行列式の性質(3)
転置行列の行列式は元の行列の行列式に等しいことを示します。
これにより、行列式の性質は行と列に関して対称的であり、行に関するして成り立つ行列式の性質が列に関しても成り立つことが導かれます。
転置行列の行列式
定理 3.13(転置行列の行列式)
転置行列の行列式は、もとの行列の行列式に等しい。
解説
行列式の値は転置により不変
定理 3.13(転置行列の行列式)は、行列の行と列を入れ替えても行列式の値が変わらないということを示しています。
定理 3.13により、行について成り立つ行列式の性質は、列についても成り立つということが導かれます。すなわち、定理 3.13が成り立つとき、もとの行列の行について成り立つ性質が、転置行列の列に関する性質として変わらず成り立つということになります。
したがって、一般に、行に関する行列式の性質は列に関しても成り立つということがわかります。
行列式の性質は行と列に関して対称的
定理 3.13(転置行列の行列式)は、行列式の性質が行と列に関して対称的であることを意味しています。
したがって、これまで行に関して示してきた定理 3.7(多重線型性)と定理 3.8(交代性)は、列に関しても成り立つといえます。すなわち、行列式は、行に関しても列に関しても多重線型かつ交代的であるといえます。
行列式の性質を導出する流れ
実際、[1], [2] では、多重線型性や交代性等の基本的性質に先立って、定理 3.13(転置行列の行列式)に相当する定理が示されています。
これにより、以降に示す定理が行と列どちらに関しても成り立つといえるためです。また、行列は、列ベクトルにより $A = (\bm{a}_1, \bm{a}_2, \cdots, \bm{a}_n)$ と表記した方が記載としてコンパクトだから、という理由もあるかと思われます。
証明
$A = ( \, a_{i j} \, ), \; {}^t A = ( \, b_{i j} \, )$ とおくと、$b_{i j} = a_{j i}$ であるから、$\det {}^t A$ は次のように表せる。
いま $\sigma$ が $S_n$ 全体をわたるならば $\sigma^{-1}$ も $S_n$ 全体をわたり、$\text{sgn} (\sigma) = \text{sgn} (\sigma^{-1})$ であるから、
したがって、$\det {}^t A = \det A$ が成り立つ。$\quad \square$
証明の考え方
($1$)転置行列の行列式を定義にしたがって示した上で($2$)各項の積の順序を入れ替え、($3$)元の行列式の形(定義の形)を抽出します。この流れは、前項の定理 3.8(交代性)の証明に似ています。
(1)転置行列の行列式
まず、転置行列の行列式($\det {}^t A$)を、行列式の定義に従って示します。
元の行列 $A = (\, a_{i j} \,)$ に対して、転置行列を ${}^t A = (\, b_{i j} \,)$ と置くと、$A$ と ${}^t A$ それぞれの成分の間には $b_{i j} = a_{j \, i}$ が成り立ちます。
定義より、$\det {}^t A$ は次のようになります。
$$ \begin{split} \det {}^t A &\overset{(\text{i})}{=} \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \; b_{1 \, \sigma(1)} \cdots b_{n \, \sigma(n)} \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{\sigma(1) \, 1} \cdots a_{\sigma(n) \, n} \\ \end{split} $$- ($\text{i}$)行列式の定義そのもの。
- ($\text{ii}$)$A$ と ${}^t A$ の置き方から $b_{i j} = a_{j \, i}$ が成り立つことによります。これは、${}^t A$ の成分を $A$ の成分で表し直すことに相当します。
(2)各項の積の順の入れ替え
次に、${}^t A$ の行列式において積の順序を並び替え、行番号が $\sigma(1), \sigma(2), \cdots, \sigma(n)$ の順に並んでいる成分が、$1, 2, \cdots, n$ の順に並ぶようにします。
並び替えにより各成分がどのように順序になるかは、下のような対応をとるとわかりやすいです。それぞれの対応において、上段($\text{row}$)は行番号、下段($\text{col}$)は列番号を示しています。
$$ \begin{gather*} \begin{matrix} \text{row} & \sigma(1) & \cdots & \sigma(i) & \cdots & \sigma(n) \\ \text{col} & 1 & \cdots & i & \cdots & n \\ & \downarrow & & \downarrow & & \downarrow \\ \\ \text{row} & 1 & \cdots & i & \cdots & n \\ \text{col} & \sigma^{-1} (1) & \cdots & \sigma^{-1} (1) & \cdots & \sigma^{-1} (n) \\ \end{matrix} \end{gather*} $$$\sigma$ は全単射なので、$\lbrace \sigma(1), \cdots, \sigma(n) \rbrace$ は集合として $\lbrace 1, \cdots, n \rbrace$ に一致します。つまり、$\lbrace \sigma(1), \cdots, \sigma(n) \rbrace$ において $\sigma(i) = 1$ となる $i$ が必ず存在します。
いま、$\tau(i) = 1$ であるとして $i$ 番目に並んでいる $a_{\sigma(i) \, i}$ という成分を $1$ 番目に持っていくことを考えます。
ことのとき、$\sigma(i) = 1 \Rightarrow i = \sigma^{-1} (1)$ であることから、もともと $a_{\sigma(i) \, i}$ であった成分は、並び替えにより $1$ 番目にくることで $a_{1 \, \sigma^{-1} (1)}$ と表すことができます。並び替えにより添え字の表記が変わっただけで、成分自体が変わったわけではありません。
同様の操作を繰り返すことで、積の順序は $\sigma(1), \sigma(2), \cdots, \sigma(n)$ 順から $1, 2, \cdots, n$ 順への並び替えられます。
積の順序の並び替えの結果、行列式の各項において、次が成り立つことがわかります。
$$ \begin{gather*} a_{\sigma(1) \, 1} \cdots a_{\sigma(n) \, n} = a_{1 \, \sigma^{-1} (1)} \cdots a_{n \, \sigma^{-1} (n)} \end{gather*} $$もっと簡単に、逆置換について次が成り立つことを用いることもできます。
$$ \begin{split} \sigma^{-1} &= \begin{pmatrix} \sigma(1) & \cdots & \sigma(i) & \cdots & \sigma(n) \\ 1 & \cdots & i & \cdots & n \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 1 & \cdots \; \cdots & n \\ \sigma^{-1} (1) & \cdots \; \cdots & \sigma^{-1} (n) \\ \end{pmatrix} \\ \end{split} $$
この並び替えにより、$\det {}^t A$ は次のようになります。
$$ \begin{split} \det {}^t A &= \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{\sigma(1) \, 1} \cdots a_{\sigma(n) \, n} \\ &= \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma^{-1} (1)} \cdots a_{n \, \sigma^{-1} (n)} \\ \end{split} $$
(3)元の行列式(定義式の形)の抽出
最後に、もとの行列の行列式 $\det A$ の形を抽出します。
上記の考察と置換の符号の性質を用いて $\text{det} A$ の形を作ります。
$$ \begin{split} \det {}^t A &\overset{(\text{i})}{=} \sum_{\sigma \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma^{-1} (1)} \cdots a_{n \, \sigma^{-1} (n)} \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \sum_{\sigma^{-1} \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma^{-1}) \; a_{1 \, \sigma^{-1} (1)} \cdots a_{n \, \sigma^{-1} (n)} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \det A \end{split} $$($\text{ii}$)置換の符号の性質より、次が成り立つことによります。
$$ \begin{gather*} \text{sgn} (\sigma) = \text{sgn} (\sigma^{-1}) \end{gather*} $$- すなわち、逆置換の符号はもとの置換の符号に等しくなります(定理 3.6(置換の符号))。
- また、$\sigma$ が全単射であることから $\sigma^{-1}$ も全単射であり、$\sigma$ が $S_n$ 全体をわたるとき、$\sigma^{-1}$ もまた $S_n$ 全体をわたります。
- したがって、$\sigma \in S_n$ に関する和を $\sigma^{-1} \in S_n$ に関する和として置き換えても問題ないというわけです。
($\text{iii}$)ここまでの変形により、元の行列 $A$ の行列式の形が得られましたので、これを抽出します。次の式は $A$ の行列式の定義式に他なりません。
$$ \begin{gather*} \det A = \displaystyle \sum_{\sigma^{-1} \; \in \; S_n} \text{sgn} (\sigma^{-1}) \; a_{1 \, \sigma^{-1} (1)} \cdots a_{n \, \sigma^{-1} (n)} \end{gather*} $$
以上から $\det {}^t A = \det A$ となり、題意が示されました。
まとめ
- 転置行列の行列式は、もとの行列の行列式に等しい。
- 行列式の性質は行と列に関して対称的。
- 行に関するして成り立つ行列式の性質は列に関しても成り立つ。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.