ベクトル空間の性質(1)
前項で定義したベクトル空間の性質ともいえる諸定理を示します。
以下に示す定理は一見して明らかな事実や演算規則のように見えますが、確かにベクトル空間の公理のみから導出されるものであることを確認しておくことが重要です。
ベクトル空間の公理からわかること
定理 4.1(零ベクトルと逆ベクトルの一意性)
ベクトル空間において、零ベクトルと逆ベクトルは一意に定まる。
証明 4.1
仮に、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + \bm{0}^{\prime} = \bm{v}$ となる $\bm{0}^{\prime} \in V$ が存在し、$\bm{0}^{\prime} \neq \bm{0}$ であるとすると、
より $\bm{0}^{\prime} = \bm{0}$ となり、仮定に矛盾する。よって、零ベクトル $\bm{0}$ は一意に定まる。また、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + (-\bm{v}^{\prime}) = \bm{0}$ となる $-\bm{v}^{\prime} \in V$ が存在し、$-\bm{v}^{\prime} \neq -\bm{v}$ であるとすると、
より $\bm{0}^{\prime} = \bm{0}$ となり、仮定に矛盾する。よって、任意の $\bm{v}$ に対して逆ベクトル $-\bm{v}$ は一意に定まる。$\quad \square$
証明の骨子 4.1
背理法を用いて示します。それぞれベクトル空間の公理のみから導出しなければいけません。
まず零ベクトルについて示します。
ベクトル空間 $V$ に $2$ つの異なる零ベクトル $\bm{0}$ と $\bm{0}^{\prime}$ が存在すると仮定します。このとき、以下が成り立つはずです。
$$ \begin{array} {cl} (\text{i}) & \bm{0}^{\prime} \neq \bm{0} \\ (\text{ii}) & \bm{v} + \bm{0} = \bm{v} \\ (\text{iii}) & \bm{v} + \bm{0}^{\prime} = \bm{v} \\ \end{array} $$仮定とベクトル空間の公理より、矛盾を導きます。
$$ \begin{align*} \bm{0}^{\prime} \overset{(1)}{=} \bm{0}^{\prime} + \bm{0} \overset{(2)}{=} \bm{0} + \bm{0}^{\prime} \overset{(3)}{=} \bm{0} \end{align*} $$- ($\text{1}$)は、仮定($\text{ii}$)において $\bm{v} = \bm{0}^{\prime}$ とした式に相当します。
- ($\text{2}$)は、ベクトル空間の公理($\text{ii}$)によります。公理($\text{ii}$)は、ベクトル空間において交換法則が成り立つことを要求するものでした。
- ($\text{3}$)は、仮定($\text{iii}$)において $\bm{v} = \bm{0}$ とした式に相当します。
以上の考察から、$\bm{0}^{\prime} = \bm{0}$ が導かれますが、これは $2$ つの異なる零ベクトルが存在するとする仮定($\text{i}$)に矛盾します。よって、零ベクトルが一意に定まることが示されました。
同様にして逆ベクトルについて示します。
任意の $\bm{v} \in V$ に対して、$2$ つの異なる逆ベクトル $-\bm{v}$ と $-\bm{v}^{\prime}$ が存在すると仮定します。このとき、以下が成り立つはずです。
$$ \begin{array} {cl} (\text{i}) & -\bm{v}^{\prime} \neq -\bm{v} \\ (\text{ii}) & \bm{v} + (-\bm{v}) = \bm{0} \\ (\text{iii}) & \bm{v} + (-\bm{v}^{\prime}) = \bm{0} \\ \end{array} $$仮定とベクトル空間の公理より、矛盾を導きます。
$$ \begin{align*} -\bm{v}^{\prime} &\overset{(1)}{=} -\bm{v}^{\prime} + \bm{0} \overset{(2)}{=} -\bm{v}^{\prime} + \{ \bm{v} + (-\bm{v}) \} \\ &\overset{(3)}{=} \{ -\bm{v}^{\prime} + \bm{v} \} + (-\bm{v}) \overset{(4)}{=} \bm{0} + (-\bm{v}) \overset{(5)}{=} -\bm{v} \end{align*} $$- ($\text{1}$)は、ベクトル空間の公理($\text{iii}$)によります。公理($\text{iii}$)は、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + \bm{0} = \bm{v}$ となる $\bm{0}$(零ベクトル)が存在することを要求するものでした。この式において、任意の $\bm{v}$ を $-\bm{v}^{\prime}$ とすることで($\text{1}$)が得られます。
- ($\text{2}$)は、上で得られた式に、仮定($\text{ii}$)を適用することで得られます。
- ($\text{3}$)は、ベクトル空間の公理($\text{i}$)によります。公理($\text{i}$)は、ベクトル空間において結合法則が成り立つことを要求するものでした。
- ($\text{4}$)は、上で得られた式に、仮定($\text{iii}$)を適用することで得られます。
- ($\text{5}$)は、ベクトル空間の公理($\text{iii}$)によります。($\text{1}$)と同様に、公理($\text{iii}$)において任意の $\bm{v}$ を $-\bm{v}$ とすることで($\text{5}$)が得られます。
以上の考察から、$-\bm{v}^{\prime} = -\bm{v}$ が導かれますが、これは、2つの異なる逆ベクトルが存在するとする仮定($\text{i}$)に矛盾します。よって、逆ベクトルが一意に定まることが示されました。
定理 4.2(ベクトルの演算 $1$)
$V$ をベクトル空間とする。任意の $\bm{v} \in V$ と $c \in K$ に対して、次が成り立つ。
証明 4.2
($\text{i}$)任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + 0 \bm{v} = (1 + 0) \bm{v} = 1 \bm{v} = \bm{v}$ であるから、$0 \bm{v}$ は零ベクトルに等しい。また、零ベクトルは一意的であるから、$0 \bm{v} = \bm{0}$ である。 ($\text{ii}$)任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + (-1) \bm{v} = \{1 + (-1)\} \bm{v} = 0 \bm{v} = \bm{0}$ であるから、$(-1) \bm{v}$ は $\bm{v}$ の逆ベクトルである。また、逆ベクトルは一意的であるから、$(-1) \bm{v} = -\bm{v}$ である。 ($\text{iii}$)$-\bm{v} \in V$ に対して $-\bm{v} + \bm{v} = \{(-1) + 1\} \bm{v} = 0 \bm{v} = \bm{0}$ であるから、$-\bm{v}$ の逆ベクトルは $\bm{v}$ である。よって、$-(-\bm{v}) = \bm{v}$ である。 ($\text{iv}$)任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + c \, \bm{0} = \bm{v} + c \, (0 \bm{v}) = \bm{v} + (c \, 0) \bm{v} = \bm{v} + 0 \bm{v} = (1 + 0) \bm{v} = 1 \bm{v} = \bm{v}$ であるから、$c \, \bm{0}$ は零ベクトルに等しい。また、零ベクトルは一意的であるから、$c \, \bm{0} = \bm{0}$ である。$\quad \square$
証明の骨子 4.2
ベクトル空間の公理を用いて導出します。それぞれの式の趣旨(どういう意味合いか)を考えると証明の方向性が定まります。
- ($\text{i}$)は「$0 \, \bm{v}$ は零ベクトルに等しい」ことを表していると捉えることができます。
ベクトル空間の公理($\text{iii}$)より、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + \bm{0} = \bm{v}$ となるのが零ベクトル $\bm{0}$ ですので、$0 \, \bm{v}$ がこの要件を満たすことを示せばよいということです。
したがって、任意の $\bm{v} \in V$ と $0 \bm{v}$ の和が $\bm{v}$ に等しいことを導きます。
$$ \bm{v} + 0 \bm{v} \overset{(1)}{=} (1 + 0) \bm{v} \overset{(2)}{=} 1 \bm{v} \overset{(3)}{=} \bm{v} $$- ($\text{1}$)はベクトル空間の公理($\text{v}$)によります。
- ($\text{2}$)はスカラーの和の演算です。
- ($\text{3}$)はベクトル空間の公理($\text{viii}$)によります。
上の考察から、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + 0 \, \bm{v} = \bm{v}$ となりますので、$0 \, \bm{v}$ は零ベクトルになります。また、定理 4.1より零ベクトルは一意的であるので、$0 \,\bm{v} = \bm{0}$ となります。
- ($\text{ii}$)の趣旨は「$(-1) \bm{v}$ は $\bm{v}$ の逆ベクトルである」と捉えることができます。
ベクトル空間の公理($\text{iv}$)より、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + -\bm{v} = \bm{0}$ となるのが逆ベクトル $-\bm{v}$ ですので、$(-1) \bm{v}$ がこの要件を満たすことを示せばよいということです。
したがって、任意の $\bm{v} \in V$ と $(-1) \bm{v}$ の和が $\bm{0}$ に等しいことを導きます。 $$ \bm{v} + (-1) \bm{v} \overset{(1)}{=} \{1 + (-1)\} \bm{v} \overset{(2)}{=} 0 \bm{v} \overset{(3)}{=} \bm{0} $$
- ($\text{1}$)はベクトル空間の公理($\text{v}$)によります。
- ($\text{2}$)はスカラーの和の演算です。
- ($\text{3}$)は $1$ つ上で示した式($\text{i}$)によります。
上の考察から、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + (-1) \bm{v} = \bm{0}$ となりますので、$(-1) \bm{v}$ は $\bm{v}$ の逆ベクトルになります。また、定理 4.1より逆ベクトルは一意的であるので、$(-1) \bm{v} = -\bm{v}$ となります。
- ($\text{iii}$)の趣旨は「$-\bm{v}$ の逆ベクトルは $\bm{v}$ である」と捉えることができます。
ベクトル空間の公理($\text{iv}$)より $-\bm{v} \in V$ ですので、$-\bm{v}$ に対しても逆ベクトルが存在するはずです。そこで、$\bm{v}$ が $-\bm{v}$ の逆ベクトルである要件を満たすことを示せばよいことがわかります。
つまり、$-\bm{v}$ と $\bm{v}$ の和が $\bm{0}$ に等しいことを導けば良いということです。
$$ -\bm{v} + \bm{v} \overset{(1)}{=} \{(-1) + 1\} \bm{v} \overset{(2)}{=} 0 \bm{v} \overset{(3)}{=} \bm{0} $$- ($\text{1}$)はベクトル空間の公理($\text{v}$)によります。
- ($\text{2}$)はスカラーの和の演算です。
- ($\text{3}$)は上で示した式($\text{i}$)によります。
上の考察から、$-\bm{v} \in V$ に対して $-\bm{v} + \bm{v} = \bm{0}$ となりますので、$-\bm{v}$ の逆ベクトル $-(-\bm{v})$ は $\bm{v}$ と等しくなります。すなわち、$-(-\bm{v}) = \bm{v}$ となります。
- ($\text{iv}$)の趣旨は「$c \, 0 \bm{0}$ は零ベクトルに等しい」と捉えることができます。
ベクトル空間の公理($\text{iii}$)より、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + \bm{0} = \bm{v}$ となるのが零ベクトル $\bm{0}$ ですので、$0 \bm{v}$ がこの要件を満たすことを示せばよいことがわかります。
つまり、任意の $\bm{v} \in V$ と $c \, \bm{0}$ の和が $\bm{v}$ に等しいことを導けば良いということです。
$$ \bm{v} + c \, \bm{0} \overset{(1)}{=} \bm{v} + c \, (0 \bm{v}) \overset{(2)}{=} \bm{v} + (c \, 0) \bm{v} \overset{(3)}{=} \bm{v} + 0 \bm{v} \overset{(4)}{=} (1 + 0) \bm{v} \overset{(5)}{=} 1 \bm{v} \overset{(6)}{=} \bm{v} $$- ($\text{1}$)は上で示した式($\text{i}$)によります。
- ($\text{2}$)はベクトル空間の公理($\text{vii}$)によります。
- ($\text{3}$)はスカラーの積の演算です。
- ($\text{4}$)はベクトル空間の公理($\text{v}$)によります。
- ($\text{5}$)はスカラーの和の演算です。
- ($\text{6}$)はベクトル空間の公理($\text{viii}$)によります。
上の考察から、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} + c \, \bm{0} = \bm{v}$ となりますので、$c \, \bm{0}$ は零ベクトルになります。また、定理 4.1より零ベクトルは一意的であるので、$c \, \bm{0} = \bm{0}$ となります。
($\text{i}$)$\sim$($\text{iv}$)は一見明らかな演算規則のように思われますが、あくまでベクトル空間の公理のみを前提として導出できることが確かめられました。
まとめ
- ベクトル空間において、零ベクトルと逆ベクトルは一意に定まる。
- $V$ をベクトル空間とする。任意の $\bm{v} \in V$ と $c \in K$ に対して、次が成り立つ。$$ \begin{align*} \begin{array} {ccl} (\text{i}) & 0 \, \bm{v} = \bm{0} \\ (\text{ii}) & (-1) \bm{v} = -\bm{v} \\ (\text{iii}) & -(-\bm{v}) = \bm{v} \\ (\text{iv}) & c \, \bm{0} = \bm{0} \\ \end{array} \end{align*} $$
参考文献
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[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
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[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.