ベクトルの成分表示 目次 平面(または空間)上のベクトルを成分により表す方法を導入します。
ベクトルをその成分で表すことで、幾何的に定義 したベクトルを代数的に扱うことができます。ただし、ベクトルの成分表示は与えられた座標系に依存する点に注意が必要です。
ベクトルの成分表示# 定義 1.5(ベクトルの成分)# 平面上に 1 1 1 つの直交座標系が与えられているとき、平面上のベクトル a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) に対して、P P P の座標を ( p 1 , p 2 ) (p_{1}, \, p_{2}) ( p 1 , p 2 ) 、Q Q Q の座標を ( q 1 , q 2 ) (q_{1}, \, q_{2}) ( q 1 , q 2 ) として、次の式により与えられる値の組 a 1 , a 2 a_{1}, \, a_{2} a 1 , a 2 をベクトル a \bm{a} a の成分(component \text{component} component )という。
{ a 1 = q 1 − p 1 a 2 = q 2 − p 2
\begin{equation*}
\left\{ \; \begin{split}
a_{1} &= q_{1} - p_{1} \\
a_{2} &= q_{2} - p_{2} \\
\end{split} \right.
\end{equation*}
{ a 1 a 2 = q 1 − p 1 = q 2 − p 2
このとき、ベクトル a \bm{a} a をその成分により次のように表す。
a = ( a 1 a 2 )
\begin{equation*}
\bm{a} = \begin{pmatrix}
\, a_{1} \, \\ \, a_{2} \,
\end{pmatrix}
\end{equation*}
a = ( a 1 a 2 )
成分表示の意義(幾何ベクトルを代数的に扱う)# ベクトルの成分表示は幾何的に定義したベクトル(幾何ベクトル) を実数の組と対応付けるものです。平面上のベクトル a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) に対して 2 2 2 つの実数の組 ( a 1 , a 2 ) (a_{1}, \, a_{2}) ( a 1 , a 2 ) が対応し、これを a \bm{a} a の成分といいます。
ベクトルの成分表示により、幾何ベクトルを代数的に扱うことができます。ベクトルを扱う際に、合同や平行といった幾何的な概念だけでなく、四則演算などの代数的な取り扱いが可能になります。そのような意味で、ベクトルの成分表示は、大変強力な手段となります。
上記の定義 は平面上のベクトルに関するものですが、空間内のベクトルについても同様に定義できます。空間内のベクトルには、与えられた座標により 3 3 3 つの実数の組が対応します。以降の考察では、簡単のため平面上のベクトルを主に扱いますが、空間上のベクトルに対しても同様の考察が成り立ちます。
ベクトルの成分表示は一意に定まる# 平面上のベクトル a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) の成分は、その終点 Q Q Q の座標から始点 P P P の座標を引くことにより得られます。始点 P P P と終点 Q Q Q の座標は与えられた座標系により一意に定まりますので、a \bm{a} a の成分表示も与えられた座標系により一意に定まります。すなわち、座標系が固定されていれば、ベクトル a \bm{a} a の成分表示は(始点の位置によらず)ベクトル a \bm{a} a のみにより定まるということができます。
仮に、下図のように a = ( P Q → ) = ( P ′ Q ′ → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) = (\, \overrightarrow{P^{\prime}Q^{\prime}} \,) a = ( PQ ) = ( P ′ Q ′ ) として、a \bm{a} a の成分表示が一意に定まることを確かめてみます。
上図において、P , Q , P ′ , Q ′ P, Q, P^{\prime}, Q^{\prime} P , Q , P ′ , Q ′ の座標をそれぞれ ( p 1 , p 2 ) , (p_{1}, \, p_{2}), ( p 1 , p 2 ) , ( q 1 , q 2 ) , \, (q_{1}, \, q_{2}), ( q 1 , q 2 ) , ( p 1 ′ , p 2 ′ ) , (p^{\prime}_{1}, \, p^{\prime}_{2}), ( p 1 ′ , p 2 ′ ) , ( q 1 ′ , q 2 ′ ) \, (q^{\prime}_{1}, \, q^{\prime}_{2}) ( q 1 ′ , q 2 ′ ) とすると、P Q / / P ′ Q ′ PQ \, /\!/ \, P^{\prime}Q^{\prime} PQ / / P ′ Q ′ であることから ∠ Q P R = ∠ Q ′ P ′ R ′ , \angle QPR = \angle Q^{\prime}P^{\prime}R^{\prime}, ∠ QPR = ∠ Q ′ P ′ R ′ , ∠ P Q R = ∠ P ′ Q ′ R ′ \, \angle PQR = \angle P^{\prime}Q^{\prime}R^{\prime} ∠ PQR = ∠ P ′ Q ′ R ′ が成り立ちます。また、仮定より P Q PQ PQ と P ′ Q ′ P^{\prime}Q^{\prime} P ′ Q ′ の長さは等しく、P Q = P ′ Q ′ PQ = P^{\prime}Q^{\prime} PQ = P ′ Q ′ となります。したがって、対応する 1 1 1 つの辺とその両端の角が等しいことから △ P Q R ≡ △ P ′ Q ′ R ′ \triangle PQR \equiv \triangle P^{\prime}Q^{\prime}R^{\prime} △ PQR ≡ △ P ′ Q ′ R ′ が成り立ちます。合同な三角形の対応する辺の長さは等しいので P R = P ′ R ′ , PR = P^{\prime}R^{\prime}, PR = P ′ R ′ , Q R = Q ′ R ′ QR = Q^{\prime}R^{\prime} QR = Q ′ R ′ となり、次が成り立ちます。
{ P R = P ′ R ′ Q R = Q ′ R ′ ⇒ { q 1 − p 1 = q 1 ′ − p 1 ′ ( = a 1 ) q 2 − p 2 = q 2 ′ − p 2 ′ ( = a 2 )
\begin{gather*}
\left\{ \begin{array} {c}
PR = P^{\prime}R^{\prime} \\
QR = Q^{\prime}R^{\prime} \\
\end{array} \right. \\
\Rightarrow \; \left\{ \begin{array} {c}
q_{1} - p_{1} = q^{\prime}_{1} - p^{\prime}_{1} \; (\; = a_{1} ) \\
q_{2} - p_{2} = q^{\prime}_{2} - p^{\prime}_{2} \; (\; = a_{2} ) \\
\end{array} \right.
\end{gather*}
{ PR = P ′ R ′ QR = Q ′ R ′ ⇒ { q 1 − p 1 = q 1 ′ − p 1 ′ ( = a 1 ) q 2 − p 2 = q 2 ′ − p 2 ′ ( = a 2 )
これは、2 2 2 つのベクトル ( P Q → ) , ( P ′ Q ′ → ) (\, \overrightarrow{PQ} \,), \,(\, \overrightarrow{P^{\prime}Q^{\prime}} \,) ( PQ ) , ( P ′ Q ′ ) の成分表示が互いに等しいということに他なりません。以上から、ベクトル a \bm{a} a の成分表示が始点の位置によらず一意に定まることが確かめられました。
ベクトルの成分表示は座標系に依存する# ベクトル a \bm{a} a の成分表示は(始点によらず)一意に定まることが確かめられましたが、これはあくまで座標系が固定されている場合に限ります。
つまり、ベクトルの成分表示は与えられた座標系に依存するものであり、座標系が異なれば、同じベクトルでもその成分表示は異なります。
例えば、次のような平面上のベクトル a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) について考えます。このとき、P P P と Q Q Q の座標が与えられた座標系により異なることは明らかであり、したがって a \bm{a} a の成分も座標系により異なることがわかります。
逆ベクトルと零ベクトルの成分表示# 逆ベクトル# ベクトル a = ( a 1 a 2 ) \bm{a} = \begin{pmatrix} \, a_{1} \, \\ \, a_{2} \, \end{pmatrix} a = ( a 1 a 2 ) に対して、a \bm{a} a の逆ベクトルは − a = ( − a 1 − a 2 ) - \bm{a} = \begin{pmatrix} \, - a_{1} \, \\ \, - a_{2} \, \end{pmatrix} − a = ( − a 1 − a 2 ) と表せます。
これは、逆ベクトルの定義 から、a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) に対して − a = ( Q P → ) - \bm{a} = (\, \overrightarrow{QP} \,) − a = ( QP ) であることから明らかです。もとのベクトル a \bm{a} a の成分表示が与えられた座標系に依存することから、当然、逆ベクトル − a - \bm{a} − a の成分表示も与えられた座標系に依存します。
零ベクトル# 零ベクトルは、成分表示により 0 = ( 0 0 ) \bm{0} = \begin{pmatrix} \, 0 \, \\ \, 0 \, \end{pmatrix} 0 = ( 0 0 ) と表せます。
これも、零ベクトルの定義 や、零ベクトルが始点と終点の等しい有向線分により定まることから明らかといえます。
位置ベクトル# 定義 1.6(位置ベクトル)# 平面上に座標系が与えられており、その原点を O O O とする。このとき、平面上の点 P P P に対して、O O O を始点、P P P を終点とする有向線分により定まるベクトル p = ( O P → ) \bm{p} = (\, \overrightarrow{OP} \,) p = ( OP ) を、P P P の位置ベクトル(position \text{position} position vector \text{vector} vector )という。
位置ベクトルは座標系に依存する# 上記の定義 からわかる通り、位置ベクトルは与えられた座標系に依存します。平面上のどこに原点 O O O をとるか、が座標系に依存するためです。一般に、座標系は原点と座標軸により定まり、座標系によって原点の位置は変わり得ます。
このことを強調する意味で、位置ベクトル p \bm{p} p は 、“この座標系に関する” 位置ベクトル([1] )や、“原点 O O O を基準とする” 位置ベクトル([4] )等と表現されることがあります。
位置ベクトルの成分と座標# 位置ベクトルは、平面上の点とベクトルを対応させるものです。すなわち、座標系が与えられているとき、平面上の点 P P P の座標と位置ベクトル p \bm{p} p の成分表示は一致します。
例えば、上図のように、直交座標系が与えられており、点 P P P の座標が ( p 1 , p 2 ) (p_{1}, p_{2}) ( p 1 , p 2 ) であるとき、P P P の位置ベクトル p \bm{p} p の成分表示は次のようになります。
p = ( p 1 p 2 )
\begin{equation*}
\bm{p} = \begin{pmatrix}
\, p_{1} \, \\ \, p_{2} \,
\end{pmatrix}
\end{equation*}
p = ( p 1 p 2 )
幾何ベクトルと数ベクトルの対応# 上記 の考察の通り、与えられた座標系に対してベクトルの成分表示が一意に定まるということは、平面上のベクトル a \bm{a} a は 2 2 2 つの実数の組 ( a 1 , a 2 ) (a_{1}, \, a_{2}) ( a 1 , a 2 ) と 1 1 1 対 1 1 1 に対応するということに他なりません。
このように、いくつかの数を 1 1 1 つの組としてまとめたものを数ベクトル(numerical \text{numerical} numerical vector \text{vector} vector )といいます。一般に、n n n 個の数をまとめた組を n n n 項数ベクトルといい、次のように表します。このとき、x 1 , x 2 , ⋯ , x n x_{1}, x_{2}, \cdots, x_{n} x 1 , x 2 , ⋯ , x n をそれぞれ x \bm{x} x の成分といいます。
x = ( x 1 x 2 ⋮ x n )
\bm{x} = \begin{pmatrix}
\; x_{1} \; \\ \; x_{2} \; \\ \; \vdots \; \\ \; x_{n} \; \\
\end{pmatrix}
x = x 1 x 2 ⋮ x n
平面上のベクトルは、位置ベクトル により 2 2 2 項数ベクトルに対応します。空間上のベクトルも、同様にして 3 3 3 項数ベクトルに対応することがいえます。言い換えれば、平面上のベクトル全体の集合と 2 2 2 項数ベクトル全体の集合 R 2 \mathbb{R}^{2} R 2 、空間上のベクトル全体の集合と 3 3 3 項数ベクトル全体の集合 R 3 \mathbb{R}^{3} R 3 はそれぞれ 1 1 1 対 1 1 1 に対応するということです。
この対応関係は、後にベクトル空間の同型 として一般化されます。ベクトル空間が互いに同型であるとき、それぞれが集合として等しい(要素が 1 1 1 対 1 1 1 に対応する)ということだけでなく、和やスカラー倍といった演算が保存されることを含みます。
まとめ# 平面上に直交座標系が与えられているとき、平面上のベクトル a = ( P Q → ) \bm{a} = (\, \overrightarrow{PQ} \,) a = ( PQ ) に対して、P P P の座標を ( p 1 , p 2 ) (p_{1}, \, p_{2}) ( p 1 , p 2 ) 、Q Q Q の座標を ( q 1 , q 2 ) (q_{1}, \, q_{2}) ( q 1 , q 2 ) とすると、ベクトル a \bm{a} a はその成分 a 1 , a 2 a_{1}, a_{2} a 1 , a 2 により次のように表せる。
a = ( a 1 a 2 ) = ( q 1 − p 1 q 2 − p 2 )
\begin{split}
\bm{a}
&= \begin{pmatrix}
\, a_{1} \, \\ \, a_{2} \,
\end{pmatrix}
= \begin{pmatrix}
\, q_{1} - p_{1} \, \\ \, q_{2} - p_{2} \,
\end{pmatrix} \\
\end{split}
a = ( a 1 a 2 ) = ( q 1 − p 1 q 2 − p 2 )
ベクトルの成分表示により、幾何的に定義されたベクトルを代数的に扱うことができる。 ベクトルの成分表示は、座標系に依存する。座標系が固定されていれば、ベクトルの成分表示は一意に定まる。 座標系が異なれば、同じベクトルでもその成分表示は異なる。 平面上に座標系が与えられているとき、平面上の点 P P P に対して、原点 O O O を始点、P P P を終点とする有向線分により定まるベクトル p = ( O P → ) \bm{p} = (\, \overrightarrow{OP} \,) p = ( OP ) を、P P P の位置ベクトルという。
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初版:2023-08-07 | 改訂:2024-12-04