線型写像の像と核(2)

前項で定義した線型写像の核の概念を用いて、線型写像が単射であることと同値な条件を表す定理を示します。

すなわち、「線型写像 $f$ が単射であるためには $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ であることが必要にして十分である」といえます。この定理は、ベクトル空間の次元や行列の階数に対する考察において、きわめて重要な役割を果たします。

線型写像が単射であることと同値な条件


定理 4.12(線型写像と単射)

線型写像 $f$ が単射であるための必要十分条件は $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ である。



線型写像 $f$ が単射であるためには $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ であることが必要にして十分であるといえます。$\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ とは、端的にいえば $\bm{0} \in W$ に移されるのは $\bm{0} \in V$ のみであるということです。

この定理の主張は $f$ が線型写像である場合に限り成り立ちます。仮に $f$ を(線型写像に限らない)一般の写像とすれば、 $f$ が単射であるためには、任意の $a, b \in V$ について $f(a) = f(b) \; \Rightarrow \; a = b$ である必要があります。すなわち、移った先の元($\in W$)が同じであればもとの元($\in V$)も同じであるということが任意の $V$ の元について成り立つ必要があります。一方で、定理 4.12が主張していることは、$f$ が線型写像であれば、$\bm{0} \in W$ に移される元が $\bm{0} \in V$ のみであるならば直ちに $f$ が単射であるといえるということです。任意の $V$ の元について調べる必要はありません。このような意味で大変便利な定理といえます。

下の証明に詳しくみますが、$f$ が線型写像である場合に限り単射の条件が簡単になるのは「線型写像は零ベクトルを零ベクトルに移す」という線型写像を特徴づける性質(定理 4.9(零ベクトルの像))により担保されています。



証明

$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とする。$f$ が単射であれば、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} \neq \bm{0}$ ならば $f(\bm{v}) \neq f(\bm{0}) = \bm{0}$ である。したがって $f(\bm{v}) = \bm{0}$ となる $V$ の元は $\bm{v} = \bm{0}$ に限られ、$\text{Ker} = \{ \bm{0} \}$ が成り立つ。逆に $\text{Ker} = \{ \bm{0} \}$ として、$\bm{v}, \bm{v}^{\prime} \in V$ が $f(\bm{v}) = f(\bm{v}^{\prime})$ を満たすとする。このとき $f(\bm{v} - \bm{v}^{\prime}) = f(\bm{v}) - f(\bm{v}^{\prime}) = \bm{0}$ であるから $\bm{v} - \bm{v}^{\prime} \in \text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ となり、$\bm{v} - \bm{v}^{\prime} = \bm{0}$ すなわち $\bm{v} = \bm{v}^{\prime}$ が成り立つ。したがって $f$ は単射である。$\quad \square$



証明の骨子

($\text{i}$)$f$ が単射であることと($\text{ii}$)$\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ の同値性を示します。(一般の写像が)単射であるための条件と線型写像の性質(定理 4.9(零ベクトルの像))を用いて証明できますが、単射であるための条件を上手く使い分けることで見通しが良くなります。

  • 証明に用いる前提事項は、次の通りです。

    • (一般の写像が)単射であるための条件。

      • $f : V \to W$ が単射であるとすると、任意の $\bm{v}, \bm{v}^{\prime} \in V$ に対して以下が成り立ちます。
      • ($\text{1}$)と($\text{2}$)はそれぞれの対偶であり同値です。
        $$ \begin{array} {clccl} (1) & f(\bm{v}) = f(\bm{v}^{\prime}) \Rightarrow \bm{v} = \bm{v}^{\prime} & \Leftrightarrow & (2) & \bm{v} \neq \bm{v}^{\prime} \Rightarrow f(\bm{v}) \neq f(\bm{v}^{\prime}) \end{array} $$

    • 線型写像の性質(定理 4.9(零ベクトルの像))。

      • $f$ は線型写像であるので、定理 4.9(零ベクトルの像)より、零ベクトルは零ベクトルに移されます。
        $$ \begin{array} {cl} (3) & f(\bm{0}) = \bm{0} \end{array} $$

  • ($\text{i}$)$\Rightarrow$($\text{ii}$)

    • $f$ が単射であることを仮定して、$\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ すなわち $\bm{0} \in W$ に移される元は $\bm{0} \in V$ のみであることを示します。
    • 前提事項($\text{2}$)と($\text{3}$)を用います。
      • 任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{v} \neq \bm{0}$ とすると、$f$ が単射であることから次が成り立ちます(前提事項($\text{2}$))。

        $$ \bm{v} \neq \bm{0} \Rightarrow f(\bm{v}) \neq f(\bm{0}) $$

      • $f$ が線型写像であることから $f(\bm{0}) = \bm{0}$ となります(前提事項($\text{3}$))。したがって、次が成り立ちます。

        $$ \bm{v} \neq \bm{0} \Rightarrow f(\bm{v}) \neq f(\bm{0}) = \bm{0} $$

      • よって $\bm{v} \neq \bm{0} \Rightarrow f(\bm{v}) \neq \bm{0}$ が成り立ちます。$\bm{v} \neq \bm{0}$ であれば $\bm{0} \in W$ に移されないということですから、$\bm{0} \in W$ に移されるのは $\bm{v} = \bm{0}$ の場合に限るということです。

    • 以上から $\text{Ker} = \{ \bm{0} \}$ が示されました。
  • ($\text{i}$)$\Leftarrow$($\text{ii}$)

    • 逆に、$\text{Ker} = \{ \bm{0} \}$ を仮定して $f$ が単射であることを示します。
    • 前提事項($\text{1}$)と($\text{3}$)を用います。
      • $f(\bm{v}) = f(\bm{v}^{\prime})$ を満たすような $\bm{v}, \bm{v}^{\prime} \in V$ が存在するとすると、$V$ はベクトル空間なので $\bm{v} - \bm{v}^{\prime} \in V$ であり $f$ は線型写像であることから、次が成り立ちます。

        $$ f(\bm{v} - \bm{v}^{\prime}) = f(\bm{v}) - f(\bm{v}^{\prime}) = \bm{0} $$

      • $f(\bm{v} - \bm{v}^{\prime}) = \bm{0}$ なので $\bm{v} - \bm{v}^{\prime} \in \text{Ker} f$ となります。

      • いま $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ を仮定していますので、$\bm{0} \in W$ に移される元は $\bm{0} \in V$ のみです。すなわち、次が成り立ちます。

        $$ \bm{v} - \bm{v}^{\prime} = \bm{0} \Leftrightarrow \bm{v} = \bm{v}^{\prime} $$

      • よって $f(\bm{v}) = f(\bm{v}^{\prime})$ ならば $\bm{v} = \bm{v}^{\prime}$ が成り立ちます。これは、$f$ が単射であることと同値な条件に他なりません(前提事項($\text{1}$))。

    • 以上から $f$ が単射であることが示されました。

$f$ が単射であることと同値な条件($\text{1}$)と($\text{2}$)を使い分けることで、証明を簡潔にすることができます。もちろん片方の条件のみを用いて示すこともできますが、その場合は仮定法を用いる必要などにより、少しだけ証明が長くなります。


まとめ

  • 線型写像 $f$ が単射であるための必要十分条件は $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ である。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-02-06   |   改訂:2024-08-24