正則行列(2)

前項で定義した正則行列について成り立つ演算法則を示します。

演算法則


定理 2.5(正則行列)

正則行列に関して、次の演算法則が成り立つ。

$$ \begin{equation} \tag{2.3.2} \begin{array} {clc} (\text{i}) & (AB)^{-1} = B^{-1} A^{-1} \\ (\text{ii}) & ((A)^{-1})^{-1} = A \\ (\text{iii}) & ({}^t A)^{-1} = {}^t (A^{-1}) \\ \end{array} \end{equation} $$


任意の正則行列 $A, B \in GL_{n} (K)$ について($\text{i}$)$\sim$($\text{iii}$)が成り立ちます。$GL_{n} (K)$ は $n$ 次の正則行列全体の集合を意味しています。(記号の用法は正則行列の定義の項を参照してください。)($\text{i}$)は、行列 $A, B$ が正則であれば行列の積 $AB$ も正則であり、$AB$ の逆行列は $B^{-1} A^{-1}$ に等しい、ということを意味しています。より端的には、行列の積の逆行列はそれぞれの逆行列の積に等しいということです。積の順序が入替ることに注意が必要です。同様に($\text{ii}$)は、行列 $A$ が正則であればその逆行列 $A^{-1}$ も正則であり、$A^{-1}$ の逆行列は $A$ に等しいという意味で、端的には、逆行列の逆行列は元の行列に等しいということです。また同様に($\text{ii}$)は、行列 $A$ が正則であればその転置行列 ${}^t A$ も正則であり、${}^t A$ の逆行列は $A^{-1}$ の転置行列に等しいということを意味しています。これらの演算法則は、正則行列の定義や転置行列に関する演算法則より明らかといえます。以下にその証明を示します。



証明

($\text{i}$)$A, B$ を正則行列とすると $AA^{-1} = A^{-1} A = E, \; BB^{-1} = B^{-1} B = E$ となる $A^{-1}, B^{-1}$ が存在する。このとき、行列の積 $AB$ と $B^{-1}A^{-1}$ について、以下が成り立つ。

$$ \begin{align*} \begin{array} {c} (AB) (B^{-1}A^{-1}) = A (BB^{-1}) A^{-1} = AA^{-1} = E \\ (B^{-1}A^{-1}) (AB) = B (AA^{-1}) B^{-1} = BB^{-1} = E \\ \end{array} \end{align*} $$


よって、$AB$ は正則であり $(AB)^{-1} = B^{-1} A^{-1}$ となる。

($\text{ii}$)$A$ を正則行列とすると $AA^{-1} = A^{-1} A = E$ となる $A^{-1}$ が存在する。すなわち、行列 $A^{-1}$ は正則であり $(A^{-1})^{-1} = A$ となる。

($\text{iii}$)$A$ を正則行列とすると $AA^{-1} = A^{-1} A = E$ となる $A^{-1}$ が存在する。このとき、行列の積 $AA^{-1}$ と $A^{-1}A$ について、以下が成り立つ。

$$ \begin{align*} \begin{array} {c} {}^t (AA^{-1}) = {}^t (A^{-1}) \, {}^t A = E \\ {}^t (A^{-1}A) = {}^t A \, {}^t (A^{-1}) = E \\ \end{array} \end{align*} $$


よって、行列 ${}^t A$ は正則であり $({}^t A)^{-1} = {}^t (A^{-1})$ となる。$\quad \square$



証明の骨子

($\text{i}$)について

  • $A, B$ が正則行列であるという仮定から $A^{-1}, B^{-1}$ の存在を示し、その積 $B^{-1}A^{-1}$ が $AB$ の逆行列であることを定義に従って示します。
    • 計算にあたっては、($1$)行列の積の結合法則と($2$)正則行列の定義($A, B$ が正則行列であるという仮定)をそれぞれ用います。

      $$ \begin{align*} \begin{array} {c} (AB) (B^{-1}A^{-1}) \overset{(1)} {=} A (BB^{-1}) A^{-1} \overset{(2)} {=} AA^{-1} \overset{(2)} {=} E \\ (B^{-1}A^{-1}) (AB) \overset{(1)} {=} B (AA^{-1}) B^{-1} \overset{(2)} {=} BB^{-1} \overset{(2)} {=} E \\ \end{array} \end{align*} $$

    • 以上から、$(AB) (B^{-1}A^{-1}) = (B^{-1}A^{-1}) (AB) = E$ が成り立つので、$AB$ は正則であり、その逆行列は $B^{-1}A^{-1}$ であるということが示されました。


($\text{ii}$)について

  • $A$ が正則であるという仮定から直ちに示せます。
    • $A$ が正則であるという仮定を $A^{-1}$ を主として読み替えると、「行列 $A^{-1}$ に対して $AA^{-1} = A^{-1} A = E$ となる $A$ が存在する」となります。
    • 正則行列の定義に照らせば、これは、すなわち $A^{-1}$ が正則であるということを示しています。

($\text{iii}$)について

  • $A$ が正則行列であるという仮定から $A^{-1}$ の存在を示し、行列の積 $AA^{-1}$ と $A^{-1}A$ の転置行列を考えます。
    • 計算にあたっては、($1$)転置行列に関する演算法則(${}^t (AB) = {}^t B \, {}^t A$)と($2$)単位行列に関して成り立つ性質(${}^t E = E$)をそれぞれ用います。

      $$ \begin{align*} \begin{array} {c} {}^t (AA^{-1}) \overset{(1)} {=} {}^t (A^{-1}) \, {}^t A \overset{(2)} {=} E \\ {}^t (A^{-1}A) \overset{(1)} {=} {}^t A \, {}^t (A^{-1}) \overset{(2)} {=} E \\ \end{array} \end{align*} $$

    • 以上から、${}^t A \, {}^t (A^{-1}) = {}^t (A^{-1}) \, {}^t A = E$ が成り立つので、${}^t A$ は正則であり、その逆行列は ${}^t (A^{-1})$ であるということが示されました。


まとめ

  • $A, B$ が正則であれば $AB$ も正則であり、$(AB)^{-1} = B^{-1} A^{-1}$ 。(積の順序に要注意)
  • $A$ が正則であればその逆行列 $A^{-1}$ も正則であり、$((A)^{-1})^{-1} = A$ 。
  • $A$ が正則であればその転置行列 ${}^t A$ も正則であり、$({}^t A)^{-1} = {}^t (A^{-1})$ 。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-01-09   |   改訂:2024-08-16