基底と次元の定義(2)
ベクトル空間の基底の個数が一意に定まることを示します。また、基底の個数の一意性を根拠として、ベクトル空間の次元を定義します。
すなわち、ベクトル空間の次元とは、そのベクトル空間の基底の個数であり、ベクトル空間に対して一意に定まる数です。
基底を成すベクトルの数#
まず、ベクトル空間の基底をなすベクトルの数(基底の個数)が一意に定まることを示します。
定理 4.29(次元の一意性)#
V をベクトル空間とする。{v1,⋯,vm},{w1,⋯,wn} がともに V の基底であるならば、m=n である。
基底の取り方は無数にある#
ベクトル空間 V の基底とは、(1)「線型独立であり」かつ(2)「V を生成する」ようなベクトル(V の元)の組のことでした(基底の定義)。あるベクトルの組が V の基底であるためには、この 2 つの要件を満たせば良く、ベクトル空間 V に対してその基底のとり方は無数にあります。
基底の個数は一意に定まる(定理 4.29の主張)#
定理 4.29(次元の一意性)は、ベクトル空間 V に対して {v1,⋯,vm}, {w1,⋯,wn} という 2 つの異なる基底があるとき、基底を成すベクトルは異なっていても、その個数は等しいことを主張するものです。
つまり、ベクトル空間 V の基底のとり方は無数にあるが、どのようなとり方をしても基底の個数は一意に定まるということです。
{v1,⋯,vm} は V の基底であるから V を生成する。また、w1,⋯,wn は V の元であるから w1,⋯,wn∈⟨v1,⋯,vm⟩ であり、w1,⋯,wn は v1,⋯,vm の線型結合として表せる。いま、仮定より w1,⋯,wn は線型独立であるから、定理 4.25(線型従属なベクトルの組)より n⩽m である。同様にして、v1,⋯,vm は w1,⋯,wn の線型結合として表せ、v1,⋯,vm は線型独立であるから、定理 4.25より m⩽n である。したがって m=n である。□
証明の考え方#
定理 4.25(線型従属なベクトルの組)(より詳しくは、定理 4.25の対偶)を用いて証明します。
(1)n⩽m かつ(2)m⩽n が成り立つことから、m=n を導きます。
(1)n⩽m の証明#
- はじめに、w1,⋯,wn が v1,⋯,vm の線型結合として表せることを示します。
- {v1,⋯,vm} は V の基底であるので V を生成します。
- すなわち、V の任意の元は v1,⋯,vm の線型結合として表せるということです。
- いま、w1,⋯,wn は V の元なので、v1,⋯,vm の線型結合として表せるはずです。このことは w1,⋯,wn∈⟨v1,⋯,vm⟩ と表せます。
- 次に、定理 4.25(線型従属なベクトルの組)の対偶を適用します。
- 定理 4.25は、元々「 w1,⋯,wn が v1,⋯,vm の線型結合として表せるとき、n>m ならば w1,⋯,wn は線型従属である」というものです。
- この定理の趣旨は、「より個数の少ないベクトルの組(v1,⋯,vm)の線型結合として表せるベクトルの組(w1,⋯,wn)は線型従属である」と理解できます。
- 定理 4.25の対偶をとれば、「 w1,⋯,wn が v1,⋯,vm の線型結合として表せるとき、w1,⋯,wn は線型独立ならば n⩽m である」となります。
- 対偶の趣旨は、「線型独立なベクトルの組(w1,⋯,wn)は、もとのベクトル組と同じかそれよりも多い別のベクトルの組(v1,⋯,vm)の線型結合として表せる」ということと理解できます。
- いま考えている w1,⋯,wn と v1,⋯,vm は定理 4.25の対偶を適用するための条件を満たしています。
- 上記で確認した通り、w1,⋯,wn は v1,⋯,vm の線型結合として表せます。
- また、{w1,⋯,wn} も V の基底であることから w1,⋯,wn は線型独立です。
- したがって、n⩽m が成り立ちます。
- 定理 4.25の対偶より、「 w1,⋯,wn が v1,⋯,vm の線型結合として表せるとき、w1,⋯,wn が線型独立ならば n⩽m である」といえます。
(2)m⩽n の証明#
- 上記の考察において、{w1,⋯,wn} と {v1,⋯,vm} を入れ替えれば、同様にして m⩽n を導くことができます。
- すなわち、v1,⋯,vm は w1,⋯,wn の線型結合として表すことができ、かつ v1,⋯,vm は線型独立であることから、定理 4.25(線型従属なベクトルの組)の対偶により、m⩽n が成り立ちます。
証明のまとめ(m=n の証明)#
- 以上から、(1)n⩽m かつ(2)m⩽n 、したがって、m=n が成り立ちます。
- ともに V の基底である {v1,⋯,vm} と {w1,⋯,wn} が(1)「線型独立であり」かつ(2)「V を生成する」という基底の定義の条件をうまく使い分けて証明します。
- 定理 4.25(線型従属なベクトルの組)の対偶を用いるのがこの証明の要点であり、この定理の趣旨を理解していれば割とすんなり証明することができます。
次元の定義#
次に、基底の個数の一意性を根拠として、ベクトル空間の次元を定義します。
定義 4.9(ベクトル空間の次元)#
ベクトル空間 V が n 個の元からなる基底を持つとき、V の次元(dimension)は n であるといい、dimV=n と表す。
ベクトル空間の次元とは#
ベクトル空間の次元とは、ベクトル空間の基底を成すベクトルの個数のことです。
次元の定義(一意性)の根拠#
ベクトル空間の次元は、上記の定理 4.29(次元の一意性)を根拠に定義されます。
定理 4.29により、ベクトル空間の基底の個数が一意に定まることが示されているため、あるベクトル空間に対してその次元を一意に定めることができるというわけです。
ベクトル空間の次元と分類#
有限次元と無限次元#
ベクトル空間 V の次元は、その基底を構成するベクトルの個数により、次のように分類できます。
(
1)
V の基底が有限個のベクトルからなる場合。
(
2)
V が零ベクトルのみからなる(すなわち
V={0} である)場合。
(
3)
V の基底が無限個のベクトルからなる場合。
(1)および(2)のとき V は有限次元(finite dimensional)であるといい、(3)のとき V は無限次元(infinite dimensional)であるといいます。
零ベクトルのみからなるベクトル空間の次元#
(2)V={0} の場合、任意の c∈K について c0=0 であることから、零ベクトル 0(あるいは、零ベクトル 0 のみからなるベクトルの組 {0} )は線型独立ではありません。よって、V={0} は(普通に定義された)基底を持ちません。
このことから、有限次元のベクトル空間は必ずしも基底を持つとは限らないといえます。有限次元のベクトル空間が(1)有限個のベクトルからなる基底を持つ場合だけではなく(2)基底を持たない場合を含むためです。
このような複雑さを避け、記述に一貫性を持たせるために、V={0} ならば V は空集合 ϕ を基底にもつと考え、dimV=0 と定義する仕方もあります([2], [8] など)。
V={0} は基底を持たないとしても、空集合 ϕ を基底に持つとしても、論理の展開が大きく異なることはありません。しかしながら、V={0} の場合の取り扱いを曖昧にしてしまうと、論理の網羅性や一貫性が失われてしまう可能性があるため注意が必要です(例えば、定理 4.33(線型独立なベクトルと基底)や定理 4.34(生成元と基底)など)。
無限次元ベクトル空間の例#
無限次元のベクトル空間として、例えば、実数係数の多項式全体があります。
実数係数の多項式全体を V とすれば、V が和とスカラー倍に関するベクトル空間の公理を満たす、すなわちベクトル空間であることは簡単に確かめられます。また、単項式からなる集合 {1,x,x2,x3,⋯} を考えれば、これは(1)線型独立かつ(2)V を生成するベクトル(V の元)であるため、V の基底であることがわかります。
つまり、実数係数の多項式全体 V は、無限個の基底 {1,x,x2,x3,⋯} から成るベクトル空間であるといえます。
有限次元ベクトル空間の重要性#
ベクトル空間が有限個の元により生成されることを、有限生成(finitely generated)といいます。有限生成という語は、ベクトル空間に限らず、群や環、体などの代数系についても用いられるものです。有限生成であることは、有限個の元によってある代数的構造の全体が生成されることを意味してます。
線型代数学においては、主に有限次元ベクトル空間を取り扱います。無限次元ベクトル空間に関する考察はとても高度であり、通常取り扱いません。そのため、ほとんどの線型代数の教科書において、取り扱うベクトル空間は有限次元のものに限定されています([1], [2], [4], [6] など)。また、これをベクトル空間の公理として加えている場合もあります([1])。我々も、これらの教科書に倣って、以降、有限次元ベクトル空間のみを取り扱うこととします。
まとめ#
- V をベクトル空間とする。{v1,⋯,vm},{w1,⋯,wn} がともに V の基底であるならば m=n である。
- ベクトル空間 V が n 個の元からなる基底を持つとき、V の次元は n であるといい、dimV=n と表す。
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-03-02 | 改訂:2024-12-25