線型結合と線型関係

ベクトルの線型結合とは、ベクトルのスカラー倍の和のことであり、それ自身がベクトルとなります。また、ベクトルの線型関係とは、線型結合により表されるベクトルの関係式です。

ここでは、ベクトルの線型結合と線型関係を定義し、ベクトルの線型結合が部分空間を生成する(張る)ことを示します。

線型結合と線型関係の定義

まず、ベクトルの線型結合と線型関係を定義します。


定義 4.6(線型結合と線型関係)

VV をベクトル空間とする。v1,,vkV\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \in Vc1,,ckKc_{1}, \cdots, c_{k} \in K に対して、c1v1++ckvkc_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} の形で表される VV の元を v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型結合(linear combination\text{linear combination})という。

また、v1,,vkV\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \in V の間の関係式 c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} = \bm{0}v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型関係(linear relation\text{linear relation})という。



解説

ベクトルの線型結合とは

ベクトルの線型結合とは、ベクトルのスカラー倍の和のことであり、一般に、c1v1++ckvkc_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} のように表されます。

ベクトルの線型結合もまたベクトル

ベクトル v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k}VV の元とすると、その線型結合 c1v1++ckvkc_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} もまた VV の元(ベクトル)に他なりません。これは、ベクトル空間 VV が和とスカラー倍の演算について閉じていることから明らかといえます(ベクトル空間の定義)。

用語について(線型結合、一次結合)

ベクトルの線型結合は、ベクトルの一次結合と呼ばれることもあります。

ベクトルの線型結合を多項式とみなせば、次数は高々 11 であるためです。すなわち、線型結合はベクトルに関する一次式とみなせるということです。このようなことから、線型結合は一次結合と呼ばれることもありますが、ここでは、英語の表現(linear combination\text{linear combination})に合わせて、線型結合と呼ぶことにします。

ベクトルの線型関係とは

ベクトルの線型関係とは、線型結合により表されるベクトルの間の関係式であり、一般に、c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} = \bm{0} のように表されます。

自明な線型関係と自明でない線型関係

上記の定義から、どのようなベクトルの間にも 必ず 線型関係が成り立つことがわかります。すなわち、c1==ck=0c_{1} = \cdots = c_{k} = 0 とすれば、どのような v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の組合せに対しても、c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} = \bm{0} が成り立つことは明らかです。

このような線型関係を自明な(trivial\text{trivial})線型関係といいます。また、c1==ck=0c_{1} = \cdots = c_{k} = 0 でないような線型関係を自明でない(non-trivial\text{non-trivial})線型関係といいます。

あるベクトルの組に対して、自明な線型関係しか存在しない(線型独立)か、自明でない線型関係が存在する(線型従属)かというのは、非常に重要な違いです。線形独立と線型従属という概念については、次項に改めて整理します。

線型関係は一次方程式とみなせる

線型結合が一次式(多項式)にみなせたのと同じように、線型関係は一次方程式とみなすことができます。

線型関係 c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v_{1}} + \cdots + c_{k} \, \bm{v_{k}} = \bm{0}c1,,ckKc_{1}, \cdots, c_{k} \in K に関する一次方程式とみなすと、c1==ck=0c_{1} = \cdots = c_{k} = 0 ならば、どのような v1,,vk\bm{v_{1}}, \cdots, \bm{v_{k}} に対しても線型関係が成り立つことは明らかです。すなわち、どのようなベクトルの組にも自明な線型関係が存在するということは、一次方程式 c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v_{1}} + \cdots + c_{k} \, \bm{v_{k}} = \bm{0} が自明な解を持つということに他なりません。


ベクトルの線型結合の基本的性質

次に、ベクトルの線型結合が部分空間を生成することを示します。


定理 4.16(線型結合)

ベクトル空間 VV の空でない部分集合 SS とすると、SS の元の線型結合全体は VV の部分空間である。



解説

線型結合が生成する部分空間

定理 4.16(線型結合)により定められる部分空間を、SS により生成(generate\text{generate})される部分空間、または SS により張られる部分空間といい、S\langle \, S \, \rangle などと表します。

定理 4.16において、SS は、VV の空でない部分集合です。要するに、SS はいくつかのベクトルからなる集合です。いま、S={v1,,vk}S = \{\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \, \} とすると、v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型結合の全体が、VV の部分空間になるというのが定理 4.6の主張です。

つまり、VV から(11 つ以上の)適当なベクトルを選んで、VV の部分空間を生成することができるというわけです。

線型結合の部分集合と部分空間

ここで、部分集合 SS と部分空間 S\langle \, S \, \rangle を混同しないよう注意が必要です。

SS は、いくつかのベクトルからなる(VV の)部分集合です。これに対して、S\langle \, S \, \rangle は、SS が生成する(VV の)部分空間です。

S={v1,,vk}S={c1v1++ckvk  |ciK,viS(i=1,,k)} \begin{align*} S &= \{\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \, \} \\ \langle \, S \, \rangle &= \left\{\, c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} \; \middle| \begin{array} {c} c_{i} \in K, \, \bm{v}_{i} \in S \\ (\, i = 1, \cdots, k \,) \end{array} \right\} \end{align*}

SS は、あくまで部分空間を生成するもととなるベクトルの部分集合であり、直ちに部分空間を表すものではありません。

線型結合が生成する部分空間の表記

線型結合にり生成される部分空間は、部分集合を表す文字 SS を用いずに表すこともできます。

SS により生成される部分空間は、v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} により生成される(張られる)部分空間に他なりません。したがって、次のように表すことができます。

S=v1,,vk \begin{gather*} \langle \, S \, \rangle = \langle \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \rangle \\ \end{gather*}



証明

S={v1,,vk}S = \{\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \, \} として、SS の元の線型結合全体の集合を S\langle \, S \, \rangle と表すとする。s1,s2Ss_1, s_2 \in \langle \, S \, \rangle とすると、s1,s2s_1, s_2 は、a1,,ak,a_{1}, \cdots, a_{k}, b1,,bkKb_{1}, \cdots, b_{k} \in K を用いて、次のように表せる。

s1=a1v1++akvk,s2=b1v1++bkvk \begin{align*} s_1 &= a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \, , \\ s_2 &= b_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + b_{k} \, \bm{v}_{k} \end{align*}

このとき、次が成り立つ。ただし、dKd \in K とする。

s1+s2=(a1v1++akvk)+(b1v1++bkvk)=(a1+b1)v1++(ak+bk)vkds1=d(a1v1++akvk)=(da1)v1++(dak)vk \begin{align*} s_1 + s_2 &= (\, a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ & \qquad + (\, b_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + b_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ &= (\, a_{1} + b_{1} \,) \, \bm{v}_{1} + \cdots + (\, a_{k} + b_{k} \,) \, \bm{v}_{k} \\ \\ d \, s_1 &= d \, (\, a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ &= (da_{1}) \, \bm{v}_{1} + \cdots + (da_{k}) \, \bm{v}_{k} \\ \end{align*}

したがって、s1+s2S,  ds1Ss_1 + s_2 \in \langle \, S \, \rangle, \; d \, s_1 \in \langle \, S \, \rangle であり、定理 4.5(部分空間の条件)より、S\langle \, S \, \rangleVV の部分空間である。\quad \square



証明の考え方

S\langle \, S \, \rangle を部分集合として、これが和とスカラー倍の演算について閉じていることを確かめます。

前提事項の整理

  • SSS\langle \, S \, \rangle を、次のように置きます。

    S={v1,,vk}S={c1v1++ckvk  |ciK,viS(i=1,,k)} \begin{align*} S &= \{\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \, \} \\ \langle \, S \, \rangle &= \left\{\, c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} \; \middle| \begin{array} {c} c_{i} \in K, \, \bm{v}_{i} \in S \\ (\, i = 1, \cdots, k \,) \end{array} \right\} \end{align*}

    • SSVV の部分集合であり、S\langle \, S \, \rangleSS の元の線型結合全体の集合です。
    • S\langle \, S \, \rangle が部分空間であることはまだ示されていません。

部分空間の条件を満たすことの確認

  • S\langle \, S \, \rangle が、ベクトルの和とスカラー倍の演算について閉じていることを確かめます。
  • 定理 4.5(部分空間の条件)により、s1,s2Ss1+s2S    ds1Ss_1, s_2 \in \langle \, S \, \rangle \Rightarrow s_1 + s_2 \in \langle \, S \, \rangle \; \land \; d \, s_1 \in \langle \, S \, \rangle が成り立つことを確かめます。ただし、dKd \in K とします。
    • s1,s2s_1, s_2S\langle \, S \, \rangle の元なので、どちらも v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型結合であり、それぞれ次のように表すことができます。ただし a1,,ak,a_{1}, \cdots, a_{k}, b1,,bkKb_{1}, \cdots, b_{k} \in K とします。

      s1=a1v1++akvk,s2=b1v1++bkvk \begin{align*} s_1 &= a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \, , \\ s_2 &= b_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + b_{k} \, \bm{v}_{k} \end{align*}

    • このとき、s1+s2s_1 + s_2ds1d \, s_1 は、それぞれ次のようになります。

      s1+s2=(a1v1++akvk)+(b1v1++bkvk)=(a1+b1)v1++(ak+bk)vkds1=d(a1v1++akvk)=(da1)v1++(dak)vk \begin{align*} s_1 + s_2 &= (\, a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ & \qquad + (\, b_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + b_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ &= (\, a_{1} + b_{1} \,) \, \bm{v}_{1} + \cdots + (\, a_{k} + b_{k} \,) \, \bm{v}_{k} \\ \\ d \, s_1 &= d \, (\, a_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{k} \, \bm{v}_{k} \,) \\ &= (da_{1}) \, \bm{v}_{1} + \cdots + (da_{k}) \, \bm{v}_{k} \\ \end{align*}

    • つまり、s1+s2s_1 + s_2ds1d \, s_1 は、どちらも v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型結合として表すことができ、ともに S\langle \, S \, \rangle の元であるといえます。

  • 以上から、S\langle \, S \, \rangle定理 4.5(部分空間の条件)を満たすため、VV の部分空間であることが確かめられました。

まとめ

  • VV をベクトル空間とする。v1,,vkV\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} \in Vc1,,ckKc_{1}, \cdots, c_{k} \in K に対して、v1,,vk\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{k} の線型結合と線型関係は、次のように定義される。
    • 線型結合:c1v1++ckvkc_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} により表されるベクトル。
    • 線型関係:c1v1++ckvk=0c_{1} \, \bm{v}_{1} + \cdots + c_{k} \, \bm{v}_{k} = \bm{0} により表される、ベクトル間の関係式。
  • ベクトル空間 VV の空でない部分集合 SS とすると、SS の元の線型結合全体は VV の部分空間である。
    • この部分空間を、SS により生成される(張られる)部分空間といい、S\langle \, S \, \rangle などと表す。

参考文献

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初版:2023-02-11   |   改訂:2025-03-15