行列の区分け(1)
行列をブロックと呼ばれるいくつかの小さな行列に分けて取り扱う、行列の区分けという考え方を導入します。行列の区分けにより、行列に関する計算や定理の証明を見通しよく進めることができます。
定義
定義 2.10(行列の区分け)
$(l, m)$ 型の行列 $A$ を縦に $p$ 個、横に $q$ 個の区画に分けて表すことを行列の区分けという。また、区分けされた $1$ つ $1$ つの小さな行列をブロック($\text{block}$)といい、上から $s$ 番目、左から $t$ 番目のブロックを $A_{st}$ のように表す。
定義に示す行列 $A$ は合計 $pq$ 個のブロックに区分けされ、添え字 $s, t$ は以下(左)のように $p, q$ に対応します。また、行列 $A$ は $(l, m)$ 型の行列ですので、上から $s$ 番目、左から $t$ 番目のブロック $A_{st}$ を $(l_s, m_t)$ 型とすると、以下(右)の条件が成り立ちます。これは、当然ながら、元の行列 $A$ の行の数と列の数が、区分けされた各ブロックの行の数の和と列の数の和とそれぞれ等しいことを示しています。
行列の区分けは、あたかも「行列を成分とする行列」のように行列を取り扱う考え方です。これにより、行列を非常に簡潔に表すことができます。また、次項に示すように、それぞれ適当な型に区分けされた行列どうしの和や積は、あたかもブロックを成分のように扱って、通常の行列の和や積のように実行できます。このことが、定理の証明や実際の計算の見通しを明るくすることがあり、行列の区分けによる最大の利点といえます。ただし、行列の区分けはあくまで行列の表記の仕方の1つであり、行列は行列の成分ではない(行列の定義)ことに注意しなければなりません。
行列の区分けは、行列の分割とも呼ばれます。対応する英語については、区分けされた小さな行列を $\text{block}$ としたり、区分けされた行列を $\text{block matrix}$ とする用例が[11], [12]などに見られます。
例
次のような行列 $A$ の区分けを考えます。
$A$ を縦 $2$ 個、横に $2$ 個の合計 $4$ 個のブロックに分けます。
分けられたブロックはそれぞれ1つの行列とみなせます。
これらのブロックにより、$A$ は次のように表せます。
この例では、$(4, 4)$ 型の行列 $A$ を、$4$ つの $(2, 2)$ 型のブロックに区分けしましたが、もちろん区分けの仕方はこの1通りだけではありません。例えば、次のようにすることもできます。
この場合、$A^{\prime}_{11}$ は $(3, 3)$ 型の行列、$A^{\prime}_{12}$ は $(3, 1)$ 型の行列、$A^{\prime}_{21}$ は $(1, 3)$ 型の行列、$A^{\prime}_{22}$ は $(1, 1)$ 型の行列とみなしています。
このように、特に制約がない限り複数通りに行列の区分けを行うことができるため、状況に応じて見通しの良いものを選ぶことが重要です。上の例において行列 $A$ と他の行列の積を考える場合などは、$4$ つの $(2, 2)$ 型ブロックに区分けした方が良い場合が多いと考えられます。$A_{21}$ が零行列 $O$ になるため積の計算が楽になるためです。
まとめ
$(l, m)$ 型の行列 $A$ を縦に $p$ 個、横に $q$ 個の区画に分けて表すことを行列の区分けという。また、区分けされた1つ1つの小さな行列をブロックといい、上から $s$ 番目、左から $t$ 番目のブロックを $A_{st}$ のように表す。
$$ \begin{align*} A = \begin{pmatrix} A_{11} & A_{12} & \cdots & A_{1q} \\ A_{21} & A_{22} & \cdots & A_{2q} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ A_{p1} & A_{p2} & \cdots & A_{pq} \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$行列の型について、次の条件が成り立つ。$A_{st}$ を $(l_s, m_t)$ 型の行列とする。
$$ \begin{align*} \left\{ \begin{align*} \quad l &= l_1 + l_2 + \cdots + l_p \\ m &= m_1 + m_2 + \cdots + m_q \\ \end{align*} \right. \end{align*} $$行列の区分けは、複数通りに行うことができるため、状況に応じて見通しの良いものを選ぶ。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.