行列式と線型独立性(1)
係数行列が正方行列であるとき、斉次連立一次方程式が自明でない解を持つためには、係数行列の行列式が 0 に等しいことが必要にして十分です。
また、この定理の対偶は、正方行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を示すものです。
斉次連立一次方程式と行列式#
定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)#
次の斉次連立一次方程式 Ax=0 が自明でない解を持つためには、∣A∣=0 であることが必要にして十分である。
⎩⎨⎧a11x1+a12x2+⋯+a1nxn=0a21x1+a22x2+⋯+a2nxn=0⋮an1x1+an2x2+⋯+annxn=0(4.3.2)
斉次連立一次方程式が自明でない解を持つ条件#
定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)は、係数行列 A が正方行列であるとき、「斉次連立一次方程式 Ax=0 が自明でない解を持つ」ことと、「A の行列式の値が 0 に等しい( ∣A∣=0 )」ことが同値であることを示しています。
ただし、定理 4.36は一般の斉次連立一次方程式に対して成り立つわけではありません。あくまで 係数列が正方行列である場合、すなわち、未知数の数と変数の数が等しい場合 に限られるという点に注意が必要です。
一般の斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件は、定理 4.23(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)の通りです。
すなわち、「未知数の数(n)が方程式の数(m)よりも大きい(n>m)」ことが、自明でない解を持つための条件(十分条件)です。
係数行列が正方行列である場合#
これに対して、定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)は、未知数の数(n)と方程式の数(m)が等しい(n=m)ことを前提として、斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための必要十分条件を示しています。
このような前提の違いから、それぞれの定理が適用できる場面は異なります。
一方で、下記に示す通り、定理 4.26の証明の考え方は定理 4.23(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)の証明と同じです。
正方行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件#
定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)の対偶は、正方行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を示しています。
定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)の対偶は、「斉次連立一次方程式 Ax=0 が自明でない解を持たないためには、∣A∣=0 であることが必要にして十分である」となります。
ここで、「Ax=0 が自明でない解を持たない」ということは「Ax=0 が自明な解(x=0)しか持たない」ということを意味しています。また、定理 3.22(逆行列を持つための条件)より、「∣A∣=0」ということは、「係数行列 A が正則である」ということに他なりません。
正則である(逆行列を持つ)ための条件#
したがって、定理 4.26(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)の対偶より、「正方行列 A が正則である(逆行列を持つ)ためには、A を係数行列とする斉次連立一次方程式 Ax=0 が自明な解しか持たないことが必要にして十分である」ということができます。
このように考えると、定理 4.26は、連立一次方程式の観点から、正方行列が正則であるための条件(必要十分条件)を示していると捉えられます。
関連する事項#
Ax=0 が自明でない解を持つとして、仮に ∣A∣=0 とすると、A は正則であり逆行列 A−1 を持つから、Ax=0 に左から A−1 をかけることで x=0 となる。これは Ax=0 が自明でない解を持つことに矛盾する。よって、Ax=0 が自明でない解を持つならば ∣A∣=0 である。
逆に、∣A∣=0 であれば Ax=0 が自明でない解を持つことを、数学的帰納法により示す。まず、n=1 のとき(4.3.2)式は a11x1=0 という一次方程式になる。このとき ∣A∣=a11=0 とすれば、任意の x1 に対して a11x1=0 が成り立つから(4.3.2)式は自明でない解を持つ。次に、n>1 として、n−1 の場合に定理の主張が成り立つと仮定して n の場合もこれが成り立つことを示す。A のすべての要素 aij(1⩽i,j⩽n) が 0 ならば、任意の x1,⋯,xn が(4.3.2)式を満たすので(4.3.2)式は自明でない解をもつ。そこで、aij のうち少なくとも 1 つ 0 でないものがある場合について考える。例えば a11=0 とすると、(4.3.2)式は次のように変形できる。
(∗)⎩⎨⎧a11x1+a12x2+⋯+a1nxn=0a22′x2+⋯+a2n′xn=0⋮am2′x2+⋯+amn′xn=0⎭⎬⎫(∗′) ここで、aij′=aij−a11ai1a1j である。逆に(∗)を変形することで(4.3.2)式が得られるので、(4.3.2)式と(∗)は同じ解を持つ。また、(∗)から 1 行目の方程式を除いた(∗′)の係数行列を A′ とおくと、(4.3.2)式の係数行列 A の行列式は次のように変形できる。
∣A∣=a11a21⋮an1a12a22⋮an2⋯⋯⋱⋯a1na2n⋮ann=a110⋮0a12a22′⋮an2′⋯⋯⋱⋯a1na2n′⋮ann′=a11a22′⋮an2′⋯⋱⋯a2n′⋮ann′=a11∣A′∣ いま a11=0 であるので、∣A∣=0 ならば ∣A′∣=0 である。また(∗′)は未知数と方程式の数がともに (n−1) 個の斉次連立一次方程式であるから、帰納法の仮定により自明でない解を持つ。これを x2=α2,⋯,xn=αn として、x1 を次のようにおくと、
x1=(−a11a12)α2+⋯+(−a11a1n)αn,x2=α2,⋯,xn=αn は、(∗)の自明でない解の 1 つである。(4.3.2)式と(∗)は同じ解を持つから、これは(4.3.2)式の自明でない解の 1 つでもある。a11 以外の係数が 0 でない場合も、和や方程式の順序を入れ替えることで同様のことが成り立つ。したがって、n>1 のときも(4.3.2)式は自明でない解を持つ。□
証明の考え方#
(i)Ax=0 が自明でない解を持つことと(ii)∣A∣=0 であることの同値性を示します。
(i)⇒(ii)の証明#
- 背理法を用いて証明します。
- Ax=0 が自明でない解を持ち、かつ ∣A∣=0 であると仮定します。これを論理記号で表せば 「(i)∧¬(ii)」 であり、すなわち 「(i)⇒(ii)」 の否定を仮定していることに相当します。
- 仮定より、x を自明でない解とすれば、Ax=0 かつ x=0 が成り立つはずです。
- 同じく仮定より、∣A∣=0 なので、A は正則であり逆行列 A−1 を持ちます。
- 仮定より矛盾を導きます。
x を自明でない解として Ax=0 に左から A−1 をかけると x=0 が得られますが、これは x=0 に矛盾します。
Ax=0⇒A−1Ax=A−10⇒Ex=0⇒x=0 以上から(i)Ax=0 が自明でない解を持つならば(ii)∣A∣=0 であることが示されました。
(i)⇐(ii)の証明#
n=1 の場合#
- (4.3.2)式は a11x1=0 という一次方程式になります。
- 係数行列は 1 つの要素のみからなり A=(a11) なので、∣A∣=∣a11∣=a11 となります。よって、仮定より ∣A∣=0 ならば a11=0 が成り立ちます。
- a11=0 であれば、任意の x1 に対して a11x1=0 が成り立ちます。このうち x1=0 であるものはすべて自明でない解になります。
- 以上から、∣A∣=0 であれば(4.3.2)式が自明でない解を持つことが確かめられました。
n>1 の場合#
n−1 のとき(i)⇐(ii)が成り立つと仮定して、n のときもこれが成り立つことを確かめます。
- すなわち、n−1 次の正方行列について(ii)∣A∣=0 ならば(i)Ax=0 が自明でない解を持つことを仮定し、これが n 次の正方行列にも成り立つことを示します。
まず、係数行列が零行列である場合を考えます。
- 係数行列が零行列であれば Ax=0 は自明でない解をもちます。
- A のすべての要素 aij(1⩽i,j⩽n) が 0 ならば、任意の x1,⋯,xn が(4.3.2)式を満たすからです。
- このことは、A=O ならば任意の x について Ox=0 が成り立つということから当然といえます。
次に、係数行列が零行列でない(aij のうち少なくとも 1 つが 0 でない)場合について考えます。
はじめに、(4.3.2)式を変形して、帰納法の仮定を用いることができる形、すなわち、(n−1) 個の方程式からなる斉次連立一次方程式の形をつくります。
例えば a11=0 とすると(4.3.2)式は次のように変形できます。
(∗)⎩⎨⎧a11x1+a12x2+⋯+a1nxn=0a22′x2+⋯+a2n′xn=0⋮an2′x2+⋯+ann′xn=0⎭⎬⎫(∗′) この変形は、(4.3.2)式の第 1 式に −a11a21 を掛けて第 2 式に加える、第 1 式に −a11a31 を掛けて第 3 式に加える ⋯ という操作を、第 n 式まで繰り返すことで得られます。
これは、消去法や掃出し法といった連立一次方程式の標準的な解法により、第 2 式から第 m 式までの x1 を消去するような操作に相当します。
変形により得られた新たな斉次連立一次方程式(∗)において、各係数は aij′=aij−a11ai1a1j と表せます。
(4.3.2)式と(∗)が同じ解を持つことを確認します。
- (4.3.2)式を変形することで(∗)を得ましたが、逆に(∗)を変形することで(4.3.2)式が得られます。
- すなわち、(∗)の第 1 式に a11a21 を掛けて第 2 式に加える、第 1 式に a11a31 を掛けて第 3 式に加える ⋯ という操作を第 n 式まで繰り返すことで(4.3.2)式が得られます。
- よって、(4.3.2)式と(∗)は同じ解を持つ連立一次方程式を変形したものといえます。
係数行列に着目して、連立一次方程式の変形と同様に、帰納法の仮定を用いることができる形に変形します。
(∗)から 1 行目の方程式を除いた(∗′)の係数行列を A′ とおきます。A′ は次のような (n−1,n−1) 型の正方行列になります。
A′=a22′⋮an2′⋯⋱⋯a2n′⋮ann′ すると(連立方程式の変形と同様に)係数行列の行列式についても次のように変形できます。
∣A∣=a11a21⋮an1a12a22⋮an2⋯⋯⋱⋯a1na2n⋮ann=(i)a110⋮0a12a22′⋮an2′⋯⋯⋱⋯a1na2n′⋮ann′=(ii)a11a22′⋮an2′⋯⋱⋯a2n′⋮ann′=a11∣A′∣ (i)は行列式の性質(定理 3.9(行列式の交代性)、系 3.11)による変形です。
すなわち「行列式のある行を定数倍したものを他の行に加えても、行列式の値は変わらない」という性質を繰り返し適用することで、第 1 行に −a11a21 を掛けて第 2 行に加える、第 1 行に −a11a31 を掛けて第 3 行に加える ⋯ という操作を、第 n 行まで繰り返すことで得られます。
これは、連立方程式の変形で行った操作と同等の操作を行列式で行っていることに相当します。したがって、行列式の各要素は aij′=aij−a11ai1a1j のようになります。
(ii)も行列式の性質(系 3.17(0 を含む行列の行列式))による変形です。
行列式の次数を 1 つ下げることで、帰納法の仮定を用いることができる形がえられました。
いま、仮定より a11=0 なので、∣A∣=0 ならば ∣A′∣=0 となります。また、(∗′)は未知数と方程式の数がともに (n−1) 個の斉次連立一次方程式であるから、帰納法の仮定により ∣A′∣=0 ならば(∗′)は自明でない解を持つといえます。
(∗′)の自明でない解を x2=α2,⋯,xn=αn とすれば、(∗)の第 1 式より、x1 は次のように定まります。
x1=(−a11a12)α2+⋯+(−a11a1n)αn つまり、x1,⋯,xn を次のようにおくと、これは(∗)の自明でない解の 1 つであるということになります。
x1=(−a11a12)α2+⋯+(−a11a1n)αn,x2=α2,⋯,xn=αn 先立って確認したように、(4.3.2)式と(∗)は同じ解を持ちますから、これは(4.3.2)式の自明でない解でもあるということになります。
a11=0 の場合について考えましたが、a11 以外の係数が 0 が 0 でない場合も、和や方程式の順序を入れ替えることで同様に示すことができます。
以上から(ii)∣A∣=0 ならば(i)Ax=0 が自明でない解を持つことが示されました。
まとめ#
- 次の斉次連立一次方程式が自明でない解を持つためには、∣A∣=0 が必要にして十分である(A は係数行列)。
⎩⎨⎧a11x1+a12x2+⋯+a1nxn=0a21x1+a22x2+⋯+a2nxn=0⋮an1x1+an2x2+⋯+annxn=0
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-02-26 | 改訂:2025-05-26