線型写像の行列表示(3)

線型写像とその表現行列の関係や線型写像どうしの関係を表現する方法として、可換図式を導入します。

まず、ベクトルと座標ベクトルとの対応がベクトル空間から数ベクトル空間への同型写像で表せることを確認し、次に、一般の線型写像とその表現行列を可換図式により表す方法を示します。

ベクトルと座標ベクトルの間の関係

基底と座標の変換に関する定理 4.49の項で、座標ベクトルは $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ の元であり、ベクトル空間 $V$ の次元が $n$ であれば $V$ と $K^{n}$ が同型であることに触れました。つまり、ベクトル空間 $V$ の元であるベクトル $\bm{v}$ と $K^{n}$ の元である座標ベクトルは同型写像により $1$ 対 $1$ に対応します。そこで、次のような同型写像 $\psi$ について考えます。$\bm{v} \in V$ と $\bm{x} \in K^{n}$ に対して $\psi : \bm{v} \mapsto \bm{x}$ であり、$\psi$ は同型写像(線型写像かつ全単射)となります。

$$ \begin{gather*} \psi : V \mapsto K^{n} \\ \\ \left( \; \begin{split} \bm{v} &= x_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} \in V, \\ \bm{x} &= \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} \in K^{n} \end{split} \; \right) \end{gather*} $$

$\psi$ を用いることで、ベクトル $\bm{v} \in V$ と座標ベクトル $\bm{x} \in K^{n}$ との関係は、$\psi(\bm{v}) = \bm{x}$ のように簡潔に表すことができます。また、$\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}$ を $K^{n}$ の標準基底とすれば、$\psi(\bm{v}_{1}) = \bm{e}_{1}, \psi(\bm{v}_{2}) = \bm{e}_{2}, \cdots, \psi(\bm{v}_{n}) = \bm{e}_{n}$ が成り立ちます。


可換図式による表現

線型写像とその表現行列の間の関係や線型写像どうしの関係を簡潔に表現する方法として可換図式($\text{commutative diagram}$)を導入します。可換図式は複数の写像の合成などに関する複雑な関係を見やすく整理する目的などで用いられる図式です。線型写像の行列表示についても、ベクトル空間と数ベクトル空間との間の写像の関係とみれば、可換図式を用いて大変簡潔に表現することができます。


線型写像の行列表示

ベクトル空間 $V$ から $W$ への線型写像 $f : V \to W$ とその表現行列について可換図式により表すことを考えます。 前項の定理 4.51(線型写像行列表示と座標)において、線型写像 $f : V \to W$ による $\bm{v} \in V$ と $\bm{w} \in W$ との間の対応関係 $\bm{w} = f(\bm{v})$ は、座標ベクトルと行列による $\bm{y} = A \, \bm{x}$ という関係により表現できる(置き換えることができる)ことをみました。また、上の考察により、ベクトル空間の元 $\bm{v}, \bm{w}$ とそれぞれに対応する座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y}$ との関係は、それぞれベクトル空間($V, W$)から数ベクトル空間($K^{n}, K^{m}$)への同型写像を用いて表せることをみました。この同型写像を $\psi : V \to K^{n}, \; \phi : W \to K^{m}$ として $\psi (\bm{v}) = \bm{x}, \; \phi (\bm{w}) = \bm{y}$ であるとします。また同様に、$f$ の表現行列 $A$ を $K^{n}$ から $K^{m}$ への線型写像であるとすると、$4$ つの写像の間の関係は次のように表すことができます。

一般の線型写像とその表現行列(行列表示)に関する可換図式


ここで、$V$ から $W$ への矢印はもちろん線型写像 $f : V \to W$ を表しています。具体的に線型写像 $f$ による関係式 $\bm{w} = f(\bm{v})$ を表していると捉えることもできます。また、$V$ から $K^{n}$ への矢印は同型写像 $\psi : V \to K^{n}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x} = \psi(\bm{v})$ を表しています。同様に、$W$ から $K^{m}$ への矢印は同型写像 $\phi : W \to K^{m}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{y} = \phi(\bm{w})$ を表しています。最後に、$K^{n}$ から $K^{m}$ への矢印は $f$ の表現行列 $A$ を線型写像としてみたときの $A : K^{n} \to K^{m}$ を表しており、具体的な行列の演算 $\bm{y} = A \, \bm{x}$ に対応付けられます。

この図において特に重要な点は、異なる経路の写像の合成が等しくなるという点です。(異なる経路の写像の合成が等しくなる場合において写像の関係を表した図を可換図式といいます。)すなわち、上図において $V \to W$ への写像 $f$ は $V \to K^{n} \to K^{m} \to W$ という経路の写像の合成 $\phi^{-1} \circ A \circ \psi$(順序に要注意!)に等しくなります。同じように $K^{n} \to K^{m}$ への写像である行列 $A$ は $K^{n} \to V \to W \to K^{m}$ という経路の写像の合成 $\phi \circ f \circ \psi^{-1}$(順序に要注意)として表すことができます。

$$ \begin{align*} \tag{4.6.8} A = \phi \circ f \circ \psi^{-1} \end{align*} $$

(4.6.8)式が成り立つことは次のようにして確かめることができます。すなわち、$\phi \circ f \circ \psi^{-1}$ を $K^{n}$ から $K^{m}$ への写像とすれば、任意の $\bm{x} \in K^{n}$ に対して、

$$ \begin{split} % A \, \bm{x} ( \phi \circ f \circ \psi^{-1} ) \; \bm{x} &= ( \phi \circ f ) \; \psi^{-1} (\bm{x}) \\ &= ( \phi \circ f ) \; \bm{v} \\ &= \phi \; (f(\bm{v})) \\ &= \phi \; (\bm{w}) \\ &= \bm{y} \\ \end{split} $$

よって $\bm{y} = ( \phi \circ f \circ \psi^{-1} ) \; \bm{x}$ 。一方で、定理 4.51(線型写像行列表示と座標)より $\bm{y} = A \, \bm{x}$ であることから $A = \phi \circ f \circ \psi^{-1}$ が成り立ちます。

また、ベクトル空間 $V, W$ と対応する数ベクトル空間 $K^{n}, K^{m}$ の間の同型写像がどのようなものであるかは、それぞれの基底のとり方によります。基底のとり方は複数あり一意に定まりませんので、$f$ の表現行列である $A$ が一意に定まらず、基底のとり方により異なるということが納得できます。すなわち、$A = \phi \circ f \circ \psi^{-1}$ と考えれば、$\phi$ と $\psi^{-1}$ は基底のとり方により変動しますので、$A$ もそれぞれの基底のとり方により変わるということです。


基底変換行列

もう一つの例として、定理 4.49(基底の変換)において導入した基底変換行列を可換図式により表します。基底の変換は、同じベクトル空間において基底を取り替えるものであるため $V \to V$ の線型写像(すなわち線型変換)と捉えることができます。このように考えたとき、対応する可換図式は次のようになります。

ベクトル空間における基底変換行列(基底の変更による座行ベクトルの変更)に関する可換図式


ここで、$V$ から $K^{n}$ への矢印は同型写像 $\psi : V \to K^{n}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x} = \psi(\bm{v})$ を表しています。同様に、$V$ から $K^{n}$ への矢印は同型写像 $\psi^{\prime} : V \to K^{n}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x}^{\prime} = \psi^{\prime}(\bm{v})$ を表しています。最後に、$K^{n}$ から $K^{n}$ への矢印は基底変換行列 $P$ を線型写像としてみたときの $P : K^{n} \to K^{n}$ を表しており、具体的な行列の演算 $\bm{x} = A \, \bm{x}^{\prime}$ に対応付けられます。
可換図式における経路に着目すれば、基底変換行列は同型写像 $\psi, \psi^{\prime}$ を用いて次のように表せます。

$$ \begin{align*} \tag{4.6.9} P = \psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1} \end{align*} $$

上でみた線型写像 $f : V \to W$ に関する可換図式と比べて、基底変換行列に関する図では $K^{n}$ から $K^{n}$ への矢印が逆向きになっている点に注意が必要です。線型写像 $f : V \to W$ の行列表示において座標ベクトル間の関係が $\bm{y} = A \, \bm{x}$ と表されていたことに対して、定理 4.49(基底の変換)において、基底変換行列による座標ベクトルの変換は $\bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime}$ という関係式で表されます。したがって、対応する写像の関係は $\bm{x}^{\prime}$ を含む $K^{n}$ から $\bm{x}$ を含む $K^{n}$ の方向へ伸びる形になるということです。

また、このことは次のようにも理解できます。すなわち、基底の変換を $V$ から $V$ への線型写像 $f$ と考えて、定理 4.50(線型写像の行列表示)にしたがって、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する $f$ の行列表示 $A$ を求めます。

$$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, A \end{align*} $$

いま、$f$ は基底の変換であり、ある基底の線型結合として表されたベクトルを別の基底の線型結合として表された同じベクトルに移すものです。つまり、$f$ は恒等写像であり、$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ について次が成り立つと考えられます。

$$ \begin{array} {ccc} f(\bm{v}_{j}) = \text{id}_{V} (\bm{v}_{j}) = \bm{v}_{j} && (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$

よって、$f$ の行列表示は次のようになります。

$$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, A $$

この式と、定理 4.49(基底の変換)における基底変換行列の定義式を比較します。

$$ (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P $$

ここで $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ はともに $V$ の基底であるから、定理 4.48(基底の間の関係)より $P$ は正則であり、逆行列 $P^{-1}$ が存在します。

$$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, P^{-1} $$

したがって、$(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, A = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, P^{-1}$ となります。さらに、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ が線型独立であることから、定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)により $A = P^{-1}$ が得られます。

$$ A = P^{-1} $$

このように、基底の変換を線型写像(線型変換)として捉えると、その行列表示は基底変換行列の逆行列に等しくなり、可換図式に表すと矢印の方向が逆になるということです。


表記法

可換図式による写像の表現は、代数学の教科書において一般的であり [6], [11] などにおいてよく用いられます。また、集合論の教科書においてみることもあります。線型代数の教科書としては [1], [4] において用いられていますが、[2], [3] では見られません。可換図式は、写像間の関係をわかりやすく表現するためのあくまで補足的なものといえます。


まとめ

  • ベクトル空間 $V$ の元であるベクトル $\bm{v}$ と $K^{n}$ の元である座標ベクトルは同型写像により $1$ 対 $1$ に対応する。すなわち、$\psi : V \to K^{n}$ とすれば $\psi$ は線型写像であり全単射である。

  • 可換図式において異なる経路の写像の合成は等しい。

  • ベクトル空間 $V$ から $W$ への線型写像 $f : V \to W$ の表現行列 $A$ は次のように表せる。ただし、$\psi$ は $V$ から $K^{n}$ への同型写像であり、$\phi$ は $W$ から $K^{m}$ への同型写像である。

    $$ \begin{align*} A = \phi \circ f \circ \psi^{-1} \end{align*} $$

  • ベクトル空間 $V$ における基底変換行列 $P$ は次のように表せる。ただし、$\psi$ と $\psi^{\prime}$ はそれぞれ異なる基底に対応する $V$ から $K^{n}$ への同型写像である。

    $$ \begin{align*} P = \psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1} \end{align*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-04-12   |   改訂:2024-08-28