert = 0$ が成り立つ」

証明のまとめ

上記の証明においては、次の $4$ つの条件が同値であることを示しました。

$\, \,$($\text{i}$) $\lambda \in K$ が $f$ の固有値である
$\,$($\text{ii}$)$A \bm{x} = \lambda \bm{x}$ を満たす $\bm{x} \neq \bm{0}$ が存在する
($\text{iii}$)斉次連立一次方程式 $(A - \lambda E) \, \bm{x} = \bm{0}$ が自明でない解を持つ
($\text{iv}$)$\big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0$ が成り立つ

($\text{i}$)$\Leftrightarrow$($\text{ii}$)は、固有値と固有ベクトルの定義そのものです。また、($\text{ii}$)$\Leftrightarrow$($\text{iii}$)は、定理 2.2(行列の積)にしたがった式変形により、($\text{iii}$)$\Leftrightarrow$($\text{iv}$)は、定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)により、それぞれ担保された同値変形です。


まとめ

  • $V$ をベクトル空間として、$f$ を $V$ の線型変換、$A$ をその表現行列とする。ある $\lambda \in K$ が $f$ の固有値であるためには、$\lambda$ が次の方程式を満たすことが必要にして十分である。

    $$ \begin{equation*} \big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert = 0 \end{equation*} $$

    • 上式を固有方程式といい、次のように表す。

      $$ \begin{equation*} \phi_{A} (t) = 0 \end{equation*} $$

    • ここで、$\phi_{A} (t)$ を固有多項式という。

      $$ \begin{equation*} \phi_{A} (t) = \big\lvert \, A - \lambda E \, \big\rvert \end{equation*} $$

  • $n$ 次正方行列の固有方程式は $n$ 次方程式となり、複素数の範囲で重複を含めて $n$ 個の解をもつ。

    • $\lambda_{1}, \cdots, \lambda_{s}$ を相異なる固有値とすると、$s \leqslant n$ であり、固有多項式は次のように表せる。

      $$ \begin{equation*} \phi_{A} (t) = (\lambda_{1} - t)^{m_{1}} (\lambda_{2} - t)^{m_{2}} \cdots (\lambda_{s} - t)^{m_{s}} \end{equation*} $$

    • $m_{i}$ を固有値 $\lambda_{i}$ の重複度といい、次が成り立つ。

      $$ \begin{equation*} m_{1} + m_{2} + \cdots + m_{s} = n \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
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[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
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初版:2024-09-26   |   改訂:2025-01-10