行列の定義(1)

行列($\text{matrix}$)について定義するとともに、関連する用語や行列の記法について整理します。

行列の定義


定義 2.1(行列)

自然数 $m, n$ に対して、$mn$ 個の実数または複素数 $a_{ij} \; (\, 1 \leqslant i \leqslant m, 1 \leqslant j \leqslant n \,)$ を、縦に $m$ 個、横に $n$ 個並べたものを 行列($\text{matrix}$) といい、$A$ などで表す。

$$ \begin{equation} \tag{2.1.1} A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\ \end{pmatrix} \end{equation} $$


端的にいえば、縦に $m$ 個、横に $n$ 個、実数または複素数を並べて括弧でくくったものを行列($\text{matrix}$)という、ということです。また、上の定義では、実数または複素数を並べたものを行列であるとしていますが、体($\text{field}$)$K$ の要素を並べたものを行列であるとしている教科書もあります。体とは、簡単にいえば、和と積の二項演算が与えられており、交換法則や結合法則、分配法則などの演算規則が成り立つ集合のことです。特に、実数 $\mathbb{R}$、複素数 $\mathbb{C}$ は通常の加法と乗法について体をなしますので、これは上の定義と整合します。また、[11] においては可換環($\text{commutative ring}$)の要素を並べたもの、としているようです。このように教科書により若干の差異はありますが、以降の議論にはほとんど影響ありませんので、上のように、簡単に実数または複素数を並べたものとして行列を定義します。

体はしばしば $K$ という文字により表されますが、これは、体を意味するドイツ語($\text{k\"{o}rper}$)によります。以降の議論において「実数または複素数」のように二重に表現することを避けるため、実数全体の集合 $\mathbb{R}$ または複素数全体の集合 $\mathbb{C}$ のいずれかを表すものとして、記号 $K$ を用います。このような用法は線型代数学の教科書([1], [2], [3] など)でよく使われている用法であり、ここでもそれに倣いますが、細かくいえば、任意の体を表す記号として $K$ を用いていない点に注意が必要です。


用語

行列を構成する個々の数(実数または複素数)を成分といいます。特に、上から $i$ 番目、左から $j$ 番目に位置する要素を $(i, j)$ 成分といって、特定の要素について言及する際などに用います。また、成分の横の並びを指して、縦の並びを指してといいます。特に、上から $i$ 番目の行を第 $i$ 行、左から $j$ 番目の列を第 $j$ 列といいます。

$m$ 行 $n$ 列の行列を $m \times n$ 行列$(m, n)$ 型の行列などと表す。特に $(m, 1)$ 型の行列を $m$ 項列ベクトル、または単に列ベクトルといい、以下の $\bm{a}_{j}$ のように太字で表します。同様に $(1, n)$ 型の行列を $n$ 項行ベクトル、または単に行ベクトルといい、同じく以下の $\bm{a}^{\prime}_{i}$ のように表す。また、成分がすべて実数である行列を実行列、成分がすべて複素数である行列を複素行列といいます。$(m, n)$ 型の実行列全体の集合を $M_{m,n} (\mathbb{R})$、特に $(n, n)$ 型の場合は $M_{n} (\mathbb{R})$ と表します。複素行列の場合 $M_{m,n} (\mathbb{C})$ などになります。

$$ \begin{align*} \begin{array} {cc} \bm{a}_{j} = \begin{pmatrix} a_{1j} \\ a_{2j} \\ \vdots \\ a_{mj} \end{pmatrix} , & \bm{a}^{\prime}_{i} = (\, a_{i1}, \; a_{i2}, \; \cdots, \; a_{in} \,) \end{array} \end{align*} $$

以降の項において行列の演算を導入していきますが、2つの行列が等しいということが何を意味するか定めておきます。すなわち、2つの行列 $A, B$ が等しいということは、 $A, B$ が同じ型の行列であり、かつ、対応する成分がすべて等しいこととします。このとき $A = B$ のように表します。


表記

定義に示した行列 $A$ を $(\, a_{ij} \,)$ のように略記します。すなわち、$(i, j)$ 成分が $a_{ij}$ である行列を $(\, a_{ij} \,)$ と表すということです。$A = (\, a_{ij} \,)$ などどして用いることで、定義にあるように紙幅をとらずに行列を表現できるため、とても便利ではありますが、文脈により括弧の中の文字変数とも捉えられてしまうため、混同の恐れがある場合は避けたほうが良いかもしれません。

また、行列 $A$ を列ベクトルや行ベクトルを用いて、以下のように表すこともあります。列ベクトル $\bm{a}_{j}$ や行ベクトル $\bm{a}^{\prime}_{i}$ は用語において定義したとおりです。この表記の仕方も、行列の行または列ごとに演算する際や、定理の証明において行や列に着目する際など、コンパクトに行列を表現できますので、大変便利です。しかしながら、これもあくまで略記であり、誤って、列ベクトルや行ベクトルが行列の成分であるというような勘違いをしないように注意する必要があります。定義より、行列の成分になりうるのは実数または複素数です。

$$ \begin{align*} \begin{array} {c} A = (\, \bm{a}_{1}, \; \bm{a}_{2}, \; \cdots, \; \bm{a}_{n} \,) = \begin{pmatrix} \bm{a}^{\prime}_{1} \\ \bm{a}^{\prime}_{2} \\ \vdots \\ \bm{a}^{\prime}_{m} \end{pmatrix} \\ % \begin{array} {cc} % \bm{a}_{j} = \begin{pmatrix} % a_{1j} \\ a_{2j} \\ \vdots \\ a_{mj} % \end{pmatrix} , & % \bm{a}^{\prime}_{i} = (\, a_{i1}, \; a_{i2}, \; \cdots, \; a_{in} \,) % \end{array} \end{array} \end{align*} $$

まとめ

  • 縦に $m$ 個、横に $n$ 個、実数または複素数を並べて括弧でくくったものを行列といい、$A$ などで表す。

    $$ \begin{align*} A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-01-02   |   改訂:2024-08-31