可換図式による表現
線型写像とその表現行列の関係を表現する方法として、可換図式を導入します。
ここでは、ベクトルと座標ベクトルとの対応が同型写像により表せることを確認した上で、一般の線型写像の行列表示と基底変換行列を可換図式により表す方法を示します。
ベクトルと座標ベクトルの関係
座標ベクトルとは数ベクトル空間の元であり、ベクトル空間から数ベクトル空間への同型写像により、ベクトルと座標ベクトルは $1$ 対 $1$ に対応します。
解説
ベクトル空間と数ベクトル空間の同型
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ と $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ のは同型であり、$V$ の元であるベクトル $\bm{v}$ と $K^{n}$ の元である座標ベクトルは(同型写像により)$1$ 対 $1$ に対応します。
このことは、ベクトル空間の次元に関する 定理 4.42(ベクトル空間と数ベクトル空間の同型)や、基底と座標の変換に関する 定理 4.49(基底の変換)において、既にみてきた通りです。
ベクトル空間と数ベクトル空間の間の同型写像
そこで、次のような同型写像 $\psi$ について考えます。すなわち、$\bm{v} \in V$ を $\bm{x} \in K^{n}$ に移すような写像 $\psi : \bm{v} \mapsto \bm{x}$ は同型写像(線型写像かつ全単射)となります。(このような $\psi$ が同型写像であることは、 定理 4.42(ベクトル空間と数ベクトル空間の同型)の証明に示した通りです。)
上記のような $\psi$ を用いることで、ベクトル $\bm{v} \in V$ と座標ベクトル $\bm{x} \in K^{n}$ との関係は、$\psi(\bm{v}) = \bm{x}$ のように簡潔に表すことができます。また、このとき、$\bm{e}_{1}, \cdots, \bm{e}_{n}$ を $K^{n}$ の標準基底とすれば、$\psi(\bm{v}_{1}) = \bm{e}_{1}, \psi(\bm{v}_{2}) = \bm{e}_{2}, \cdots, \psi(\bm{v}_{n}) = \bm{e}_{n}$ が成り立ちます。
可換図式による表現
線型写像とその表現行列の間の関係や線型写像どうしの関係を簡潔に表現する方法として可換図式($\text{commutative diagram}$)を導入します。
可換図式は複数の写像の合成などに関する複雑な関係を見やすく整理する目的などで用いられる図式です。線型写像の行列表示についても、ベクトル空間と数ベクトル空間との間の写像の関係とみれば、可換図式を用いて大変簡潔に表現することができます。
線型写像の行列表示
ベクトル空間 $V$ から $W$ への線型写像 $f : V \to W$ とその表現行列を、可換図式により表すことを考えます。
線型写像と表現行列の関係
前項の 定理 4.51(線型写像の行列表示と座標ベクトル)において、線型写像 $f : V \to W$ による $\bm{v} \in V$ と $\bm{w} \in W$ との間の対応関係 $\bm{w} = f(\bm{v})$ は、座標ベクトルと行列による $\bm{y} = A \, \bm{x}$ という関係により表現できる(置き換えることができる)ことをみました。
また、 上記の考察により、ベクトル空間の元 $\bm{v}, \bm{w}$ とそれぞれに対応する座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y}$ との関係は、それぞれベクトル空間($V, W$)から数ベクトル空間($K^{n}, K^{m}$)への同型写像を用いて表せます。
この同型写像を $\psi : V \to K^{n}, \; \phi : W \to K^{m}$ として $\psi (\bm{v}) = \bm{x}, \; \phi (\bm{w}) = \bm{y}$ であるとします。同様に、$f$ の表現行列 $A$ を $K^{n}$ から $K^{m}$ への線型写像であるとすると、$4$ つの写像の間の関係は、次のように表すことができます。

可換図式の基本的な構造と意味
ここで、$V$ から $W$ への矢印はもちろん線型写像 $f : V \to W$ を表しています。具体的に線型写像 $f$ による関係式 $\bm{w} = f(\bm{v})$ を表していると捉えることもできます。
また、$V$ から $K^{n}$ への矢印は同型写像 $\psi : V \to K^{n}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x} = \psi(\bm{v})$ を表しています。同様に、$W$ から $K^{m}$ への矢印は同型写像 $\phi : W \to K^{m}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{y} = \phi(\bm{w})$ を表しています。
最後に、$K^{n}$ から $K^{m}$ への矢印は $f$ の表現行列 $A$ を線型写像としてみたときの $A : K^{n} \to K^{m}$ を表しており、具体的な行列の演算 $\bm{y} = A \, \bm{x}$ に対応付けられます。
異なる経路が示す写像
可換図式において特に重要な点は、異なる経路の写像の合成が等しくなるという点です。(逆に、異なる経路の写像の合成が等しくなるように、写像の関係を表した図を可換図式といいます。)
すなわち、上図において $V \to W$ への写像 $f$ は $V \to K^{n} \to K^{m} \to W$ という経路の写像の合成 $\phi^{-1} \circ A \circ \psi$(順序に要注意!)に等しくなります。同じように考えると、$K^{n} \to K^{m}$ への写像である行列 $A$ は $K^{n} \to V \to W \to K^{m}$ という経路の写像の合成 $\phi \circ f \circ \psi^{-1}$(順序に要注意!)として表すことができます。つまり、次が成り立ちます。
(4.6.8)式が成り立つことは、次のようにして確かめることができます。すなわち、$\phi \circ f \circ \psi^{-1}$ を $K^{n}$ から $K^{m}$ への写像とすると、任意の $\bm{x} \in K^{n}$ に対して、
よって $\bm{y} = ( \phi \circ f \circ \psi^{-1} ) \; \bm{x}$ となります。一方で、 定理 4.51(線型写像の行列表示と座標ベクトル)より $\bm{y} = A \, \bm{x}$ であることから、$A = \phi \circ f \circ \psi^{-1}$ が成り立ちます。
表現行列の基底依存性
また、ベクトル空間 $V, W$ と対応する数ベクトル空間 $K^{n}, K^{m}$ の間の同型写像がどのようなものであるかは、それぞれの基底のとり方によります。基底のとり方は複数あり一意に定まりませんので、$f$ の表現行列である $A$ が一意に定まらず、基底のとり方により異なるということが納得できます。すなわち、$A = \phi \circ f \circ \psi^{-1}$ と考えれば、$\phi$ と $\psi^{-1}$ は基底のとり方により変動しますので、$A$ もそれぞれの基底のとり方により変わるということです。
基底変換行列
もう一つの例として、 定理 4.49(基底の変換)において導入した、基底変換行列を可換図式により表します。
基底変換行列と線型変換の関係
基底の変換は、同じベクトル空間において基底を取り替えるものであるため、$V \to V$ の線型写像(すなわち線型変換)と捉えることができます。このように考えると、対応する可換図式は、次のようになります。

可換図式の基本的な構造と意味
ここで、$V$ から $K^{n}$ への矢印は、 上記の考察で導入した同型写像 $\psi : V \to K^{n}$ に対応しており、具体的にはベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x} = \psi(\bm{v})$ を表しています。
同様に、$V$ から $K^{n}$ へのもう $1$ つの矢印も同型写像 $\psi^{\prime} : V \to K^{n}$ に対応しており、ベクトルと座標ベクトルとの間の関係式 $\bm{x}^{\prime} = \psi^{\prime}(\bm{v})$ を表しています。ただし、$\psi$ と $\psi^{\prime}$ は、それぞれ別の基底によって $V$ と $K^{n}$ を対応付けるものです。
最後に、$K^{n}$ から $K^{n}$ への矢印は基底変換行列 $P$ を線型写像としてみたときの $P : K^{n} \to K^{n}$ を表しており、具体的な行列の演算 $\bm{x} = A \, \bm{x}^{\prime}$ に対応付けられます。
可換図式の経路と矢印の方向
可換図式における経路に着目すると、基底変換行列は、同型写像 $\psi, \psi^{\prime}$ を用いて次のように表せます。
ここで、 上記に示した 線型写像 $f : V \to W$ に関する可換図式と比べて、 基底変換行列に関する可換図式では $K^{n}$ から $K^{n}$ への矢印が逆向きになっている点に注意が必要です。
線型写像 $f : V \to W$ の行列表示において座標ベクトル間の関係が $\bm{y} = A \, \bm{x}$ と表されていたことに対して、基底変換行列による座標ベクトルの変換は $\bm{x} = P \, \bm{x}^{\prime}$ という関係式で表されます( 定理 4.49(基底の変換))。
したがって、対応する写像の関係は(変換後の)$\bm{x}^{\prime}$ を含む $K^{n}$ から(変換前の)$\bm{x}$ を含む $K^{n}$ の方向へ伸びる形になるということです。
線型写像(線型変換)としての基底変換行列
また、このことは次のようにも理解できます。
すなわち、基底の変換を $V$ から $V$ への線型写像 $f$ と考え、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ に関する $f$ の行列表示を $A$ とすると、次が成り立ちます( 定理 4.50(線型写像の行列表示))。
いま、$f$ は基底の変換であり、ある基底の線型結合として表されたベクトルを別の基底の線型結合として表された同じベクトルに移すものです。つまり、$f$ は $V$ における恒等写像であり、$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ について次が成り立つと考えられます。
よって、$f$ の行列表示に関する関係式は、次のようになります。
この式と、 定理 4.49(基底の変換)における、基底変換行列の定義式を比較します。
いま、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ はともに $V$ の基底であるから、 定理 4.48(基底の間の関係)より $P$ は正則であり、逆行列 $P^{-1}$ が存在します。
したがって、$(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, A = (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) \, P^{-1}$ であり、$\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ が線型独立であることから、 定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)により $A = P^{-1}$ が得られます。
このように、基底の変換を線型写像(線型変換)として捉えると、その行列表示は基底変換行列の逆行列に等しくなります。このような理由から、可換図式において、基底変換行列に対応する矢印は、一般の線型写像に対応する矢印と逆向きになります。
可換図式の利用について
可換図式は代数学の教科書において一般的であり、 [8], [13] などにおいてよく用いられます。また、集合論の教科書で用いられることもあります。
線型代数の教科書では、 [1], [4] において用いられていますが、 [2], [3] では見られません。
可換図式は、あくまで、写像間の関係をわかりやすく表現するための補足的なものといえます。
まとめ
- ベクトル空間 $V$ の元であるベクトル $\bm{v}$ と $K^{n}$ の元である座標ベクトルは同型写像により $1$ 対 $1$ に対応する。すなわち、$\psi : V \to K^{n}$ とすれば $\psi$ は線型写像であり全単射である。
- 可換図式において、異なる経路の写像の合成は等しい。
ベクトル空間 $V$ から $W$ への線型写像 $f : V \to W$ の表現行列 $A$ は次のように表せる。ただし、$\psi$ は $V$ から $K^{n}$ への同型写像であり、$\phi$ は $W$ から $K^{m}$ への同型写像である。
$$ \begin{align*} A = \phi \circ f \circ \psi^{-1} \end{align*} $$ベクトル空間 $V$ における基底変換行列 $P$ は次のように表せる。ただし、$\psi$ と $\psi^{\prime}$ はそれぞれ異なる基底に対応する $V$ から $K^{n}$ への同型写像である。
$$ \begin{align*} P = \psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1} \end{align*} $$
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.