基底の変換(1)
ベクトル空間の基底は正則行列によって関係付けられます。すなわち、()基底の線型結合で表されるベクトルが基底であることと()線型結合を表す行列が正則であることは同値です。
この定理は、基底の間の関係を線型結合の行列表記を用いて表現したものであり、基底の変換を定式化するために必要な準備でもあります。
基底の間の関係と正則行列
定理 4.48(基底の間の関係)
をベクトル空間、 を の基底とする。 個のベクトル が の基底であるためには、次の式を満たす行列 が正則であることが必要にして十分である。
解説
基底の間の関係
基底であることと同値な条件
定理 4.48(基底の間の関係)は、線型結合の行列表記を用いて()基底の線型結合で表されるベクトルの組が基底であることと()線型結合を表す行列が正則であることが同値であることを表しています。
具体的には、ベクトル空間 の基底 の線型結合として表されるベクトルの組() が の基底であることと()(4.6.3)式の行列 が正則であることは同値です。
また、端的に、「基底の線型結合の行列表示が正則であることは、線型結合で表されるベクトルが基底であるための必要十分条件である」ともいえます。
基底の間の関係は正則行列により表せる
このように考えると、定理 4.48(基底の間の関係)は、ベクトル空間の つの基底の間の関係が正則行列により表せることを示していると捉えられます。
すなわち、定理 4.48の条件()()は、 と という つのベクトルの組がともに の基底であれば、 つの基底の間の関係を表す正則行列が存在することを示している一方で、条件()()は、 の つの基底 があったとき、ある正則行列に対応してもう つの基底 が存在しうることを示している、と理解できます。
基底であるための前提条件
ベクトル空間の次元とベクトルの個数
定理 4.48(基底の間の関係)において、仮定より が の基底の つであるとわかっていますので、 は前提条件といえます。つまり、 とは別のベクトルの組が の基底であるためには、まずそのベクトルの組が 個のベクトルからなる必要があります。
定理 4.48の主張において、はじめから を 個のベクトルとしていますが、これは の基底であるための必要条件( 個のベクトルからなること)を満たすためといえます。
ここで、より一般に ( と限らない)として検討を始めてもよいですが、 であることより、 であれば は線型従属となり、 であれば は を生成できないことになります。つまり、結局 の場合のみ が の基底となる可能性があることなります。
したがって、 として検討を始めることにはあまり意味がありません。このような理由から、定理 4.48の主張において、はじめから を 個のベクトルとすることは妥当であるといえます。
線型結合を表す行列の存在
定理 4.48(基底の間の関係)において、(4.6.3)式を満たすような行列 が存在することは前提となっていますが、これも、 が の基底であることから明らか(妥当な前提条件)といえます。
いま、定理の仮定より は の基底であるので、任意の の元をその線型結合として表すことができます(定理 4.28(基底であることと同値な条件))。よって、(当然ながら) は の線型結合として表すことができ、これを線型結合の行列表記を用いて表せば、対応する 型の行列 が得られます。
したがって、定理 4.48の主張において、(4.6.3)式を満たすような行列 が存在することは前提として扱って問題ないといえます。
証明
が の基底であるとすると、 は を生成するから、 の元である は の線型結合として表せる。 を 型行列として、これをまとめて表せば、次のようになる。
このとき、(4.6.3)式より、次が成り立つ。
ここで、 とすれば、 は 型行列であり、 について、次が成り立つ。
いま、 は の基底であるので、 は線型独立であり、よって となる。したがって、 であり、 が成り立つ。同様にして、 とすると、 が の基底であることから が得られる。したがって、 は正則である。
逆に、(4.6.3)式において が正則であると仮定すると、 となる行列 が存在し、次が成り立つ。
すなわち、 は、次のように の線型結合として表せる。
ここで、 は の基底であるから、 が の線型結合として表せるということは、任意の の元が の線型結合として表せるということに他ならない。したがって、 は を生成する。また、仮に が線型従属であるとすると となるが、これは が の基底であることに矛盾する。したがって は線型独立である。よって、 は の基底である。
以上から、 が の基底であることと が正則であることは同値である。
証明の考え方
()「 が の基底である」ことと()「 が正則である」ことの同値性を示します。
()()と()()それぞれ、線型結合の行列表記と基底の定義にしたがって証明することができます。
()()の証明
- ()「 が の基底である」ことを仮定して、()「 が正則である」ことを導きます。
- が正則であることは、正則行列の定義にしたがって となる行列 が存在することにより示します。
前提条件の整理
- が の基底であるとすると、 は を生成します。すなわち、 ならば が成り立つといえます。
- したがって、 の元である は の線型結合として表せることになります。
- これを、線型結合の行列表記を用いてまとめて表すと、次のようになります。ここで は 型行列となります。
正則性の証明
が成り立つことを示し、A B = B A = E A B = B A = E が正則であることを示します。A A まず
を示します。B A = E B A = E 上記の(
)式と(4.6.3)式より、次が成り立ちます。∗ \ast ( w 1 , ⋯ , w n ) = ( v 1 , ⋯ , v n ) A = ( w 1 , ⋯ , w n ) B A \begin{split} (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A \\ &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) \, B A \\ \end{split} ここで、
とすればB A = C = ( c i j ) B A = C = (\, c_{ij} \,) はC C 型行列であり、上式は次のようになります。( n , n ) (n ,n) ( w 1 , ⋯ , w n ) = ( w 1 , ⋯ , w n ) C \begin{gather*} (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) \, C \end{gather*} - すなわち、
をまとめてw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の線型結合として表したとき、対応する行列がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} であると捉えることができます。C C - したがって、
について次のことが成り立つといえます。1 ⩽ j ⩽ n 1 \leqslant j \leqslant n w j = ∑ i n w i c i j ( 1 ⩽ j ⩽ n ) \begin{array} {cc} \bm{w}_{j} = \displaystyle \sum_{i}^{n} \, \bm{w}_{i} \, c_{ij} & (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array}
- すなわち、
に関する上式は、次のようにも表せます。すなわちw j \bm{w}_{j} がw j \bm{w}_{j} の線型結合として表せるということであり、左辺のw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} は右辺のw j \bm{w}_{j} 番目の項にも現れます。j j w j = c 1 j w 1 + ⋯ + c j j w j + ⋯ + c n j w n \begin{gather*} \bm{w}_{j} = c_{1j} \, \bm{w}_{1} + \cdots + c_{jj} \, \bm{w}_{j} + \cdots + c_{nj} \, \bm{w}_{n} \end{gather*} この式は、次のように変形すると
の線型関係としてみることができます。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} w j = c 1 j w 1 + ⋯ + c j j w j + ⋯ + c n j w n ⇔ c 1 j w 1 + ⋯ + ( c j j − 1 ) w j + ⋯ + c n j w n = 0 \begin{gather*} & \bm{w}_{j} = c_{1j} \, \bm{w}_{1} + \cdots + c_{jj} \, \bm{w}_{j} + \cdots + c_{nj} \, \bm{w}_{n} \\ \Leftrightarrow & c_{1j} \, \bm{w}_{1} + \cdots + (c_{jj} - 1) \, \bm{w}_{j} + \cdots + c_{nj} \, \bm{w}_{n} = \bm{0} \end{gather*} いま、仮定より
はw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の基底であり、V V は線型独立であるので、w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} は自明でない線型関係を持ちません(線形独立の定義)。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} したがって、上式において
であり、c 1 j = c 2 j = ⋯ = ( c j j − 1 ) = ⋯ = c n j = 0 c_{1j} = c_{2j} = \cdots = (c_{jj} - 1) = \cdots = c_{nj} = 0 ならばi ≠ j i \neq j 、c i j = 0 c_{ij} = 0 ならばi = j i = j となります。c j j = 1 c_{jj} = 1 仮に
を固定して(j j つの1 1 について)考えましたが、同様の考察がw j \bm{w}_{j} について成り立ちます。したがって1 ⩽ j ⩽ n 1 \leqslant j \leqslant n が成り立ちます。(c i j = δ i j c_{ij} = \delta_{ij} はクロネッカーのデルタです。)δ i j \delta_{ij} δ i j = { 1 ( i = j ) 0 ( i ≠ j ) \begin{align*} \delta_{ij} = \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (i = j) \\ 0 & (i \neq j) \end{array} \right. \end{align*} 以上から、
となり、C = ( δ i j ) = E C = (\, \delta_{ij} \,) = E が示されました。B A = E B A = E 同様に、
を示すことができます。A B = E A B = E 以上から、(
)「i \text{i} がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の基底である」という仮定から、V V となる行列A B = B A = E A B = B A = E が存在すること、すなわち(B B )「ii \text{ii} が正則である」ことが導かれました。A A
(i \text{i} )⇐ \Leftarrow (ii \text{ii} )の証明
- (
)「ii \text{ii} が正則である」ことを仮定して、(A A )「i \text{i} がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の基底である」ことを導きます。V V がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の基底であることは、定義にしたがって、(V V )1 1 がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} を生成し、かつ(V V )2 2 が線型独立であることにより示します。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n}
(1)V V を生成することの証明
(4.6.3)式において
が正則であると仮定すると、A A となる行列A B = B A = E A B = B A = E が存在し、次が成り立します。B = ( b i j ) B = (\, b_{ij} \,) ( w 1 , ⋯ , w n ) B = ( v 1 , ⋯ , v n ) A B ⇔ ( v 1 , ⋯ , v n ) = ( w 1 , ⋯ , w n ) B \begin{alignat*} {2} && (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) \, B &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A B\\ & \Leftrightarrow & (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) \, B \tag{ } \end{alignat*}∗ \ast すなわち、
は、次のようにv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の線型結合として表せるということです。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} v j = ∑ i n w i b i j ( 1 ⩽ j ⩽ n ) \begin{array} {cc} \bm{v}_{j} = \displaystyle \sum_{i}^{n} \, \bm{w}_{i} \, b_{ij} & (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} いま、
はv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の基底であるので、V V がv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の線型結合として表せるということは、任意のw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の元がV V の線型結合として表せるということに他なりません。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} したがって、
はw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} を生成するといえます。V V
(2)線形独立性の証明
仮に、
が線型従属であるとすると、w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} を生成し、線型独立であるV V 個より少ないベクトルが存在することになりますので、n n となりますが、これはdim V < n \dim V \lt n がv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の基底であることに矛盾します。V V から、他のベクトルの線型結合として表せるベクトルを除いて、これをw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} とすると、w 1 ′ , ⋯ , w m ′ \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} となります。m < n m \lt n は(w 1 ′ , ⋯ , w m ′ \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} )1 1 を生成し(V V )かつ線型独立であるので2 2 の基底であり、V V が成り立ちます。dim V = m < n \dim V = m \lt n - 一方で、定理の前提より
もv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の基底であり、V V が成り立ちますが、これはdim V = n \dim V = n と矛盾します。dim V < n \dim V \lt n
したがって
は線型独立であるといえます。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} が線型独立であることを証明する方法は他にも考えられます。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} - 例えば、次元の基本的性質(定理 4.32(次元が明らかな場合の基底の条件))により、
という条件の下、dim V = n \dim V = n がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} を生成することとV V が線型独立であることは同値であることを利用する方法などです。w 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} - 上記の証明は、あくまで次元の定義(または定理 4.29(次元の一意性))に則ったものですが、定理 4.32を利用した方が証明は簡潔になります。
以上から、(
)「ii \text{ii} が正則である」という仮定から、(A A )「i \text{i} がw 1 , ⋯ , w n \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} の基底である」ことが導かれました。V V
まとめ
をベクトル空間、V V をv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} の基底とする。V V 個のベクトルn n がw 1 , ⋯ , w n ∈ V \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \in V の基底であるためには、次の式を満たす行列V V が正則であることが必要にして十分である。A A ( w 1 , ⋯ , w n ) = ( v 1 , ⋯ , v n ) A \begin{align*} (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A \end{align*}
参考文献
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