基底と次元の準備(1)
次節ではベクトル空間の基底と次元を定義します。その準備として、本節では線型従属なベクトルの組に関する一連の定理を示します。これらの定理は、ベクトル空間の基底の数(次元)が一意に定まることの根拠を与えるものです。
はじめに、斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件(十分条件)を示します。斉次連立一次方程式とベクトルの線型関係は本質的に同じであるため、この条件は、あるベクトルの組が線型従属であるための条件と同じになります。
斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件
定理 4.23(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)
ならば、次の斉次連立一次方程式は自明でない解を持つ。
解説
斉次連立方程式が自明でない解を持つ条件
未知数の数 が式の数 よりも多いとき、斉次連立一次方程式は自明でない解を持ちます。すなわち、 であることは斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための十分条件であるといえます。
自明な解と自明でない解
とすれば(4.3.1)式は常に成り立ちます。したがって、(4.3.1)式のような斉次連立一次方程式は必ず解を持ち、このような解を自明な解()といいます。
斉次連立一次方程式が自明でない解を持つということは、(4.3.1)式が 以外の解を持つということを意味しています。
斉次連立一次方程式が自明でない解を持つか否(自明な解しか持たない)かは、ベクトルの組が線型従属か否(線型独立)かということに対応しています。このことについては、次項に詳しくみます。
係数行列を用いた表記
(4.3.1)式は、係数行列を用いて と表せます。ここで、 は次のような 型の行列であり、 は 項列ベクトル、 は 項零ベクトルに対応しています。つまり、 です。
係数行列を用いると、定理 4.23(斉次連立一次方程式が自明でない解を持つための条件)は「 ならば、 は自明でない解を持つ」と非常にコンパクトに表すことができます。
証明
に関する数学的帰納法により証明する。まず、 のとき(4.3.1)式は次のようになる。
は自明でない解の
次に、
ここで、
は、(
証明の考え方
m = 1 m = 1 の場合の証明
ですので、(4.3.1)式は次のような一次方程式になります。m = 1 m = 1 a 11 x 1 + a 12 x 2 + ⋯ + a 1 n x n = 0 \begin{align} \tag{ } a_{11} x_{1} + a_{12} x_{2} + \cdots + a_{1n} x_{n} = 0 \end{align}∗ \ast 次に、(
)式の係数∗ \ast のうち少なくともa 11 , ⋯ , a 1 n a_{11}, \cdots, a_{1n} つが1 1 でない場合について考えます。0 0 例えば
とすると(a 11 ≠ 0 a_{11} \neq 0 )式は次のように変形できます。∗ \ast x 1 = ( − a 12 a 11 ) x 2 + ⋯ + ( − a 1 n a 11 ) x n \begin{align*} x_{1} = (-\frac{a_{12}}{a_{11}}) \, x_{2} + \cdots + (-\frac{a_{1n}}{a_{11}}) \, x_{n} \end{align*} ここで、仮に
とすれば、x 2 = ⋯ = x n = 1 x_{2} = \cdots = x_{n} = 1 と定まります。x 1 = − a 12 + ⋯ + a 1 n a 11 x_{1} = - \displaystyle \frac{a_{12} + \cdots + a_{1n}}{a_{11}} つまり、次のような
は(x 1 , ⋯ , x n x_{1}, \cdots, x_{n} )式の解の∗ \ast つであり、特に自明でない解であることがわかります。1 1 x 1 = − a 12 + ⋯ + a 1 n a 11 , x 2 = ⋯ = x n = 1 \begin{align*} x_{1} &= - \displaystyle \frac{a_{12} + \cdots + a_{1n}}{a_{11}}, \\ x_{2} &= \cdots = x_{n} = 1 \end{align*} ここまで、
の場合について考えましたが、和の順序を入れ替えることで、a 11 ≠ 0 a_{11} \neq 0 の場合についても同様に自明でない解を持つことがわかります。a 12 ≠ 0 , ⋯ , a 1 n ≠ 0 a_{12} \neq 0, \cdots, a_{1n} \neq 0
以上から、
のとき、(m = 1 m = 1 )式(すなわち(4.3.1)式)が自明でない解をもつことが示されました。∗ \ast
m > 1 m \gt 1 の場合の証明
- 数学的帰納法により、
の場合に定理の主張が成り立つことを仮定して、m − 1 m-1 の場合も定理の主張が成り立つことを示します。m m 個の方程式からなる斉次連立一次方程式は自明でない解を持つと仮定します。( m − 1 ) (m-1) - このとき、
個の方程式からなる斉次連立一次方程式も自明でない解を持つことを導きます。m m
(4.3.1)式のすべての係数が 0 0 に等しい場合
- まず、(4.3.1)式のすべての係数
がa i j ( 1 ⩽ i ⩽ m , 1 ⩽ j ⩽ n ) a_{ij} \; (\, 1 \leqslant i \leqslant m, \; 1 \leqslant j \leqslant n \,) である場合について考えます。0 0 - このとき、(4.3.1)式は自明でない解をもつことは明らかといえます。
(4.3.1)式の係数の少なくとも 1 1 つが 0 0 でない場合
- 次に、(4.3.1)式の係数
のうち少なくともa i j a_{ij} つが1 1 でない場合について考えます。0 0 - (4.3.1)式を変形して、帰納法の仮定を用いることができる形、すなわち、
個の方程式からなる斉次連立一次方程式の形をつくります。( m − 1 ) (m-1) 例えば
とすると、(4.3.1)式は次のように変形できます。a 11 ≠ 0 a_{11} \neq 0 ( ∗ ∗ ) { a 11 x 1 + a 12 x 2 + ⋯ + a 1 n x n = 0 a 22 ′ x 2 + ⋯ + a 2 n ′ x n = 0 ⋮ a m 2 ′ x 2 + ⋯ + a m n ′ x n = 0 } ( ∗ ∗ ′ ) \begin{align*} (\ast \ast) \; \, \left\{ \; \, \begin{align*} & a_{11} x_{1} + a_{12} x_{2} + \cdots + a_{1n} x_{n} = 0 \\ & \qquad \quad \, \left. \begin{alignat*} {3} & a^{\prime}_{22} x_{2} &+ \cdots &+ a^{\prime}_{2n} x_{n} &= 0 \\ &&& \vdots \\ & a^{\prime}_{m2} x_{2} &+ \cdots &+ a^{\prime}_{mn} x_{n} &= 0 \\ \end{alignat*} \; \, \right\} \; \, ({\ast \ast}^{\prime}) \end{align*} \right. \end{align*} (
)式は、(4.3.1)式の第∗ ∗ \ast \ast 式に1 1 を掛けて第− a 21 a 11 \displaystyle - \frac{a_{21}}{a_{11}} 式に加える、第2 2 式に1 1 を掛けて第− a 31 a 11 \displaystyle - \frac{a_{31}}{a_{11}} 式に加える3 3 という操作を、第⋯ \cdots 式まで繰り返すことで得られます。m m これは、消去法や掃出し法などといった連立一次方程式の標準的な解法により、第
式から第2 2 式までのm m を消去するような操作にあたります。x 1 x_{1} 変形により得られた(
)式において、各係数は∗ ∗ \ast \ast となります。a i j ′ = a i j − a i 1 a 11 a 1 j a^{\prime}_{ij} = a_{ij} - \displaystyle\frac{a_{i1}}{a_{11}} \, a_{1j}
- (4.3.1)式と(
)式が同じ解を持つことを確認しておきます。∗ ∗ \ast \ast - (4.3.1)式を変形することで(
)式を得ましたが、逆に(∗ ∗ \ast \ast )式を変形することで(4.3.1)式が得られます。∗ ∗ \ast \ast - すなわち、(
)式の第∗ ∗ \ast \ast 式に1 1 を掛けて第a 21 a 11 \displaystyle \frac{a_{21}}{a_{11}} 式に加える、第2 2 式に1 1 を掛けて第a 31 a 11 \displaystyle \frac{a_{31}}{a_{11}} 式に加える3 3 という操作を第⋯ \cdots 式まで繰り返すことで、(4.3.1)式が得られます。m m - よって、(4.3.1)式と(
)式は同じ解を持つといえます。∗ ∗ \ast \ast
- (4.3.1)式を変形することで(
- 帰納法の仮定を用いて、
の場合も定理の主張が成り立つことを示します。m m (
)式から∗ ∗ \ast \ast 行目の方程式を除いた(1 1 )式に着目します。∗ ∗ ′ {\ast \ast}^{\prime} ( ∗ ∗ ) { a 11 x 1 + a 12 x 2 + ⋯ + a 1 n x n = 0 a 22 ′ x 2 + ⋯ + a 2 n ′ x n = 0 ⋮ a m 2 ′ x 2 + ⋯ + a m n ′ x n = 0 } ( ∗ ∗ ′ ) \begin{align*} (\ast \ast) \; \, \left\{ \; \, \begin{align*} & a_{11} x_{1} + a_{12} x_{2} + \cdots + a_{1n} x_{n} = 0 \\ & \qquad \quad \, \left. \begin{alignat*} {3} & a^{\prime}_{22} x_{2} &+ \cdots &+ a^{\prime}_{2n} x_{n} &= 0 \\ &&& \vdots \\ & a^{\prime}_{m2} x_{2} &+ \cdots &+ a^{\prime}_{mn} x_{n} &= 0 \\ \end{alignat*} \; \, \right\} \; \, ({\ast \ast}^{\prime}) \end{align*} \right. \end{align*} (
)式は、未知数が∗ ∗ ′ {\ast \ast}^{\prime} 個、方程式が( n − 1 ) (n-1) 個の斉次連立一次方程式であるから、帰納法の過程により自明な解を持つといえます。( m − 1 ) (m-1) (
)式の自明でない解の∗ ∗ ′ {\ast \ast}^{\prime} つを1 1 とすると、(x 2 = α 2 , ⋯ , x n = α n x_{2} = \alpha_{2}, \cdots, x_{n} = \alpha_{n} )式の第∗ ∗ \ast \ast 式より、1 1 は次のように定まります。x 1 x_{1} x 1 = ( − a 12 a 11 ) α 2 + ⋯ + ( − a 1 n a 11 ) α n \begin{align*} x_{1} = (- \displaystyle \frac{a_{12}}{a_{11}}) \, \alpha_{2} + \cdots + (- \displaystyle \frac{a_{1n}}{a_{11}}) \, \alpha_{n} \end{align*} つまり、
を次のようにおくと、これは(x 1 , ⋯ , x n x_{1}, \cdots, x_{n} )式の自明でない解の∗ ∗ \ast \ast つであるということになります。1 1 x 1 = ( − a 12 a 11 ) α 2 + ⋯ + ( − a 1 n a 11 ) α n , x 2 = α 2 , ⋯ , x n = α n \begin{align*} x_{1} &= (- \displaystyle \frac{a_{12}}{a_{11}}) \, \alpha_{2} + \cdots + (- \displaystyle \frac{a_{1n}}{a_{11}}) \, \alpha_{n}, \\ x_{2} &= \alpha_{2}, \; \cdots, \; x_{n} = \alpha_{n} \end{align*} 先に確認したように(4.3.1)式と(
)式は同じ解を持ちますから、これは(4.3.1)式の自明でない解でもあるということになります。∗ ∗ \ast \ast
- いま
の場合について考えましたが、a 11 ≠ 0 a_{11} \neq 0 以外の係数がa 11 a_{11} でない場合も、和や方程式の順序を入れ替えることで同様に示すことができます。0 0 - 以上から、
のときも(4.3.1)式は自明でない解をもつことが示されました。m > 1 m \gt 1
まとめ
ならば、次の斉次連立一次方程式は自明でない解を持つ。n > m n \gt m { a 11 x 1 + a 12 x 2 + ⋯ + a 1 n x n = 0 a 21 x 1 + a 22 x 2 + ⋯ + a 2 n x n = 0 ⋮ a m 1 x 1 + a m 2 x 2 + ⋯ + a m n x n = 0 (4.3.1) \begin{equation*} \left\{ \; \, \begin{alignat*} {4} && a_{11} x_{1} &+ a_{12} x_{2} &+ \cdots &+ a_{1n} x_{n} &= 0 \\ && a_{21} x_{1} &+ a_{22} x_{2} &+ \cdots &+ a_{2n} x_{n} &= 0 \\ &&&& \vdots \\ && a_{m1} x_{1} &+ a_{m2} x_{2} &+ \cdots &+ a_{mn} x_{n} &= 0 \\ \end{alignat*} \right. \end{equation*} \tag{4.3.1}
参考文献
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[8] 雪江明彦. 代数学
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[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
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