行列式の性質(7)

行列式の性質に関する諸定理を導きます。ここでは、前項で示した定理 3.16(零行列をブロックにもつ行列の行列式)の系として、$0$ を含む行列の行列式に関する命題を示します。

$0$ を含む行列の行列式


系 3.17($0$ を含む行列の行列式)

正方行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ の第 $1$ 列の成分が $(1, 1)$ 成分を除いてすべて $0$ であるとき、次が成り立つ。

$$ \begin{equation} \tag{3.5.15} \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; 0 & a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation} $$



(3.5.15)式の左辺は $n$ 次正方行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ の行列式であり、右辺は $(n - 1)$ 次正方行列の行列式に係数 $a_{11}$ が掛かったものです。すなわち、この系は、$A$ の第 $1$ 列の成分が $(1, 1)$ 成分を除いてすべて $0$ であるとき、$A$ の行列式を次数の $1$ つ低い行列の行列式に帰着できることを示しています。このように行列式の次数を下げることは、具体的に与えられた行列式の計算において大変重要かつ便利です。実際、行列式の計算手順の項でも触れますが、具体的に与えられた行列式を計算する際は、$0$ が多く含まれる列(または行)をいかに作るかが肝になります。

この定理は定理 3.16(零行列をブロックに持つ行列の行列式)の系であり、定理 3.16から直ちに導くことができます(証明 1)。一方で、定理 3.16とは独立に行列式の定義から直接導くこともできますので、その方法を証明 2)として示します。



証明 1(定理 3.16を用いる方法)

定理 3.16より、次が成り立つ。

$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; 0 & a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} &= \vert \, a_{11} \, \vert \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &= a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \quad \quad \square \end{split} $$


定理 3.16における $A, B, C, O$ を次のように置けば直ちに示すことができます。定理 3.16を適用できることは、$A$ と $B$ がともに正方行列であることから確かめられます。ここで便宜上、$A$ を $1$ 次の正方行列($1$ つしか成分のない行列)として取り扱っている点に注意が必要です。

$$ \begin{array} {ccc} A = ( \, a_{11} \, ) \; , && C = \begin{pmatrix} \; a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \end{pmatrix} \\ \\ O = \begin{pmatrix} \; 0 \; \\ \vdots \\ 0 \end{pmatrix}, && B = \begin{pmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{pmatrix} \end{array} $$



証明 2(行列式の定義による方法)

行列式の定義より、次が成り立つ。

$$ \begin{align*} \vert \, A \, \vert = \sum_{\sigma \in S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ \end{align*} $$

$A = (\, a_{ij} \,)$ において、$2 \leqslant i \leqslant n$ であるとき、$\sigma (i) = 1$ ならば $a_{i \, \sigma (i)} = 0$ であるから、和は $2 \leqslant \sigma(i) \leqslant n$ の場合のみ考えればよい。また、$\sigma$ は全単射であるから、$i = 1$ ならば $\sigma(i) = 1$ となる。すなわち、$\tau$ を $\lbrace 2, \cdots, n \rbrace$ 上の置換として $\sigma = \tau$ が成り立つ。したがって、

$$ \begin{split} \vert \, A \, \vert &= \sum_{\tau \in S_{n-1}} \text{sgn} (\tau) \; a_{11} \, a_{2 \, \tau (2)} \, \cdots \, a_{n \, \tau (n)} \\ &= \; a_{11} \cdot \sum_{\tau \in S_{n-1}} \text{sgn} (\tau) \; a_{2 \, \tau (2)} \, \cdots \, a_{n \, \tau (n)} \\ &= a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \quad \quad \quad \square \end{split} $$



証明の骨子

行列式の定義置換が全単射であることを用いて証明します。考え方は定理 3.16(零行列をブロックに持つ行列の行列式)と同じです。

  • 左辺を行列式の定義に従って表します。

    $$ \begin{align*} \vert \, A \, \vert = \sum_{\sigma \in S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ \end{align*} $$

  • 定理の仮定により $\sigma \in S_{n}$ に関する和を見直します。

    • まず、$i$ を $A$ の行番号として、$2 \leqslant i \leqslant n$ の場合について考えます。

      • $A$ の第 $1$ 列の成分は $(1, 1)$ 成分を除いてすべて $0$ であるので、$A$ の $(i, j)$ 成分 $a_{ij}$ について、$2 \leqslant i \leqslant n$ かつ $j=1$ ならば $a_{ij} = 0$ となります。
      • したがって、$2 \leqslant i \leqslant n$ かつ $\sigma(i) = 1$ であるならば、$a_{i \, \sigma(i)} = 0$ となり、このとき $\text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma(1)} \, \cdots \, a_{i \, \sigma(i)} \, \cdots \, a_{(n) \, \sigma(n)} = 0$ となることがわかります。つまり、このような場合は、和に含めなくて良いということです。
      • よって、$2 \leqslant i \leqslant n$ かつ $2 \leqslant \sigma(i) \leqslant n$ となる場合のみ和を考えればよい、ということがわかります。
    • 次に、$i =1$ の場合について考えます。

      • 上の考察から、$2 \leqslant i \leqslant n$ であるときは、$2 \leqslant \sigma(i) \leqslant n$ となる場合しか和に含めないこととしました。これは、$i$ が $2 \sim n$ の範囲にあれば $\sigma(i)$ も $2 \sim n$ の範囲にあるということと捉えられます。また、集合として $\lbrace \sigma(2), \cdots, \sigma(n) \rbrace = \lbrace 2, \cdots, n \rbrace$ であると考えても同じです。
      • $\sigma$ は全単射である(置換の定義)ので、$i$ が $2 \sim n$ の範囲にあれば $\sigma(i)$ も $2 \sim n$ の範囲にあるということは、$i = 1$ であれば $\sigma(i) = 1$ でなければならないということです
      • すなわち、$i = 1$ かつ $\sigma(i) = 1$ となる場合のみ和を考えればよいということです。
    • 以上の考察から、$\sigma$ が次のような置換である場合に限って和をとればよいことがわかります。すなわち、$\sigma$ は $1$ の行き先が $1$ に固定されている置換であり、$(n-1)$ 次の置換に等しいといえます。よって、$\sigma \in S_n$ に関する和は、$\tau \in S_{n-1}$ に関する和に見直すことができます。

      $$ \begin{align*} \sigma =\begin{pmatrix} 1 & 2 & \cdots & n \\ 1 & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n) \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$

    • したがって、$\vert \, A \, \vert$ は以下のようになります。

      $$ \begin{split} \vert \, A \, \vert &= \sum_{\sigma \in S_n} \text{sgn} (\sigma) \; a_{1 \, \sigma (1)} \, a_{2 \, \sigma (2)} \, \cdots \, a_{n \, \sigma (n)} \\ &= \sum_{\tau \in S_{n-1}} \text{sgn} (\tau) \; a_{11} \, a_{2 \, \tau (2)} \, \cdots \, a_{n \, \tau (n)} \\ &= \; a_{11} \cdot \sum_{\tau \in S_{n-1}} \text{sgn} (\tau) \; a_{2 \, \tau (2)} \, \cdots \, a_{n \, \tau (n)} \\ &= a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{split} $$

      • $3$ 行目において、$a_{11}$ は置換 $\tau$ によらず固定されていますので、和の記号の外に出ます。
    • 以上から $\vert \, A \, \vert = a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix}$ が得られ、題意が示されました。


定理 3.16(零行列をブロックに持つ行列の行列式)に先立って系 3.17を得たい場合などは、このように、行列式の定義に則ってこれを導くことができます。また、前項に示した通り、定理 3.14(写像としての行列式)系 3.17から、定理 3.16を導くことができます。しかしながら、定理 3.16系 3.17の証明の考え方は同じですので、どちらを先に示してもあまり差はありません。


まとめ

  • 正方行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ の第 $1$ 列の成分が $(1, 1)$ 成分を除いてすべて $0$ であるとき、次が成り立つ。
    $$ \begin{equation*} \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; 0 & a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} = a_{11} \cdot \begin{vmatrix} \; a_{22} & \cdots & a_{2n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2022-12-11   |   改訂:2024-08-22