商ベクトル空間の次元
商ベクトル空間 V/W の次元は、もとのベクトル空間 V の次元から部分空間 W の次元を減じたものに等しくなります。
この定理は、商ベクトル空間の次元の基本的な性質を示すものであり、ジョルダン標準形に関する考察などにおいて有用です。
商ベクトル空間の次元#
定理 4.44(商ベクトル空間の次元)#
V をベクトル空間、W を V の部分空間とする。V の W による商ベクトル空間 V/W について、次が成り立つ。
dim(V/W)=dimV−dimW
商ベクトル空間の次元の基本的性質#
商ベクトル空間 V/W の次元は、もとのベクトル空間 V の次元から部分空間 W の次元を減じたものに等しくなります。
2通りの証明の違いと使い分け#
定理 4.44(商ベクトル空間の次元)の証明方法は、主に 2 つあります。
証明 1(次元の定義による証明)の利点#
次元の定義にしたがった 1 つ目の証明は、自然な写像や定理 4.43(部分空間により定められる集合)など、商ベクトル空間に関する基礎的な事項を用いた証明です。
また、証明 1は、商ベクトル空間の基底を得る方法を与えるものでもあります。この方法は、ジョルダン標準形に関する考察などにおいて重要となります。
例えば、[3] などでは証明 1に近しい内容の証明が示されています。
証明 2(線型写像の基本定理による証明)の利点#
2 つ目の証明は、自然な写像 f:V→V/W が線形写像であることから、定理 4.37(線型写像の基本定理)を用いる証明です。
証明 1と証明 2のいずれにおいても、V から V/W への自然な写像 f:V→V/W が存在することを用います(前項を参照)。したがって、定理 4.37(線型写像の基本定理)を先に示している場合、これを用いる方が合理的であり、当然、証明 2の方が簡潔な証明となります。
例えば、[9] などでは、このような流れの論理展開となっています。
2通りの証明#
証明 1(次元の定義による証明)#
w1,⋯,wn を W の基底をなすベクトルとすると dimW=n であり、W は V の部分空間であるから、定理 4.43(部分空間により定められる集合)より、w1,⋯,wn を拡大して V の基底を作ることができる。いま、v1,⋯,vm, w1,⋯,wn を V の基底をなすベクトルとすると、dimV=m+n である。また、V から V/W への自然な写像を f:V→V/W とすると、v1,⋯,vm∈V に対して f(v1)=v1+W,⋯,f(vm)=vm+W∈V/W が存在する。このとき、f(v1),⋯,f(vm) が V/W の基底であることを示す。
まず、任意の V/W の元は v∈V を用いて v+W と表せ、v は V の基底の線型結合として表せるから、次が成り立つ。
⇔v=c1v1+⋯+cmvm+d1w1+⋯+dnwnv−(c1v1+⋯+cmvm)=d1w1+⋯+dnwn よって、v−(c1v1+⋯+cmvm)∈W であり、このとき、
v+W=(c1v1+⋯+cmvm)+W=c1(v1+W)+⋯+cm(vm+W)=c1f(v1)+⋯+cmf(vm) が成り立つ。すなわち、任意の V/W の元は f(v1),⋯,f(vm) の線型結合として表せる。したがって、f(v1),⋯,f(vm) は V/W を生成する。
次に、c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)=0+W とすると、次が成り立つ。
⇔⇔⇔c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)c1′(v1+W)+⋯+cm′(vm+W)(c1′v1+⋯+cm′vm)+W(c1′v1+⋯+cm′vm)−0=0+W=0+W=0+W∈W すなわち、c1′v1+⋯+cm′vm∈W であり、c1′v1+⋯+cm′vm は w1,⋯,wn の線型結合で表すことができる。このとき、
⇔c1′v1+⋯+cm′vm=d1′w1+⋯+dn′wnc1′v1+⋯+cm′vm+(−d1′)w1+⋯+(−dn′)wn=0 が成り立つが、ここで、v1,⋯,vm, w1,⋯,wn は線型独立であるから、c1′=⋯=cm′=0, d1′=⋯=dn′=0 となる。よって、f(v1),⋯,f(vm) は線型独立である。
以上から、f(v1),⋯,f(vm) は V/W の基底であり、dim(V/W)=m 。したがって、dim(V/W)=dimV−dimW が成り立つ。□
証明の考え方 1#
まず、dimW=n として、定理 4.43(部分空間により定められる集合)により、W の基底を拡大して(1)V の基底を作ります。次に、V の基底として追加されたベクトルが m 個であるとして、それらの像が V/W の基底となることを示すことで(2)dim(V/W)=m を導きます。
これにより、次が成り立つことが示され、題意が示されたことになります。
dimV=m+n=dim(V/W)+dimW (1)V の基底の構築#
- まず、W の基底を拡大して V の基底を作ります。
- w1,⋯,wn を W の基底をなすベクトルとします。
- このとき、dimW=n となります。
- W は V の部分空間であるから、定理 4.43(部分空間により定められる集合)より、w1,⋯,wn を拡大して V の基底を作ることができます。
- W は V の部分空間であるので w1,⋯,wn∈V です。
- また、w1,⋯,wn は W の基底であるので、w1,⋯,wn は線型独立です。
- したがって、定理 4.33が適用でき、w1,⋯,wn に適当なベクトル(V の元)を加えて、V の基底を作ることができます。
- いま、w1,⋯,wn に対して、v1,⋯,vm を加えて V の基底を作るとします。
- すなわち、W の基底をなす n 個のベクトルに、m 個のベクトル v1,⋯,vm を加えて V の基底を作るということです。
- このとき、V は m+n 個のベクトルからなる基底を持つことになるので、dimV=m+n となります。
(2)dim(V/W)=m の証明#
- 次に、V の基底として追加された m 個のベクトルの像が V/W の基底となることを示します。
- V から V/W への自然な写像を f:V→V/W とすると、v1,⋯,vm∈V に対して f(v1),⋯,f(vm)∈V/W が存在し、f(v1)=v1+W,⋯,f(vm)=vm+W が成り立ちます。
- 既に、W と V の基底が得られており、それぞれの次元が dimW=n,dimV=m+n とわかっているので、V/W の基底を求めて dim(V/W)=m であることを示せば良いことがわかります。
- そこで、V/W の基底を得る足がかりとして、自然な写像 f:V→V/W を用います。
- 前項で述べたとおり、「自然な」写像は V と W により自ずから定まります。
- f(v1),⋯,f(vm) が V/W の基底であることを示します。
V/W を生成することの証明#
まず、f(v1),⋯,f(vm) が V/W を生成することを示します。
任意の V/W の元は、v∈V を用いて v+W と表せます。ここで、v は V の基底の線型結合として次のように表せます。
v=c1v1+⋯+cmvm+d1w1+⋯+dnwn 上記の式を変形すると次のようになり、v−(c1v1+⋯+cmvm)∈W が得られます。
⇔v=c1v1+⋯+cmvm+d1w1+⋯+dnwnv−(c1v1+⋯+cmvm)=d1w1+⋯+dnwn∈W このとき、v+W について、次が成り立ちます。
v+W=(i)(c1v1+⋯+cmvm)+W=(ii)c1(v1+W)+⋯+cm(vm+W)=(iii)c1f(v1)+⋯+cmf(vm) 上記により、任意の V/W の元が f(v1),⋯,f(vm) の線型結合として表せるといえます。
すなわち、f(v1),⋯,f(vm) は V/W を生成することが示されました。
線形独立性の証明#
次に、f(v1),⋯,f(vm) が線型独立であることを示します。
f(v1),⋯,f(vm) が自明でない線型関係をもたない(自明な線型関係しかもたない)ことを確かめます。
すなわち、c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)=0+W ならば c1′=⋯=cm′=0 であることを導きます。
c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)=0+W - 右辺が 0+W であるのは、V/W の零ベクトルが 0+W であるためです(商ベクトル空間がベクトル空間であることの確認)。
- 誤って c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)=0 としないように注意が必要です。左辺は V/W の元であるので、右辺を 0∈V とするのは適当ではありません。
いま、c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm) について、次が成り立ちます。
⟺(i)⟺(ii)⟺(iii)c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)c1′(v1+W)+⋯+cm′(vm+W)(c1′v1+⋯+cm′vm)+W(c1′v1+⋯+cm′vm)−0=0+W=0+W=0+W∈W よって、c1′v1+⋯+cm′vm∈W が得られます。すなわち、c1′v1+⋯+cm′vm は W の元であり、w1,⋯,wn の線型結合で表すことができるので、次が成り立ちます。
⇔c1′v1+⋯+cm′vm=d1′w1+⋯+dn′wnc1′v1+⋯+cm′vm+(−d1′)w1+⋯+(−dn′)wn=0 ここで、v1,⋯,vm, w1,⋯,wn は V の基底であり、線型独立であるので、c1′=⋯=cm′=0, d1′=⋯=dn′=0 となります。
すなわち、c1′f(v1)+⋯+cm′f(vm)=0+W ならば c1′=⋯=cm′=0 であるということになります。
よって、f(v1),⋯,f(vm) は線型独立であることが確かめられました。
証明のまとめ#
- 以上から、f(v1),⋯,f(vm) は V/W の基底であり、dim(V/W)=m であることが示されました。
- いま、dimV=m+n,dimW=n であるので、次が成り立ちます。これにより、題意が示されました。
⇔dimVdim(V/W)=m+n=dim(V/W)+dimW=dimV−dimW
証明 2(線型写像の基本定理による証明)#
V から V/W への自然な写像を f:V→V/W とすると、定理 4.37(線型写像の基本定理)より、dimV=dim(Kerf)+dim(Imf) が成り立つ。
ここで、w∈W とすると、w=w−0∈W であることから w+W=0+W が成り立つ。よって、w∈Kerf であり、W⊂Kerf が成り立つ。また、v∈Kerf とすると、f(v)=v+W=0+W であることから、v−0∈W が成り立つ。よって、v∈W であり、Kerf⊂W が成り立つ。したがって、Kerf=W である。また、商ベクトル空間 V/W の定義より、f は全射であり、Imf=V/W である。
以上から、dimV=dimW+dim(V/W) が成り立つ。□
証明の考え方 2#
自然な写像 f:V→V/W に対して、(1)定理 4.37(線型写像の基本定理)を適用すると、dimV=dim(Kerf)+dim(Imf) が成り立ちます。
ここで、(2)Kerf=W および(3)Imf=V/W であることを示せば、題意が示されたことになります。
(1)線形写像の基本定理の適用#
- 自然な写像 f:V→V/W は線形写像なので、定理 4.37(線型写像の基本定理)を適用できます(自然な写像が線形写像であることの確認を参照)。
- このとき、次が成り立ちます。
dimV=dim(Kerf)+dim(Imf)
(2)Kerf=W の証明#
- まず、W⊂Kerf を示します。
- w∈W とすると、w=w−0∈W であるので、定理 4.43(部分空間により定められる集合)より、w+W=0+W となります。
- したがって、f(w)=0+W となり、w∈Kerf が成り立ちます。
- すなわち、w∈W⇒w∈Kerf であるので、W⊂Kerf が成り立ちます。
- 次に、Kerf⊂W を示します。
- v∈Kerf とすると、f(v)=v+W=0+W となりますので、同じく定理 4.43(部分空間により定められる集合)より、v−0∈W となります。
- したがって、v∈W が成り立ちます。
- すなわち、w∈Kerf⇒w∈W であるので、Kerf⊂W が成り立ちます。
- W⊂Kerf かつ Kerf⊂W であることから、Kerf=W が成り立ちます。
(3)Imf=V/W の証明#
- Imf=V/W であることは、自然な写像 f が全射であることから明らかといえます(自然な写像が線形写像であることの確認を参照)。
- 上記の証明 2では省略していますが、このことは、次のようにして確かめられます。
- まず、Imf⊂V/W であることを確かめます。
- 自然な写像 f:V→V/W は写像であるので、任意の v∈V に対して、x=f(v) となる x∈V/W があります。
- 逆にこれを満たさない場合、f は写像の要件を満たさず、自然な写像 f:V→V/W が存在しないことになってしまいます。
- したがって、f(v)∈Imf⇒f(v)∈V/W となり、Imf⊂V/W が成り立ちます。
- 次に、V/W⊂Imf であることを確かめます。
- x∈V/W とすると、商ベクトル空間の定義より V/W={v+W∣v∈V} であるので、x=v+W となる v∈V が存在します。
- したがって、x=v+W=f(v) が成り立ち、x∈f(V)、すなわち x∈Imf となります。
- よって、x∈V/W⇒x∈Imf となり、V/W⊂Imf が成り立ちます。
- W⊂Imf かつ Imf⊂W であることから、Imf=W が成り立ちます。
証明のまとめ#
- 以上から、次が成り立ちます。これにより、題意が示されました。
⇔dimVdim(V/W)=dim(Kerf)+dim(Imf)=dimW+dim(V/W)=dimV−dimW
まとめ#
- V をベクトル空間、W を V の部分空間とする。V の W による商ベクトル空間 V/W について、次が成り立つ。
dim(V/W)=dimV−dimW
参考文献#
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-03-31 | 改訂:2025-01-09